三大カイジュウ リトルトーキョー最大の決戦(後編)
屋根の上から秀子は身を投げ出す。スーツが擦れるのも構わずに、くるりと身を回転し地面に着地の衝撃を逃がす。そのままコマのように一回転しながら、トリガーを引いた。二つの銃口から放たれた銃弾はいずれも鉄腕へと向かう。彼女は鋼鉄の右掌で銃弾を受け止める。隙をつき、ヘヴィレインが天高く右足をあげ、首を刈り取るようなかかと落としを繰り出した。
秀子はクロスさせた両手でそれを防ぐが、衝撃から石畳が砕けた。
「弊社の提案といたしましては!」
ヘヴィレインのお株を奪う、強烈な蹴りが彼女の内蔵めがけて突き刺さる。
胃が逆流し、中身が出そうになるほどの威力だ!
「当初からのプランを変更する価値も余裕もないものと!」
魔銃ベレッタを空中で回転させ、バレルをつかむと銃底でヘヴィレインを殴る!
彼女自身は両腕で固くガードをしているが、あまりの激しさにヴェールの下の歪んだ唇がさらに歪んだ。
そして、そのガードの間を差し込むように魔銃トカレフを彼女の頭めがけ突きつけた。
「よって、あなたの今後のご不幸を心よりお祈りいたします」
トリガーを引く。ヘヴィレインの身体が後ろに倒れる。地面には脳漿も血も撒き散らされなかった。秀子にとってそれは予想外のことであった。鉄腕がヘヴィレインの襟を掴み、身体を引き倒したのだ。トリガーが引かれるより早く。とっさの判断である。
同時に鉄腕は自身のコートを翻し、自分とヘヴィレインの体を覆い隠した。
偏質的なまでに正確無比な銃撃が鉄腕の背中を襲うが、特殊繊維を編み込んだ防刃防弾コートに隙はなく、銃弾は運動力を失い落ちていく。
即座にそれを理解した秀子は、鋼鉄名刺手裏剣を投擲した。背中に向かって突き刺さるも手応えなし。貫通して鉄腕の体を掠めただけだ。
鉄腕はヘヴィレインを引きずり、ストリートの側にあったミニチュア大仏の陰へと身を隠した。
「ごめんなさい、鉄腕さん。ヘマしたわ」
「よせよ。謝られるとくすぐったくなる」
様子を伺おうと大仏から顔を出そうとした瞬間、銃弾が石畳を跳ねる。釘を打ってきたのだ。これでは動けない。
「弱ったな。何かいい考えはないか?」
ヘヴィレインは困ったように頭を振る。
「そういうの苦手なの」
「だろうな」
「弊社のプレゼンはいかがでしたでしょうか?」
革靴がストリートを叩く。血と雨で濡れた石畳の上を、魔法係長が歩く。笑顔はない。ただ勝ち誇った革靴の音が響くだけだ。
「お気に召さなかったようであれば、修正提案もあります。そこから手を挙げてゆっくりと出てくれば、再度打ち合わせの機会を設けさせていただきたいと思います、いかがでしょうか?」
返事は無い。秀子はため息をつき、懐からドラムマガジンを二つ取り出した。魔銃から通常のマガジンを排出し、ドラムマガジンをセット。いかな超人でも、9mmの鉛玉を五十発以上受けて原型が残るとも思えない。
「返答はなるはやでお願い致します」
トリガーを引く。大仏が削り取られる。鈴を鳴らすように空薬莢が落ちる。この通りには死が満ちている。それ以外は何も音がしなかった。
「わかった! 撃つのはやめてくれ! 痛いのは苦手なんだ」
鉄腕の声。大仏の影から掌が覗く。秀子はそれを注意深く観察しながら、銃口を正確に向けた。
「本当に撃たないんだな?」
「検討した上で前向きな返事をお約束します」
そう、撃たない。秀子は冷静に高く掲げられた手のひらを見つめる。現場の判断はいつも正確には伝わらぬものだ。今撃ち殺すも後で撃ち殺すも同じ。だからいまは撃たない。確実に仕留められるその時まで撃たない。彼女はトリガーガードの中に指を入れたまま考える。そして気づく──異変に。
ヘヴィレインの声がしない。
その瞬間、彼女は左手の魔銃ベレッタを回転させ、脇を通して背中側に銃口を向けて発砲した。肉に着弾する音。仕留めたか。思わず振り返る秀子。ヘヴィレインがそこにはいた。持っていたのは、血まみれで今まさに絶命させられた、ヤクザの身体だ。
「何ッ」
猛進するヘヴィレイン。止めようと二丁のトリガーを引きまくる秀子。嵐の如き銃弾でひき肉と化してゆく哀れなヤクザ。秀子に向かってヘヴィレインが死体を足で押し出すと、まるでゾンビが襲いかかるように秀子のもとへ飛んでゆく。
思わずそれに銃弾を叩き込む。判断ミスだ。そんなことをしてもなんの得にもならない。
「お友達は一人じゃないぜ、ビジネスガール!」
鉄腕もまた死体ヤクザをむりやり立たせ、盾代わりにするとこちらに突進してきていた。魔銃トカレフを落とすと、ベルトに挟んでいたマジカル・ステッキを引き抜き、死体に向かってふりおろす。血しぶきを裂いて、ヘヴィレインが鋭いミドルキックを繰り出した。マジカルステッキで応戦しつつ、鉄腕と死体に向かってトリガーを引く。しかし、死体は止められても、二匹のカイジュウはもう止められない。
ヘヴィレインのハイキックが、鉄腕の右拳が、それぞれ頭と腹に突き刺さった。
メガネが砕け散り、鼻血が吹き出し──秀子はその場にくずおれた。
「決まったな」
秀子は鼻の頭と腹を抑え、うずくまっていた。まだ生きているのだ。しばらくは動けまいが、まだ生きているとは。
ヘヴィレインはそんな彼女の頭めがけ、右足を高く掲げていた。鋼鉄パンプスと彼女の足の力が合わされば、人間の頭など生卵同然である。トドメを刺そうというのだ。
「ヘイ、やめろ。……こいつにゃ、まだ使い道があるんだ」
「……このクソ女をぶっ殺さない限り、私のケジメはつかないわ。永遠に静かに暮らせない」
「わかってる。だがそれをいうならアンタは三合会にもケンカを売ってんだ。もっと頭を使った解決方法じゃないと、アンタは永遠に追われる身だ」
苦しむ秀子を鉄腕は無理矢理肩を抱いて立たせると、引きずってゆく。行く場所は当然一つ。タケガワ組の事務所だ。
事務所の扉めがけ、秀子の身体が叩きつけられ床にごろりと転がった。事務所に残っていた僅かな組員達が、闘志と殺意をむき出しにして振り向いたが、一斉に武器を落とし手を上げた。
ヘヴィレインとアイアンナックル。
サトーにそうしたように、モーゼが海を割るように二人は天井の低い日本家屋風の事務所の奥へと進んでいく。
そうして、目の前に現れた一番奥の扉をヘヴィレインが怒りのままに蹴り飛ばした。
驚きからか、目を丸くするサトー。守る者はいないことを把握し、机の下から慌ててベレッタを取り出し銃口を向けた。
「わりゃ……わりゃあ係長はどうしたんじゃ!」
「ビズには物別れがつきものだ、ヤクザヘッドくん」
鉄腕は新しい葉巻を咥えながら言う。
「ところで、こちらのお嬢さんがまずあんたに話があるそうだぜ」
ヘヴィレインが一歩足を踏み出す。サトーが思わず恐怖からかトリガーを引く。ヴェールの片側が外れる。それでもなお彼女の歩みは止まらぬ。サトーが再びトリガーを引く。銃声。銃声。銃声。当たらない。まともな精神状態でなければ、銃の狙いなどそうそうつけられるものではない。
「わたしは勘違いをしていたのかもしれないわ」
「な、なんじゃと」
留め具が外れ、ヴェールが宙を舞う。恐怖が内包された顔があらわになる。崩れ切った顔が、ただれた肌が、ゆがんだ唇が、爛々と輝く赤い瞳が露になる。
「尊敬を得るには、他人をまず尊重しなくてはならないということよ。……それで、あなたはどう思う?」
「何がじゃ、何がじゃ、こん化け物が!」
サトーの言葉に失望したのか、彼女はため息をついた。そして彼を地面に引き倒す。鉄腕はこれから行われるのであろう凄惨な『説教』から背を向けるように、事務所奥の扉を見つけた。固い鍵がかけられているようだったが、かるく『ノック』してやれば問題なく開いた。
後ろからサトーの悲鳴が響いている。
暗い部屋の中で、椅子に縛り付けられた少女の姿があった。目の前に置かれた巨大テレビの中では、ピンク色のフリル付きドレスを身に纏った少女が踊るように舞っていた。
「アニメ見てんのか」
鉄腕は両肘をクリスの肩に置いて言った。
「アタシはこういうの苦手だ。感想は?」
クリスは少しため息をついて言う。
「子供っぽくてつまんない」
ヘヴィレインはその日以後、アジアンストリートから姿を消した。
タケガワ組も三合会も、彼女を追わなかった。前者は組織の屋台骨がゆがむほどの大ダメージを受け、サトーが『ケジメ』を取り本国に帰されたからで、後者は今回の騒動の『ほんとうの』首謀者が誰かを知ったからだ。
魔法係長を使った、サトーによる狂言。それが不知名の正体。『顔を異常に変形させられた』サトーが、そういう『事実』と共に、詫びを三合会を始めとする組織の幹部たちに入れたのだ。
もちろんそれだけでは納得できない者もいたが、騒動の渦中にいた鉄腕の証言で裏付けを行った。彼らは疲れていた。もうそれでよいと、その『事実』を受け入れたのだった。
不知名とされた魔法係長もまた、姿を消してしまっていた。事務所には、サトーが作った彼女の解雇通知があり、それに律儀に承認のハンコが押してあった。おそらく彼女もまたどこかへ流れたのだろう。三合会は彼女の実力を知っている。疲弊した組織には、彼女を追うだけの力は残されていない。ましてや恥を忍んで、本部に報告するような度胸もなかったのだった。
あれからヘヴィレインには会っていない。時たま強い雨が降る日には、彼女の事を思い出す。アジアンストリートに漂う、様々なものがないまぜになったあの匂いをも押し流すような、激しく重い雨が、オールドハイトを打つ日に。
ほどなくして、奇妙な噂が立った。顔のない探偵に彼女ができた。彼曰く、友人ではなく、恋人なのだという。
鉄腕の自宅に届いた、ポートレートつきのメッセージカード。顔はなくとも幸せそうな二人。あの雨の日に奇妙な出会い方をした女の姿が、そこには写っていた。
ミス・フェイスレス。
名前すら、押し流されていく。彼女がもう、尊敬を求めて街をさまようことは無いだろう。
ヘヴィレインが窓の外で霧の街を打つ。すべてを押し流すような強い雨が、過去をも押し流してゆく──。
ヘヴィレイン・イン・アジアンストリート 終
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