三大カイジュウ リトルトーキョー最大の決戦(前編)

 ヘヴィレインが鉄腕に投げかけた言葉は、そう多く無かった。彼女は服装を体現したような、ティーンでは無かったし、人生に絶望しきった枯れ枝でもなかった。

 彼女は今を生きていた。だからこそ彼女は今を生きることに対する侮辱を嫌い、過去に生きてきたことへの敬意を何よりも尊ぶのだ。


「タイ人は常に人に敬意を払うの」


「へえ」


「だから私は罵倒が嫌い。するのもされるのも。往来でそんな声をかけてくるクソどもは、全員ブチのめしてきたわ」


「それで、アメリカの端までやってきたってわけかい」


 黒いヴェールの下で、ただれた肌と歪んだ唇がかろうじて笑みを作った。


「……でもね、怒りを通り越して、私は呆れてきちゃったのよ。私の顔はこのとおり。もう治ることは多分ない。私は侮蔑と罵倒の中で生きていかなくちゃならない。クソどもの相手をして、ブチのめして、ずっとそれで……」


 誰もがタフでなければ生きていけない。それがこの霧の都オールドハイトの現実だ。だが、誰もがタフでい続けられる保証はどこにもない。どれだけ自分を武装しても、形を変えた『弱さ』が誰の心にもある。

 ヘヴィレインは、未来を恐れている。今を生きることで、永遠に敬意を得られない自分の未来を恐れているのだ。


「それに気づいたのがつい最近ってか。大したタフガールだ」


「そうね。バカみたい。──でも、こんな生き方しかできないのなら、貫き通すだけよ」


 アジアンストリート中国人街を抜けると、隣接してリトル・トーキョーが現れる。時代錯誤なニッポン情緒あふれる石畳に、近代的な日本モダン建築か入り混じり、複雑なオリエンタルさが漂っている。ビビッドなネオン日本語看板が、バチバチと耳障りな音をかき鳴らす。

 雨はもう降っていない。しかし、リトル・トーキョーに人はいなかった。ゴーストタウン。雨上がりの湿った風に乗って、石畳を叩く革靴の音。

 軍隊の行進ほど洗練されていないが、個性を捨て去ったような黒服サングラスの男たちが通りを埋め尽くす。手には日本刀にバット、鉄パイプ。


「見ろよ、お客さんだ。どうやらハンデのつもりらしい」


 鉄腕は新しい葉巻を取り出し、長いマッチで火を点けた。ポートワインの香りに乗って、ケミカルな冷静さが戻ってくる。


「雨上がりにはちょうどいいわ」


 黒フリル付きの傘を、ヘヴィレインはゆっくりと石畳に置いた。それが合図だった。


「オドリャシゴウシタルケンノ!!」


 まじないのような言葉を先頭のヤクザが叫ぶと、怒声と共にヤクザ・ウェーブがふたりの女に殺到した。鉄腕は容赦なく先頭のヤクザに右ストレートを入れて殴り飛ばす。ヘヴィレインはまるで剣を振り下ろすように鋭い蹴りを繰り出し、持ったヤクザの刀を首ごとへし折った。

 二人が同時に吹き飛ばした死体で、何人かヤクザを巻き込みストライク。とはいえキリが無いと見るや、鉄腕はおもむろに石畳から生えていた大正ガスランプ風電灯を手刀で叩き折ると、むりやり右手で引きちぎり即席の槍に変え、横薙ぎにぶん回した。

 ヘヴィレインは呼吸を合わせてジャンプし回避したが、五人のヤクザが引きちぎったあとのささくれだった金属部分に巻き込まれミンチ肉になって即死!

 素手では叶わぬとみた数人のヤクザが、粗製トカレフを取り出す。ヘヴィレインはなぜがそばにあった自販機に蹴りを入れた。あたり付きだったのか派手なファンファーレをかき鳴らし、缶コーヒーを大量に嘔吐した。それをまるでサッカーボールのように足でリフトすると、なんとボレーシュートの要領で打ち出し始めた。スーパーボウルのスター選手も裸足で逃げ出すコントロールで、射撃ヤクザは缶コーヒーを頭に直撃させ即死!

 阿鼻叫喚。

 ヤクザのミンチ肉でハンバーグになりそうなリトル・トーキョーで、なおも戦いは止みそうにない。ヤクザたちの殺到も、その全滅を待つばかりとなりそうになっていた──。




 一方そのころ、タケガワ組事務所では、サトーがご機嫌な様子でゴルフクラブを磨いていた。今回の襲撃で三合会の威光は地に落ちた。彼の最終目標はこのアジアンストリートの制圧と、それを足がかりにしたオールドハイト黒社会への侵略にあるのだった。

 そのためには、火種が必要であった。

 アジアンストリートは、三合会が顔役としてカタギと構成員を区別せずに、社会の荒波から表裏問わず守ってきた互助会の集合体だ。よってそこで波風を起こす行為は、波風を起こした当事者のモラルを──日陰者には元来無縁の価値観であるにも関わらず──問われるのだ。

 サトーはそれが気に食わなかった。要は同調圧力で戦争を抑えているだけなのだ。アウトローはそうした鎖から自由でなくてはならぬ。

 よって彼は火種を作ることにした。魔法係長がその役目を果たすつもりだった。

 長い企業戦士生活が一人の女を狂わせ、たまたま見ていたジャパニメーションがその狂気を後押しした。魔法少女が人類を脅かす魔獣を討ち果たす。子供っぽいストーリーに自らを重ねた女は、日本で知らぬ者はいないヒットマンと化した。

 それが桜井秀子と言う女だ。病んだ女が抱いた妄想を、他ならぬ本人が本物にしてしまったのだ。

 本来彼女をアジアンストリートで暴れさせ、三合会を落とし、自らが優位にたった後始末するつもりだったが、不知名の存在がすべてをひっくり返した。思わぬ僥倖とはこのことだ。

 三合会壊滅、その第一歩は成った。後は不知名を始末し、名実ともにアジアンストリートの支配者を名乗れば良い──そして、三合会の雇ったあの鉄腕も、魔法係長にかかればどうということはないはずだ。


「おう、係長。ガキはどうしたんじゃ」


 監禁部屋から、秀子がゆっくりと出てきた。仏頂面で、何を考えているかは分からぬ。もともとイカれているのだ、ムリもない。


「あの子には魔法少女の素質があります。聖典を鑑賞させしっかりと『研修』を施せばその限りではないでしょう」


「わりゃ、またそれかや……」


 秀子による魔法少女の定義は、他ならぬ彼女の考え一つでコロコロ変わる。しかし、彼女が『聖典』と呼ぶ魔法少女アニメDVDの扱いだけは変わらない。全二十六話、計十三時間に及ぶ鑑賞の後、彼女は相手が魔法少女になったかどうかをしっかりと──彼女が考えるいろいろな方法で──確認する。それが彼女のいう研修だ。

 当然、魔法少女になっていなければ、殺してしまう。不用意にアニメを止めていても殺してしまう。初めて組で抱え込んだとき、サトーはそれを把握しておらず、数人の組員が『研修』の餌食となった。


「まあええわ。とにかく、ガキをさらえば鉄腕も来るわい。係長、鉄腕を殺ったら特別ボーナスじゃ。あと有給も取ってええけえの」


 魔法係長を雇うには、一般企業と同じように雇用契約を結び、月給を支払い有給休暇など福利厚生も(建前上)与えねばならない。彼女は魔法少女の前に、未だに係長なのだ。


「お心遣い痛み入ります。会社の数値目標達成のため、有給休暇を消化できるように鉄腕を確実に殺します」


 秀子は九十度お辞儀し、サトーへの敬意を表した。そして何かに気づいたように、リトル・トーキョーの方向へ向き直った。


「……サトー課長」


「若頭じゃ。どうした」


「奴らが近くに来ています。どうやら、お得意様も一緒のようです」


「不知名かや」


 秀子は頷く。スーツの裏ポケットの名刺入れの中をチェック。腰のベルトにマジカルステッキ。肩から吊ったホルスターに、魔銃トカレフと魔銃ベレッタ──フル装備。

 彼女はおもむろに部屋の隅に置いてあったクーラーボックスを開けると、ドリンク瓶を二本取り出し、一つを懐に、もう一つはその場で開けて飲んだ。高級エナジードリンク。日本のサラリーマンが気付けに飲むものだ。


「外周りに行ってきます。『打ち合わせ』は三十分以内で済むかと」


「ほうか。行ってこいや」


 秀子は音もなく扉を開け、音もなく扉を閉めた。サトーはどっと疲れたような気がした。そして、今回の件が終わった後、魔法係長を解雇するために正当な手続きを踏まねばならぬと思いたち、再びため息をついた。




 最後に残ったヤクザどもを殴り、蹴り飛ばし──二人は息を整えた。リトル・トーキョーはまるでカイジュウが通った後のような地獄と化していた。

 ヘヴィレインはゆっくりと傘を拾い上げた。鉄腕はヤクザの胸ぐらを掴んで意味なく睨みつけていたが、やめた。聞くべきことなど何もない。ヘヴィレインはともかく、自分まで一緒に始末しようとするのは、自分に対しなんらかの後ろめたさがあるに違いないからだ。

 聞くまでもなくクリスはやつらに捕まっている。


「行きましょう、鉄腕さん」


「元気だな、アンタは」


「あなたもでしょう? ケンカは好きなの。特に、人に敬意を持たないクズどもをブチのめすのはね」


 二人が同じように歩みを進めようとした直後のことであった。足元に、金属音を立てて何かが突き刺さった。鋼鉄製名刺。桜井秀子の文字。


「前にもお渡しいたしましたが、二人揃ってお会いすることは滅多にないことですので」


 女はフレームを押し上げながら、肩から吊ったホルスターから二丁の魔銃を抜いた。


「出たな係長。つきまとってもビジネスチャンスはアタシらには無いぜ」


「そう仰らずに。三人以上で打ち合わせをする場合、ブレーンストーミングが有用です。より大きなビジネスチャンスにつながることもありますからね」


 抜いた二丁の魔銃を、彼女は両手をクロスさせながら、左手のベレッタを突き出し、右手のトカレフを胸につけ構えた。必殺の構え。


「取り急ぎ弊社の方針と致しましては──あなた方に銃弾を頭にでも喰らって頂き、そのまま命を落としていただきたく思います。どうか、ご検討ください」


 仏頂面だった秀子の顔が、獰猛とも取れる笑みに変わった。乾いた風が吹く。雨は上がっている。嵐の前触れと共に、ビルの二階の壁に突き刺さっていたヤクザが落ち、三匹のカイジュウ達による決戦の火蓋を切った──!


続く

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