第58話 オークション 上

 ここはとある鍛冶屋。


 店主の名はレノ。


 会ったのは二度だけだが、その奇行から、あまりお近づきになりたくない人種だ。


 店へと続く扉を開けるべくノブに手を掛ける。


 分かっているさ。鳴るんだろ?


 覚悟はもうとっくに出来ている。


 イクゾー!


 テテッ テテ テーレー


 何でそれをチョイスした?


 ここじゃあ事件は起きねぇよ!


 想定と違う音が鳴った事で、不覚にも片膝をついてしまったよ。


 今日は火曜日でもないし、近くに崖もないわ!


「いらっしゃーい」


 レノの声だ。


「何だ春人、どうした?」


 おっと、これは予想外だ。


「師匠こそ、何でここに?」

「昨日酒場で知り合ったんでな。一つ仕事をする事になっている」

「そうそう、やっぱり情報を知っちゃあね。実際に使ってみたくなるのが鍛冶屋の性ってものなんだ」


 情報だって? もしかして……


「春人。せっかく会ったんだ、付き合え!」

「あの……」

「まずはギルドで聞き込みだ。なんでも良く知られていない新興のパーティーが持ち込んだらしいぞ?」


 あー、これは正直に言わないと……


「玉鋼だ!」

「えっ?」

「お? どうしたんだ?」


 天竜の鱗じゃないの?


「えー、たまはがね、でしたっけ?」

「そうだ! 刀を作るのに絶対に必要な素材だ」


 ああ、玉鋼ね。それにしても刀か……風香に持たせておきたい武器だな。


「分かりました。お供します」

「おう!」


 師匠が勢いよく走って店を出ていった。


 何故走る……


 そうだ! 追いかける前にレノに頼んでおかないと。


「レノ! これで良さげな短刀を二本作っておいて! 代金は後で払うから。それじゃ!」


 余りに余った天竜の鱗二枚をレノ目掛けて放り投げて、すぐに師匠の後を追う。


 お店を出た所で背後から絶叫が聞こえて来た。


「て、天竜の鱗キター! マジで? マジでー!」


 その後も何かを叫んでいたが、あのテンションなら良いものを作ってくれるだろう。


 遥か先に居る師匠目掛けて加速する。


 速すぎて追いつかねぇ……


「はぁ、はぁ、師匠……速すぎ」

「鍛え方が足りん様だな。明日から走り込みの量を増やしておけ! いいな?」

「はい……」


 何で、息一つ乱れてないんだよ!


 こっちは汗だくなのに。


 ギルド内に入り、ライセンスで情報を閲覧する。


「俺は受付で聞き込みをしておく」

「はい、分かりました」


 ライセンスの検索機能を使い、玉鋼の情報を調べているが何一つ出てこない。


「これは、情報の秘匿か……」


 有益な情報はそれだけでお金になる。その為、ギルドにすら情報を上げない人が大勢いる。


 それも当然だけどな。誰だってお金を稼ぐのに必死なんだから。


「だから何でだよ!」

「その情報には制限が掛かっていますので、お教え出来ません」

「良いじゃねぇか! なっ? ちょっとだけだから」

「お教え出来ません!」


 受付で師匠が揉めているな。


「こんなに頼んでいるのに何故だ!」

「そもそも、ギルド員でもない方に教える情報は何もありません。お引き取りを」

「何だよ? じゃあ登録すれば教えて貰えるのか?」

「ですから、制限が掛かっているのでどなたにもお教え出来ません。お引き取り下さい!」

「ああん?」


 これはマズイな。師匠が爆発寸前だ。ギルドを破壊する前に止めておかないと。


 師匠が本気になったらこの辺り一帯が焦土になってしまうよ。


「あー、すいません」

「あん? なんだ春人か」

「ハルトきゅん! どうしたの今日は?」


 ハルトきゅん? 何だよその呼び方は。


「いえ、この人はぼくの師匠なんです。ご迷惑をお掛けしてすいません」

「えっ、そうなの? それならそうと言ってくれれば良いのに。ちょっと待ってね。今調べるから!」


 おいおい! 良いのかよ?


 スパーン!


「何を考えているの! ダメに決まっているでしょ!」


 小気味のいい音を立てて、受付嬢の頭をしばいているのは顔見知りのファニーさんだ。


「ごめんね。いくら今売り出し中のハルトきゅ……君でも教える訳にはいかないのよ」


 今、言い直したよね?


 もしかしてその呼び方、みんな使ってるの?


「いえ、無理に聞き出そうとは思っていませんよ。ただヒントくらいは貰えませんか?」

「うーん、そうねぇ。それならオークションに出てみたらどうかしら? 刀も出品されている筈だし」


 ふむふむ、そう言えば、天竜の鱗を出品している事だし、どんな感じなのか見てみるのもいいかもな。


「ありがとうございます。ファニーさん。オークションに参加するには何か手続きが必要ですか?」

「こっちでやっておいてあ・げ・る。感謝してね!」


 うーん、ここ最近、受付嬢のみんなの態度が変わってきているなぁ。ここまであからさまに媚を売られると、ちょっとなぁ。


 これもレッドドラゴン退治の弊害かね?


 白の衝撃の名前の後ろに上手く隠れていると思ったけど、効果はあまり無かったようだ。


「はい、申請しておいたわよ。ハルト君を含めて三人まで参加出来るからね!」

「はい、ありがとうございます。オークションの開催日はいつなんです?」

「今日の夜からよ」


 今日かよ! それなら帰って準備しないと。


「師匠、帰りましょう」

「結局、何も分からねぇのかよ……」

「ファニーさんからのヒントなんですから手掛かりはありますよ。明日まで待ってください」

「仕方ねぇか。じゃあ、後は任せたぞ! 俺は飲みに行ってくるわ!」


 あれ? オークション、参加しないんだ。でも師匠がいたらメチャクチャになりそうだしな。


 全てを拳で解決する人だし……


 さて、オークションに参加するメンバーは誰にしようかなぁ?


 家に帰り、その事をみんなに聞いてみる。


「私はパス! 最近萃香を構ってあげてないから、二人で遊びに行って来るわ」

「はーい、くれぐれも危険な真似をしないようにな」

「私を誰だと思っているのよ!」

「トラブルメイカー!」

「春人、後で覚えてなさいよ。萃香、行くわよ!」

「はい、姉様!」


 二人で連れ立って出て行ってしまった。


 となると、残りのメンバーはと……


「ハルト、ゴメン。今日はお母さんに呼ばれているから私は行けないの」


 あらー? レヴィも用事があるのか。


「いいよ。突然だからね。行ってらっしゃい」

「うん。でもオークション、行ってみたかったな」

「次の開催があったら行けばいいさ」

「そうね。じゃあ行ってくるね!」

「はーい、気をつけてね」


 風香もレヴィもダメだとすると残りは……


「ボクは暇だからついて行ってあげる!」

「シャルは参加と、後一人は誰にしようかなぁ?」

「ハルトさん? 意図的に忘れようとしてませんか?」

「んー、そお?」


 レスリーか……


「仕方ないか。もしお金が足りなくなったらレスリーを出品する事も出来るし、ついて来てくれる?」

「何で出品するんですかー! 大体、人を売買する事は禁止されてます!」

「レスリーだから大丈夫だよ!」

「人間扱いされてない!?」


 そうじゃないんだけど、レスリーのこの反応が楽しくてやっているだけなんだよねぇ。


 プンプンしているレスリーとシャルをお供にオークション会場へと向かう。


 開催は夜からだというのに、会場は大勢人で賑わっていた。


 受付を済ませて会場内に設置してある休憩スペースでしばし休む。


「すごいねー、こんなに人が集まるなんて」

「本当だね。でもこの雰囲気いいよね。ワクワクする感じ」

「分かります! どんな物が出品されているのか楽しみですよね!」

「受付で目録を貰ったから見てみる?」

「うんうん、見せて!」


 今回のオークションに出品された物の数は百を遥かに超えている。


 僕が出品した天竜の鱗は後半の方だな。


 目録には多くの品物が載っており、入札開始金額が横に書いてあった。


 貴重な薬草類や宝石、スキルオーブや武器防具等がズラリと並び、金額を確認するとそこまで高価では無かった。


「思ったより安くない?」

「ここからスタートなんだからもっともっと高くなるよ? これなんか金貨一千枚を軽く超えて来ると思う」


 シャルが指差した場所には真っ赤な宝石が記載されている。大きさは僕の手のひらに乗り切らない程大きく、その美しい輝きに目を奪われる。


「なになに、今から三百年前にとある鉱山で発見されたルビーで、持ち主が次々と不幸に見舞われる事から、呪われた宝石とされていて、その所以から名前がブラッドルビー……ね」


 ありがちな感じだね。血塗られた宝石か。


「なんか怖いね……」

「でも、呪いのルビーとか欲しがる人なんているんですかね?」

「うーん、多分自分は絶対に大丈夫! なんて思う人が買うんじゃない? 根拠の無い自信家は大勢いるし」

「あっ、ハルトこれこれ!」


 パラパラとページをめくっていたシャルが何かを見つけたみたいだ。


「お、刀があるじゃん。でもこれ、安くない?」

「本当だね。金貨一枚からスタートみたい」


 何故なんだろう? 良く確認してみよう。


 品目 刀


 とある鍛治士が持てる技術を総動員して完成させた逸品。その切れ味は素晴らしく、斬れば斬るほどに鋭さが増していく。


 使用すると気分が高揚し、敵味方の区別無しに見境なく攻撃する事から、何らかの呪いが掛けられている可能性がある。


 銘は鬼切。制作者は不明。


「あちゃー、これも呪われているのか。でも刀はこれしか出品されてないなぁ」

「どうするの?」


 うーむ、手掛かりは今のところこれだけだし、金額も安めだから買っておくか?


「オークションの流れ次第かな? あまりにも高額だったら買わないかもな」

「無駄遣いは良くないもんね! そんな物にお金を使うくらいなら、ボクはこれが欲しいなぁ」


 シャルが見せて来たのは緑の宝石を中央にあしらった首飾り。


 無意識なのか体をピッタリと寄せ付けて来る。


 こんな事をされるとつい、買ってあげたくなるじゃないか!


 おねだり上手さんだね!


 だけど、刀どうしようかなぁ?

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