第24話 結婚式


「レヴィ!」


 僕はレヴィの名前を叫び部屋を飛び出していた。


「ハルト君! 教会は店を出て右だ!」


 場所が分からないまま飛び出してしまっていたよ。ありがとう、ボックさん。


「分かりました!」


 今ならまだ間に合うはずだ。いや、絶対に間に合わせてみせる。レヴィ、今行くからな!


―――――――――――――――――――――


 ハルトがシャム魔道具店を飛び出した頃、教会では結婚式の始まりを告げる鐘の音が鳴り響いていた。


「なぁ、フランよ。結婚式ってのはこんなに朝早くからやる物なのか? 眠たくてしょうがないぜ」

「人それぞれなのでしょう。そもそも出席したいと言ったのは貴方でしょうに。こんな格好をしてまでも」


 教会の最前列で新郎新婦を待つ人達に紛れ、眠気を堪えている男。オウバイの国王レックス=ブラックとその側近レヴィの実の母親フランシールが二人の登場を今か今かと待っていた。


 普通であれば、一国の王が臣下の、それもその子供の結婚式に参列する事はあり得ない。


 しかし、自由奔放な王がどうしても出席すると我儘を言い出し、見つからない様にこっそりと見守る事を条件に出席を許されていた。


「まあな、だがここまで朝早いと思ってなかったからな、失敗したよ。ふああああ」

「私の大切な娘の結婚式なんですよ? その態度はおやめ下さい。いくらなんでも不謹慎過ぎます」

「ああ、すまんすまん。だがお前の娘なら俺にとっても娘みたいなもんさ。しかしあのお転婆娘が結婚とはな、時が経つのは早いもんだな。フラン」

「ええ、本当にそう思いますよ。でもあの子は結婚なんてしないと思っていたのに。突然結婚するなんて言い出したんですからね」

「しかも、相手がアイツだからなぁ」

「不思議です。あの子とは全く合わない人だというのに、良く結婚を承諾したものです」

「男と女は他人には分からない何かがあるものさ。本人が決めた事だ。祝福してやるのが親の務めってもんだろうよ」


 二人共レヴィの結婚相手であるギリアンには、納得はしていない物の、レヴィの意見を尊重し沈黙を守っている様だった。


 教会の鐘の音が止み、さぁ式が始まるというその時に外から唯ならぬ怒声が聞こえてきた。


「何事でしょうか?」

「さあな、だが外には兵も大勢いる事だし何とでもするだろうよ。すぐに収まるだろうさ。俺たちはここで待機だな」

「はい」


 しかし、その怒声はまったく収まる事を知らず、更に剣撃の音まで聞こえ始めた。


「いくらなんでもこれは洒落では済まんな。フラン、すぐに出るぞ!」

「御意」


 二人が外へと飛び出すとそこには結婚式にはまるで相応しく無い、血のバージンロードが形成されていたのだった。


 辺りには何人もの兵士が倒れ、酷い怪我を負った者までいる。


「どこの襲撃だ!」

「調べてまいります。ここでお待ちを!」

「ダメだ! 俺が出る」

「しかし……」

「お前が居れば大丈夫さ。そうだろう? フラン」

「はっ! お任せを!」


 めでたい結婚式をぶち壊しにした襲撃者はもちろんハルトである。


「ここを通せと言っているだけだ! 早くどけ!」

「絶対に通すな! 近衛兵集合! 密集陣形を取れ」

「邪魔をするな!」


 ハルトには珍しくその右手には一本の剣が握られていた。そこらの兵士を倒し奪い取った物である。その剣が一閃すると、一人また一人と兵士が倒れて行く。


 剣術などという程の物は何一つなく、ただ力任せに振るわれる剣であるが、その力が尋常ではない為に兵士達はほとんど抵抗もできず弾き飛ばされていた。


「フラン、行け。但し殺すなよ」


 フランシールは無言で走り出しハルトに肉薄する。音もなく一条の光が瞬いたかと思った瞬間にハルトの右腕が肘下から切断される。


「くっ、なんだよ!」


 ハルトは反射的に右腕を振り、飛び散った血を目眩しにして左の裏拳を振るう。


 右腕の痛みのせいか、それともフランシールの反射神経のなせる技か、裏拳は空を切る。躱されること予測していたのか、ハルトがフランシールの頭へ飛び付き、脚で首を締め上げ身体を捻り、フランシールの頭頂部を地面に叩き付けた。


「おいおい、マジか! アイツは化け物かよ。フランをのしちまったぞ」


 レックスはフランシールが負けた所を初めて目の当たりにし、その目は驚愕で大きく見開かれている。


 身体中に傷を負い全身から血を流し、右腕を失った事など気にする事なく歩く姿は幽鬼そのものである。


 暗く光るその目が畏怖を感じさせるのか、兵士達はジリジリと後ろに下がり及び腰になり始めた。


「お前も邪魔をするのか?」


 レックスは王となり、長い年月を過ごしている。しかし、そのレックスをしてもここまで暗く、そして深い憎悪の目を浴びせられた事は無かった。


 無意識に足が一歩下がる。


「名も無き襲撃者よ。ここはめでたい結婚式の場である。その場でこのような惨劇を引き起こした理由を聞こうか」

「偽りの結婚を止める為」

「偽りだと?」

「レヴィは催眠丸で操られている。邪魔をするならお前も周りの人間と同じ目にあって貰う事になる。そこをどけ!」


 ハルトの咆哮を浴びレックスはまた一歩下がる。


「催眠丸だと?」

「まさか、あの?」

「それを、新婦が飲まされているだって?」


 ハルトの言葉を聞いた周囲の兵士達から動揺の声が上がる。


「ギリアンがレヴィに催眠丸を飲ませている。これはその催眠丸を作成した錬金術師に確認した事だ! その上で聞く! まだ僕の邪魔をするのか!」


 そこへ、真っ白に装飾された馬車が静々とやって来た。新郎と新婦を乗せてやって来た馬車は、ハルトの背後でゆっくりと止まる。


「おい、貴様! 邪魔だどけ!」


 何も知らないギリアンが怒りも露わにハルトへ怒声を浴びせる。


 振り返ったハルトを見て新婦レヴィの顔が歪む。


「ハルト!」

「また、貴様か! どれだけ邪魔をしたら気が済むと言うのだ!」


 しかしギリアンの言葉をまるっきり無視し、ハルトはレヴィへ優しく声をかける。


「レヴィ、迎えに来たよ」

「ハルト、何度言えばわかるのよ? 私はギリアンと結婚するの。そして子供を産むのよ!」

「それが結婚する理由なのかい?」

「そうよ、いけないの?」

「ダメだね。結婚てのはさ、相手の事を本当に愛しているからするものじゃない? 言ってみてよ。私はギリアンを心から愛しているって」

「そんなの簡単だわ! 私は、私は……」


 言い淀むレヴィにギリアンが何かを手渡す。


「レベッカ、それを飲め! そしてあの不埒ものに言ってやるといい」


 渡された物を飲んだレヴィはそれでも沈黙を続けている。


「ほら見ろ! やっぱり言えないじゃないか」

「そんな事アンタに関係無いじゃないの!」

「関係無い? そんなわけないだろ!」

「なんなのよ! アンタは何がしたいのよ?」

「あははははははは」


 突然笑い出したハルト。


「何がおかしいのよ!」

「あはは。だって、何がしたいの? なんて言うからおかしくってさ。レヴィはいつも何でも知っていて、僕に色々教えてくれたよね? そのレヴィが分からないの? こんな簡単な事なのに?」

「分かるわけないじゃない!」


 両手を広げて肩をすくめる仕草をして首を振るハルトに苛ついたのかレヴィが叫ぶ。


「アンタと私はただの知り合い、何の関係も無い。それなのになんでなの? そんな大怪我してその上、腕まで失ってるじゃない、何でそこまでするのよ!」

「やれやれ、レヴィは何も知らないんだねぇ。仕方がないから教えてあげるよ」

「何よ?」

「男ってさ。馬鹿なんだよ」

「それは知っているわ」


 呆れ顔のレヴィにハルトは更に言葉を続ける。


「いいや、分かって無いね! 男は馬鹿だから……」

「だから?」

「馬鹿だからこそ! 惚れた女の為なら! 腕一本どころか命を掛けたって惜しく無いんだよ! そこは君のいる場所じゃない。いい加減に戻ってこい。この馬鹿レヴィ!」


 ハルトの心からの絶叫に、激しい動揺を隠せないレヴィは全身を震わせ頭を抱え込んで座り込んでしまった。


「あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁ! 私は、私は……」


 レヴィの両の目から涙が溢れて止まらない。


「ギリアン……? 違う、違う違う違う違う! 私は私はハルトがハルト? ハルト!」


 叫んだ事により血を失い過ぎたのか、その場に蹲っているハルトをレヴィの目が捕らえた。


「ハルトぉぉぉ!」


 自分が今どんな状況なのか飲み込めていないレヴィだったが傷付いたハルトを見て、なりふり構わず飛び出した。


 そのレヴィを止めようとしたのか、ギリアンがウェディングドレスの裾を踏みつけていた。


「何すんのよ、邪魔よ!」


 すかさずギリアンの腰から剣を抜き取りドレスの裾を切り払い、その拘束を抜けハルトへ向かい走る。


 レヴィがたどり着くころにはハルトは地面に倒れ伏し、息も絶え絶えな状態であった。


「ハルト、ハルト! しっかりして!」


 ドレスが血に染まる事などお構いなしにハルトを抱き抱えるレヴィ。


「やぁレヴィ。久しぶりだね」

「ハルト、凄い怪我してる。痛くない?」

「えー、痛いに決まってるだろ? 僕は至って普通の人間なんだからさ」

「ふふふ、説得力ないわよ?」

「そうかい? でもレヴィは元に戻ったみたいだね」

「うん、ごめんねハルト。迷惑かけちゃって」

「まあ、今回は仕方ないよね? それより僕はもうダメかな? 後の事は宜しくね、レヴィ」


 その言葉を残し、ハルトは静かに目を閉じた。


「ハルト? ハルト!」

「ZZZ……」

「えっ! 寝る? この状況で寝るの? 私だって何が何だか分からないんだからね? 勝手に寝てないで説明してよね!」


 穏やかな寝息を立てて、すやすやと眠るハルトをその胸に抱き抱え、途方に暮れるレヴィの前に二本の足が立ちはだかる。


「レベッカ! 何をしている。そんな下郎の事など放っておいて、さっさと結婚式の続きをするぞ!」

「ギリアン……アンタって馬鹿よね。周りをよく見てみてよ。この状況で良くそんなセリフが出てくるものね? 逆に感心するわ。私はアンタがした事を絶対に許さない! 人の心を何だと思っているのよ! ハルトに何かあったら……ただじゃおかないわよ!」


 ギリアンがレヴィの言葉に周りを見ると、自分に向けて兵士が槍を構えて取り囲んでいる。


「おい、その槍はこの不埒ものに向けるんだ。人違いをするんじゃない!」


 不意に兵士達が道を開けるように二つに割れて行った。その開けられた道を通り、右手に抜身の剣を持った人物がギリアンと相対する。


「さて、私の大切な娘に何をしたのかその口で説明してもらおうか。ギリアン!」


 そこに居たのは、全身の毛を逆立て不穏な笑顔をした一匹の悪鬼が立っていた。


「オウバイの大元帥、フランシール=エカテリーナが貴様に尋ねているのだ! 答えろ!」

「あ、う、煩い! 関係無い奴が口出しするな!」

「ほう面白いな。答えないと言うなら答えたくなる様にしてやろう、どの首が良い?」

「く、首だと?」

「そうだ。手首か、足首か、それともその素っ首か! 要らないのはどの首だ! 今すぐ叩き切ってやるから、選ぶと良い。なに、痛みは一瞬だけだ。答えた後は痛みを感じる事すら出来なくしてやるから安心して話すがいい!」


 娘を傷物にする所だった母親の怒りはすざましく、その射抜くような目にギリアンは早々に降伏したのだった。


 それとは対照的にレヴィは自分を救ってくれた大切な人を抱き抱えながら、菩薩のような優しい顔で見つめるのだった。

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