第25話 就職活動

 ゆっくりと目を開けると、そこは知らない部屋だった。身動きせずに目線を動かしてみる。


 最近、何故か気を失って気がつくと知らない場所にいる事が続いている。


 これがマイブームって奴かな?


 身体を起こしてみると突然、二つの柔らかい爆弾が顔を覆う。この爆弾の恐ろしさは、その柔らかさと甘い香りで抵抗する気力を全く起こさせない所だ。


 その上完全に密着しているため、ほとんど呼吸ができない。


 しかし、この感触からは離れる気が全く起きず、そのまま気を失うまで堪能したくなる危険な爆弾なのである。


 限界まで堪能した僕はやむなく、本当にやむなく声を上げる。


「えビィ、ぐるじい」

「え? なーにハルト?」

「いぎがっ、えぎない」

「あっ! ご、ごめんね。大丈夫ハルト?」

「うん。まあ何とかね」

「ハルトが起きたから嬉しくて、つい抱きついちゃったの。本当に死んじゃう寸前だったんだからね?」

「そうなの? 今も幸せに包まれて昇天する所だったけどね」

「だから、ごめんって」


 両手を合わせて片眼を瞑り謝るレヴィが余りにも可愛いくて頭を撫でようと右手を出した。


「あ、そっか。無くなったんだった」

「ハルト……」


 レヴィの表情が曇る。


「大丈夫、気にしてないよ。大体さ。腕なんて……」


 コンコン。


 会話の途中で部屋のドアがノックされる。レヴィがすぐに立ち上がり対応してくれた。


「よぉ、邪魔するぞ」

「帰って!」

「そう言うな。大事な話なんだ」

「話す事なんて無いわ。ハルトはまだ起きたばかりなのよ。だから帰って!」


 レヴィ声が固い。人にあんな態度を取るような子じゃ無いのにどうしたんだろう?


「レヴィ、どちら様?」

「ハルトは気にしなくていいわ。今、追い返すから」

「レヴィ、僕は子供じゃない。話をするかしないかは僕が決める。取り敢えず入って貰ってくれる?」

「ハルトがそう言うなら……どうぞ」


 部屋に入って来たのは二人の人物だ。何処かで会った様な気はするが正直、誰かは憶えていないな。


「無事みたいで何よりだな。改めて自己紹介するとしようか。レックス=ブラック。オウバイの王だ」

「初めまして」

「初めまして?」

「あー。あの時の事はほとんど記憶に無くて」

「そうかい。そう言う事なら初めましてだな」


 自信に満ち溢れた大人の男、それが第一印象。すぐにひっくり返る事になるけど。


「それで、こっちが……」

「フランシール=エカテリーナです。宜しく」


 この人は何となく憶えている。僕と戦ったよな?


「あの、怪我はありませんか?」

「陛下に治療して頂いたので、もう何ともありませんよ」

「治療、ですか?」

「おうよ。俺はな聖属性の魔法が得意だからな。お前さんの怪我も俺が治したんだぜ?」

「そうですか、ありがとうございます。お互い大した怪我ではなかったみたいで良かったですよ。正直、レヴィを助ける事しか考えていなくて。その他はどうでも良かったので加減が効かなかったんですよね」

「ふははは、フランとまともに戦って倒すような奴なんて久しぶりに見たぜ。お前強いよな」

「まぁ、弱いとは思ってませんけどね。絶対に勝てない相手は居ますけど」

「ほう、誰だよ。その化け物は」

「正真正銘化け物ですよ。朝霧巌、僕の師匠です」


 レックスとフラン、二人は目を丸くしている。


「よりによって、彼奴の弟子かよ」

「それならあの強さも頷けますね。化け物の弟子は化け物ですか」

「知っているんですか?」

「まあな、一千年前の出来事は知ってるか?」

「うーん、少し聞きかじっただけですから、詳しくは知りませんよ」

「何処まで知っている?」


 ペニュ爺に聞いた話を思い出しながら説明する。


「確か、召喚されて滅ぼす物と戦って、何やかんやで元の世界に帰った、みたいな?」

「いくらなんでも端折り過ぎだが大体合っているな」

「彼は元気にしていますか?」

「ええ、何度も殺されかけましたよ。修行の名の元にね。大体あの人おかしいんですよ! 何をやっても、どんな攻撃も当たらないんですよ? どうやって勝てばいいんだよ! ふざけやがって!」

「おいおい、大丈夫かよ?」

「あ、すいません。思い出したら、つい」

「相変わらずだな。アイツは。けどよ、何でお前さんがアイツを知っている?」

「さあ? 何でと言われても僕にも分かりませんよ。ただここは、僕の知っている世界では無く全く違う世界だって事です」

「成程な、迷い人か……」


 迷い人。それだけで説明できるのだろうか?


 師匠は一体何をしたんだ? 仮説としては時間を超えた? 過去なのか、未来なのかさっぱり分からないけどね。


「それで? 今日はそんな事を言いに来たわけでは無いでしょう。どんな用なんです?」

「ああ、そうだったな。謝ろうと思ってな」

「謝る? 何をです?」

「まずは、下の者の教育がなっていない事からだな」

「ギリアンですか……」

「そうだ。アイツがやった事は、世界の禁忌に触れる物だ。特に俺たち獣人の掟ではな。今ギリアンはこの屋敷の地下に幽閉してある。謝罪を求めるなら会う事は可能だが、どうする?」

「興味有りません。と言いたい所ですけど、一つだけ引っかかる事があるので、後で会わせて貰いたいですね」

「分かった。もう一つはそれだよ」


 レックス王は僕の右側を指さした。


「お前さんの腕をフランが切り落とした。この事の謝罪だな」

「詳細を確認せずに貴方と戦ってしまった私が悪いのです。お許しください」


 深々と頭を下げるフランシール。


「俺も何とか治療しようとしたんだがな。誰がやったのかは分からんが、お前の腕が何処にも見当たらなかったのでな。それが限界だった。すまん」


 レックスもまた、頭を下げている。


「これですか?」


 軽く右腕を上げると肘から先が無い、


「そうだ。腕を無くしては不便だろう。俺に出来る事はさせてもらうよ」

「そうよハルト! たっぷりとむしり取ってやればいいのよ!」

「レヴィ?」

「だって、ハルトの腕が……」

「大丈夫、大丈夫。腕なんて放っておけば生えてくるじゃん?」

「「「は?」」」


 おう、見事に三人共声が重なってるな。


「だから、二、三日もしたら生えてくるでしょ? 腕なんだから」

「ハルト、腕を失ったら普通はそのままよ?」

「えー、そうなの? レヴィは変わってるんだね」

「それはお前の方だ!」

「そうですよ。腕が生えるなんて竜人くらいしか…」


 レックスの目がキラリと光る。


「そうか、お前竜人か!」

「いえ? 普通の人間ですよ?」

「いいか? 普通、人間の、腕は、生えたりしない!」

「あー、じゃあ、そういう体質で」

「そんな体質あるか!」


 だってそうなんだから仕方ないよね?


 どんな大きな怪我をしても、四肢を無くしてもすぐに元に戻るんだからな。師匠もそうだったしなー


「あ、そうか!」

「どうした急に?」

「師匠に修行をつけて貰ったからですね。うんうん間違いない、そうしておこう!」

「それも無いと思うが、イワオのやる事だからな。あるかもしれんな」

「あ、やっぱり師匠はここでも非常識なんですね?」

「言ったろう? 化け物だと」


 その後は何故か師匠の悪口大会で盛り上がってしまった。


 その翌日、レックス王に連れられてギリアンが捕らえられている地下の部屋へ案内された。レヴィはまだ会わない方が良いとの判断で部屋でお留守番だ。


「おう、ご苦労さん」

「陛下、この様な場所にお越しいただかなくとも御用があればこちらから出向きますのに……」

「良いんだ。ギリアンは何処だ?」

「はっ! ご案内致します」


 案内されたのは牢獄。鉄格子の向こうに横になっているギリアンが見えた。


「囚人、陛下がお見えだ! こっちに来い」


 看守代わりの兵士が声を掛けるがギリアンは微動だにしない。


「おい!」

「まぁ良い。お前は少し下がっていろ」

「陛下、それは出来ません」

「お前の役目なのは分かっている。その上で下がっていろと言っているんだ。解るな?」

「はっ!」


 兵士は渋々と言った感じで遠ざかっていく。


「これでいいのか?」

「ええ、感謝します。後は約束通りに」

「ああ、口出しはせんよ」


 レックスを一人残し、牢屋へと近づいて行く。


「やぁ、ギリアン。気分はどうだい?」


 ギリアンに反応は見られない。


「どんな気持ちなんだ? その部屋の中に居るのは」


 無反応。


「散々見下していた相手にこんな風に見下されるのはどんな気分なのか聞いているんだよ。少しは返事をしろよ、この無能者が!」


 ギリアンの身体がピクリと動く。


 なる程、突くならここか。


「おい無能よ。何とか言ったらどうなんだ! 何も言えないのか? まあ、国王の前で禁忌を犯して捕まった挙句、レヴィに振られた無能者の末路なんてこんな物だね」

「誰が無能か! 貴様なんぞに、貴様なんぞ……貴様は誰だ? 何故俺を無能者と呼ぶ?」

「やれやれ、やはりそうか」

「おい、ハルトよ。どういう事だ?」

「ギリアンも同じって事ですかね?」

「同じだと?」

「催眠丸。知っているでしょ?」

「まさか、此奴も操られていたと?」

「それは、これから彼に話を聞けば解ると思いますよ? だけどそれは僕の仕事では無いですけどね」

「ありがたいぜ。何も話さないからこのまま処断する手筈だったからな」

「だけど、少し根が深そうですよね?」

「そうだな。問題は誰が催眠丸を作ったのか。だな」


 催眠丸は素材さえ揃えば作成する事は可能だが、その素材を揃える事の方が難易度が高い。シャム叔母さんはそう言っていた。


 ある一つの素材を国が独占していて、許可が無ければ販売して貰えないと。


 では、誰が催眠丸を作成したのか?まあそれを調べるのはレックス王の仕事であって、僕には関係ないか。これからの事はレヴィと二人で相談してして決めようと思う。


 恐らくは四大迷宮へと向かう事になるだろうな。手始めに、一番近くのジニアの光あふるる洞窟かな? どんな場所なのか怖くもあり、楽しみでもある。不思議な気持ちだな。


 よーし、やるぞ!


 翌日、レヴィに相談してみると却下された。何で!


「当たり前でしょ! ハルト右腕は?」

「うっ。それはその内に……」

「すぐに治るんじゃ無かったの? それを聞いて安心していたのに、何も変わらないわよね?」

「うっ」

「そもそも、帝都で職業に付く約束だったわよね? いつまで無職でいるつもりなの?」

「あの……」

「そんな状態でダンジョンに行くなんて許可できないわよ。あまり心配させないでよ」


 そう言って僕の背後から抱きついて来る。


 あの事件の後レヴィは変わった。僕の事を一人にしようとしない。常に一緒に居て何かと世話を焼いてくれる。


「ハルト、お腹空いてない?」

「ハルト、お風呂の時間よ? 一緒に入る?」

「ハルト、果物食べる? 剥いてあげるね」

「ハルト、疲れてるでしょ? マッサージしてあげる」


 こんな感じだ。ありきたりに言うと、デレた。


 それはもう、ヤバいくらいデレデレだ。


 スキンシップもかなり増えて、いつでもくっついてくる。


 悪い気はしないが、余りにも過保護が過ぎる。


 そもそもだ! ツンデレとはツンがあって始めて成り立つ物で、僕としてはツン80、デレ20が黄金比だと個人的に思っている。これは人はよって様々な意見があるとは思うが、これだけは譲れない!


 それなのに今のレヴィと来たらツン0、デレ200位の割合で、デレの圧勝だ。ツン等見る影もない。


 こんなのレヴィじゃ無い。どうにかして元のレヴィに戻って欲しいのだけど。


 だけど、その原因も解っている。


 そう! 登ったんだよ。二人で! 大人の階段って奴をね。詳しくは話す事はもちろん出来ないけど。でも、それからレヴィはすっかり過保護になってしまって、何をするにも僕の側を離れようとしない。


 気持ちは分かるが、いくら何でもやり過ぎだよな?


「レヴィ。話がある」

「なーに? ハルト」


 笑顔が眩しいな。悪気があってやっている事ではないとは言え、この笑顔が曇り顔になるのは心苦しいな。


「僕は子供じゃない。今のレヴィはやり過ぎな感があると僕は思う」

「ハルト……私の事嫌い?」


 ああ、もうウルウルしてるじゃん!


「そうじゃない! いつも一緒に居るのが嫌なわけでもないし、色々やってくれるのも有り難いんどけどさ」

「だけど?」

「限度があるよ。小さな子供じゃないんだから、ある程度の事は自分で出来るし判断も出来る。このままじゃ僕はダメになるよ。レヴィが側に居てくれるのは凄く嬉しいけどやり過ぎだよ。いつものレヴィに戻って欲しい」

「そんなに変わったかな?」

「うん。だって何もさせてもらえないもの」

「そう、かな?」

「うん、だから。僕達の関係は一歩進んだけどさ。今までと同じお互いを高めて行く関係は崩したくない」

「分かった。でもねハルト。それと心配するのは別だからね? その腕と職業を何とかするまでダンジョンは禁止よ?」

「そうだね、まずはそっちを何とかするかな?差し当たっては職業を決めてこよう。神殿だったよね?」

「そうね。今から行こっか?」


 レックスに間借りしている部屋を出て、意気揚々と神殿へと向かう。


 エスカ大神殿。


 エスカ教の総本山で多くの人が参拝に訪れる神聖な場所。のはずなんだけど、何だこれは?


「番号札121番の方、3番の窓口までどうぞー」


 神殿の内部は大勢の人で一杯だった。備え付けのベンチで待つ人達。


 そして番号で呼ばれて向かう先は修道服を着たシスターが座るカウンター。板で仕切られたブースに向かい何やら話をしている。


 これ、ハロワですよね?


「どの様な御用ですか?」


 急に声をかけられビックリしたが、目的を素直に話すと木で出来ている札を渡される。


「番号で順番に対応していますのでしばらくお待ちくださいね」

「アッハイ」


 順番待ちの為、ベンチに座る。札を確認すると184番となっている。手持ち無沙汰な時間が過ぎて行く。


 さっき呼ばれたのが確か121番の人だな。六十人も前にいるのかよ。


 こんな時にスマホが有れば時間を潰していられるのに何もする事が無い。周りを見ても下を向いて誰一人会話をしていない。


 この空間に漂う雰囲気はアカン奴や!


 早くこんな所出て行かないと。


「何か、嫌な雰囲気ね」

「うんこれはちょっと、何とも言いようが無いね」


 レヴィと軽く会話をすると周りから刺すような視線を感じる。なんでみんなで睨んでいるんだ? 怖いんだけど。


「ちっ女連れかよ」

「こんな所に連れてくるなよな」

「はいはい、勝ち組勝ち組」

「良い身分だよな。羨ましい」


 あー。負のオーラをビンビンと感じるわ。


「ねぇ。何なのかしら?」

「しっ、気にしないでおこう」


 針の筵とはこの事だろう。長い時間が過ぎてやっと僕の順番が回ってきたようだ。


「番号札184番の方、2番の窓口までどうぞー」

「よし、行こう」


 指定されたブースに座るとシスターが問いかけて来る。


「今日はどの様なご用件でしょうか?」

「あの、職業に付きたくて……」

「それは、そうでしょうね。何か身分を証明する物はお持ちでしょうか?」

「アッハイ」


 ギルドのライセンスを出す。


「あー、ギルドの方ですか。今は職業は何を?」

「む、無職です」


 何で、どもってしまうんだろう?


「あら? そうですか無職ですか。今までずっと無職なんですか?」

「アッハイ」

「ふむ、職歴は無しと。まぁ、それでは調べてみますね。しばらくお待ち下さい」


 シスターはライセンスを持って背後の部屋へ入って行った。


「ねぇレヴィ。神殿てさ、みんなこんな感じなの?」

「うん、こんな物よ。何で?」

「いや、何かさ。居辛い雰囲気だなーなんて思って」

「そうね、ここは何か嫌な感じね」


 時間にして五分程度だろうか? シスターを待つ時間が無限にも等しく感じる。


「はい、お待たせしました。これが貴方の就ける職業です。ご確認下さい」


「ええっ? 少なっ!」

「レヴィ。それは酷くない?」

「だって二つしかないわよ?」

「それは見ればわかるよ。問題は中身だから」


 提示されたその二つの職業は


ニート

 身体能力にマイナスの効果有り。

 他の職業に就けなくなる補正有り。


取得スキル   無し


 これ、職業じゃないじゃん。もう一つは?


警備員(自宅)


 警備をする場所では無類の強さを発揮する。

 その他の場所では無力。


取得スキル   鉄壁


 ダメじゃん! 外に出れないよ。しかも自宅オンリーだし。僕自宅無いよ?


「ハルト……」


 ダメだよレヴィ?


 その目は人に向けてはいけない目だからね?


 マジでこれだけなの?


 就職ってこんなに難しいものなの?


 何でだよぉぉぉぉ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る