第44話 不治の病
「ゴメンて。もう笑わないから」
「現時点で、すでに顔が笑ってる」
レヴィが自分の顔をぐにぐにと引っ張ってからまた笑い始める。
「あははは」
「随分と楽しそうでなによりですよ!」
「だけどさハルト。これはボクでも笑うのを我慢出来ないもの」
シャルがニヤニヤしながら僕の脇腹をツンツンと突いて来る。
「そうだね、一番笑ってるいるし。なによりその顔だよ! 我慢しきれないなら、いっその事笑ってくれないかな?」
笑いを堪えきれず、口の中でグフッとか音が鳴ってるからな?
「だってさ! ハルトは毎日毎日、こんなにも仕事をこなして、こんなにたくさん稼いでいるのにさ。ニートなんだよ? そのギャップがおかしくて。あはは」
ニート扱いしているけど、ニートじゃなくて無職なんだけどな……どっちもどっちか?
「はい、今日もお仕事お疲れ様。晩ご飯できたわよ」
「ああ、風香ありがとう」
僕は意識を取り戻してから、お世話になった幻想宮を出て、再びレヴィの帝都の自宅に転がり込んでいる。
レヴィの家は広くは無いが、とても過ごしやすく、帝都のハンターギルドにも近く、僕達に取ってかなり便利な場所にある。
しかし、全員で住むには流石に無理があり、風香とシャルまでが限界で他の四人には別の場所に宿を取り、そこで寝起きをしてもらっている。
「だけどさ、何もあんなに高い宿にしなくても良かったのに」
「みんなは日本での暮らしに慣れているから、あれくらいが最低限必要だと思うよ?」
「気持ちは分かるけど、一日いくらになるのよ?」
「一人銀貨五枚、四人で金貨二枚だね」
「高っ! それは贅沢なんじゃない?」
「うーん。まぁ、しばらくの辛抱かな? 今日の仕事でひと月分は入金出来たからね。みんなの仕事が順調にいけばそれくらい稼げるようになるさ」
「いっその事、家を建てた方が安くつきそうね……」
「うん、それも考えているよ。明日からはみんなにも仕事をして貰おうと思ってるから、明日の朝、ギルドで待ち合わせしてる」
「私達のパーティーメンバーもかなり増えたわね」
「うん、だから二つに分けて仕事をこなせば結構稼げるはずだよ」
「明日から頑張りましょ!」
「そうだね!」
そんな訳で明朝、ギルドに集合したのだが……
「ねぇハルト……いつになったら来るの?」
「おかしいな? 朝一で来るように伝えておいたんだけど」
「しょうがないから、私達は三人で仕事をしてくるわ。もう依頼を受けちゃったし」
「うん。僕は康太達の様子を見て来るから、宜しくね」
「「「はーい!」」」
理由は分からないが、時間になっても誰も現れなかった。何かトラブルでもあったのかと思い、宿まで急いで行ってみた。
「あら、ハルトさんおはようございます。昨日は入金ありがとございます」
「いいえ、お世話になるんだから当たり前ですよ」
「あんなにお土産まで貰っちゃって、なんだか悪いわ」
「あはは、あれはたくさん取れたんでお裾分けですよ。それよりもウチのメンバーはどうしていますか?」
「あー、朝食を食べてから部屋へ戻ったようですよ?」
「え? 今も部屋に居るんですか?」
「ええ、出て行くのは誰も見ていないから、多分……」
「全く、何をやってんだか。少し顔を出してきます。良いですか?」
「勿論ですよ! どうぞどうぞ」
お世話になっている宿の女将さんに挨拶を済ませてから、宿の階段を登る。二階にある三人部屋と一人部屋を皆の定宿として借り上げている。
まずは康太の部屋の扉をノックする。
トントントン。
「康太ー? いるのー?」
しばらく待たされてから扉が開けられる。
「何だ春人か……」
「何だじゃないよ。集合時間はとっくに過ぎてるから! 何でまだ宿にいるんだよ?」
「ああ、なんかダルくてな……」
「しっかりしてくれよ……他のみんなは?」
「さぁ?」
「あっちも見て来るから、康太は出掛ける準備しておいて!」
「おう……」
まさか朝ご飯を食べてから二度寝してるなんてな。
三人部屋の方をノックしてみるが反応はまったく無い。
仕方なく女将さんを呼びに一階へ降りて、再び二階へ戻り部屋を開けて貰い、中を確認してもらう。
女の子の部屋へ勝手に入る訳にはいかないからね!
「ハルトさん……皆さんぐっすりお休みでしたので起こしておきましたよ」
「お手数をおかけしました。ありがとうございます」
「いえ……」
女将さんの反応は分かる。この世界では皆、朝早くから働いて、夜は早く寝るのが当たり前だからだ。
電灯なんかも無く、夜は真っ暗で活動しているのは酒場でお酒を飲んでいる人達くらいだからね。
かなりの時間待たされて、四人が降りて来たのは、もう昼近くになってからだった。
これは流石の僕も怒らざるを得なかった。
「何でこんなに時間が掛かるんだよ! 遅過ぎるよ!」
「仕方ないだろう? なんか眠くてさ……」
身体を伸ばして大欠伸をする康太。全く悪びれていない。
「私達はお喋りしていたら寝るのが遅くなって、寝たのは明け方だったの」
「朝に集合って言っておいたよ?」
「分かっていたけどなんか寝付けなくて……」
「分かった。それはもう良いから今から仕事に行くよ!」
誰も返事をしない。
「ねぇ? 今日はもうやめにしない?」
「言っている意味が分からない」
「なんかさ、やる気が出ないと言うか……」
「仕事はやらないとダメ! なるべく簡単な仕事を選んでやり方も教えるから! ほら、行くよ」
「春人よぅ。仕事を教えるって、お前ニートなんだろ?」
「そうそう! 私達とは違ってさ!」
何だ? 言葉にトゲがあるなぁ。
「何を言いたいワケ?」
「つまりだ。俺たちは上級職なんだから、ニートのお前に教わるまでも無いって事さ」
「それ、本気で言ってる?」
「ああ、俺たちに掛かれば仕事なんてあっという間に片付いて、お金もがっぽがっぽと稼げる様になる」
「だからね。今日はお休みにして、明日から仕事をするわ」
頭が痛い。本気でこんな事を考えているなら現実を見せてあげないといけないのだが……
ここまで言われて諭す気も起こらなかった。
「分かったよ。もう、好きにして……」
宿を出ると朝まではいい天気だったのに、空はどんよりと曇り、雨がパラついて来ていた。
まるで、今の僕の心の中の様に。
ギルドに寄る気が無くなり、そのまま家まで帰って来てしまっていた。
こんな時は何もしたく無いのだが、それだと更に落ち込みそうだったので、家中を掃除して晩ご飯の仕込みに取り掛かる。
今日のメニューはコトコト煮込んだビーフシチューに買い置きのパン。後はサラダを用意してみんなの帰りを待つだけ。
出来上がる頃には空はすっかり暗くなっていた。
「ただいまー!」
「うわぁ、良い匂いがする!」
「ハルトが作ってくれたの?ありがとう」
「うん……」
みんなの顔を見れば少しは元気が出るかと思っていたが、残念ながら僕の心は曇ったままだった。
「ハルト、何かあった?」
「うん、実はね……」
朝、宿での出来事をみんなに説明すると三人共激怒してしまった。
「何を考えてるよの!」
「ハルトを馬鹿にするなんて許せない」
「そもそも、自分達でお金を稼いだことも無いくせにさ!」
三人が僕の代わりに怒ってくれた事で、少しだけ冷静になれた。
たぶん康太達は病気に掛かっているのだろう。
一度その病気になると中々治らない。時間が経てば自然に治るが、拗らせると、とてもマズイ病気に。
「厨二病? 康太が?」
「うん、多分ね。他の三人も少し怪しいね」
「それは厄介ね……」
「うん、どうしようか?」
風香と二人で対策を考えていると、レヴィからの質問が来る。
「ねぇ、そのチュウニ病ってどんな病気なの? 私は聞いた事無いけど」
「そうだね……初期症状は、なんかダルいわー、とか言い始めるんだ」
「怠くなるのね」
「その後は親しい人、主に家族に対して攻撃的な言動が増える」
「それは良くない症状ね」
「そして、酷くなってくると腕が疼き始める」
「腕が?」
「それだけじゃなく、額の第三の眼が疼く事もあるかな?」
「やっぱり疼くんだ……辛そう」
そうだね。側から見ている方が辛いよね。
「それだけならまだマシな方だよ? 急に黒一色の服装を好み出したり、髪の色が急に変わったりとかするし」
「そうね、大体が白色になるわよね?」
「たまに赤とか緑とかもいるけど、基本的に白髪だね」
「髪の色まで……」
「何とも無いのに包帯を巻き出したり、眼帯とか付け始めたら、末期が近いよね」
「そうよね! 武器と話を始めたり、人形と会話したりなんかしてさ」
「無機物と会話するんだ……」
「そうそう! そこまでくると痛いよね?」
「見ているのが辛い感じよねー」
「痛いんだ……」
「それはもう、痛たたたって感じ? でも末期症状はもっと凄いからね?」
「それでまだ末期症状じゃ無いの!?」
厨二病の末期症状はこんな物じゃ無い。
「突然叫び出したり、自分の中に別の人格が発生したり、本当にヤバイ奴だと四足歩行になったりするし」
「そこまで来るとあちゃーって感じよね」
「手の施し様が無い奴だと、羽が生えたりとか? 他には堕天使になったり?」
「人じゃ無くなっていくのね……なんて恐ろしい病気なの……」
実際には変わんないけどね。だからこそ余計に見ているのが辛いんだけどさ。
「女の子の場合は、猫とかウサギとかを好きになったりしたら危険な兆候よね」
「小動物を好きになると危険なの?」
「うん、物凄く危険。特にウサギの方がヤバイよね! 自傷行為を始めたりするからね。でもそっちは少し違うくないかな?」
「そう? 私はアレは厨二病の延長線上にあると思ってるけど?」
「そんな病気にコウタが罹っているの?」
「康太だけじゃないよ? 紗羅も蒼羅もヤバそうだね。伝染しやすいからさ」
「伝染まで……恐ろしい病気ね」
「そのチュウニ病は治療法は無いの?」
「基本的には無いよ。精々が生暖かい目で見守るしか無いよ」
「そんな……」
本人が、自分の言動が恥ずかしい事だと認識し始めたら収まるけどなー。
まぁ、それまでに散々やらかすから厨二病は怖いんだけどさ。
「なるべく蔑んだ目で見てあげると早く治るかもね」
「分かった! 私達も協力する!」
「だけど症状が治った後の方が酷くてね」
「そうなのよね。自分のしていた事を思い出して悶え苦しむのよ。あれは辛いと思うわ」
「治ってからも? 本当に酷い病気なのね」
「うん。早く何とかしないと……」
その夜は早々に休み、翌朝、みんなを迎えに宿まで四人で向かった。
「春人、今日の俺は一味違うぜ! どんな仕事でもこなして見せるからな!」
あー、始まってんな。厨二病。
「今宵の虎徹は血に飢えているわ!」
蒼羅、まだ朝だからね?
後、それ数打ちの、安いただの剣だよ?
日本刀ですらないからね?
「春人くん、おはよう」
「お? 紗羅は普通だね?」
「うん……昨日はごめんなさい。康太と蒼羅を見て気付いたのよ。恥ずかしいわ……」
紗羅は大丈夫だったか。
「萃香は?」
「春人さんおはようございます」
「うん、おはよう。萃香は症状は出なかった?」
「アレを見たので、流石に無理ですね……」
「うんうん、でも萃香も昨日はあんな感じだったよ?」
「言わないで下さい!」
やべえ。ニヤニヤが止まらんわ。
「さぁ! みんな行くよ!」
「ふははははは。俺様に任せておけ!」
「やっと血を吸わせてあげれるわ。待っていなさい、虎徹」
うんうん、順調にやらかしてるな。
街中では他の人の迷惑になりそうだったので、風香とレヴィにギルドで依頼を受けてきて貰い、帝都の外で待ち合わせをする。
この姿を誰かに見られていたら、康太も蒼羅も多分立ち直れない程のトラウマを抱えるだろう。
「さあ、俺の獲物は何奴だ! この
「思う存分血を吸うのよ? 虎徹」
二人共?
今日のお仕事は薬草の採取だよー?
「うわっ! きっつ!」
「見ていて恥ずかしいわね」
「
「薬草の血を吸う虎徹。あははは」
二人に一体、何があったのかね?
これはこれで面白いから、もっと見ておきたいけどそろそろ現実に戻してあげるか。
「蒼羅ー! それ薬草だからね? それとその剣、安物だから!」
「うん?」
「今宵の虎徹は……」
「キャー、やめて! 本当にやめて! お願いよ!」
「おお? 戻ったかな? 蒼羅。その虎徹、借りても良い?」
ニヤニヤしながら聞いてみた。
「ゴメンナサイ。ワスレテクダサイ。オネガイシマス」
目の光を失った蒼羅の土下座を頂きました!
案外早く目が覚めたみたいだな。
後は康太だけど……
「康太! その剣見えてるわよ?」
「俺の
「いや、風香よ? 知っているでしょ?」
風香は手こずっているようだな。仕方ない、僕が行くか。
「風香!」
「春人、ふふふ。ごめん。私じゃあ無理、うふふふ、だった」
「うん。後は僕に任せて」
「康太ー?」
「誰の事だ? 俺の名はコーディだ!」
「あはははははははははははははははは。あかんお腹痛い! うへへへへへへへへへ、コーディって。うへへへへ息出来ねぇ!」
「おい?」
何とか息を整えて康太に向き直る。
康太の目をじっと見つめる。
腰を落とし、剣を握る振りをしてから呟く。
「
ダメだよ、まともに言えないって。
インビジブルブレードだってよ?
コーディとか!
腹を抱えて笑い転げる僕を呆然と見つめる康太。
その表情は苦虫を噛み潰したような悲痛な顔になっている。
やっと気が付いたようだな。自分の事に。
「康太ー! 僕の言葉を繰り返して言ってみてくれ!」
「あー、いやこれはだな?」
「オレは正気に戻った! あははははははは」
その日は薬草採取を終えて、康太と蒼羅をからかいながら、楽しい夕食会が開かれた。
康太と蒼羅に取っては楽しくは無かっただろうけど。
「康太ー!」
「何だよ風香……」
「貸して欲しい物があるのよ」
「何だ?」
「
「風香ー!」
きゃっきゃ言いながら逃げる風香を康太が追いかけ回す。
ああ、しばらくの間流行りそうだな
やっぱり厨二病は恐ろしいね!
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