第43話 トラウマ再び
今、僕は幻想宮の中をゆっくりと歩いている。
広い廊下は大勢の人々が行き来しており、その人達の邪魔にならない様に端の方をテクテクと歩く。
巨大な柱に支えられた天蓋、その下の庭園へ向けて進む。ふわりと漂う花の香りが穏やかな気分にさせてくれる。
その庭園で、椅子に腰掛けて談笑している四人の男女。
久しぶりに見た同級生達。
二百年の時を封印されていた皆は見たところ特に問題なく過ごせている様だ。
「春人、大丈夫なのか?」
「うん、もう何とも無いよ」
「そりゃあ良かった。結構心配したぞ?」
「ありがと。康太は相変わらずキレてるね」
「ああ、さっきパンプアップしたばかりだからな。服脱ぐか?」
「いや、いいから!」
コイツは隙あらば筋肉を見せてくる僕の親友の東康太。筋肉をこよなく愛するトレーニング馬鹿。
「春人君! 元気みたいね」
「何とかね。紗羅も元気そうだね?」
この子が山岡紗羅。おっとりした雰囲気の癒し系美少女で康太に密かに想いを寄せる、恋する乙女。
「そこまで元気になるなんてね。心配して損したわ」
「そう言うなって蒼羅」
こっちは紗羅の双子の妹の山岡蒼羅。
姉とは真逆のクールビューティー。その性格のせいか男性陣から敬遠される残念美人。
「これでまた、姉様と過ごす時間を増やす事ができますね。春人さんが起きないから姉様成分が不足がちだったんですからね?」
この子は風香の妹でラブラブ姉様をこれっぽっちも隠そうとしないシスコン毒舌少女の朝霧萃香。
この四人に風香を含めた五人が僕の友達だ。
「それで? 神殿で問題があったって聞いたけど?」
「おう! 春人それそれ! 聞いてくれよ。俺の職業なんだけどな、ボディビルダーが無いんだ! おかしいだろう?」
康太……ある訳ないだろう?
「私はチアリーダーが良かったのに!」
紗羅……誰を応援するんだよ?
「蒼羅は?」
「私も納得出来なかったわ。将来は医者か弁護士を目指していたのに……」
「萃香も?」
「姉様ファンクラブ会長が無かった……」
どっちもねぇよ!
「あー、ちなみに風香は?」
「それよ! なんであんなのしか無いのよ?」
「何だったらよかったのさ?」
「覇王」
あるかい! 風香様は王の座をお望みですか?
みんなの言葉にレヴィとシャルは呆れていた。
「みんな我儘なのよね。上級職もいくつかあったと言うのに……」
「え?」
「そうだよ! いきなり上級職が出るなんて何千人に一人位の確率なのにさ! それは嫌とか言うんだよ? 贅沢にも程があるよねー?」
え? 僕は現在無職で、就ける職業はニートと自宅警備員だけだったよ?
上級職? 何だよそれ! 羨ましいやん!
「全員そこへ並べ!」
「春人どうしたよ?」
「黙れ! さっさとしないか!」
僕の突然の変化にみんな戸惑いながらも立ち上がり並び始めた。
「もたもたするな!」
ふざけた事ばかり言いやがって! 上級職の何が気に入らないんだよ!
「一人づつ確認する! まずは康太! どんな職業があったんだ?」
「春人、いきなりどうしたんだ?」
「黙れ! いいから答えろ」
「お、おう。確か、戦士と重戦士に後は、聖騎士だったかな?」
「よし! 康太は聖騎士に決定だ!」
「いや、俺はな……」
「ハイかYESで答えろ!」
「ええ……ハイ……」
聖騎士……何が不満なんだよ!
「次、紗羅。どんな職業があった?」
「ええと、狩人と弓術士と魔道士と
「紗羅、
「ハイ……」
良いじゃないか。ただの僧侶じゃなくて。僕だったら高位自宅警備員かい?
「蒼羅は?」
「軽戦士とシーフ、後は忍者」
「一択だな。忍者しか無い!」
「本当に? あ、ハイ!」
何で? みんな凄い職業ばかりじゃないか。
「萃香!」
「あの……春人さん怖い……」
「答えろ!」
「ハイ!魔道士と、
「
「ハイ……」
見事に魔法寄りだな。
「最後、風香!」
「何よ?」
「職業だよ!」
「私はね、一つしか無いのよ。侍よ」
カッコいい! 僕がなりたいわっ!
「じゃあそれで……」
「イヤよ! 私は覇王が良いって言っているでしょ!」
「じゃあ、侍をしつつ覇王を目指せ。風香ならそれくらい出来るだろう?」
「と、当然だわ! 私を誰だと思っているのよ!」
よしよし、それで良いんだ。
「相変わらず、風香の制御が上手いよな。春人は」
「本当よね。乗せるのが上手いと言うか」
「でも、私たちがあんな風に言っても逆効果になるのに何故なのかしら?」
ふふん。皆、分かっていない。風香を操るのは考えるんじゃない。感じるんだよ!
まぁ、これは長年付き合ってきた僕だからこそ出来るのであって、他の誰かに出来ることではないけどね。
「それでは全員教会に向かって駆け足! 進め!」
「「「「「えー!」」」」」
いやそこはハイ、だろう?
「教会までどれだけあると思ってるの?」
「わざわさ走る必要も無いよな?」
「散歩がてら、みんなでゆっくり行きましょう」
「姉様、お供します」
「萃香、慌てなくていいのよ?」
みんな揃ってワイワイ言いながら教会へと向かって行き、残された僕は一人涙するのであった。
「何で置いていくんだよぉぉぉ!」
庭園に置いてけぼりを食らった僕が隅の方で拗ねていると、レヴィとシャルから相談を持ちかけられていた。
「あのね……フウカの事なんだけどね」
「ボク達はあの子をどう扱えば良いのか正直、分からないんだ」
「どう言うことかな?」
二人共いつもとは違い歯切れが悪い。
「風香が何かしたの?」
「ううん。そうじゃなくてね」
「ボク達二人はハルトをシェアする事を納得しているから良いけれど……フウカは違うでしょう?」
「でも、ハルトに取ってフウカは大事な人だって事は理解しているけど、私達はハルトを諦める気はまったく無いのよ」
「だから、フウカがボク達二人を受け入れてくれるかどうか心配でさ」
確かにそれは難しい問題だ。
風香は日本生まれの日本人育ち。こちらの世界とは価値観が違う。
力をある者は多くの異性を娶る事はこちらでは普通の事。そこに男女の分け隔ては無い。
「それは、風香に直接聞いてみるしか無いね」
「だけどさ。拒絶されたら?」
「その時はその時だね。大丈夫! 僕も一緒に話をするから」
「ありがとうハルト。やっぱり頼りになるね」
―――――――――――――――――――――
その夜、風香を部屋に呼び出し、レヴィとシャルも同席して話をする事にした。
「それで? 話って何よ?」
「あのね……」
「言いにくい事なんだけどさ」
風香に気を遣い過ぎて中々切り出せない二人に代わり僕が話を始める。
「待って! 僕が言うから。風香」
「だから何?」
「僕はこのレヴィとシャル二人と付き合っている。ゆくゆくは結婚もするつもりだ」
「へぇ? それで?」
うーん、この反応は予想外だな。もっと怒ると思っていたんだけど……
「この世界では複数の異性との結婚が認められているからさ」
「そう」
「風香はどうするつもりなのかを聞いておきたい!」
「ああ、そう言う事ね。でもそれより、もっと大事な事があるわ」
「もっと大事な事?」
「ハルトはこの世界でずっと生きていくのか、それとも元いた世界へ帰るのかって事よ」
ふむ、それは考えていなかったな。確かに僕は元の世界に帰るつもりでいた。
だけどそれは風香と再会する為だ。風香と無事に再会を果たした今、帰る理由は特に無い。
だけど、風香が帰ると言ったら? むむむ。
「ちなみに紗羅と蒼羅は帰る方法が分かり次第、帰るつもりでいるわよ?」
「そうなの?」
「康太は……多分二人に着いて行くでしょうね」
康太は、何だかんだで面倒見が良いからな。
「春人は私が帰るって言ったら着いて来てくれる?」
「それは……」
帰る? レヴィとシャルはどうする?
一緒に連れて帰るのか?
二人の意思を無視して? それはいくら何でもエゴが過ぎるだろう。
だけど二人が同意したら?
いや待て、風香を元の世界へ返して僕が残るという選択肢もあるか……いや、却下だ。
風香と離れるのは考えられない。
「ふふふ、春人。真剣に考えているけど私はどっちでも良いのよ?」
「うん?」
「春人が居る所が私の居場所だから、ここでもあっちでも春人が居るだけでいいのよ」
「風香……」
「春人を三人でシェアするのも、まぁ、仕方ないと思っているわ。春人を独り占めしたい気持ちは、勿論あるけどね、春人がずっと眠っている間の二人を見ていたらそんな事言えないもの。あそこまで献身的にお世話しているのを見たら……ね」
風香がそんな事を考えていたなんてな。だけど、この状況は僕にとって好都合過ぎやしないかな?
「だから、後は全てハルトの問題ね」
「どう言う意味?」
「ハルトが私達三人をちゃんと養ってくれるかどうかって事ね」
三人を養うか……。
「自分で言うのもなんだけど、私はすご〜く我儘だからね? 衣食住は勿論の事、かなり贅沢な暮らしをする自身があるわ!」
「あ、私も!」
「じゃあ、ボクも!」
おいぃぃぃ! そこは乗って来なくても良くない?
「だから、しっかりと稼いでもらわないとね?」
「アッハイ」
「それならいつまで無職じゃあ困るわね」
「レヴィ!」
「えっ! 何よ春人、無職なの?」
「うん、ロクな職が無いなんて言ってた」
「成程、春人はロクデナシなんだ?」
違う違う、そうじゃない!
「フウカはニートと自宅警備員て知ってる? 私はどんな職業なのか判らないのよね」
あ、これマズイ。
「ぷっ、くっくっくっ、あはははははは」
「風香あのな、みんなには内緒に………」
「みんなに、あんなに偉そうに、言ってたのに? は、春人はニートと自宅警備員? あはははははは。絶対無理! くっくっくっ、あははは。お腹痛い! ダメ、腹筋がつる!」
バレてしまった。こうなるのが分かっていたから黙っていたのに……。
「ねぇフウカ? 何がそんなにおかしいの?」
「だってニートはさ……」
「風香!」
「何よ?」
「お願いします。黙ってて下さい」
僕はその言葉とほぼ同時にスライディング土下座を敢行した。
レヴィとシャルには真実を知って欲しくない。
「ふふふ、良いけどね」
「えー、聞きたかったのに……」
「これはね、春人のプライドの問題だから。大丈夫よ! ちゃんと稼いで来てくれるんでしょ?」
「御意!」
その後、何度も聞きたがるレヴィとシャルだったが風香は頑として答えなかった。
「春人、黙っていてあげるから私の言うことをちゃんと聞くのよ?」
「ハイ、ナンデモイッテクダサイ」
こうして、僕と風香の上下関係が形成されてしまった。勿論、風香が神ならば、僕はその従僕だ。
しかしその関係も長くは持たなかった。
後日、どうしてもニートが何なのか知りたがったレヴィが康太に質問するなんて予想していなかった。
「あはははははははは!」
目尻に涙を浮かべつつ爆笑するレヴィの笑い声を聞きながら、みんなに口止めしておくべきだったと後悔したが、それはもう後の祭り。
ちくせう。泣いてもいいよね?
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