第46話 試合開始

 

「まったく、言うに事欠いて残乳なんて酷すぎます!」

「事実だよね?」

「うっさいわ! 今度それ言ったら破門にしますよ!」

「それは好都合だね! それじゃあバイバイ!」

「あー、嘘だから! 待って待って、行かないで。破門にはしないから!」

「だったらちゃんと謝るんだな。頭の位置が高いんじゃないか? ん?」


 悔しそうな顔をしながらもキッチリ土下座をするレスリー。残乳が調子に乗るからさ!


 目の端に涙を溜めて、キッと僕を睨むレスリー。


「破門にすると言ったことは謝ります。だけど残乳と言ったことは一生許しませんからね!」


 ふふふ、良いだろう好きにするといいさ。


「貧乳で残乳なのは事実だろ?」

「兄上! 大切な妹が馬鹿にされています!」

「おう……」

「なんでそんな反応なんですか! コウタさん? 貴方のお友達が失礼な事を言っていますよ?」

「そうだな……」

「他には言うことはないんですかー!」


 レスリー。みんな同じ事を思っているんだよ。残念な貧乳で残乳とはうまい事をいう物だな……と。


「それで、アイツらが悪いってどう言う事なのさ?」

「あ、話は聞いてくれるんですね」

「聞くだけならタダだからね。それを聞いて何かをするかは、また別の話だよ」

「男なら俺に任せておけ。とか言って胸をドン! と叩くものですよ!」

「レスリーは叩く程の胸もないじゃないか」

「何ですとー? 貴方失礼過ぎます! 絶対に協力して貰います。決定です!」

「嫌だよ。事情も分からないのに安請け合いするなんて馬鹿のする事だから」

「男らしく無いです!」

「レスリーの、ある一部分は凄く男らしいけどね」

「何処をみてるんですかっ! ぶっ飛ばしますよ?」


 男にどんな幻想を抱いているのかは知らないが、よくも知りもしない人の為に何かをするなんて僕は絶対にしないかな?


「で?」

「あの、ウチの道場の近くに新しく剣術道場が出来たんです」

「ふむふむ?」

「それで、そこの道場はすぐに多くの門下生を獲得してですね……」

「それで?」

「ウチからも何人も向こうの道場に流れて行って、門下生が不足して経営が悪化しています」


 うん、良くある話だね。


「それはここのやり方が良くなかっただけでしょ?」

「だから違うの! あそこはね入門すると奨学金の名目で、お金をばら撒いているのよ! ズルいでしょ?」

「それならこっちも同じ事をしたら良いじゃ無いか」

「そんなお金ある訳ないでしょ!」


 手っ取り早く人を集めるにはお金をばら撒くのは有効な手段ではある。


 ただし、人が集まるだけで本当にいい人材なんて寄ってこない。お金目当ての輩なんて必要だとは思わないけどね。


「それで?」

「その後は、あっちが道場が手狭になったからウチの道場を明け渡せって言って来たの!」

「ほうほう」

「勿論断ったわ! でもアイツらはしつこく言って来てさ! いい加減面倒になったから剣術道場なら剣術で勝負しなさいって言ってやったの!」


 ああ、一番駄目な対応だよね? 次の展開が思いっきり読めるな。


「それは向こうも応じたんだけど、対戦ルールが団体戦でやるって言って来て……」


 ありがちありがち!


「それでウチからは出る人が居なくて……」


 だろうね。


「このままだと不戦敗で道場を取り上げられてしまうの……」

「大変だね」

「それだけかい!」

「えーと? ご愁傷様?」

「そこは、それは可哀想だね。僕達に全て任せておいてくれ! でしょーが!」

「僕は剣術を知らないから力にはなれないなぁ」

「俺は魔道士だ」

「俺は今から剣術を覚える所だ!」

「使えねぇ! 何でだよ! このタイミングでやって来た三人が何でみんなど素人ばっかりなんだよ! おかしいだろ!」

「レスリー? 言葉遣いが乱れてきてるよ?」

「あ……失礼しました」


 それにしても団体戦ね。実は最初からこの道場を狙っていたんじゃないかな?


「それよりここの道場主はどこで何をしているの?」

「それが、ほんの二、三日前に闇討ちをされて、怪我をしてしまって、今は自分の部屋で療養しています」

「良くある話だね」

「それだけですか?」

「闇討ちだろうと何だろうと負ける方が悪いだけだからね。本当の強者は何があっても絶対に負けない。僕の師匠がいい例だよ。寝ていても攻撃を全て避けるんだからね? イビキをかきながら機敏に動くから見ていて気持ち悪いし」

「それ、逆に見てみたいです……」


 別に見ても面白く無いけどな? 身体に力が入ってないからグニャグニャしているし……


「それで、その団体戦に参加する事が出来る人は何人いるの?」

「二人です」

「えっ?」

「私と兄上の二人だけです!」

「団体戦は何人でやるの?」

「五人です! 丁度良いですね!」

「僕達をメンバーに含めるな!」

「何でですか! とにかく時間が無いんです! 一緒に戦って貰いますからね?」

「おいおい、まさかその試合って……」

「今日のお昼の鐘が鳴る時間からです!」


 マジで?


「場所は?」

「ここです」


 その言葉を待っていたかのように、外からガヤガヤとしたうるさい声が聞こえて来る。


「師匠! やっとこの日が来ましたね!」

「うむ、これでまた門下生を増やせると言う物だ」

「しかし、この貧乏道場の連中は大人しくここを明け渡せば、こんな面倒な事をしなくても良かったのに」

「構わん構わん。どう足掻こうと結果は変わらんからな。はっはっは」


 アイツらが対戦相手か、しかし言っている事は確かに酷いな。


「お前ら!」

「おお? 誰だお前は?」

「そんな事はどうでも良いんだ! さっき言った言葉を取り消せ!」

「ああん? 何の事だ?」

「何処が貧乳道場だ! いくら何でも失礼が過ぎるだろうが!」


 スパーン!


「誰もそんな事言ってねぇだろうが! 私に喧嘩売ってのか? ああん?」

「成程、レスリーは自覚はあるんだ。貧乳」

「大きなお世話です! そりゃ少し控えめだけど……」

「レスリー、もっと自分と向き合って強く生きるんだ。いいね?」

「うるせぇ! 私は人生を儚んでいねぇから! まだ成長しきってないだけだからね? 後二、三年もしたらバイーンですよ! バインバインです!」

「今は無いん無いん……」


 スパーン!


 二度も頭を叩いて来るなんて乱暴な子だね!


「何をうじゃうじゃ言ってやがる! 団体戦の準備は出来たんだろうな?」

「師匠、無理ですよ。参加する奴が居ませんて!」

「ならば我らの勝ちだな! さっさとここから出て行くがいい!」


 大声で嘲笑う対戦相手の剣士達。


「待ってください。メンバーは揃っています。ほら、この人達です」


 レスリーめ、上手く事を運んだな。こうなったら仕方ない、やるだけやってやろう。


「ふん! 何処のどいつだテメェら!」

「僕の名はハルト! 無職のハンターだ!」

「エドワルド。魔道士だ……」

「東康太! 推して参る!」

「あー、康太ズルい! それ、僕の一度は言ってみたい台詞ランキング第三位のヤツだぞ!」

「ふふふ、残念だな。俺は一位だ! 気持ちいいぜー!」


 くそう。まさか今から言い直すなんて出来ないし、上手くやったな康太!


「うひゃひゃひゃひゃ。何だよどいつもこいつもただの素人じゃねぇか! 魔道士がどうやって剣を使うんだよ!」

「俺は元魔道士だぞ?」

「ほぅ? なる程な、戦士に転職したって事か!」


 レスリーがまるで救世主を見る様な目でエドさんを見ているが、残念だったな。そいつはただの使えないオッサンだからな?


「いや? 持っていたスキルを全て失ってな、今は一から魔法を習得し直す所だ」

「使えねぇー! 期待した私がバカだったわ!」

「うっさいわ! 初対面の残乳に言われたくないわ!」

「残乳言うなー!」


 いいね! このコンビで漫才でも演れば売れるかもしれないね!


「んで、そっちは?」

「うん? 僕?」

「そうだ! 剣は使えるんだろうな?」

「持ったことすら無い!」

「威張って言えることか!」

「最後のお前は?」

「今から剣術を覚える所だ!」

「プックックッ、そんなんで推して参る! とか良く言った物だな。おいレスリー! もう戦うまでもないだろう。さっさと負けを認めて俺の嫁になりやがれっ!」

「お断りです! ブ男に興味無いです!」


 レスリーを嫁にだと……


「レスリー!」

「何ですか、急に大きな声で?」

「残乳が結婚出来る最後のチャンスだぞ! 何で断るんだよ?」

「最後じゃないです。それよりも残乳言うな! いい加減しつこいわっ! いじり過ぎだろ!」


 レスリー。残乳はいじる程、無いんだよ?


―――――――――――――――――――――



「それじゃあ一応ルールの説明をしておく。対戦は一対一の剣術での試合だ。勝ち抜けは無しで剣はこちらが用意した木刀を使用して貰う。お前らのヘナチョコ剣術なぞ怖くは無いが、お前ら怪我をしたくは無いだろう? こちらの気遣いを有り難く思うんだな!」


 勝ち抜け無しか……益々こっちが不利だな。


 人数だけ揃えても勝ち目がない様にするなんて、アイツら抜け目無いな。


「それでハルトよ。どんな順番でやる?」

「そうですね。剣術をやっている、ディーンとレスリーで先鋒と次鋒を務めて貰って、中堅は康太で副将はエドさん、大将は僕が務めます」

「そのメンバー決めの理由は何ですか?」

「適当」

「おい!」

「と、言いたいけど少しは考えたよ? 先鋒、次鋒ならそこまで強い奴を出して来ないだろうし、勝ち星を拾えるはずです。後は僕達三人の誰かがまぐれでも勝てば良いんですからね。気分的に楽です」

「うむ。それで良いと思うぞ。まずは僕の剣術を披露してやろう!」


 意気揚々と試合に望んだディーン。


 結果は惨敗。


「何でなのよ! 彼奴はあっちの道場の師範代じゃないの。普通は副将でしょ!」

「うーん、どうやらこっちの作戦は読まれていたみたいだね」

「どうするのよ?」

「今からメンバーの変更なんて出来ないからな。このままでやるしか無いよ。次鋒が勝てば特に問題はないだろう?」

「次鋒、私なんだけど……」

「レスリーは剣術に自信がないの?」

「幼い頃からやって来たんだから、少しはあるけど、相手次第かしらね?」


 レスリーが何処まで頑張れるかがこの試合の鍵だ、勝てとまではは言わない、せめて引き分けでもいいんだ。


 この結果がこの後の流れを変えるだろう。


 頑張れ! レスリー!


「ゴメンナサイ。負けてしまいました」

「マジかー」

「春人、どうしたらいいんだよ? 次、俺だぞ!」

「そうだね。まぁ怪我をしない程度に適当にね」

「それだと道場が……」

「いやいや、その道場の人間が二連敗だよね? 僕達がどうこうよりも、あっさり負けた方が言える事じゃないよ?」

「面目ありません」

「春人! だから俺は……」


 うーん? 相手はあの人か。


「レスリー。あの人はどんな剣術を使うの?」

「うわっ、最悪。あの人はあっちの道場でも五本の指に入るくらいの人よ!」

「いや、五人の団体戦なんだからそりゃ当たり前でしょ。そうじゃなくて、剣術と言っても色々あるだろうに」

「あの人は正々堂々と戦う剣士のお手本みたいな人だから奇襲とかを考えるだけ無駄よ?」


 そうか……よし!


「康太!」

「おう!」

「避けろ」

「えっ?」

「相手の剣を全て避けて攻撃する」

「それだけ?」

「七日間、ずっとやって来た事だ。それを思い出して全力で戦って来い! 別に負けてもいいから」

「良いのかよ?」

「いいよー。僕らに責任は無いし。負けた所でこの初めて来た道場が知らない人の物になって、レスリーがお嫁さんになれるだけだから、負けても問題無いね」

「あのー? 私には問題しか残らないのですが……」

「そう? 別に借金まみれになる訳でも無いし、結婚しちゃえば住む所もあるし、ご飯も食べれるでしょ?」

「まぁ……」

「だから康太は無理せずやれる事だけやればそれでいいさ。思いっきりやって負けて来い!」

「応!」


 さてさて、康太は何処までやれるかな?


 修行の成果を見せて見ろ!

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