第3話 仕事探し


「それで、名前は?」


 僕は今、城塞都市スターチスの城壁の中の一室で、なんだか感じの悪いオッサンと向かい合っている。


「内藤春人です。貴方はどなたなんですか?」

「黙って聞かれたことだけ答えておけ!」


 おお、怖い怖い。


 自分が誰なのか名乗る事が出来ない人とは話をする必要は無いと風香のお父上も言ってたしな、適当にあしらっておくか。


「どこから来た?」

「さぁ?」

「真面目に答えんか!」


 あー、めんどくさ。


「ふん、まぁいい。答えないと言うならば、こっちにも考えがあるんだぞ?」


 下手な考え休むに似たりだね。しかし、なんでこんなにでかい態度なんだろうか?


「いいか、私は鑑定のスキルを持っている。この街には私以外誰も持っては居ないんだ」

「はぁ、それで?」

「つまりだ、私が君を迷い人と認定しなかったら、君は一般人として生きて行くしか無いという訳だよ!」

「それが何か?」

「ふん! 強がっても無駄だ」

「別に強がって無いですけど?」


 なんか凄くムカついてしまい、反抗的な態度で接していると、オッサンもイライラしてきたのか急に声を荒げる。


「いいだろう! 貴様はただの一般人だ。すぐにここから出て行くといい! おい、誰かいるかっ!」


 すぐに扉が開いて兵士の格好をした人が二人、部屋の中に入ってくる。


「どうなさいました?」

「コイツは鑑定した結果、迷い人では無かった。今すぐに追い出せ!」

「はっ!」


 こうして僕は部屋を追い出されたのだった。


「まったく、まさか迷い人を騙るとはな」

「僕は自分を迷い人だなんて言った覚えなんてないけど?」

「余計な手間をかけおって! さっさと出て行くがいい!」


 あっという間に城壁を追い出されてから、少し早まったかと思ったが、やってしまった事はもうどうしようも無い。


 街を追い出されなかったのが、せめてもの救いかな?


 しかしあのオッサンムカついたな。いつか仕返しするリストにいれておこう。


 その後、これからどうするかを考える。


 幸いカバンの中には金貨や銀貨が数十枚入っているので何日かは寝泊まりする事くらいは出来る筈だ。


 問題はお金を稼ぐ方法だが、それは宿を探してから聞いてみる事にしよう。


 つらつらと考えながら歩いているとなんだか良い匂いがしてきた。


「ここから匂いがする」


 そこは一軒の建物で扉が開け放たれて中の様子が見える。


 厳ついオッサン達が木製のジョッキから飲み物を飲んで騒いでいる。


「お兄さん、寄っていかない? ウチの食事は美味しいよ?」


 歳は十歳くらいだろうか?


 小さな女の子が呼びかけてきた。


「うん、とても良い匂いがするね。どの位の値段で食べられるのかな? あまり高いのは困るからねー」

「ウチは銅貨十枚でたくさんたべれるよっ!」

「そうか、じゃあ食べてみようかな?」

「はーい。一名様ご案内でーす」


 女の子はそう言うと、いそいそと建物の中に入っていった。


 その後ろをゆっくり着いて行くと店内の喧騒が大きく聞こえ、とても騒がしく感じる。


 いい大人が昼間から酒を飲んでいるなんてな、仕事はしていないのだろうか?


「お兄さん。こっちこっち」


 女の子が席を確保してくれていたようで、その食堂兼酒場の片隅のテーブルの近くで手招きをしている。


「ここにどうぞ。それで、ご注文は?」

「うーん? どんなものがあるかわからないから、君のお勧めでお願いできるかな?」

「はーい。お父さん、お勧めで一人前!」

「おう! 了解」


 厨房から低い声で答えがあった。親子でやっているのか。


 こんなに小さな子供でも働いているんだから僕でも出来る仕事くらいありそうだな。


 二分ほどで女の子が大きな皿を持ってきた。


「早っ!」

「へへー、どうぞ召し上がれ」


 そう言えば最後はいつ食べたのか覚えていない。空腹に勝てず早速食べてみる。


 何かの肉を焼いて結構刺激のあるソースが掛かっている。


 分厚いステーキとこれは芋かな?


 サラリとしていてマッシュポテトみたいなものが大量に付いている。


 芋を一口食べると味は薄い塩味しかしない。ご飯の代わりみたいだな。


 肉はナイフがするりと入るくらい柔らかくソースが甘辛くて、つまりとても美味い!


「御馳走様でした」


 手を合わせてぺこりとお辞儀をする。


「お兄さんそれなーに?」

「ああ、僕が住んでいた所の風習なんだよ」

「ふーん、変わってるけどなんかいいねっ」


 周り全員が普通にやっている事だから疑問に思わなかったけどここではおかしな事みたいだな。


「坊主! いい食べっぷりだったな!」


 この店の店主のコバルトさんがやってきた。いい機会だから色々と聞いてみる事にする。


「この辺りで宿と仕事を探しているんですけど……」

「ああ? 宿ならウチの二階が宿になっているぞ。泊まっていくのか? 一泊朝夕食事付きで銀貨三枚だ」

「本当ですか? それじゃあお願いします。取り敢えず十日で」


 大体のお金の価値が分かってきた。

銅貨  百円 十枚で銀貨一枚

銀貨  千円 十枚で金貨一枚

金貨 一万円 

と言う感じかな? 大体の感覚だけどな。


 これで寝る場所と食べる物の確保はできた。後はお金を稼ぐ方法だけど、どうするかな?


 そう考えていると店主のコバルトさんが良い提案をしてくれた。


「仕事だが、ギルドに行けば仕事なんていくらでもあるだろう。リナ、案内してあげな!」


 女の子の名前はリナリア、愛称がリナというらしい。


「はーい。お兄さんこっちだよー」


 店を出て、リナちゃんに手を引かれて歩くこと三十分程で大きな建物の前に着いた。


 そこに出入りしている人は武器を携えていて、いかにも戦闘を生業にしている様な人達ばかりで、こんな所の仕事って僕に出来るだろうか?


「ここがギルドだよー。中に受付があるから早く行こっ!」


 リナちゃんは躊躇も無く入ろうとして僕をグイグイと引っ張ってくる。


「リナちゃん、僕にできる仕事なんてあるの? 見た感じ、無理そうなんだけど?」

「大丈夫、大丈夫。リナもたまに仕事貰ってるから」

「へー、そうなんだ。それならいけるかな?」


 ギルドの中はかなり広く作られていて、入ってすぐに休憩スペースなのかテーブルと椅子が置いてある。奥の方にカウンターがあって、何人かが女の人と話をしていた。


 ここが受付だろうか? その中の誰もいない所に連れていかれた。


「あら、リナ。いらっしゃい。お仕事かしら?」

「ううん、違うの。今日はこの兄さんの登録! ウチのお客さんなんだよ」

「あら、ありがとう歓迎するわよ」

「じゃあお兄さん、リナは戻るからね」

「うん、案内してくれてありがとう」


 再度受付のカウンターに向き直るとニコニコと笑顔で僕を見ている女性と目が合う。


 ここの受付は採用条件に美人である事と言う項目でもあるんだろうか? 


 五人いる受付全員がかなりの美人である。


「それではギルドの説明をさせていただきます。受付をしておりますライラです、宜しくお願いします。説明と言ってもやりたい仕事を選んでいただいて受付かライセンスで受注して、仕事を行い、完了が確認出来ましたら報酬をお支払いするだけですけどね」


 日雇い派遣かな?


「ギルドは世界中に支部がありまして、どこの支部で登録しても情報が共有されているので他国で登録された方でも大丈夫です。ギルドに登録はされていますか?」


 世界中って結構大きな組織なんだな。


「いえ、登録してないです」

「それでは先に登録を済ませてしまいましょう。ここに左手を置いて頂けますか?」


 ライラさんが指し示す場所には丁度掌が収まる程度の石板らしき物がある。言われるがままに左手をそっと置く。


「はい、じゃあ行きますね」

「うわっ! 何だ!」


 石版が突然左手を包み込んで、僕は身動きができなくなる。


「ちょっと何なんですか!?」

「落ち着いて下さい。少し……うーん? かなり痛いだけなんで動かないで下さいね」

「痛い事がわかってて落ち着け無いですよね!? 僕に何をするつもりですかっ!」

「ごめんなさいねぇ。登録する為に貴方の情報が必要になるのだけれど、その為には血が必要なのよ。それで今は普段使用している設備が故障しててねー。旧式の設備を用意したのだけど、これ凄く痛いみたい。まぁ、男の子なんだから我慢して」


 ライラさんの言葉の後すぐに左手に衝撃を感じ、同時に痛みが僕を襲う。


「いってぇ」


 けど耐えられない程でもないか、風香の暴走モードの時はもっととんでもない目にあってるからな。痛みに耐性が付いたのだろうか? それはそれで何か悲しいものがあるけどな。


 その痛みと共に血が溢れてくる。結構な量だったがその全てを石版は吸い込んでいく。


「あの……痛く、無いの?」

「痛いですけど? まだ終わらないんですか?」

「え、あ、うん、ちょっと待って。はい、終わりよ」


 石版から解放された僕の左手には大きな穴が開いており、まだまだ血が流れ続ける。


「あー、これ何とかなります?」


 何故か呆然としているライラさんに聞いてみるが全く反応が無い。


「ライラさん? ライラさーん! 痛いですけど?」

「あっ! ゴメンなさい誰か、治癒魔法を掛けて!」


 カウンターの奥から灰色のローブを着た男の人がやって来て、何かブツブツ呟いたかと思うと僕の左手を包む。


 痛みがゆっくりと引いて行き、しばらくすると全く痛みが無くなった。


「へぇ魔法って凄いですね! もう痛くもなんともないですよ!」

「貴方の方が凄いわよ……大の男でも気絶するわよ。普通」


 辺りを軽く見回してみると、ほぼ全ての人が化物を見るような目でこっちを見ていた。


「痛みには慣れているだけですよ」

「おい、聞いたか?」

「あの痛みに慣れているとは!? 普段どんな事をしているんだよ」

「変態なの? マゾ?」

「いやいやいや! 違いますって!」


 そんな周りの生暖かい目に囲まれながらギルドの説明は続く。


「それじゃライセンスの話をするわね。左手の甲を見て頂戴」


 目線を左手に落とすと今まで無かったアザが浮かび上がっている。


「それがこのギルドの紋章よ。モチーフは盾、全てのギルド登録者を守ると言う宣言を表しているわ」


 ふむふむ、手の甲に紋章か。


「それと、頭の中でオープンと唱えてみて」


 なんか段々と厨二病に近づいてきてる気がするが、素直にやってみる。


 オープン……くそぅ恥ずかしいぞこれ!


 すると左手から薄いカードが出てくる。


「それがギルドのライセンスよ、そこには君の名前等の情報登録されていて、下の方にある盾のマークをタッチすると今現在の依頼の一覧が表示されるわ。その中から自由に選ぶ事が出来る。情報はリアルタイムでギルドと共有されるけど、ギルドの建物内でしか依頼の受注は出来ないから気を付けてね!」


 まるで、スマホとWi-Fiみたいだな。


「それと右上には君のランクが表示されるの。登録したばかりだからFランクからのスタートよ。依頼をこなして行くと評価ポイントが溜まってランクが上がっていくの。次がE、D、C、B、Aの順ね」


 ふむふむ、分かりやすいね。


「それと、何か判らない事があったらいつでも受付に来てね。なんでも答えあげるから。スリーサイズとかね」


 スリーサイズ!?


「答えてくれるんですか?」


 ライラさんは嬉しそうな笑顔で


「人によるけどねー」


 ニヤニヤしている。あー、からかわれているな、これは。


「ちなみにライセンスを仕舞うときはクローズと唱えるのよ。ライセンスの君の情報をみて、自分に合った仕事を探してね。期待してるわよ、新人さん」


 もう一度ライセンスを出して情報を確認してみよう。


 オープン。


名前 ハルト


種族 人属


年齢 17


職業 無し


技能 鑑定LV1 光魔法LV1 


特殊 物理耐性LV1


固有 ☆##€*


称号 無し


 ん? なんか鑑定とか光魔法とか有るぞ?


 技能……スキルかな?


 何でそんな物を持っているんだ?


 確かあの御神木の中で貰ったのはラーニングの筈なんだけど、何処にも表示されていないし、読めない文字が表示されているし、どうなっているんだろう?


 物理耐性はまぁ、うん、僕が持っていてもおかしく無いかな。


 さてさてそんな僕に合った仕事はと。ライセンスを触っていると、あなたにお勧めの仕事と言う場所があった。


 タップしてみると一つだけ依頼が表示された。


ヒスカ草の採取

回復ポーションの原材料の採取十枚一束、一束10G 

依頼期限 無し

種別   常設

買取   無制限


 となっている。ふーんポーションの材料ね。これなら出来ない事は無いと思うけど、一応ライラさんに相談してみてからにするか。


「ライラさん」

「あら、何かしら?」

「この依頼なんですけど、僕でもいけますかね?」

「うーん、ヒスカ草ね。街の外に出る訳だから少なからず危険はあるけど、今は凪の月だから通常よりは危険も少な目だから大丈夫だと思うわよ?」

「ちなみにどこら辺で採取出来るかとかは教えてもらえますか?」

「一番多いのは東の森の近くだけど、そこは皆が取りに行くからあるかどうかはわからないわ」

「どんな物なのか分かる様な資料はありません? 見た事が無いので、確認したいのですが」

「ギルドの資料室があるからそこで調べてみる?」

「はい、是非お願いします」


 受付から出てきてわざわざ案内してくれるライラさんの後についていき廊下を通り扉の前まで連れて行かれた。


「はい、ここが資料室、中にある資料は全部自由に見ていいからね」


 案内された狭い部屋には小さなテーブルと椅子、そのテーブルの上に手作り感満載の本が数冊置いてある。


 製本技術は浸透してないのか。


 本のタイトルは薬草図鑑、魔物分布図、ギルド規約と、大雑把な世界地図と言うライナップだ。早速薬草図鑑をみてみると、ヒスカ草の他に毒消しになるショーカ草や、その他有用な採取対象の木の実等が判り易い絵と共に解説してある。


「これ全部手書きだ、頑張って作ったんだなー」


 有り難く特徴を確認していると左手からライセンスが勝手にでてくる。


「うん? 何だ?」


 ライセンスに文字が表示されている。


 鑑定スキルとライセンスをリンクする事が出来ます。リンクする事で知り得た情報をストックする機能が追加されます。


 リンクしますか? YES/NO


 ふむ、情報は多いに越した事はないな。取り敢えずYESっと。


 その瞬間に薬草に関する知識が流れ込んでくる。


「鑑定スキルは便利なんだな。そういえばあのむかつくオッサンは自分しか持っていないと言っていたけど僕はなんで持っているのかな?」


 暫く考えていたがふと思いつく。ラーニングスキル、つまり、学習か……


 ただの推測でしかないが城壁の中でオッサンは僕に鑑定スキルを使用して僕の情報を読み取ろうとした。


 ラーニングの条件、自分の身に受けたものを取得する。つまり僕は鑑定を受けている。それを学習したわけだな。


 これは思ったよりも優秀なスキルかも知れない。他にどんなスキルがあるかは知らないが、どんどん学んで身につけていくとしよう。


 その後その他の本も同じ様に内容を取得する、これで依頼は何とか達成出来そうだな。それじゃまずは東の森へ行ってみようか。


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