第9話 久しぶりの戦い

 さてと、どいつからやるべきか。


 集団を相手にする時は、確か頭を潰しておけって師匠が言っていたな。


 それじゃ殺りますか!


 ポケットから右手を出しながら、銅貨を一緒に取り出し、それを指で弾く!


 たかだか銅貨と侮る事なかれ、大した攻撃力はないが目や口に当てれば充分な時間が稼げるはずだ。


 一番遠くの男に上手く銅貨が当たり、一人がのけぞって倒れた。


 あれ? 倒れちゃうの?


 他の四人に目線を送ると、倒れた仲間の方しか見ていない。やれやれ君達、本当にやる気あるの?


 一番近くに居た奴に向かって走り、地面に左手を突いて足払いを仕掛ける。


 倒れてしまえばほぼ無力化は完了! 顔面を踏みつけて気絶させる。


「なっ?」

「テメェいつの間に!」

「おい! 気を付けろ!」


 遅い遅い。


 ぱっと見、飛び道具の類は誰も持っていなさそうだな。


 腰が引けているガリガリの男に駆け寄る。コイツだけは武器を持っていない。


 距離をグンと詰める。


 ん? 右手の動きが何かおかしいぞ?


「くらいやがれ!」


 男は炎の塊をいきなり投げつけてきた。


 そうか魔法か! そんなのもあるのか。


 ギリギリで躱す事ができた。少しだけ危なかったかな? 魔法の事を頭に入れておいてと。


 近づいて腹パンを入れ、下がってきた頭に頭突きをくらわせる。


「あと二人だね」

「なっ!」

「ふざけんな!」


 僕は真面目ですよー


 残りは大剣と槍持ちだな。剣はともかく槍は少し厄介だな。リーチが違いすぎる。


「ど・ち・ら・に・し・よ・う・かなっ!」


 左右の二人を牽制しながら槍の方へ走る。槍を相手にする場合は師匠はなんて言ってたかな? 確か……


「いいかハルト。槍での攻撃は即ち、突く、薙ぐ、払う、大きく分けてこの三つだ。薙ぐ、払うの二つは大きく避ける必要があるために攻撃をしにくい。しかし突きを寸前で躱し、槍を引き戻す前に相手に近づけばもう勝利は目前だ!」


 何気に難易度高いよねっ!


 完全に避けると間に合わない。


 ギリギリでと、思っていたら頬に痛みが走る。避け損ねたか。だけどただメイン頬をやられただけだっ!


 右足で地面を強く蹴る。槍が戻るまでに相手に近づく!


 左足で踏み込んで腹パンからの左アッパー。


 さてと頭、頭っと。すかさず踏み付ける。でも何でわざわざ頭を潰さないといけないんだろう? 一度倒さないといけないから結構な手間なんだけどな。


 めんどくせぇ!


「後はと……」


 最後の一人はどうやらこの集団のリーダーのようだな。流石に隙を見せてこないな。


 仕方がない、最初に倒した奴の頭でも潰してと。


「ふんっ!」

「なっ、お前、そいつはもう気絶してるだろうが! やり過ぎだぞ」

「知らないの? 集団戦の基本だよ! まずは頭を潰しておくんだよ。覚えておいた方がいい」

「それ、絶対違うだろう!」


 む? 失礼な奴だな。師匠の教えだぞ?


「ハルトー!」


 お? レヴィが戻ってきたか。後ろに大勢引き連れてきているな。あれが衛兵かな?


 赤色を基本とした軽鎧を身につけている。重い鎧を身につけていると動きが制限されるからこその軽装備か。その上短めの剣に木製の盾か良く考えられたもんだな。


「そこまでだっ! 大人しくしろ!」


 ふう、やれやれだね。これでなんとか落ち着けるかな?


 え? ちょいちょいまてまて、何だよ? 違うよ? 僕に剣を向けないで! 


 うん、抵抗はするつもりは無いけどさ。両手? 出すの? いいけどさ。


 いやいや、そんな物嵌められたら動けないじゃないか!


 何か勘違いがあったの? 僕悪いことしたの?


 あれ? マジで? レヴィ? どうなってるの?


 そんな悲しそうな目で見てないでさ。助けてもらえないか?


 何だよ、首を振ってる場合じゃないよな?


 歩くの? どこまでさ? 黙れ? 衛兵さんおこなの?


 ここに入るの? わぁ凄いな。まるで牢屋みたいじゃない? 思っていたよりも清潔だね。変な臭いとかしないし。良かった良かった。


 そんな訳あるかぁぁぁぁ!


 こうして僕は衛兵さんに捕まってしまった。


 どうしてこうなった?


 次の日まで放って置かれた僕は牢屋の中で暇を持て余していた。どうやら両手に嵌められた手枷は魔法を阻害する機能でも付いているのか、光魔法の修行をしようとしても発動しなかった。


 仕方ないので逆立ち腕立てで時間を潰していると足音が聞こえて来る。


 数人の衛兵さんとは別に、やけに長い房飾りを肩に付けた人物がいる。二の腕まで垂れ下がったその房飾りを揺らして僕の居る牢屋の前まで歩いてきた。


「貴様がそうか」

「何です?」

「殺人犯だろう?」

「いや? 殺す程はやってませんよ?」

「そうか、それなら殺人未遂犯だな」

「それならあっちは強盗と傷害罪でしょ? 僕の持っているバッグと有り金全部とレヴィを置いて行けって武器を使って脅されましたけど?」


 長い房飾りの男は後ろの衛兵さんに向き直り、確認している。


「どうなんだ?」

「はっ! 確かにその男の言った通りで間違いは無いようです」

「ほら見ろ!」

「黙っていろ」


 何だよ! 自分とレヴィの身を守っただけじゃないか。


「では貴様への処罰を申し渡す」

「処罰される覚えは無いよ」

「黙れ、貴族の徴収に従わず、さらに暴行を加え怪我をおわせた。その上、私に対する態度もその罪状に加えると死罪が妥当だと判断する!」

「ふざけるなよ!」

「刑の執行は明日の昼に行う! それまでそこで大人しくしておく事だ」


 死罪だって? しかも明日の昼に?


「おい、待てよ! さっきも言った筈だ。僕は自分の身を守っただけだ。それともここでは自分の身を守る事すら許されないのか?」

「相手が平民であればそれも許されただろうが、相手は貴族の子息達だ。残念ながら死罪以外に無い」

「貴族が何をしてくれている? 世話になった覚えも無いぞ!」

「それは貴族への批判していると判断される。それ以上発言すると、この場で首を落とす事になる」

「出来る物ならやってみろよ……」


 ダメだ、血が冷えていく。これは不味い。落ち着け冷静になれ。ここで爆発する訳にはいかない。


 だけどここで死ぬわけにもいかない。どうするべきなのか?


「おい! 貴様この方を誰だと思っているんだ!」

「知らん!」

「ならば覚えておくといい。スターチスの領主の御子息フッサー=スターチス様だぞ! フッサー様。もう行きましょう」

「ふん、精々残り少ない人生をそこで悔やんでおく事だな」


 フッサー?  


 肩の房飾りの事か? そうかあれが本体だな!


 おのれフッサー飾りめ! 覚えておけよ。


 さてさてどうしたものか? 何とかここを抜け出さないとな。


 レヴィ心配してるだろうなぁ。


 すると再び足音が聞こえる。フッサー飾りか?


「おい、大丈夫か?」

「誰ですか?」

「覚えているか? 東門にいたんだが」

「ああ! あの時僕に忠告してくれた親切な衛兵さんじゃないですか!」

「エリオット=クロフォードだ」


 まじ? 無駄に豪華な名前だな。


「それで? エリオットさん。何か用ですか?」

「用というわけではないがな」

「じゃあお願いです。ここから出して下さい」

「出してやりたいが、私にはその権限が無い」

「こっそりと出して下さい」

「無理だ」

「ひっそり?」

「言い方が違うだけだ」

「どう言ったら出してくれるんです? もっちりなんてどうですか?」


 エリオットが苦虫を噛み潰した様な表情になる。もっちりが気に入らないのか?えーと他は……


「今回はな、少しばかり運が無かったと思って諦めて貰いたい」

「諦めたら僕はどうなりますか?」

「死罪だ」

「え? 嫌ですけど?」

「どうしようも無いんだよ」

「僕の命が掛かっているんですよ? そんな簡単に諦めないで下さいよ」

「しかしだな……」

「貴方ならそう言われて諦めます?」

「いや、無理だろうな」

「そうでしょう? だから僕は絶対に諦めない。帰らなければいけないんですよ。会わなくてはいけない人がいるんだ」

「それならどうする?」

「エリオットさんは、どうにかする方法を持っていないんですよね」

「残念ながらな」

「だったらどうにかする方法を持っている人を教えて下さい」

「それは……ふむそうだな」


 右斜め上を見て考えるエリオットさん。そこに答えでも書いてあるのか?


「一人だけ心当たりがある」


 まじ? 書いてあったの?


 右斜め上、有能だな。


「領主様ならなんとか出来るだろう」

「紹介して!」

「それが出来れば苦労は無い。領主様は今は病で寝込んでおられてな、誰もお会いする事が出来ないのだ」


 なんだよ領主、使えないな。


 別の方法は何かないか? しかし権限を持っている領主を攻略した方が早いか。


 うん? まてよ。病だって? もしかするともしかするのかな?


「エリオットさん。一つお使いを頼めませんか」

「お使い? 何だ?」

「ギルドマスター補佐、ローザに伝言を」

「それくらいなら構わんが何をする気だ?」

「生き残るんですよ。当然でしょ?」



―――――――――――――――――――――


 その日のギルドの中は閑散としていた。


 時間も昼を過ぎていて依頼を受ける者も少なく、弛緩した空気が流れていた。


 そのギルドに若干の緊張が張り詰めたのはスターチスの正規の衛兵がギルド内に入ってきた為だ。


 その男は何年も東門の警備に付いていたエリオットという名の生真面目な人物であり、ギルドで仕事をこなす者たちにアドバイス送ったり、頻繁に声を掛けて労ってくれたりする優しさを持ち合わせていて皆から慕われていた門番だった。


 だが正規兵はその権力を後ろ盾にし、好き放題やっている者が多く、住民には毛嫌いされている。


 領主が病で表舞台に出てこなくなってからは、さらに酷い有り様だ。


「ギルドマスター補佐のローザ殿にお会いしたい。取り次いで貰えるだろうか?」


 手の空いている受付嬢に問い合わせをしている。


「は、はい、少々お待ちください」


 受付嬢は普段から評判が良くない正規兵に話しかけられ、少しだけ戸惑ってはいるが、自分の仕事を思い出した様でギルドの奥に向かって慌てて駆け出した。


「なぁ、なんだと思うよ?」

「さぁな?」

「お偉い正規兵様だからな。俺たちみたいな底辺労働者には分からない深い理由があるんだろうぜ」


 周りのギルド員達がヒソヒソと噂話をしているがエリオットは全く動じない。


 やがて奥から、一部の隙もない凛とした女性が姿を現した。


「私がローザですが、貴方が面会者の方ですか?」

「お忙しいところ申し訳無い」

「いえ構いませんわ。どの様な御用でしょう?」

「実は貴女に伝言を持ってきた」

「伝言……ですか?」

「そうだ」

「どなたからでしょう?」

「ハルトという少年をご存知か?」

「ハルト君から?」

「少し、いや大変混み合った理由がある。どこか静かな場所でお伝えしたい」


 ローザは少しだけ考えたが、すぐにエリオットを奥へ案内するといつもの応接室へと入っていく。


「ここで大丈夫でしょうか?」

「誰にも聞かれなければ、なんでも構わん」

「そうですか、少しお待ち下さい」


 そう言うとローザは手を合わせ、目を閉じる。


「これで誰にも聞かれる心配はありません」

「ほう、魔法か?」

「ええ、どんな魔法かはお教え出来ませんけど」

「いや、魔法には興味はない。それよりもハルトの事だ」

「伝言があるとか」

「そうだ、内容は、うーむ」

「どうかなさいましたか?」

「いや、本当にこれを伝えるのかと思うとな……」

「言いにくい内容なのですか?」

「そうではないが、まぁいい。これはハルトが言った事だと先に言っておく」

「はい」

「では、助けてー! ローザえもーん。僕はまだ死にたくないよー。以上だ」

「は?」

「むむむ、聞こえなかったか? もう一度言わねばならんか」

「いえ、聞こえています。内容も分かりましたが、意味が分からなかっただけです。一体彼に何があったのか教えて頂けますか?」

「ああ、実はな……」


 エリオットから詳しい話を聞いたローザはこめかみを軽く揉んでいる。


「全くなんて面倒な事を……」

「貴女にならなんとか出来る筈だとハルトは言っている。後は貴女に全てを託そう」

「エリオット殿は手を貸して頂けないのですか?」

「私に出来ることはここまでだな。これ以上は職務に差し支えがある。伝言までが限界だな」

「そうですか、でも伝言を頂いただけで助かります」

「それでは失礼する」

「外までご案内します」


 エリオットを送り出してからローザは珍しくも取り乱し、大きな声を出している。


「なんて面倒な事をしてくれるのかしら。これは借り一つで済む内容じゃないわよ! まったく」


 コンコン。


「はい! 今度は何よ!」

「あの、ローザさん御免なさい。お客様がいらっしゃってます」

「ああ、御免なさい。あなたが悪いわけじゃないの。とんでもない面倒な事が起きただけよ」

「怒られたかと思いました。よかったー」

「ごめんね。それでお客様?」

「はい、レヴィさんがお話がしたいと……」

「そう、すぐにここに連れてきてくれる?」

「はい!」


 案内されて応接室に入ってきたレヴィは、萎れた花の様に元気が無い。


「ローザ、私どうしたらいいの?」

「レヴィ、ハルト君のことでしょ? さっき伝言を受け取って、ある程度把握したばかりよ」

「ハルトが死んじゃうよ」

「レヴィ! ウチの大切なギルド員をこんな事で失うわけには行かないの。いいから手伝って!」

「ハルト助かるの?」

「助かるじゃなくて助けるの! 後で覚えておきなさいよハルト! 今度はこっちが貸しをを作ってやるんだから!」


 レヴィの手を引きながら応接室を出て行くローザ。その表情は怒りながらもどこか嬉しそうだ。

 

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