第5話 銃の威力

 長かった準備が終わり、僕は今スターチスの門を潜ったばかりだ。


 衛兵さんから外に出る許可が出たのだ。


 しかし一つだけ予想外な出来事があった。レヴィが自分も着いていくと言って聞かないのだ。


「そりゃあそうよ。自分で防具も装備出来ない人を放っておけないしね。それに少しに気になるし……」

「ああ、そうかこの銃の事か! 武器屋で働いているからそれは気になるよね」

「そうじゃないんだけどね……」


 ん? 最後に何か言っていたみたいだけど聞き取れなかったな。


 それより僕も銃の事は気になる。どの位の威力なのか試してみたい。


「ねぇレヴィ。あそこの木に試し撃ちしても構わないかな?」


 レヴィは聞こえなかったのかブツブツと、まったくもうとか、なんなのよ、とか言ってる。


 何か機嫌を損ねるような事したかな?


「レヴィ?」


 少し大きな声で呼んでみる。


「へ? ハルト、何?」

「聞こえなかった? あそこの木に試し撃ちしても構わないかな?」

「ああ、ちょっと待って」


 レヴィは真顔になり辺りを見回している。たまに耳がピョコピョコ動いていて、その動きを見ているだけで癒されるわー


「うん、周りには何も居ないみたいだから今ならいいわよ!」

「よし! じゃあ、やってみる」


 リュックに入れておいた銃を右手の中に出す。昨日の夜、練習しておいて良かったな。何度も練習したお陰で出すと同時に狙いを定める事が出来ていた。


「ちょっと! もしかしてそれマジックバック? 何処で手に入れたのよ!」


 あれ? そっちに食いつくのか。カッコイイと思ったけどなぁ


「貰い物だよ」

「マジックバックを人にあげるなんてどれだけのお金持ちよ……」

「へえ、そんなに高いのこれ?」

「高いも何も金貨二百枚はするわよ?」


 二百万円相当か、なかなか高価だね。


「それよりも、撃ってみるから少し離れて」

「ハイハイ、いいわよ」


 レヴィが離れた事を確認して、狙いを定め、引き金を引く。


「あれ?」


 無情にも銃からはなにも出ず、引き金の乾いた音だけが響く。


「なによ、それだけなの?」

「うーん? ちょっと待ってて」


 たしか魔力を込めるんだっけ?


 どうやるんだ? そもそも魔力とは何だ?


「レヴィ、魔力って解る?」

「ハルト……アンタって本当に何も知らないのね?」


 レヴィの呆れた顔、もう何回目だろう。だけど知らない物は知らないからなぁ


「魔力を感じる事は出来るの?」

「いや? 全く分からない」

「しょうがないわね。ほら、手を出して」


 右手を差し出すとレヴィが左手でしっかりと握ってくる。


「今から軽く流すから目を閉じて感じてみて、分かった?」


 目を閉じて集中すると、何だか暖かい何かが右手を包んでいる。


「ホワホワした感じかな、暖かいね」

「それが、魔力よ。自分の中にもあるから、それを感じ取ってみて」


 うーん? これかな?


「うん、そうそう。中々素質あるかもね。じゃあ循環してみるから左手も出して」


 レヴィが僕の左手も握る。


 右手から流れてきたホワホワが全身を流れて、左手から出て行く。


「はい、次はハルトがやってみて」


 自分の中の魔力を右手から流してみる。


「えっ! ちょっと、待って。何よこれ凄い!」


 レヴィが何か言っているけど、どうでも良い気分。これ何か気持ちいいな。もっと循環させてみよう。


「ハルト……もう…止めて……お願い」


 目を開けてレヴィを見ると体がビクンビクンしていて、息が荒く顔は真っ赤になっている。


 慌てて魔力を止める。


 その瞬間にレヴィが膝から崩れ落ちそうになるので抱き抱えた。


「ハルト、やり過ぎよ」

「うん、ゴメン」

「次からもう少し優しくしてよね!」


 えーと、次ってまたやるの?


 やっと魔力が理解出来たところでもう一度銃を試してみよう。


 えー、魔力を込めてと。


 お? 銃身が薄く光ってる。これでいけるかもな。


「レヴィ撃つから気をつけて」


 引き金を引く。


 音は全く出ない。五センチ程の弾丸が幹に向かう。


 ズンと音がして木は倒れている。威力は申し分無いが、コスパは余り良くないな。一回撃っただけでかなりの魔力を持っていかれている。全体の約半分程度無くなった感じだ。


「凄い凄い!」


 レヴィがその威力を見てはしゃいている。それはそうだろう、直径五十センチ程の幹を貫通して一撃で倒してしまうのだから。


 今回は試し撃ちなので銃が求めるがまま、魔力を吸わせたけど魔力を途中で止めると威力の調整はできそうだ。


「武器としては充分使える範囲だね」

「何言ってるのよ、充分どころか最高じゃない!」

「でもさ、レヴィ」

「何よ?」

「僕が素手で戦った方が強いと思うよ?」


 ポカンとした顔のレヴィはその後すぐに笑い出してしまった。


「ハルトってさ、本当面白いよね。素手の方が強いって、そんな訳ないじゃないの」


 むー、見た目は確かに強そうには見えないかも知れないけど。これでも結構鍛えられてるからなぁ。


 鍛えられた理由は風香。彼女の暴走により小さな頃から怪我が絶えなかった僕を見て彼女の父、巌さんが嫌がる僕を無理やり鍛え始める。


 五歳から今までずっと、ほぼ毎日のように地獄の特訓が続けられて、今ではそれなりに強くなっている。


 あの人の強さはどこかおかしいからな。人間なんか超越してるもんな。次元が違うというか。ハッキリいって化物だもんな、まだ一回も勝った事ないし。


 でも一つおかしなことがある。僕の武術がスキルに反映されていない。あれだけ鍛えていて何一つスキルとして持っていないのは何故だろう?


 自分自身の強さとスキルはまったく関係ないのかもしれないな。これは後から要検証案件として頭の隅に置いておく。


「さて、レヴィ! 早速採取したいけど、どの辺にあるか分かるかな?」

「はーい、そうね? あっちに行ってみようよ」


 どこかに群生地があるわけでもないらしく、ただ当ても無く歩いている。


「あっ、みーつけた」


 あるにはあったが、誰かが採取した後の様で数本のヒスカ草が残っているだけだ。


「むぅ、ここはこれ以上取れないわね。他を探しましょう」

「これ、取っちゃだめなの?」

「うん、全部取っちゃうとこの辺一帯全滅しちゃうからね。こういう風に少しだけ残しておくのがマナーなのよね」


 それなら仕方ないが、まだ一枚も取れていない。


「あのさ、出来れば今日は三十枚程集めたいんだけどさ、集まるかな?」

「三十枚!? 無理無理、絶対無理よ。この辺りはみんなが取りに来るもん」


 えー。じゃあヒスカ草じゃそんなに稼げないじゃないか。困ったな、何か別の依頼を探さないといけないな。


「レヴィはさ、ギルドの仕事をした事あるの?」

「もちろんあるわよ、何で?」

「いやね、僕は大体一日銀貨三枚稼がないとお金が足りなくなって来るからさ」

「銀貨三枚はちょっと……登録したてだと無理かなー」


 世の中そんなに甘く無いか。ではどうするか? このままじゃジリ貧だな。


 チマチマ稼ぐのではなく、ドカンと稼ぐのはどうだろうか?


 そんな方法があるなら皆やっているか。


 あれ? これもしかして詰んだ?


 そんな時、森の方からガサリと音がする。野生の獣かそれとも妖獣か?


 警戒しているとレヴィも気づいたのか僕を手招きしている。


 側に寄り、気配を殺すように静かにしていると、レヴィは腰の後ろに差した小ぶりの剣に手をかけている。


 かなり警戒しているみたいで、体中の毛を逆立たせている。


「レヴィ……」

「静かにして」


 黙って待っているとそれは姿を現した。見た目は熊だけど、大きさが桁外れで五メートルはあるだろう。とても大きく、そして赤い。真っ赤な体毛の熊なんて日本では見た事もない。


 レヴィをチラリと見る。震えていた。


「レヴィ?」

「お願い、静かにしてて」


 怯えている?


「あれ、そんなにヤバイの?」

「レッドベアーよ。この辺りでは見ない筈なのに、なんでこんなところにいるのよ……」


 赤熊は、のそのそと僕らの方へと近づいて来ている。時折匂いを嗅ぐ仕草をしている。


「レヴィ、風上はどっち?」


 そう聞いた瞬間レヴィの顔が歪む。


「こっちが風上よ」

「見つかるのは時間の問題だね」

「どうしよう? ハルト」


 どうする? 勝てるかな?


「レヴィは逃げ切る自信は?」

「無い。ああ見えて足は速いから、追いつかれる」


 やはり赤いから速いのか、選択肢は一つか。


「ここにいて」

「どうするの?」

「何とかしてみるよ」


 静かにレヴィの側を離れ、音を立てないようにゆっくり移動する。


 緊張から汗がじっとり流れる。


 汗の落ちる音で気付かれないか?


 慎重に慎重に。


 赤熊の後ろに回り込む。


 銃を取り出して狙いを頭に定める。


 パキッ! 足元で何かが鳴る。


 不味い、気付かれたか!


 熊はこっちを見て立ち上がっている。


 ゴァァァァ!


 獣の咆哮。


 焦るな、修行を思い出せ、冷静に。


 立ち上がり、狙い、撃つ!


 銃から光の線が走る。極々細いその頼りの無い線は赤熊の頭を貫通して、消えた。


 熊は倒れている。しかし僕も全身の倦怠感を感じて、倒れた。


 不味い、まだ安全を確認してない。意識が飛ぶ。






 意識を取り戻した時、頭が何か柔らかい物に乗っていた。少し甘い香りがする。良い気分になってきた。


 寝返りを打ち、その柔らかい物に顔を埋める。右手がその柔らかい物に触れる。何とも言い難い弾力、すべすべしているしずっと触っていたい。


「ちょっと!? そこはいくらなんでもダメ!」


 んん? なんだ? 喋ったぞ?


 断腸の思いでそれから顔を離し、目を開ける。


 最初に目に入ってきたのは、真っ赤な顔のレヴィ。


 あっ、これは太腿? 膝枕をしていてくれたのか。


「やぁ、レヴィ」

「やぁ、じゃないわよ! ハルトのエッチ!」


 どの位、気絶していたのだろうか?


「そうだ! レッドベアー!」

「大丈夫。死んでいるわ」


 ほっと一安心する。


「レヴィ、怪我とかしてない?」

「大丈夫よ。ハルトが守ってくれたから」


 よしよし、それなら良かった。


 さてと、赤熊だけど早速鑑定してみるか。


レッドベアー

獰猛な妖獣

毛皮は防具の材料として高値で取引される。

肉は食用にできるが硬く不味い。

内臓の一部は病気の特効薬の材料になる。


 ほう、中々だね。いくらで売れるかな? 赤熊をバッグに入れる。ヒスカ草は一枚も取れてないけど今日はもう疲れた。


「レヴィ、今日はこのまま帰ろうと思う。せっかくついて来てくれたのにごめん。案内してくれて助かったよ。ありがとう」

「ううん、いいの。私も守ってくれてありがと」


 お互いにお礼し合うという変な雰囲気になったけど仲良くなれたみたいで良かったな。こっちでの友達第一号だね。


 帰り道は、色々お喋りしながらの楽しい時間を過ごせた。


 早朝の出発だったのでスターチスに帰ってきた時はまだ昼を少し過ぎた位だったので、ギルドへ赤熊の買取を頼みに行く、レヴィも一緒に。


 ギルドはこの時間はあまり人がいなかった。暇そうに枝毛の手入れをしているライラさんの前に立つ。


「あら、お帰りなさい。早かったのね」

「はいちょっと色々ありまして」

「ヒスカ草は見つかった?」

「いーえ、全くですよ。一枚すら取れませんでした。だけど、他の物が取れたので買取できるか確認したかったんです」

「あら、なにかしら?」

「赤い熊です」


 ライラさんがフリーズしている。


「ハルト君? もう一度、言って貰えるかしら」

「赤い熊ですよ」


 ライラさんの顔が強張っている。


「何処にあるの!」

「今、持ってますけど?」

「本当なの?」


 僕が答える前にレヴィが答えてくれた。


「本当よライラ」

「レヴィじゃない。どうしたの?」

「たまたまハルトと知り合って、一緒に森まで行ってきたのよ」

「そう、今の話は本当なのね?」

「間違いないわ」

「ちょっとそこで待ってて!」


 ライラさんは慌てて立ち上がり、何処かへ走っていってしまった。


「どうしたのかな?」

「さぁ?」

「仕方ないからその辺で待っていようか?」

「そうね」


 十分程経ったが、戻ってくる気配は無い。その時自分のライセンスを触っていたレヴィが僕の腕をつついてくる。


「ハルト、これ見て」

「んん? なんだよ」


 ライセンスを見せて貰うと、そこには一つの依頼が表示されている。


レッドベアーの肝の採取

希少な妖獣の肝を採取 報酬は金貨五百枚

依頼期限 残り三日

種別   緊急


 おお! 五百枚だと? これはかなり美味しいじゃないか!


「ハルトこれ誰でも受ける事ができるから、受けておいたら?」

「そうだね、もう熊は持っているし受けておくよ」


 すぐにライセンスを出して受付をする。


「レヴィ! ハルト君! こっちに来て!」


 ライラさんが戻って来た。


 どうやら買取受付の奥にある、解体場に連れて行かれるみたいだ。初めて入るけど、かなりの広さだな。


 室内に入るなり刃物を持った人達に囲まれてしまった。思わず身構えているとスキンヘッドの厳ついオッサンが叫ぶ。


「おい小僧! 早くレッドベアーを出せ!」


 おいおい、またこの手の奴か?


「何処にあるんだ? 早く持って来い!」

「何をグズグズしてる!」


 この世界の人達は礼儀という物を知らないのかねぇ?


「レヴィ、お前が待って来たのか? どうなんだ!」

「違うわ。こっちのハルトよ」


 レヴィはブンブンと首を振り、慌てて否定している。


「やっぱり貴様かっ!」

「さっさと出さないか!」

「何をしている、早くしないか!」


 うーむ、何でこんな態度を取られないといけないのか?


「ハルト君? 早く出しなさい」


 おい、ライラさんまでかよ。


 あかん、イライラして来た。


 よし、やめよう!


「あー申し訳ありませんが、やっぱり辞めておきますね。それじゃあ失礼します」

「ハルト?」

「レヴィ、いくらなんでもさ。こんな態度の人と取引は出来ないよ。解るだろ? 帰ろう」


 そのままレヴィの手を引いて外へと向かう。だが、その入り口はオッサン達に塞がれた。


「通して下さい。帰ります」

「ふざけるな! 帰すわけないだろうが!」


 おいおい、いくら温厚な僕でも限度ってものがあるぞ?


「これで最後です。通して下さい」

「喧しい、いいからさっさとレッドベアーを出せ!」


 はい、オッサン、アウトー。


 全く、どいつもこいつも礼儀なんてありゃしねぇ!


「おい、オッサンいいからそこどけや」

「誰がオッサンだ。俺を誰だと思っているか!」

「さあな? 自己紹介されたおぼえは無いぞ?」

「俺はギルドマスターだ」


 これが? マスターだと? 終わってるなこの組織。


「初めまして、名前も知らないマスターさん」

「貴様、いい加減にしろ!」

「いい加減にするのはそっちだろ? お前らに用は無い! そこをどけ」


 そこへ新たな声が割り込んでくる。


「そこまでです!」

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