第41話 最後の時
「風香……」
僕はただ呆然と見上げる事しか出来なかった。大切な幼馴染をこの目で見ることができた喜びと、身動きも取れずに拘束されている事への怒りが複雑に交錯している。
二百年前だって?
何をしているんだよ……
その上、風香が犠牲になっただと?
それでこの国の人間がのうのうと過ごしてきたのか。
「おい! 聞いているのか?」
「ハルト、ハルト? ダメよ。待って、お願い。ねぇシャル。ハルトを止めて! あの顔はとんでもない事をする時の顔だわ」
「レヴィ、ボク達は拘束されてるんだよ? 無理に決まってるじゃない」
僕の周りでは誰かが喋っている。うるさいんだよ! 今はそんな事どうでも良いんだ!
「何だ? 自分から死んでくれるのか?」
全てが雑音にしか聞こえない。
早く風香をあそこから出してあげないと。どうするんだっけ?
「ハルト! やめて! 行っちゃダメだって!お願いよ……」
確か祭壇に行って……心臓を捧げるとか言ったか?
「風香……今、出してあげるからね?」
祭壇の前に立ち、右手の義手に込められるだけの魔力を流し込み、高く掲げる。
「ハルトォォォ! いやー!」
そのまま義手を胸の中央に突き込む。
ドン!
ああ、痛いな。
えーと? 心臓ってこれかな?
握り潰さない様に慎重に掴み、一思いに引き抜く。
くそ! 痛いじゃないか。だけど風香を助ける為なんだから我慢我慢。
後は、これを祭壇に置けば良いのかな?
「フハハハハ。まさか自ら心臓を捧げるとはな。こちらに取っては好都合だよ」
うるさいな。お前の為じゃないんだよ!
祭壇の上に置いた心臓は吸い込まれる様に吸収され、消えて無くなった。
一瞬の間の後、祭壇が優しく光を放ち始め、その光はやがて段々と強くなり、強い閃光となり室内を光で埋め尽くした。
上手くいったのか?
これで風香は自由に……あれ?
身体に力が入らないぞ?
丁度目の前にあった祭壇にこれ幸いと横たわる。
目を閉じて胸に走るジンジンとした痛みを耐えていると、すぐ側に誰かの気配を感じた。
「何をしているのよ春人?」
「やぁ風香。久しぶりだね」
やっと聞く事ができた幼馴染の声。僕が心の底から望んでいた物。いつでもどんな時でも側にいて、全てを分かち合って来た僕の半身。
目を開くとそこには風香が立っていた。
「ねぇ春人? 胸に穴が開いているけど、どうしたの?」
「風香は覚えてる? 風香はあそこに閉じ込められていたんだよ。そこから解放するのに僕の心臓が必要だったからさ、抜き取った」
「そう、でも私そんな事を頼んでないわよ?」
ああ、いつもの通りの風香だ。
「ちょっと! その言い方はないでしょう! ハルトはアンタを助ける為にこうなったのよ?」
レヴィ、違うんだ。勘違いだよ。
どんな時でも自分を出せる風香は強い。だけど、今だけはやめて欲しいね。
「風香、僕はもう死ぬ。分かっているよね?」
「約束を破るの?」
「約束か。風香とは本当にたくさんの約束をしてきたからなぁ。どんな約束だっけ?」
「私より先に死なない事。私よりも一秒でも長生きして、私を看取る事よ」
ああそれか。風香は寂しがりだからな。
「それは謝るしか無いな。もう叶えてあげる事はできそうに無い」
「そう、嘘つきは嫌いだわ」
「アンタ、いい加減に……」
「レヴィ……少し黙って」
「ハルト……」
「最後なんだからさ。頼むよ」
僕の生命はもう持たないだろう。心臓を抜き取ったんだから当たり前だ。
だからこそ、風香には伝えておかなくてはいけない事がある。
「風香、お願いがあるんだ」
「嫌よ。聞かないから」
「風香。時間がないから言うだけは言っておく。もう演技はやめていいから」
「なんでよ……」
「僕はもう側にいてあげる事ができないから、強い振りはしなくていい」
「でも……」
「弱いのは罪じゃ無いよ? 弱さを曝け出す事で周りのみんなが風香を助けてくれるさ」
「春人が助けてくれればいいでしょう?」
「それができれば良いけどさ。もう流石に無理だね」
「本当にいなくなっちゃうの?」
「うん」
風香の顔が変化する。最後にこの顔見たのはいつだったろうか?
「春人、いやだよ。私を一人にしないで……」
「一人じゃ無いよ。周りを見てみなよ。みんなが居るだろう?」
「春人がいい! 私は春人だけ居ればそれでいいよ」
風香が泣いている。みんなは初めて見るだろうな。風香はいつでも風香だった。弱音を吐くなんてあり得ない。
僕以外には……
「風香。僕の最後の言葉を聞いて」
力が入らない腕をなんとか上げて、風香の頬を伝う涙を拭き取る。
「エドさんそこにいますか?」
「ああ、居るぞ」
「風香。この人がエドさんだ。今は訳あって戦う事が出来ないただのオッサンだけどね」
「おい! 最後までそれかよ」
「だけど、知識は確かでね。この世界で何か困ったことがあったら相談するんだ。力になってくれる」
「はい」
「エドさん。貴方と掛け合いをするのが余りにも楽しくて、酷い事ばかり言っていましたけど、信頼していたんですよ? 風香の相談に乗ってあげて下さい」
「ああ、良いだろう」
「溜まりに溜まったツケを返して下さいね」
「お前さんらしいよ……全く」
これでここでの生活は何とかなるだろう。
「康太?」
「なんだよ?」
「風香を頼む」
「俺に風香を制御出来るとは思えないけどねぇ」
「風香。その他何かあったら康太に相談しろ。こう見えても康太は頼りになる。僕の親友だからね」
「はい」
「春人。こう見えてってなんだよ!」
「ふふふ。頼んだぞ康太」
「おう、任されたよ」
後は康太のフォロー役に……
「紗羅は居るかい?」
「ここよ。春人君」
「康太の事を頼みたい」
「風香じゃなくて?」
「うん。その方が都合がいいでしょ?」
「あは、バレた?」
「康太以外にはバレバレだね」
「おい春人! 何の話だよ?」
「康太は知らなくて良い事だよ。紗羅、頼むよ」
「分かった。ありがとう春人君」
実際、紗羅が康太を好きなのはみんな知っているのに何故本人だけが気付かないんだろうね? もしかして康太は鈍感系なのかな?
「蒼羅」
「なに?」
「風香は今見た通りの普通の女の子なんだ」
「それ、結構ビックリした」
「女同士しか相談出来ない事もあると思うから色々とフォローをお願い」
「いいわよ」
「あと、蒼羅もそろそろ良い人を見つけてね」
「それは大きなお世話!」
次は萃香だな。僕の生命持つかな?
「萃香……」
「何ですか?」
「萃香は今までと同じで風香の側に居てあげて」
「言われるまでも無いですね」
「お姉様ラブも程々にしておきなよ」
「無理です」
「そのブレない所が萃香だよね。だから好きなんだよ」
「私は姉様にしか興味はありません」
「知ってる」
まだ話したい事はたくさんあるのにもうそろそろ限界かな。最後はやっぱり……
「レヴィ、シャル。二人共そこに居る?」
「いるよ」
「ハルト! すぐに治療を……」
「残念だけど時間が無い。二人にも頼みがあるから聞いて欲しい」
もう、力が入らないな。
「レヴィ、風香達の面倒を見てあげてくれない?」
「ハルト、死んじゃいやだよ!」
ああ、また泣かせてしまったか。僕は誰かを泣かせてばかりだな。
「ごめんねレヴィ。僕はもうダメみたいだ。短い間だったけどレヴィと過ごした時間は楽しかったよ」
「ハルトお願いだから! 治療したらすぐに元気になるから!」
むー。このままじゃ、まともに聞いてくれないな。
「シャル。レヴィを何とかできない?」
「ふーやれやれだね。でも、ボクを頼ってくれるのは嬉しいから一肌脱いであげる。なんならいっその事、服も脱ごうか?」
「ふふ、それは今はいいかな。やっぱりシャルは最高だね」
「ふふん。良い女の嗜みって奴だよ」
シャルとは本当についさっき出会ったばかりだけど、打てば響くようなこの対応は、今の僕にはとても有難い。
「レヴィ、いつまでも泣いていないでハルトの話を聞きなさい」
「でもでも、ハルトが……」
「ハルトはもう無理なのは分かるでしょう? ちゃんと聞いてあげて」
「いやよ! ハルトがハルトが……」
「ねぇレヴィ? ハルトにとって、最後の貴方の記憶がそんな泣き顔でいいの? ボクだったらそんなの嫌。泣きたいのはボクだって同じだよ。でも、ハルトにはボクの笑顔を覚えていて貰いたいから、無理して笑っているんだ! ボクに出来るんだから、レヴィにだって出来るはずだよ?」
シャル……ありがとう。
「ハルト……」
レヴィが涙を堪えながら僕に笑いかけてくれる。何とも言えない泣き笑いの顔がいじらしい。
「レヴィ、そこに居る僕の友達の面倒を見てあげて欲しい。甘やかす必要は無いからね? でも必要最低限生活を出来るくらいにはしてあげて」
「分かった」
無理をしている。こんな顔をさせているのは僕だ。
「レヴィが居てくれて本当に良かった。いつも側に居てくれてありがとう。本当にたくさんの事を学ばせて貰った」
「うん、うん」
「後の事は頼んだ」
「なによ? 丸投げするの?」
「レヴィとした約束も守れなくてゴメン。大迷宮、レヴィと一緒に行きたかったなぁ」
「うん……」
なんだか、暗くなってきたな。周りで何かを言っているみたいだけど、上手く聞き取れないや。
これが死ぬって事なのかな?
まだ、死にたくなかったなぁ。
やりたい事がたくさんあるんだ。
それでも後悔はしていない。風香を自由にする為に必要な事だったから。
それでもやっぱり、みんなと一緒に馬鹿なことをやって笑っていたかったなぁ。
大人になっても、みんな一緒だと思っていた。
いつの間にか子供が出来て、家族ぐるみで、また集まって、みんなで騒ぎながら笑いあって。
歳をとって行き、おじいちゃんおばあちゃんになってから縁側でお茶なんかすすって、あの頃はみんな馬鹿だったねぇ。なんて言いながら過ごしていく物だと思っていたのに……
人生なんて何があるか分からないものだね。
短い人生だった。たった十七年と少しか。
それでもみんなと出会えたんだから、最高の人生だったなぁ。
また、何処かで会えるといいな。
だからさようならは言わない。
みんな、またね!
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