第二章 ジニア帝国編

第42話 復活

 ここはどこだ? 


 確か僕は死んだはずだ。


 生命ある者全てに平等に訪れる物。死。


 幼い頃は人が死ぬ事が理解出来なかった。


 ただ眠っているだけだと思っていた。すぐに起きるんだろうなんて、呑気に考えていた。


 人は死ぬとどうなるのか?


 意識だけの存在になるのか、はたまた完全なる消滅を果たすのか。


 それは生命ある者には分からない永遠の謎。


(取り敢えず消滅の線は消えたね。こうして物事を考えることができている。天国や地獄の事を語る人もいるけど、僕はどっちに行くのだろうか?)


(できる事なら天国の方が良いけどなぁ。けれど、日頃の行いが決して良いとは言える自信も無いしなぁ)


 目を開けてみる。


 身体は……動く。


 目を開けて最初に入ってきたのは、二つの揺れる物体だった。


 目の前にある物が何なのか理解できず、少しだけ混乱している。


 先程まで感じる事が出来なかったが、微かに匂いがしてきた。ずっと嗅いでいたい様な甘い香り。


 その香りはどうやら目の前にある物体から発生しているようだ。


 その物体を知覚してから何事かが起こる事も無く、危険な物では無さそうだ。


 ソレは、ただひたすら左右に揺れている。


 ゆらり、ゆらり。


 ソレに興味が出てきたので指で軽く突いてみる。


 ズブズブズブッ!


 何だこの柔らかさは! 


 指がほとんど埋まってしまったじゃないか!


 まてよ? もしかして僕は、この物体を知っているのではないか?


 だけどまさかそんなはずは無いよな?


 もう一度確認してみよう。


 左右に揺れるその二つの物体を両手で軽く持つ。


「んん?」


 物体から反応はある。軽く力を込めてみる。


「あん」


 ふむ、想像通りの反応だ。


 更に何度も何度も指を動かしてその二つの物体の柔らかさを堪能する。その感触は僕の心を完全に捉え、手を離す事を許さない。


 このまま永遠に触っていたい。そんな気持ちにさせる至高の物体だった。


 多分これには魅了チャームの魔法でも掛かっているのだろうな。


 下から押し上げて離すと、たゆんと揺れるソレは、えも言われぬ甘い香りを放ち、その感触は最高の癒しを僕に与えてくれていた。


「ああん……」


 おっぱいじゃん! おっぱいじゃん!


 大事な事なので二回言ってみました。


「ふふふ。ハルトは中々積極的だね。目が覚めたばかりなのにそんな事をするんだから。ボクとしては大歓迎だけどね」


 聞き覚えのある声。


 一度は別れを余儀なくされたその声の持ち主は、優しい声で僕を包んでくれる。


「お帰りハルト」

「やぁ久しぶりだね、シャル」


 その二つの至高の物体の正体はシャルロッタ = タッペル。賢者の塔を登っていた時に出会った、元ジニア四天王。炎槍のシャル。


 小柄な身体に二つの巨大な乳を持つボクッ娘。それがシャルだ。


「ねぇハルト、いっその事このまま……」


 シャルが何かを言い始めた時に、外から何者かの声が聞こえて来た。


「絶対また抜け駆けしてるって! さっきこっちに行くのを見たもの」

「しかし、この部屋には誰もお通ししておりません」

「だーかーらー! 中を確認させなさいよ!」

「この部屋へ入るには御三方の同意が必要です。それを決められたのは貴女方でしょう?」


 どうやらここは何処かの部屋の中の様だ。部屋に入れる入れないで押し問答しているみたいだな。


「その三人のうちの一人がこの部屋の中に居る疑惑があるの! それを確認するだけだから、早く通して!」


 うんうん、どうやら元気にしているみたいで安心したよ。


「いい加減にそこを退かないと……すり潰すわよ?」


 何処を⁉︎


 その言葉だけで下っ腹がキュンとなったよ?


「はぁ……仕方ありません。但し! 私も同行しますからね?」

「分かったから! もたもたしてないで早く開けてよ」


 扉の前でカチャカチャと音が鳴り、ガチャリと扉が開く。


「あーもう、やっぱり居るじゃないの! シャールー、抜け駆けはあれだけダメって言ったでしょ!」

「どうやって部屋の中に……私はずっと部屋の前で待機していたんですが」

「そんな事どうでもいいわ! シャル! 今度という今度は許さないからね!」


 女三人寄れば姦しいか……だけどこの騒がしさは僕にとって最高のプレゼントだな。


「ふふふ、出し抜かれる方が悪いんだよ。みんな一緒に居たら出来ない事もあるからね」

「ハルトに何をしようとしてたのよ!」


 今、シャルにお説教をしているのが、僕がこの世界に来て一番お世話になった人であり、恋人。レベッカ=フランシール。通称レヴィ。


「全く……タチが悪いわね」


 やや後ろで、しょうがない人ね。なんて言いながら腕を組んでいるのが、僕の大切な幼馴染であり半身でもある人。朝霧風香。


 この光景をまた見ることが出来るとは思っていなかった。みんなに再会できて最高の気分だ!


「やぁ風香、レヴィ。久しぶりだね」


 もはや定番化した挨拶。


「ハルト! 目が覚めたのね?」

「春人……遅すぎるのよ。私がどれだけ心配したと思っているの?」

「今起きた。おはよう」

「早くないっていってるでしょ! 起きたのなら丁度いいわ。春人、そこに座って」


 風香の機嫌は良くないみたいだな。


「ハルト、フウカの言っている事が聞こえなかったのかしら? そこに座るのよ」


 うーん。レヴィもご機嫌ななめみたいだねぇ。しかし、そこって床なんだけど?


「ちょっと待ってよ。何が何だかよく分からないんだけど?」

「いいからそこに正座!」


 うそん。床に直で正座するの? 


 お説教タイムの時間ですか?


 僕の最高の気分を返して!


 二人の顔を伺ってみるが、許して貰えそうな雰囲気ではない。


 渋々床に降りて正座をする。


 おうふ、これは少しばかりキツイな。


 その後、二時間に渡りお説教をされた。せめてもの救いは、僕の隣で同じく正座をさせられているシャルの存在だ。


「大体さ。二人は固すぎるんだよ。好きな人のお世話をするだけなのに、なんで人の許可がいるのさ」

「シャルの場合お世話だけじゃ済まないじゃない!」

「当然だよ! それが愛の証だからね」


 僕、眠っている間にナニをされたんだ?


 その疑問をぶつけては見たが、全員が目を逸らし、沈黙を貫くという荒技を行使され、何一つ教えて貰えなかった。


 その代わりと言ってはなんだが、僕が眠りについてからの七日間の事を教えて貰えた。


―――――――――――――――――――――


「春人? ダメよ。一人になるのはいやー!」

「ハルト! お願い、誰かハルトを助けてよ!」


 二人の叫びとは裏腹に周りの人々は皆沈痛な面持ちで沈黙を貫いていた。


 その沈黙を最初に破ったのはシャルだった。


「二人共、ハルトを送ってあげよう?」

「「いや!」」


 ハルトの死を二人だけは認めようとしない。


「まだ、生きてる! まだ間に合う!」

「誰か治療を! お願いよぉ」

「分かった。二人が納得するまで私が付き合う」


 進み出て来たのは二百年前の聖女、千登勢。


 聖女の名に恥じぬ、類い稀なる強力な聖属性魔法の使い手で、その癒しの力で数々の生命を救ってきた実績の持ち主である。


 リザレクション!


 聖女である千登勢の代名詞、復活の魔法が唱えられる。


 ハルトの胸に空いた大きな穴。


 心臓を抜き取るという無茶な事をしでかした代償のその欠損が、魔法によって逆再生されているかの様に元へと戻って行く。


「ほら、大丈夫でしょう? ハルト、目を覚まして!」

「いつまで寝ているのよ春人! さっさと起きて!」


 身体の怪我はみるみる内に治療されて行くが、一向に目を覚ます気配は無い。


「これは……」


 千登勢が再度復活の魔法を使用する。


 リザレクション!


 青ざめていたハルトの顔に赤みがさしてきて、今にも止まりそうだった呼吸も穏やかな寝息に変化する。


「信じられないわ!」


 サーチ!


 千登勢がハルトの身体を隅々まで調べ上げ、その結果を全員に説明する。


 心臓を失い身体が急速に死に向かっていたが、その代わりとなる物がギリギリで生命を保っていた。


 ハルトと共にあったスキル。ラーニングが擬似核となり生命を繋ぎ止めていた。


 そこへ復活の魔法が掛けられた事で核が完全な物になり容体は安定した。


「彼は助かりました。とても信じられない事だけど。人属が核を持つなんて、掛け値なしのとびっきりの奇跡だわ!」

「ハルト!」

「良かった……」


 しかし、千登勢の顔は曇ったままだった。


「身体は治療が終わりましたが、問題は心の方です」

「どういう事なの?」

「彼は自ら死ぬ事を恐れずに行動しました。それを受け入れていた為、心が完全に死に傾いています」

「つまり?」

「このまま目を覚さない可能性が高い……」

「そんな……」

「何とかならないの?」

「こればっかりは私ではどうしようもないですね。要は彼の心の持ち様の問題なので、生きようとする意志を彼が再び待てばあるいは……」


 ハルトは死ななかった。


 全員にとって朗報ではあるが、永遠に意識を取り戻さないのであればそれは死と同義である。


 ハルトはその後ジニア帝国の保護を受けて、一の郭にある幻想宮へ運び込まれる事になる。


「盆ちゃん、銀ちゃんが迷惑を掛けたんだから最後まで面倒を見るのは当たり前でしょう?」

「いや、しかしだな……」

「何か文句でもあるの?」

「「いえ、ありません……」」


 千登勢の前では皇帝だろうと大賢者であろうと肩無しである。


「勿論、貴方達全員面倒を見させるから安心してね」


 千登勢の鶴の一声で幻想宮の客人として迎えられた一行は生活の不安も無く、ただハルトの意識が戻るのを待ちながら過ごしていたのだった。


―――――――――――――――――――――


「ハルトが目を覚ますかなって思って三人で色々な事をしたんだけどね……」

「身体は反応するのに……」

「ぜんぜん起きないんだもん!」


 一体ナニをした! まぁ。ナニをしたんだろうな。


 全く、油断も隙も有ったもんじゃ無いな。


「それで、ここは幻想宮だとは分かったけど、他のみんなは何処で何をしているの?」

「それなんだけどね……」


 こっちも問題ありか……


「春人が寝ている間に全員でギルドと教会へ行ってみたの」

「ギルドのライセンスの発行と職業診断にね」

「ライセンスはちゃんと作れたんだけどさ」

「問題は職業の方ね」


 職業だって?


 僕のトラウマが刺激されるなぁ。


 起きて早々だけど、みんなに話を聞いてみるしか無いみたいだね。


 こんな悩みも生きていればこそか……


 せっかく助かった生命なんだから精々楽しませてもらいましょうかね!

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