第10話 救出


「ねぇローザどこにいくの?」

「領主の館に決まってるでしょ! それ以外にハルト君を助ける方法はないの!」

「領主って、そんな簡単に会えないでしょ?」

「確かに簡単じゃないけど、今回は話が別なのよ」

「どう言う事?」


 さっぱり分からないという表情のレヴィ。


「領主様は今はご自宅で療養している事は知っているわよね?」

「うん、去年からだったはず」

「療養している理由は?」

「確か街の噂だと、病気に罹っててそれを治す為だよね?」

「それから?」

「最近は体調が良くなくて、もしかすると生命が危ないかもって言っている人がいたわ」

「それは少し古い話ね。今はすっかり良くなって、復帰ももうすぐ出来るくらいに回復なさっているわ」

「うそ……」

「嘘なもんですか! 私は実際にお会いして確かめてるからね、間違いないわ」

「でも、それとハルトがなんの関係があるの?」

「ハルト君がこの街でこなした依頼を覚えている?」

「一つだけじゃない! 分かるわ」

「何だった?」

「レッドベアーの肝の入手……」

「そうね、正解よ」

「ローザお願い、今私頭が回って無いの。焦らさないで教えて!」

「レッドベアーの肝はどんな事に使用されるかレヴィなら知っているでしょう?」

「ある病気の治療薬の材料……」

「領主様が療養しているのは?」

「病気を治す……えっ! じゃあまさかあれは!」

「これは極秘事項だから誰にも言っちゃダメよ? あれは領主様の側近からの極秘依頼だったの。もう少し遅れていたら危なかったそうよ。他の材料は全て集まっていたけど、肝だけがどこからも入ってこなかった」

「それじゃあ、ハルトは領主様の生命を救った?」

「領主様は、話を聞いて生命の恩人だと言っていたのだけど、ハルト君は自分の名前を出したがらなかったからその事をお伝えしておいたの」

「それで?」

「奥ゆかしい人物だと言って絶賛していたわ。今回はこれを利用させて貰うしか方法が無いわね。不本意だけどね」


 話をしている内に領主の館に到着していた。


「領主様にお取り次ぎをお願いします。ギルドマスター補佐、ローザです」

「領主様はお休みだ、後日改めてこられよ」

「事は急を要します」

「いいか……」

「緊急だと言っているんです! さっさと取り次ぎなさい!」


 ローザの気迫に負けた衛兵はすぐに館に報告に走って行った。


「ローザ大丈夫なの?」

「仕方ないのよ。ハルト君に恩を得る為だからね」


 ペロッと舌を出すローザ。


「あきれた」

「ほっといて!」


 数分で衛兵が戻ってくると、それはもう丁寧な案内を受け、領主の寝室に連れて行かれた。


「お久しぶりです。領主様」

「おお、ローザか。して、今日は何用だ?」

「実はこの間の依頼の達成者についてですが」

「おお、私の恩人か? 名前を教えてくれる気になってくれたのか?」

「本人に確認は取れていませんが、その時間が無いようですのでお伝えします」

「ふむ?」

「達成者の名はハルト、当ギルド期待の新人です」

「ほお、ギルド員であったか」

「はい、しかしその者は領主様にお会いする事は出来ないのです」

「何故だ! 理由を聞かせなさい」

「街中でトラブルに巻き込まれていまして、冤罪で投獄され明日の昼に処刑されるそうです」

「おかしな事があるものよ。処刑等は私以外に権限を渡しておらん! そう簡単に人を減らせる程この街は豊かではないからの」

「しかし、領主様が療養なされてから治安が乱れ、ある特定の人物達が好きに統治している様ですが?」

「ふざけた真似を! 誰だ!」

「私の口からはとても……」

「シミオンっ! 調べてこい」

「かしこまりました」


 シミオン=ヨーク。領主の懐刀と呼ばれている男が寝室を滑る様に出て行った。


 三十分程で部屋に戻ってきたシミオンの報告は酷いものだった。


 全てが汚職まみれで、書類は偽造に偽造を重ね最早原型がわからないくらいに隠されている。公金の横領等は可愛らしいもので、人死も何件も出ている様だった。


 袖の下が飛び交い、街の治安はこれ以上悪くなり様がなく住民からは怨嗟の声が上がっている。


「以上が現在の街の様子です」


 シミオンが報告を終えると領主スタンレー=スターチスは身体全体を震わせ咆哮する。


「シミオン! 首謀者をすぐに捉えよ!」

「御子息も関わっておりますが?」

「だからどうした!」

「かしこまりました」


 部屋を出たシミオンを見送り、スタンレーはローザへと向き直る。


「色々と済まないな。ローザ」

「ある程度は仕方ない事だと思って見ていましたが、流石に今回は酷すぎましたね」

「誠にな」

「ねぇハルトは? ハルトは助かるの?」

「ハルトとは恩人の事かな?」

「はい、今は投獄されています」

「それはいかんな。一緒にくると良い。すぐに出してやろう」


 安心して泣き出したレヴィを連れて領主はローザと共に牢獄へと足を踏み入れた。


「996、997、998、999っと」


 牢獄の中からは数を数える声が聞こえる。少し息が乱れている。


「1000回っ!」


 牢獄の中の男はパタリと倒れて、乱れた息を整えている。


「ハルト……何をしているの?」

「ハァハァ、レヴィ? ハァハァ、何ってハァハァ、修行?」

「ここで今やる事なの?」


 しばらく黙り込んだハルトが、ようやくまともに話せるようになるまで三人は少しの時間待たされていた。


「ふー、少し落ち着いたよ。久しぶりだねレヴィ」

「ハールートー?」

「うん? なんか怒ってる? どうしたのさ」

「なんで呑気に体を鍛えてるのよっ!」

「暇だからさ。誰もこないしさー。ローザは中々こないし。もう少し早く来ると思っていたのにさー」


 その言葉でローザにスイッチが入った。


「ハルト君? こっちがどれだけ苦労してここまで来ているのか分かっているのかしら? 別にしばらくここに入って貰っても構わないのよ?」

「分かってるよローザ」

「いいえ! 分かってません。罰としてずっとそこに入ってなさい!」

「ええっ! ここにいたら処刑されちゃうよ」

「「いっそ処刑されてしまえっ!」」


 レヴィとローザの声が見事にそろった。


「それは少し困るかな?」

「んー? 誰かな?」

「この街の領主スタンレー=スターチスだ。恩人君」

「恩人?」

「君が取ってきたレッドベアーの肝があったからこそ私の生命が繋がったのだよ。生命の恩人だろう?」

「ああ、良かった」


 ハルトは心底安心している様だ。


「私の生命をそこまで想ってくれていたのか」

「いえ? 全く。僕が言っているのは、予想が当たって良かったって事ですよ」

「なんだと?」

「色々な予想が当たっていたからです。最悪レッドベアーの肝を欲しがっていたのが領主さんじゃなかったら、また別の方法でここを出なくてはいけないという事で、その方法は結構面倒なんで、できたら領主さんが病気でいて欲しかったって訳ですよ」

「おい?」

「ああ、別に病気が治らなくて良い訳じゃ無くて、あくまでも肝を欲しがっているのが領主さんじゃないと僕がここを出ることが出来ないわけでその……」


 三人が三人共無表情で僕を見ているな。この顔は怒りが強すぎて表情が死んでいる感じだね。しまったなぁ。失言が過ぎたかも。


 しばらくの間、三人から盛大にお説教を喰らった上に反省を促すという名目で牢屋に置き去りにされてしまった。


 その後、僕が牢屋を出る事が出来たのは七日後の事だった。口は災いの元ってね。


「ふいー娑婆の空気は旨いぜー!」

「ハルトってたまに謎なこと言うわよね?」

「いいの! 言いたいだけだから」


 僕が牢屋で過ごしていた間に、スターチスでは大規模な粛清が行われていた。何人もの貴族が投獄されていて、あまりにも酷い行いをした者は処刑されるそうだ。


 軽めの罪で処刑を免れた者に関してはスターチスの街を追放された。甘い刑罰かと思ったが、罪を犯し追放された者はギルドのライセンスや街で発行される市民証にその履歴が記載されるらしく。ほとんどの場合、他の街でも立ち入り禁止の措置が取られるみたいだ。


 重い罪の場合は街が運営する鉱山で終身労働に処された。毎日の重労働で長くても4、5年くらいしか持たないそうで、労働者はいつでもウェルカム状態らしい。


 さて、フッサー飾りの事を話そう。彼は僕達を襲った五人に上手く利用されていて、僕の処刑以外には全く関わっては居なかった。


 実は結構有能な人らしく、領主代行として陣頭指揮を取っていたが、細かいところまで手が回らない状態が続いていて小さな不正はどうしようも無かったらしい。


 領主共々頭を下げられ、許す以外の選択肢を持たせて貰えなかった。


「誠に申し訳ない」

「私からも謝らせて貰う。済まない」

「まぁ結果、生命は助かったから僕は別に何とも思ってませんよ」


 権力者にあんな風に言われて許さないなんて出来ないよなぁ。


 フッサー飾りには想う事もあるが、今は置いておいて、僕にはやらなけれはいけない事が多くある。


 それは……なんだったっけ?


 結構重要な事だった気がするするけど?


「レヴィ!」

「はいはい、なーに?」

「僕は何をしようとしてたか覚えてる?」

「て・い・とに行くんでしょ! 何で忘れるのよ!」

「帝都? なんでさ?」

「叔父さんから仕事を頼まれてるの! いい加減にしないと怒るわよ?」


 もう、怒ってるけどな。


 でもそれを言ったら火に油を注ぐ結果になる。残念だったな、それは風香で経験済みだ。ここはスルーするのが正解だ。


「ああそれな。確か帝都で幻の食材の仕入れだったよね?」

「何で食材になるのよ? 魔道具よ魔道具!」

「あーそっちかー、惜しかったなぁ」

「かすりもして無いわっ!」


 そうか、魔道具技師に会って品物を受け取る仕事だったよな?


 あれ? だけど帝都に入るためには、あの読めないスキルを何とかしないと行けないよな?だけど隠蔽の魔道具は魔道具を取りに帝都に行かないと手に入らない。


「ダメだ詰んだ」

「ハルト何を言っているの?」

「完全に詰みだよ」

「何が?」


 レヴィに魔道具の為の魔道具の説明をする。


「そんなの全然平気よ。街の出入りはね、犯罪履歴くらいしか確認しないから。ライセンスで名前表示だけにしておけば、他の項目は誰にも見られないの」

「そうなの?」

「そうよ。大体そんな細かく調べてたら帝都の門番に休みなんて無くなるじゃない。どれだけの人が出入りすると思っているの?」

「へー、結構甘いんだね」

「でも、それは三の郭までだけよ」

「さんのかく?」

「帝都は大きな三つの壁で仕切られていて、先に進むには門をくぐらないといけないのね。外壁が三の門で帝都の民達が住む三の郭、中央に向かうと貴族街と平民街を仕切る二の門があって貴族が住む二の郭、そして皇帝陛下が住む幻想宮が一の郭で一の門で隔てられている」


 そうすると帝都はかなりの広さがある。


「そして二の郭に入るには貴族以外は鑑定士の審査を受けて通行証を発行してして貰う必要があるのよ」

「それで? 一の郭に入るには?」

「入れる訳ないでしょ? 国のトップが住む場所なんだから私達みたいな一般人は立入禁止よ」


 なんだよ、城とか色々見て回ろうとしていたのに、残念だね。


「どっちにしろ私達は三の郭の魔道具屋に行くだけなんだからね。変なこと考えないでよ?」

「変なことってなに?」

「城に忍び込んでみたいなぁとかよ!」

「え!? レヴィ僕の心が読めるの?」

「だから、考えないでって! お願いだから大人しくしていてよ。普通に帝都に行って普通に帰って来る事だけを考えよう? お願いだから!」


 むー、レヴィがそこまで言うなら今回だけは我慢して仕事するか。


「分かった。城は諦める」

「城は? 他にも何か企んでいるの? やめて! これ以上私の仕事を増やさないで」

「楽しみだね、レヴィ」

「何を企んでいるのか、吐きなさいハルトー」


 レヴィは本気で首を締めてくるが、絶対に言わないからな?


 ただ貴族街は少し面白そうだと考えただけだし、何とかして潜り込んでみるつもりなだけだし。


「ハァハァハァ、しぶといわね」

「それ殺すつもりの人のセリフだよね?」

「変なことしたらほんとに処刑されてもおかしくないのよ!」

「ダイジョウブダヨ、アブナイコトナンテ、ゼッタイニシナイヨ」

「目を見て言いなさいよ!」

「レヴィは可愛いからまともに見れないんだよ」


 一瞬、固まるレヴィ。


「もー何言ってるのよハルト。でも危ない事は本当にダメよ?」

「分かったよレヴィ」


 なんとかごまかせたかな?


 こんなチャンスを見逃す僕じゃ無いよ。


 ふふっ、楽しみが一つ増えたな。


 よーし、待ってろよー帝都!

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