第40話 最高で最悪の再会
大賢者ギンに魔法をかけられて、身体の自由を奪われた僕達は別々に軟禁されてしまった。
「二人共、大丈夫かな?」
この部屋に軟禁されてどの位の時間が経ったのか?
窓すら無く、時間の経過を測る術は自分の体内時計しかない。
「魔法の実験体とか言っていたな……」
どんな風に使われるにしろ、ろくな事にはならないだろう。
それに、一つ気になる事を言っていたな。迷い人。それだけで利用価値がある……か。
彼奴は僕を使って何をするつもりなのか?
何もする事ができないもどかしい時間が過ぎて行く。もちろんここを脱出する方法を探してはみたが、部屋の扉も壁も、全て破壊する事は出来ず、転移もやってみたが、部屋から出る事は出来なかった。
「また、待機か……苦手なんだよなぁ」
何もせずにじっとしているのは性に合わない。自由を奪われるのは嫌いだ。
「一旦身体を休めるためにも、寝るしかないか……」
軟禁された部屋には寝台が一つ置いてあるだけで、調度品は何も無かった。
今もその寝台の上でゴロリと寝転がっていた。
みんなの事は心配ではあるが、休める時に休んでおきますか。
軽く目を閉じて力を抜いていると、やがて睡魔が襲ってきた。
しばらくの間ウトウトと微睡んでいたが、突然の乱暴な声で僕は叩き起こされた。
「おい、起きろ!」
「うあ?」
「よくも呑気に眠って居られるもんだな! 大賢者様がお呼びだ!」
やれやれ、やっとですか。乱暴に部屋を追い立てられて、やがて一つの部屋の前まで連れて来られた。
「どこに行くんだ?」
「お前が知る必要など無い! 黙って着いてくればいいんだ!」
へぇへぇ、仰せの通りに。
開けられた扉の中は空洞になっていて下を覗くと真っ暗で何も見えなかった。
「ここは?」
「さっさと中に入れ!」
「いやいや、中にって何も無いでしょ? こんな高さから落ちたら死んじゃうだろ!」
「喧しい!」
案内してきた男に半ば強引に突き飛ばされる。
「テメェ! 覚えてろよー!」
狭い空洞の中を下に向かって落ちて行く。途中から落下速度が遅くなり始め、頭から落ちていた体勢をなんとか整えていると、何事も無く下に降り立つ事が出来た。
「エレベーターみたいなもん? それならそうと説明しろよな!」
一瞬だが死を覚悟したのが馬鹿みたいじゃないか。
「それで? ここは何処なんだ?」
目の前にある扉を開けてみると、外はかなり広い空間のようだ。
眼下に広がる長い階段。そして中央部には巨大な樹。青々とした木の葉をつけ、薄い緑の可愛らしい花を咲かせている。
大樹の高さは30メートルはあるだろうか?
その巨大さと薄く光る大樹の幻想的な光景に惹かれるがまま階段をゆっくり降りて近づいてみる。
「随分と遅かったじゃないか」
大樹の根本で待って居たのは、言わずと知れた大賢者ギンだった。
「急ぐ理由は僕にはありませんからね」
「確かにな。まぁ俺も焦る必要は無いがな」
まずは大賢者と交渉をしてみますかね。
「僕を解放する気は?」
「ねぇよ」
「僕の仲間達は?」
「返答は変わらない。こんな事を世間に知られる訳にはいかんからな」
「悪い事をしている自覚はあるんですね」
「まあな、だが俺達の女神様をこのままにしておく事はできねぇんだよ。見ろ!」
ギンが背後を振り返り視線を送っている先には一人の少女の姿が見て取れる。
大樹の幹の中に薄い緑のガラスケースの様な物に入れられて、微動だにしない美しい少女。
「アイツはこの二百年の間ずっとここに居た。自分の意に反してな。だから解放してやらないと可哀想だろう?」
「説明をして貰えます? 僕にはなにが何だかさっぱりですよ」
「良いだろう。長い話になるがな」
大賢者ギンが語る内容は要約すると、こんな話だった。
遥か二百年前、ジニアに災厄が訪れる。数万を超える魔物の大群が国を襲った。
大勢の騎士達やギルドの面々が懸命に対処したが、その数の多さにどうする事も出来なかった。
時の王ザカライアスは聖樹の力を使い結界を張る事を決める。しかし結界を張るには犠牲が必要だった。六名の人間を人柱として捧げる事で結界は完成する。
選ばれたのは聖樹の世話係を務める六人の男女。その尊い犠牲により、結王都全体を覆う程の巨大な結界が張られ、魔物の大群を見事に遮断出来た。
その時、犠牲になった六名はジニア六聖と呼ばれ、今でも守り神として民に愛されている。
「どうだ? こんなお涙頂戴の陳腐な物語は?」
「犠牲になった人は可哀想だとは思いますけど、その人達のお陰で今のジニアがあるんでしょ?」
「お前に何が分かる! アイツが犠牲になる必要なんて無かったんだ! 何故千登勢だったんだ! 他にも居ただろう……」
そう言ながら、ギンは涙を流しながら拳を強く握りしめている。その拳から一筋の血が流れる。
どうする事も出来ずにギンを眺めていると背後の階段を降りて来る足音が聞こえる。
「ギン? まだ始めて無かったのか?」
穏やかな声でギンに語りかける男。
「貴方は?」
「ジニア帝国皇帝、ボンザ=ブロゥ=ムラーク。本名は村川盆三郎、日本人だ。どちらでも好きな方で呼んでくれたまえ」
この人が村川さんか……
「僕は貴方のお陰で随分と助かったんですよ。一言お礼を言いたかったんです。有り難うございました」
僕がこの世界に最初に降り立った場所にあった一冊の本。世界の説明とスキルにお金。これが無かったら僕のこの世界での生活は全く違った物になっていただろう。
下手をしたら野垂れ死んでいたかもしれない。僕の恩人と言っても良いくらいの人だ。
「うん? 君と会った事は無いと思うが?」
「貴方が残して下さった本やスキルで僕は生き延びる事が出来ました」
「ああ、撒き餌に引っかかった奴か。納得したよ」
「撒き餌?」
「ああ、僕達の計画にはどうやっても日本人が必要と分かったからね。この世界にやって来る日本人の数は限られている。まかり間違っても死んでもらう訳にいかないからね。ある程度の力と金銭を世界の特異点にばら撒いておいたのさ。そうか、君がそれか」
何だ? 善意でやった事じゃ無いのか?
「あの撒き餌には特に期待はしていなかったが、やっておいて正解ではあったみたいだね。こうして生贄として僕達の元へやって来てくれたんだからね。正直助かったよ、哀れな生贄君」
「アンタはこの国の皇帝なんだろう? 生贄ってなんだよ!」
「この国での事は全て僕が決めている。だから君を生贄にする。どこか可笑しいかな?」
ダメだ。この人達はもうとっくに壊れている。たった一つの事に固執する。僕と同じだ。僕にはとっての風香がこの人達にも存在している。
この二人にとっての女神。千登勢さんとか言ったかな? 大樹の中に閉じ込められている少女。
恐らくはこの少女を助ける為だけに、この二百年を過ごして来たのだろう。それは二人にとって地獄でしか無かったはずだ。
触れる事も、声を聞く事すら出来ない永遠とも思える二百年。
心が壊れても仕方ないか。
だけど、僕が生贄になる必要は無いな。また風香に会うまでは死ぬ事なんて出来ない!
この場に留まるのは得策じゃあ無い。それならば何とかして逃げ出すしかない。
「おっと、やっと手に入れた生贄を逃すわけがないだろう?」
そう言って皇帝ボンザは、キザな感じで指をパチンと鳴らす。
「ハルト!」
「無事だったんだね」
レヴィとシャル。あと、ついでにエドさんが兵士に槍を突きつけられながら皇帝ボンザの側へと連行されて来た。
「君が逃げ出したら三人の命は無いよ?」
「卑怯だぞ! エドさんはどうでもいいけど……」
「おい!」
エドさんが何か言っているけど、今はそれどころじゃ無いんだよなぁ。
人質を取られて逃げられない、下手に攻撃を仕掛けても三人が危ない。ジリ貧だな。
「アンタの望みは何だ?」
「ギンに聞いたのだろう? 勿論、千登勢の解放だよ」
「僕に何をさせるつもりだ!」
「今現在帝都に張られている結界を維持しつつ、千登勢を解放するには君の心臓が必要なのさ」
「心臓だって?」
「そうだ! 聖樹の根本をみてごらん? 祭壇があるだろう。その祭壇の上で生きたまま心臓を抜き取りその命を捧げる事で、六名の人間が解放されるんだ。どうだい?名誉な事だろう?」
何だってそんな仕様なんだよ。
「この六芒結界はかつてこの地を治めていた亀人が創り出した物でね。使用するには六名の犠牲が必要になり、更に解放する為に同朋の生肝が必要となる。恐らくは同朋の命を救う為の措置なんだろうが、僕達にとっては迷惑極まりない物だったね」
「それは僕もそう思うよ。けど何でアンタ達のどちらかが犠牲になろうとしなかった?」
「そんな事をしたら、千登勢が悲しむだろう?」
皇帝の目つきが段々と怪しくなって来ている。
「君だって同朋の命を救う事が出来るんだ! 良く見てみたまえ。ジニアを救った英雄達を」
英雄達だって?
そうか、全部で六名居るって言っていたな。だけど同朋って言っても二百年も前の人達なんだから僕には関係無いだろうに。
だけど、どんな人達なのか気にはなるな。
皇帝ボンザが示した方に目線を送る。
ふふふ、何だあれ?何 であんなポーズを取っているんだか。まるでフロント・ダブル・バイセップスじゃないか。康太が一番好きなポーズだったな。
顔までそっくりで、まるで本人みたい……
いや、あの少しだけ右側に傾く癖のあるポーズと、あの上腕二頭筋は康太!マジか。
じゃあ、その隣は紗羅、蒼羅まで居るじゃないか!
待て待て、それじゃあ、あれは萃香か?
もうこの先を見たく無い。だけど身体が勝手に動いて行く。
あと……一人。
ずっとずっと会いたいと望んでいた僕の大切な人。そこに居て欲しくない。
だけど、たった一瞬だけでも良いから、会いたい。
感情が矛盾する。
気が焦る。
身体が上手く動かない。
意を決して上を見上げる。そこにはあの時と変わらない見慣れた顔が見えた。
何度も何度も、それこそ夢にまで見た幼馴染がそこに立っていた。
「風香……」
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