第7話 カケラ


「叔父さんいる?」


 レヴィがノックもせずに奥の部屋へと入っていく。その後を着いて部屋へ入ると、ニコニコした顔の割腹のいい人が書類をめくっていた。


「レベッカ、どうしたんだい?」


 レベッカ? 誰の事だ?


「ハルト、レベッカは私の名前よ。ほとんどの人がレヴィって呼ぶのよね」

「僕もレベッカって呼んだ方がいいかな?」

「絶対にやめて! 鳥肌がたつわ」


 腕をさすりながら心底嫌そうな顔をする。何もそこまで嫌がらなくてもいいのにね。


「私をレベッカと呼ぶのは家族だけだったから、他の人に呼んで欲しくないの」

「そうなんだ、分かったよレヴィ」

「それよりも、叔父さん。ハルトが聞きたいことがあるって言ってるの、聞いてあげて」

「そうかい、今は仕事もひと段落した所だから構わないよ。そっちの子がハルト君かい?」


 そういえばお店には何回か来てるけど、会うのは初めてだったな。


「初めまして、レヴィには色々教えて貰ってまして、いつもお世話になってます。ハルトです。宜しくお願いします」

「うんうん、聞いているよ。レヴィはね、最近は口を開くと君のことばかり話しているから、初めて会った気はしないね。こちらこそよろしく。これからもレベッカの事を頼みますよ」

「ちょっと叔父さん!」

「本当の事だろう、何を怒っているんだ?」


 顔を真っ赤にしてレヴィが抗議している。僕の事をねぇ。何を言われているんだか。悪口じゃないだろうな?


「それでその聞きたい事とは、一体なんだい?」

「邪神のカケラについてです」


 サグザーさんは一瞬だけ真顔になり、すぐにその表情を戻した。


「レベッカ、誰にでも軽々しく話さないように言っておいたつもりだったけど、どう言う事だい?」

「叔父さんは信頼出来る人なら話しても構わないとも言っていたわよ? ハルトは信頼できるわ」

「やれやれ、困ったもんだな」

「サグザーさん。話せる範囲で構いません。教えて下さい」


 黙り込んだまま一言も発さずじっと僕の眼を見てくるサグザーさん。やっぱりダメなのか?


「理由を聞かせて貰えるかい? 興味本位で首を突っ込む問題じゃないからね」


 レヴィを見るとゆっくりとうなずいている。


「恐らくなんですが、僕は邪神のカケラと呼ばれているスキルを所持しています」


 今度はその驚いた表情が元に戻る事は無かった。


「本当に君には驚かされる事ばかりだよ。本当なのかい?」

「僕は鑑定スキルを持っています。そして何と読むのか分からないスキルがあるのも事実です。これが邪神のカケラと呼ばれている物なのか、そうではないのかそれを知りたい、ただそれだけです」


「ふむ、なるほどね」


 何か全てを見透かされたような感覚を一瞬感じた。もしかするとこれが鑑定された時の感覚なのか?


「ああ、済まない。思わず勝手に見てしまった」 

「いや、別に良いですよ。サグザーさんも鑑定スキルを持っているのですか?」

「ああ、そうだよ。レアスキルはね血縁者に発現しやすいからね。私の祖父が持っていんだ」


 そうなのか、だからレヴィも持っているんだな。


「ではまず結論から話そう。君が持っているスキルは邪神のカケラで間違いはないだろう。ああ、いいんだ慌てる必要は無いよ。カケラを持っている者全てが滅ぼす者になる訳では無いからね」

「そうなんですか?」

「そうだよ、実際に私の知っている者にもカケラを持っている人が居る。読めない文字が全て読めるようになった人が何事もなく過ごしているからね」


 慌てる必要は無いか。だけどもし僕がその滅ぼす者だったら?


「カケラはね、大きな力だ。その力に溺れ、魅入られた者が滅ぼす者となる。だから自分で制御出来ていればただのスキルでしかないんだよ」


 制御か、だけど僕はこのスキルの事をまだ何も知らない。だからこそ不安が残る。


「サグザーさん。カケラの事を把握する方法はありますか?」

「それはね、恐れずに使う事だろうね」

「でも、全ての文字が読めるようになったら……」

「さっきも言ったよ、カケラはただのスキルだと。少しばかり大きな力だがね」

「使用しても問題は無いと?」

「全てが読めるようになっても普通に過ごしている人が居るとも言ったね」


 まだ滅ぼす者だという可能性はゼロではない。


 だけど全ては自分次第という事だ。このスキルの事をもっと調べておくか。


「分かりました。話してくださってありがとうございました。ちなみにカケラを持っている人を紹介して貰うわけにはいきませんか? 少しでも多くの情報が欲しいので」

「カケラの事を勘違いしている人は多い。だからこそ軽々しく話す事は出来ないよ。普段は隠蔽の魔道具を使って誰にも知られない様にしているくらいなんだからね」


 それもそうか。


 世界を滅ぼす者。


 自分にそんなつもりが無くても人にそう思われたら自由に過ごす事ができないからな。


 でもサグザーさんは何故こんなに詳しく知っているんだ?


 知り合いにカケラを持っている人が居て、今は何事も無く過ごしている。


 人が親身になる時は?


 身内か。


 思わず振り向いてしまう。


「レヴィ!」

「ハルトなら気付くと思っていたわ。その通りよ」

「レベッカ!」

「叔父さん。ハルトは大丈夫だって言ったわ」

「だからと言って……」

「私はハルトを信用してるし信頼もしている。同じ様にカケラを持った人としてね」


 レヴィはふぅと一息ついた。


「悩んだ事だってあったし自分は居なくなった方が世界の為なのかもなんて考えた事もあったのよ?それでも私は生きていたかった」

「レベッカ……」

「叔父さん、カケラを使うとね、声が聞こえてくるのよ。早く使えって。この力のお陰で助かった事は何度も何度もあるの、それでもやっぱり怖い。だけど使わないといけない時が必ず来るの。この恐怖は叔父さんには判らないわ。でもハルトは違うの。同じ力を持ったハルトなら解ってくれるはずよ」


 声か、誰が喋っているんだろう?


 カケラか?


 それとも邪神か?


 僕はその声を聞いてはいないが、いずれ聞こえて来るのだろうか?



—————————————————————


 一方その頃、ジニア帝国の首都ディルティアの王宮の廊下を移動する一人の男がいた。


 実際に足を動かす事なく滑るように進む彼はやがて一枚の扉の前で停止する。


「ボンザ、入るぞ!」


 その部屋はボンザと呼ばれた男の執務室のようで、壁には本棚に入った書籍がずらりと並び、大きな机の上には書類の山がいくつも出来上がっている。


 側に控えた秘書官が決裁済みの書類を片付けてはいるが、一向に片付く気配はない。


 部屋の主は呆れた顔で男をとがめる。


「ギン、何度も言っているだろう? ここでは静かにするように。周りを見てご覧よ? みんなビックリしているじゃないか」

「そんなもんはどうでもいい。出たぞ!」

「今度はなんだ? 大型の魔物でも湧いたのかい?」

「迷い人だ」


 ギンの傍若無人な態度にも動じなかったボンザが椅子から一度立ち上がり、思い直したかの様に再び座る。


「やっとか……一体どこで見つかった?」

「スターチスだ」

「スターチス? それはおかしいな。何の報告も上がって来ていないけど」

「そうか? でも間違いないぞ。ボンザが作った銃をくれてやったからな」

「ああ、あれか。それなら追跡は簡単にできるね」

「何だ? なにか仕込んでいるのか?」

「ただの発信器でしかないけどね」

「追跡は簡単か。よし、どっちが動く?」

「ギン、解っているだろうに。今は君しか手が空いていない」

「準備は任せていいのか?」

「そっちは何とかするさ」

「長かったな。やっと俺たちの女神さまのお目覚めって訳だ」

「そうだね」

「じゃあ早速行ってくるぞ。ゲートの使用許可を今すぐ出せ」

「ギン、一つ言っておきたい。私達はこの日をずっと待っていた。二百年だ」

「そんな事は分かっているさ。だから早く……」

「いいから待て、二百年待ったんだ。だからこそ失敗は出来ない。急いては事を仕損じると言うだろう?」


 今すぐにでも部屋を飛び出して行きそうなギンをボンザが止める。


 やがて落ち着いたのかギンが優雅な仕草で一礼を行う。


「仰せのままにボンザ=ブロゥ=ムラーク陛下」


 ボンザはさも可笑しそうにクツクツと笑う。


「お前にそんな呼ばれ方をするとはな。気色悪い」

「はっ、それはお互い様だ! いいから許可を出しやがれ!」

「わかったわかった、ほら許可証だ。良いかい? くれぐれも間違いのない様に頼むよ?」

「しつこいんだよ! そんなに信用できねぇか?」

「いや? 信用してるよ。大賢者ギン=ミクリア様」

「ふん、そっちこそ俺が帰って来るまでに準備は整えておけよ?」

「了解だよ」

「じゃあな」


 大賢者ギンは許可証を荒々しくひったくり部屋を出て行った。


「全く、相変わらず台風みたいな奴だな」

「陛下、いくら大賢者様とは言え、陛下に対してあの様な態度は……」

「良いんだよ」

「しかし!」

「大丈夫さ、人前ではアイツもあんな風に言わない。この部屋で他に誰も聞いていないからこそあんな態度になるのさ。そもそも今は皇帝陛下なんて呼ばれてはいるけどね、元々私はただの一般人だしね」

「陛下は他の者とは違います!」

「分かったから。今度注意しておくよ。それで良いだろう?」

「はい、それなら構いません」

「やれやれ、ギンはちゃんと聞いてくれるかな?」


 ボンザは上を見上げて部下からの無理難題をどうするか考え始めた。


「絶対無理だよなぁ」

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