第45話 康太の修行

 全力で走り回る風香とそれを追いかける康太をぼんやりと眺めていた。


「はぁはぁはぁ、何で追いつけないんだ?」

「康太。風香はね、最近は毎日僕と修行しているんだからね? ダラダラして過ごしているだけの康太とは違うんだよ」

「何で俺を誘わないんだよ?」

「いや、誘ったよ? そんな物必要無い、なんて言って来なかったのは康太の方だろ?」

「そうだったか?」

「そうだよ、なんなら明日の朝から参加してみる?」

「おう! 風香に負ける訳にはいかないからな!」


 康太、実はもう負けてるからな?


 この何日かの修行で風香の実力はメキメキと上がっていて、弱い魔物なら一人で倒せる様になっている。


 職業補正はやはり高い様で、無職の僕からすると羨ましい限りだ。


 その事を言うとみんなに怒られてしまったが……


「それを言ったらハルトは無職なのに私達三人が束になって掛かっても勝てないくらい強いじゃないの!」

「そうだよ! ボクは強さには少し自信があったのにさ。ハルトには全く勝てないんだからね?」


 でもなぁ、一週間も経ってないのにあれだけ動けるようになるなら、これから修行を続ければもっと強くなると言う事で、いつか追い越されてしまうんじゃあないだろうか?


(春人は弱い上に無職なんだから、家で大人しくしていたら? 足手まといが居ると、仕事に支障がでるのよねー)


 うわっ! 想像しただけでなんか胸の中央の辺りがキューってなったよ。


 これが……恋?


 なんて、馬鹿な事考えてないで、みんなに負けないように僕も修行するぞー!


 その日は修行も仕事も無事に終えて、次の日の朝。


「おはよう康太!」

「ああ」

「あれ、元気ないね?」

「春人……修行するのは良い。集合時間がおかしくないか?」

「そうかな? いつも通りだけどな?」

「まだ日も登ってないわ! まだ真っ暗なんだが?」

「初日だからね。特別メニューだよ!」

「嬉しくねぇ……」

「さぁ! あの太陽に向かってダッシュだ!」

「登ってねぇって言ってるだろうが!」


 ぶつぶつ文句を言いながらも康太は素直に着いて来ている。


 厨二病の影響はほとんど無いみたいで安心した。


 朝のこの時間は、まだまだ肌寒く、身体が固い。それをほぐすための軽いランニングを必ず行っている。


「はぁはぁはぁはぁ……」

「康太ー?」

「ちょっと……待って……くれ……」

「だらしないなぁ」


 康太の息が整うまで、僕は朝霧流の型を一からさらって待つことにする。


「はぁはぁ、こんな事、毎日やっているのか?」

「今のはただのウォーミングアップだけど?」

「はぁ?」

「ここからが本番、さあイクゾー!」

「嘘だろ……」


 その後、散々康太をしごいていると、みんなが合流してきた。


「「「おはよう!」」」

「やぁ、みんなおはよう」

「あはは、康太やってるわね」

「初日はやっぱりキツイよね」

「そうそう! ボク、この人頭がおかしいんじゃないかと思ったもん。こんな事、続けたら身体持たないよ。なんて思ってたし」

「シャル? 特別メニューにしてあげようか?」


 ボクの言葉を聞いたシャルは首をプルプルと振りながら後退り始める。


「ゴメン無理。ボクが悪かったから、許して!」

「冗談だよ。さあ始めるよ!」


 一人づつ組手を行い、隙を見つけてそこを攻め、足をかけて転ばせる。


 隙が少なくなるまで何度も何度も。


 やがて泥だらけになった三人は、疲れすぎて身体が動かない様で、地面で大の字になっている。


「これを毎朝やっているのか……」

「そうだよ! 次は康太だからね?」

「くそっ、やれば良いんだろう、やれば!」


 康太との組手は約三十分程かかった。


 初めてにしては頑張った方かな?


「はい、お疲れー」

「やっと……終わりか?」

「なーに言ってんの康太。この後は普通に仕事だからね? 少し休んだらギルドまでダッシュだよ!」

「オマエハナニヲイッテイルンダ?」

「今日はまだ軽い方だからね? 出来る様になってきたら、こなすメニューも増えていくからねー」

「出来る訳ねぇだろ!」

「康太? それなら僕はどうなるのさ? みんなの相手をずっとしているんだよ?」

「あ……」

「大丈夫、そのうち慣れてくるから」


 笑い掛けると康太も笑い返して来た。少しだけ引きつった笑いなのは見逃してあげよう。


 康太の修行も七日程経過した。新たな段階へ進む次期だな。


「今日はそろそろ実践してみるかな」

「何をするんだ?」

「魔物と戦う」

「おおー! それだよ俺が求めていたのは!」

「みんな、今日は康太の実戦訓練をするから僕達は仕事は休みにする。後の事は頼んだよ」

「はーい。康太、逝ってらっしゃい!」

「ああ行ってくる!」


 みんなニヤニヤしてるな。何だろう?


「じゃあ康太。転移するから僕に掴まってて」

「おう!」


 転移!


 視界が変わり、いつもの場所まで到着した。


「なあ春人」

「どうした康太?」

「あそこになんだかヤバそうな生き物が居るんだが」

「うん? ああ、あれを一人で倒せる様になるのが今日の訓練だよ!」

「ドラゴンじゃねぇか!」

「そうだよ?」

「そうだよ? じゃねぇ! なにキョトンとした顔してんだよ! いきなりあんなのに勝てる訳ないだろう!」

「大丈夫だよ。コツがあるんだ。教えてあげるから、その通りにしてみて」


 何だよ、その疑わしそうな顔は?


 風香もレヴィもシャルも三人共、すぐに倒せる様になったよ?


「最初は僕がやってみるからまずは見てて」

「おう……」

「いいかい? まずは懐に潜り込む。この時に攻撃を受けない様に全て躱す。そして首の下まで行って切り落として、終わりだよ。ドラゴンの弱点は首だから切り落とせば倒せる!」

「春人、大概の生物は首を切り落としたら死ぬぞ?」

「そうなんだ! ちょうど良いね!」

「俺が知りたいのはもっと具体的な事でな、そもそも懐に潜り込む事すらできんぞ?」

「むー、康太は我が儘だな」

「我が儘じゃねぇ! あんな物に突っ込んでいったらその場で死ぬ自信があるわ!」


 全く、康太は文句ばっかりだな。


「あんな魔物じゃ無くて、もっと弱い奴からにしてくれよ! 俺はまだ魔物と戦った事が無いんだからな!」

「弱い奴と戦っても何も変わらないよ?」

「そうじゃなくて! 剣の扱い方とか先に教える事があるだろう!」


 ふむ、それも一理あるか。だけどそれだと問題があるな。


 僕も剣の扱い方は知らない。


 さてどうしようか?


 知らない事は誰かに聞くのが一番なんだけど、誰に聞こうかな?



―――――――――――――――――――――


「で?」

「剣の扱い方が知りたいです!」

「なんで俺の所に来た?」

「何となく?」

「お・れ・は、魔道士だ! 剣の扱い方なんか知っているわけ無いだろうか!」

「えー、相変わらず使えないですね」

「テメェ……」


 僕たちがやって来たのは、いつも色々お世話になっているエドさんの家だ。この人は数多くの知識を持っているので、何かを知りたい時に真っ先に聞くべき人だと思っている。


「エドさん。剣の扱い方を知っている人を知りませんか?」

「あん? 知らなくは無いが、今は皆仕事中だろうな」

「あー、それは考えていなかったですね。どうしようかな?」

「そこら辺にある剣術道場にでも行ってみるか?」

「それ、良いかもしれませんね」

「お前らだけだと心配だから俺もついて行くわ」

「エドさん……暇なんですね?」


 顔を逸らしても無駄ですよ?


「まぁ、忙しくは無いな」

「ハッキリ言ったらどうです?」

「ああ暇だよ! ただの暇つぶしだよ! どうだ、これで満足か?」

「全く! 仕事もしないでフラフラして、それでも大人なんですか?」

「おちょくってんのか?」

「はい!」

「ニコっ、じゃねえー!」


 この人とのこんな掛け合いも死んでいたら出来なかった。生きていて良かったよ。


「オラッ! 行くぞ!」

「ハイハイ。康太行くよ」

「おうよ!」


 エドさんが案内してくれたのは三の郭にある、やや大き目の剣術道場だった。


「ここですか?」

「うむ、そこそこ人気がある所な筈だぞ?」


 大きな門の横にはブラックフォード剣術道場と書いてある。


「長い歴史のある名門道場だからな、基礎から習うならここがいいだろう」

「そんな物ですかね」

「何だ不満なのか?」

「いえ、基礎は大事ですけどね。まぁ、取り敢えず行ってみましょうか」


 開け放たれている門をくぐり、中の様子を伺っていると一人の人が話しかけて来た。


「どちら様ですか?」

「えー、まぁ、何と言いますか。見学? みたいな?」

「ああ、入門希望の方ですか」


 いや、入門する気はないんだけど。


「今は師匠はいらっしゃいませんが、その息子の師範代に紹介しますね」


 案内を買って出てくれたのは、この道場主の娘さんでレスリー=ブラックフォードさん。


 黒い髪を後ろで一纏めにくくり、この道場の道着を来ている。


 スラっとしてして、スレンダーな人だ。本当に色んな所がスレンダーな人だ。あからさまに言うとひんにゅ……


「何ですか?」

「イエ、ナンデモアリマセン……」

「おかしいですね? 何故か少しイラっと来たんですけどね?」


 中々、感の鋭い人みたいだ。


「兄上!」

「どうした妹よ?」

「入門希望の方をお連れしました!」


 あれ? あの人どこかで……


「そうか。僕はこの道場の師範代、ディーン=ブラックフォードだ。人呼んでクラーキアに舞い降りた期待の超新星、未来のAランクハンター! ディーン=ブラックフォードだ!」


 名前二回言ったよ……しかもここ帝都だし。


 クラーキアのダンジョンに入る前にレヴィをナンパして来た軽薄男じゃないか……なんでここに居るんだよ。


「僕の様になりたいんだな! 良いだろう入門を許可してやろう!」

「いや、入門じゃなくて見学です」

「良いから入門したまえ」

「いえ、結構です」

「何故だ!」


 何故かって?


 だってここの道場、他に誰も居ないんだよ?


「他の門下生は居ないんですか?」

「それは……」

「居ないから無理矢理、門下生にしようとしているんですか?」

「だからな……」

「誰も居ないなんてここで剣を学んでも強くはなれないんじゃ無いですか?」

「違うわ。そうじゃ無いの。全部アイツらが悪いの。アイツらが……」


 何か面倒くさい事に巻き込まれそうだな。


「エドさん。ここに居たらマズイ気がするんですけど?」

「うむ。他を当たろうか」

「その方が良いと思います」

「じゃあ、行くか」

「ダメですー、絶対離しませんから! 逃しませんよ」


 レスリーが必死になって僕の服を掴み、離さない。


「服が伸びるから離して!」

「門下生になったら離します!」

「ならないから!」

「なんでですか! 良いじゃないですか! ちょっとだけだから! 先っちょだけだから!」


 なんの先っちょだ? 剣だよね?


「そもそも僕が剣術をしたい訳じゃ無いから。剣を習いたいのはそっち!」


 康太の方を指さすと、レスリーは新たなターゲットを逃がさないように足に全身で抱きついた。


「おい、離せよ!」

「女の子に抱きつかれる事の何が不満なんですか!」

「それならせめて体に抱きつけよ! なんで足なんだよ!」


 それにあのスレンダーな貧乳じゃあな。残念な貧乳だから残乳だな。


 するとレスリーから強い視線を感じた。


「そこのお前! お前の考えている事は全てお見通しだ!」


 そうなの? 凄いな残乳!


「あー、あんな可愛い女の子に抱きつかれて羨ましいなー。なんて考えているでしょ!」

「いえ? 残念な貧乳だから残乳かー。抱きつかれている足が痛そうだなーっ思ってましたけど?」

「だ、だ、だ」

「だ?」

「誰が残乳だー! 失礼です! 激しく失礼です! お詫びに貴方も入門しなさい! 拒否権はありません!」


 こうして僕たちは残乳に掴まってしまった。


 また面倒な事になるのかなぁ?

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