第11話 帝都への道中


「じゃあ早速いこうか」

「何を子供みたいにはしゃいでるのよ!」

「外で動くのは久しぶりだからさ」


 スターチスでのイザコザがある程度解決して、僕とレヴィは帝都への旅へ出発する事になった。


 旅の予定日数は片道約一か月程で、途中いくつかの街や村を経由して帝都へと辿り着く。


 その間はメインの赤レンガ街道をひたすら進むだけで、スターチスと帝都の丁度中間にあるクラーキアという街に一つだけ届け物をしなくてはいけない。


 これはレヴィがギルドで受けた仕事で、ただ単に移動するより、どうせ行くなら少しでも稼ぐのがギルド員の基本らしい。


「何でなにも仕事を受けてないのよ!」

「えー?」

「えー、じゃないの! ただ移動するだけなんて時間の無駄でしょ」

「レヴィはさ、無駄が嫌いなの?」

「当然でしょ。稼げるときに稼いでおかないと後悔するわ」

「レヴィ、いいかい? 無駄を楽しむんだ!」

「意味が分からない」

「仕事をするとね、集中しなくてはいけないだろ?」

「当然ね。失敗するわけにいかないからね」

「でもさ、今回はせっかくレヴィと二人で旅をするからさ、無駄になってもいいからのんびりと楽しみたかったのさ。期限があるとゆっくりできないだろ?」

「ハルト、そんな事考えていたの?」

「うん、だからさクラーキアまではもう受けた仕事だからもうしょうがないけど、そこから先は二人で楽しい旅にしない?」

「うん。ハルトごめんね。仕事なんて受けて」

「謝る必要は無いよ、いいから楽しもう?」

「そうね!」


 よし! 


 これで仕事を受けない言い訳が出来た。そもそも仕事をしに帝都に行くのに、更に仕事を受けるなんて思いつくわけないじゃん! 


 ギルドはブラック企業だった?


「そういえばさ、レヴィ」

「なーに? ハルト」

「今は魔物はあまり出ないらしいけどさ。いつ位から増え初めるの?」

「あ! そうか、忘れていたわ」

「どういう意味?」

「凪はもう終わっている。不味いわね」

「あーやっぱりかー」

「やっぱり?」

「ほら、あっちに沢山いるよ?」


 レヴィが警戒を強めている。ぱっと見、十体以上の集団で二足歩行で武器を待っている奴もいるようだ。


「あれは……ゴブリンか!」


 ゴブリン。


 異世界もので大体初めての戦闘に出てくる。緑色の小鬼の姿をした魔物。知性は高くは無いが、集団で人を襲う事で低い戦闘力を補っている。


「ハルト……あれコボルト」

「何でだよ!」

「うわっ。何よ?」

「何でコボルトだよ! 最初はゴブリンだろーが!」

「最初ってなに? またハルトの謎発言なの? いいから殲滅するわよ!」


 後ろの腰に挿した短刀を左右の手に持ってレヴィが走る。


 ちぇー。ゴブリンが良かったなー


 コボルトとかあり得ないんですけどー?


 そのガッカリ感を全てコボルトにぶつけてやる!


 暇を持て余した僕が作った光魔法を発動する。


「レヴィ! 初手は魔法でいくから離れて!」

「りょ!」


 極小の光の粒が大量にコボルトの集団の中央に降り注ぐ。


「うっわ、ハルトこれはあんまりじゃ無い?」

「うーん、これはオーバーキルだな」


 魔法が炸裂した後に残ったのは元はコボルトだった肉塊と抉れた地面だけだった。


「この魔法、誰に教わったのよ?」

「え? 自分で考えた奴だけど?」

「うわーないわー。ハルトが考えた魔法とか。道理でエグい魔法だと思った」

「なんだよそれ!」

「だってハルトだよ? いつも変な事したり考えたりするハルトのオリジナル魔法だよ?」

「レヴィ、僕を変人みたいに言うのはやめてくれないかな? 僕程の常識人は中々いないからね?」


 いや、やめて?


 そんな哀れむような目で肩をポンポンするなよ!


 あれ? おかしいな。学校ではみんなをまとめて引っ張っていたハズなんだけど?


 風香が暴走して萃香が乗っかって、紗羅がそれに流されていて、物事が大きくなって僕が必死に止めて。


 康太と蒼羅が見守っている。これがデフォなんだが?


「ハルト、もう少しちゃんと自分を見て! 大丈夫よ、私は絶対に見捨てたりしないから!」


 いやいやいや、そんな力説しなくても平気だから。僕は常識人だって、頼むから肩をポンポンしないで!


 え? マジで? 違うのか?


「レヴィ。ちょっと休ませて」

「あら? もう疲れたの?」

「うん、人生って難しいね」

「ハルトー? 戻って来てー」


 思わぬ所で僕は変人として見られていた事が分かって少しだけ、ほんとに少しだけ落ち込んだ。実際に立ち直るまではたったの三日しか掛からなかった。その間レヴィが凄く優しくて、その事で、むしろ傷ついた。


 三日間は他に魔物が出ることも無かったから良かったが、レヴィには負担を掛けてしまっていた。


「ハルト、ご飯できたよ。さぁ食べよう?」

「うん、ありがとう」


 もそもそと出された物を咀嚼するが、まるで味がしない。まるで砂を噛んでいる気分だ。


「ハルトごめんね。言い過ぎたかなー? なんて」

「大丈夫だよ。慰めてくれなくていいから」

「そんなにショックだった?」

「うん、地味に心に来た」

「だけどさ、それがハルトなんだから気にしなくて良いのに」

「だって変人だって」

「言い方が悪かったから。個性があるとかさー」

「レヴィ、無理しなくていいよ」

「私はねそんなハルトが、す、好きよ」


 レヴィは物好きなのか? 変人だぞ? 変わった人だぞ?


 でも、いつまでも落ち込んでも何も変わらないか。


「ありがとうレヴィ! 少し元気出たよ」

「良かったわ」


 わだかまりもかなり解消されて来た頃に再び魔物に襲われる。


「ハルト気をつけて! そいつ毒を持っているから」

「りょ」


 戦闘中の返事は何故かこれで固定するらしい。一度使ったらレヴィがいたく気に入ってしまった。短い返事で意思の疎通が出来るから良いらしい。


 今戦っているのは巨大な蛇。体長二メートルを超えていて、太さはザッと見積もって五十センチはあるか?


 その巨体に似合わない速さで動き、僕らを捕まえて締め付けようとしている。


「レヴィ! 目眩し、いくよ!」

「りょ」


 光源!


 いつもより強目の光を出しつつ攻撃を躱す。


 光に目が眩むかと思ったが、効果が見られず動きが変わらない。


「ハルト、ダメだわ! 目で見てる訳じゃないみたいね」

「別の方法でいく!」


 蛇の周囲を大量の光球で囲む。蛇の攻撃がそれ始める。


「ハルト何をしたの?」

「どうやら熱源を探知しているみたいだから光球の熱量を増やした」

「なかなかやるじゃない! これならイケる!」


 レヴィが短刀を抜き蛇に近づく。相変わらずデタラメに攻撃している為、レヴィには擦りもしない。


「はぁっ!」


 蛇の頭を目掛け逆手に持った短刀を突き立てる。


「ふぅ。なんとか倒せたわね!」


 レヴィは顔を返り血で汚して満面の笑みで僕を振り返ってきた。


 どこのアマゾネスだよ! 返り血が戦化粧みたいで今から襲われるみたいだぞ?


「うん、怪我はしてないかい?」

「大丈夫よ!」


 こんな調子で一日に二、三度魔物に遭遇する。それを退治してまた進む。頻度が高くて落ち着いて歩いてもいられない。


「これはまいったね。予定より遅れてない?」

「そうね、出来れば今日中に次の町まではたどり着いておきたいかな?」

「後、どのくらいで着くかな?」

「時間が少し厳しいわね。急ぎましょう」


 楽しい旅なんて雰囲気では全く無く、無言で歩く。周囲の警戒も疎かにできず、絶えず集中する必要があって、僕達の精神がガリガリと削られていった。


 日が完全に落ちる寸前になんとか次の町クラーキアまで行く事ができ、ひと安心して今夜の宿を探しに散策中だ。


「レヴィこれさ、計画見直ししないと不味くない?」

「そうねぇ。あそこまで魔物が出るなんて予想外ね」

「凪って結構凄いんだな」

「殆ど出ないんだからね」

「次の凪は来るの?」

「それは誰にも分からないのよ」

「そうなの?」

「しばらく魔物が減る時期が来て、やがて出なくなるのよ。だからそれで凪になったって判断するの」

「それで?」

「凪の期間は九十日、だから出なくなった日をそこから逆算していつまで続くか分かるわけね」

「いつ始まるかは分かってないんだ?」

「そうよ! 始まってしまえばすぐなんだけど」

「原因も不明なんだね?」

「それが分かれば苦労しないのよね」


 魔物はどこから来てどこへ行くのか?


 どんな理由で存在してどんな理由で人を襲うのか?

その理由さえ分かればもう少し楽に過ごせるはずなんだけどね。誰も調べたりしないのだろうか?


「ねぇレヴィ、魔物の事を研究してる人とかはどこかにいないの?」

「魔物の研究? いる訳ないわよ」

「なんで?」

「魔物を調べて何になるの?」

「動物の生態学とかはあるんでしょ?」

「動物はね」

「魔物の生態学は?」

「それは……そういえはそうね? 誰も調べたりしていないわ。何故なのかしら?」

「不思議だね。研究をする人はとにかく全てを知りたがる人ばかりだ。それが自分の興味のある分野なら尚更だ。だけど魔物の研究は誰もしていない? 不自然すぎる。妖獣の研究は?」

「それは聞いたことがあるわ」

「尚更理解できないね。妖獣と魔物はほとんど違わない。どちらも人を襲う。唯一魔石を体内に宿しているかいないかしか違わないよね?」

「そうね」

「更にだ。鑑定スキルを所持していれば詳細が簡単に分かるのに誰も研究しない? 不自然なんてもんじゃないね」


 これは調べてみると面白い事になりそうな予感がするぞ。誰も手をつけていない分野を開拓する。自分がその分野の権威になれる。


「ハルトのその探究心には敬意を持つけどね。私は今夜の宿と食事の方が大切だわ」

「それはレヴィらしくていいね」

「どういう意味よ!」

「あー、あっレヴィあっちからいい匂いしない?」

「クンクン、あら本当ね。行ってみよう?」


 ふっ、チョロイな。


 良い匂いに釣られて歩いて行くと、そこには煙を上げて何かを焼いているお店があった。


 僕達と同じく、匂いに釣られた人が長い行列を作っている。


「ハルトあれあれ。美味しそうよ」

「この匂いはウナギの蒲焼きだ」

「食べてみようよ」

「よし! 行こう」


 長い行列の最後尾に並んでワクワクしながら待っていた僕達だが、やはりというか当然と言うべきか待っていたのはトラブルだった。


「よお、ご苦労さん」

「お待ちしてました」


 おいおい、割り込みかよ。


「ハルト。あれいいの?」

「まぁ知り合いみたいだし仕方ないかね」


 一人くらいなら別にいいさ。それよりもこの匂いが胃に直接響いているみたいで、さっきからお腹が鳴り続けている。


「ちょっとハルト。流石にあれはどうかと思わない?」


 レヴィの声で前に目線を移すとなんと十人以上の団体が僕らの前に割り込んでいる所だった。


「店員さんは?」

「忙し過ぎて気付いてないみたいね」

「マジかよ。ちょっと一言言ってくるよ」


 声を掛けようとした瞬間に後ろから声が上がる。


「おい! 割り込んでないで後ろへ並べよ。こっちはずっと待ってるんだぞ!」


 おお、勇者がおる! ここは勇者様に任せて傍観してみよう。


「ああん? 誰だ今言った奴は! 出てこいや!」


 さて勇者様。出番ですよ。


「来ないならこっちから行くぞ!」


 割り込み野郎がこっちに向かって歩いて来る。そして僕の前に立ちはだかる。


「テメェか、今言ったのは!」


 おっと、これは予想外だ。僕が言った訳じゃ無いけど同じ事を思っていたしな。違うとも言い切れない。


「おい、ニイちゃんよ」

「あんたみたいな弟を持った覚えは無いけど?」

「そうじゃねぇ!」


 なかなか沸点が低いようですねー

 冗談も通じないみたいだし。


「テメェが言ったのかって聞いてんだよ!」

「そんな大きな声を出さなくてもこの距離なんだから聴こえてるよ」

「なんだと?」

「聴こえてるって……」


 最後まで言い切る前に男に胸ぐらを掴まれた。


「喧嘩売ってんのか?」

「売った覚えは無いが、まずこの手を離して貰えないかな? 服が伸びる」

「調子に乗りやがって!」

「あー、乗ってないから、いいから離して」

「いいか、俺を誰だと……」


 あーもう。この輩は何でみんな同じ事言うのかね?


 誰だとか興味無いんだよなぁ。


 仕方ない。見えないパンチ!


 男が音もなくその場に倒れる。よしよし、これで静かに並べるな。いちいち絡んでくるなよな。


 だけど僕の後ろにいた勇者はどうしたのかな? 振り向いて勇者を探してみたが、なんだか勇者って言うよりも怯えた子猫ちゃんしか居なかった。


 さっきの男に完全にひびってはるやん! 全員青い顔で下を向いてブツブツ言ってるだけだ。


「俺は関係ない、俺は関係ない」

「なんだよ、なんだよ。」

「あー明日はいい天気かなー」


 マジですか? 誰が勇者様なのかね?


「おい! どうした?」


 うん? お店の人かな?


「おい、何があった?」


 しかし、そこには店員さんではなく、とてもバイオレンスな香りを漂わせたお兄さんがいた。


「アンタに聞いてんだよ!」

「ん?」

「ん? じゃねえよ! 何でコイツがここで寝てるんだと聞いているんだ」

「さぁ? 眠かったんじゃないの?」

「さっきまで一緒にいたんだぞ! そんなはずがないわ!」

「んー? 急激に地面を愛してしまって、熱烈なキスをしたくなったとか?」

「んな訳あるかっ!」

「いやー分からないですよ? 人の趣味に口出ししない方がいい。世の中には変わった性癖の人がいるからね」


 男の雰囲気が一瞬で変わった。


「おちょくってんのか?」


 あらー? 適当に答え過ぎたかな。この顔多分怒ってるよな。しかも激おこだな。


 面倒臭いな、腹パンするかなー


「あらあら、どうしたの? 何か揉め事かしら?」


 おお、救いの女神が現れたのか?


「あ、あんたは!」


 なんと、あのイキッたお兄さんが後退りしてるぞ? 一体どんな人が居るんだ?


 振り向いた先にいたのは女神……じゃないな。絶対に違う! まずガタイが良すぎる。ゴツい。


 その筋肉の鎧の上には更にゴツい髭面の男の顔。


「可愛いお兄さん。貴方が揉め事の種なのかしらん? キャッ! 嫌だわ、私ったら種なんて恥ずかしい!」


 何だ!? マズイ。僕はこの手の特殊な人種に免疫を全く持ち合わせていない。そもそも自分で言っておいて恥ずかしいだって?


 存在自体は恥ずかしくないの?


「私はこの町の自警団のマトリカリア。リアって呼んでいいからねん」


 自警団だって? 


 こんなのが自警団なら誰がこの恐ろしい生物から僕を守ってくれるんだよ?


「それで? 詳しく話を聞かせて貰えるかしら?」


 落ち着け僕、大丈夫だ問題ない。今すぐに襲って来る気配はない。いや、舌舐めずりすんな!


 この巨体だ、動きはそこまで速くは無い筈。


 ならばやる事は一つだな。


 僕はその場を逃げ出した。


 それはもう全力でだ! 


 しかし気のせいか後ろからドスドスと音がするが?


 普通の人類が立てる足音では無い!


 聞いた事あるか? ドスドスだぞ?


 僕は初めてだ! そんな音が後ろから迫る恐怖を感じた事は?


 それも、自分が出した事の無い歴代一位の速度で走っているのに、少しずつ近づいてくるんだ。


 これはアレか? 大魔王からは逃げられない設定なのか?


 もう息が続かない。


 足がもつれる。


 だけどまだ倒れるわけにはいかん!


 頑張れ僕!


 誰が酸素をくれ!


 苦しい、もう無理か?


 激しい衝撃と共に、強い力で締め付けられる。何だよ! こんな町中で魔物の襲撃か?


 締め付けって事は蛇かなんかなのか?


 あの、舌をチロチロさせている蛇の姿が思い浮かぶ。


 しかし現実はもっと残酷だ。


「ふふん、捕まえたわよ。もう離さないから」


 あの化け物に捕まった。このままだと命だけでなく色々な物を失いそうだ。


 だけど化け物の癖に少し良い匂いがするのがちょっとムカツクわ!


 うわ、なにをするやめろ!


 おい、舌をチロチロすんな!


 助けて! これなら蛇の方がいい!


 あかん、これ本当にあかん奴だから! 


 首絞まってるから! 


 意識が遠のく……


 レヴィ……た…す……け

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