第13話
アルトリウス・バッドマンは、現在では珍しい実物派の記者である。
元々は彼の先輩が苦労話として語った一つ。違法兵器の製造疑惑がある工場へ侵入した際に電磁波攻撃を喰らって、証拠データをインストールした通信端末がお釈迦になった件に影響を受けたのだが。
そこから電子媒体というものへの信頼が一段階落ち、こと取材に置いてはボールペンとメモ帳を欠かさず持ち歩くように心がけた。
故に、手元に震えが走るとペン先にも悪影響が生まれる。
何故、手が震えるのか。
冷房は適切な気温を維持し、今朝方の体温も平熱。また彼自身も過去には祝刀祭の優勝インタビューに関わったこともあり、今更選抜戦優勝候補を前にした程度で潰れる柔なメンタリティなどでは断じてない。
「え、あ……そ、それではインタビューを開始しますね……」
ならば何故、彼は引きつった笑みを表情に張りつけて取材を開始しているのか。
答えは単純明快。眼前に据わる面々の人格がアルトリウスの内面から防御本能を引きずり出したのだ。
「……」
一人は寡黙。
己が印象を極限まで空気と一体化させ、ともすれば陽炎の如く肉体を消滅させるのではないかと不安を抱かせる存在──
「さっさと終わらせてよ」
一人は反抗的。
肘掛に肘を立て、拳に頬を乗せ、言外に苛立ちを撒き散らす存在──
「本日はよろしくお願いします」
彼ら彼女らと対照的に礼儀正しく振る舞う存在──
ペンは剣よりも強し、などと語ったものは自動小銃を見たことがないのだろう。と口にしたのは一体誰であったか。椅子に腰かける面々の敵意に間近で触れ、アルトリウスは言葉の本質を理解したような気がした。
一筋の汗が頬を伝い、アルトリウスは息を飲む。
「それでは最初の質問ですが……本戦出場が決定した今のお気持ちを一つ」
「別に何も。たかが予選突破程度……倒したい奴も、すぐ側にいるし」
「月並みですけど、協力して下さった全ての人に感謝しつつ、その好意を無駄にしないため、ここで気を緩めずに邁進していきたいと思ってます」
「……」
コメントを残した二人が互いに視線を交差させ、すぐにアルトリウスへと向き直る。
適正試験に於いて対峙した桜子のリベンジマッチ、もしくは司馬の自力を盤石とする二勝か。
世間一般には、桜子が辻斬り犯を下したという情報は秘匿されている。だが宣伝屋としてはどうしても数多もの死山を築いたアバドを打倒した彼女と、前評判の段階から本命であった司馬の激突に注目を集めるし、人々も同様に扇動してしまう。そこに元来からの因縁が重なればなおのこと。
だが、二人の間で交錯するスパークは単なる一試合で生まれる代物だろうか。
答えの出ない疑問に被りを振り、アルトリウスはインタビューを続ける。
「次の質問です。お二人は今回の選抜戦、予選突破の切欠は何だったと考えてますか」
「私の実力……後は、色々」
「普段からの弛まぬ鍛錬、そしてトレーナーや知人からの手厚いサポートですね」
多少の間こそあれど、両者の言葉に淀みはなくスムーズに紡ぐ。
そして同時に顔を合わせ、互いに顔を顰める。
「あぁ、やだやだ。大企業の御曹司君は建前を口にするのがお上手なことで」
「周りへの感謝を忘れている手合いに何かを言われる筋合いはない。貴女だって、たかが一月弱でもトレーナーと二人三脚でやってきたのだろう」
「お生憎と、私はこんな場所で言わなきゃならない程、礼を出し渋ってはいませんから」
「そういう話ではないだろう、礼儀というものは。そも、肘を立てながらインタビューに応じるとはどういう了見だ」
「別に質問を無視してる訳じゃないし、お前に色々指図される謂れはない」
「つ、次の質問ですッ」
場外乱闘もかくやな険悪が室内に充満しつつある中、二人の言葉を遮って強引に会話の主導権を握るアルトリウス。
いけない、このまま二人を同じ部屋に収めていては。
折悪くと言うべきか、桜子も司馬も撮影に使うからと己が得物を所持している。四人で椅子を囲うには広い室内といっても、ロンゲラップと重斬刀の衝突が起きれば壁の数枚程度、障子紙程度の役割しか果たせぬ。
ひとまず質問を幾つか繰り上げ、巻きで纏めるためにメモ帳を何枚か捲る。
「で、でしたら水島さんから見て二人はどうで……!」
紡ぐ途中、己が失策を自覚するも時既に遅し。
一人沈黙を守っていた銀次が両目を開き、インタビュアーからの質問に答える。答えてしまう。
「そう、だな……足を止めての迎撃戦が主な司馬は、高出力な代わりに扱いに癖のある重粒子武具を軽々しく扱う膂力とその負荷に耐える肉体がウリか。動きそのものも洗練されている。問題があるとすれば一年の練度じゃないが故に強敵との戦闘経験に乏しい、ってところか。
一方で、粗削りながら機動力で翻弄しつつ短期決戦を仕掛ける骸銘館。どこでやったのかは知らんが戦闘経験も豊富、ときてる。だが、現状ではそれに甘んじているとでもいうべきか、理論もなく反射神経で強引に勝ちを稼いでいるとも言える。
第三者である俺の推測だが……七三、といった所か」
「はぁ?」
水島の言葉に機嫌を悪くしたのは、桜子。
普段から鋭利な眼差しを研磨し、怒気を込めて睨みつける。席を立って右手を柄へ伸ばしていないのが幸い、とでも言うべきか。
首の骨を鳴らして不良の如き仕草で紡ぐは、抑え切れぬ感情の発露。
「いったい誰が三割もの確率で負けるって?」
「……それだけの自信は何を根拠に出てるんだ。三割で勝つ側だろ、貴女は」
喉を鳴らす恫喝染みた声音は、司馬へ注がれた代物。
水島がどちらに肩入れしようとも、或いは公平に審判を下したとしても、不利と判断された側が不満を口にするのは明白。仮に互いの戦力が拮抗して五分と評したとしても、品行方正な司馬はともかく桜子が収まるとは思えない。
質問に出すべきではなかったタブー。本来ならインタビューの空気を読んで真っ先に質問から除外するべきであった事項を、誤って質問してしまった結果がこれだ。
アルトリウスは息を飲み、二人の対峙を見守るばかり。
「まさか、選抜戦から私が一ミリたりとも成長してないとでも?
それならそれで、とんだ節穴と楽できるけどね」
「その言葉、そっくりそのまま返しましょうか。成長の度合が全く同じなら過去に勝った僕の勝ちだ」
「ハッ、どうせそっちは碌に練習する時間も無かったんじゃ? 御曹司君?」
「練習の不足に甘えるつもりも、一度勝った相手だからと慢心する気もない。
無論、吼えるしか能のない野良猫が相手でも、です」
「……上等」
売り言葉に買い言葉。
加速度的に悪化していく空気に、アルトリウスは鉛が混じったかの如き息苦しさを覚える。
当事者二人はまだしも、一切動じることのない銀次の態度に一種の感嘆すらも抱く中、いよいよ限界だと桜子は右手に愛刀たるロンゲラップを掴む。
「インタビュアーもさ、一番気になってると思うよ。どっちが強いのか、が」
立ち上がって腕を振るえば、逆手に薄桃の刀身が浮かび上がり、床に煤の軌跡を刻む。
挑発的な視線を感じつつも、司馬は席を立つことなく桜子を睨み返す。
「雌雄を決するは本戦の舞台のはず」
「別に優勝するのは私に決まってる以上、それ以下の奴を同意の上で撃退しても関係ないでしょ」
「ちょ、ちょっと骸銘館さんッ。あんまり無茶苦茶やってもらうのは……!」
さしものアルトリウスも言葉を濁している場合ではないと判断したのか、桜子を制しようと言葉を重ねる。
だが桜子の激情を抑えるには、最早言葉だけでは不足も不足。
「こっちの方が手間もかからないし、何よりエンタメ、でしょ」
「はぁ……いいでしょう。厳粛な格の差を教えるいい機会です」
「司馬さんもッ?!」
無血で刃を収めるのは不可能と判断したのか、司馬もまた桜子の挑発に応じて己が得物に手を伸ばす。
その様子に少女は口角を吊り上げると、身体を低く身構えて臨戦態勢。左手を加えた三点で床を掴み、ぎらついた眼差しを敵対者へと注ぐ。
極彩色の敵意に苦い顔を浮かべる司馬も、観念すると八相の構えで応じる。
ゴングも試合開始のブザーもないものの、互いの了承を得られた以上は戦の準備は整ったも同然。残るは開幕を告げる号砲代わりのナニカのみ。
どうしようもない状況にアルトリウスは互いの顔を見合わせるしかできない中──
「いい加減にしろ、お前ら」
互いの首元に突きつけられる五つの刃。軽粒子で形成された刀身の先端は引っかけるように折れ曲がり、主が多少手首をスナップさせるだけで頸動脈を容易く切り裂く。
鉤爪。
古代文明が起源とも、中国四川戦国の時代が起源とも称される猛獣の爪を模した暗器が現代の技術を糧に二人の首元に突きつけられる。
刃の主たる男、水島銀次の声は低く地の底で唸るかの如く。
込められた感情は、堪えようのない怒気。
「……邪魔しないで欲しいんだけど、先輩?」
第三者の介入に表情を不快に歪める桜子。
「ッ……!」
一方、司馬は意識に捉えてなかったとはいえ間に挟まる銀次を視認すらできなかった事実に驚愕を示す。
「今日はインタビューの日だ。それにせっかくの本戦出場を反故にする気か?」
「ご生憎様、私の目標は司馬君を潰すことなので。本懐を果たせるなら、大会なんてどうで──」
『もしそれでも自分に責があると宣うのでしたら、私が辿り着くまで祝刀祭で勝ち続けて下さい』
脳裏によぎったのは、病院で交わした
あの言葉を、巴の思いを反故にするのか。
答えは否、断じて否。
「? どうした、何か思い出したか?」
「いや……どうでも、良くはないかな。って、なっただけ」
薄桃の刀身を霧散させ、桜子は椅子に腰を下す。
彼女が戦いを挑まないのであらば、司馬もまた刃を収めるに逡巡はない。着席に合わせて銀次もまた、両腕を振って得物を戻す。
桜子は再び肩肘を立てると、気怠いそうにアルトリウスを睨みつけた。
「何してるの、質問があるならさっさとやって」
「あ、あぁ……それではインタビューを再開します」
促されたことに困惑したアルトリウスだが、咳払いを一つすると気を取り直してインタビューを再開した。
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