第7話 魔族の少女。

姫様ひいさまダメです! 待ってください!」


「姫様!」


 空間転移をして馬車の外にこの身を顕現させ、そのまま後ろも見ずに走り出したあたし。


 背後からそうセバスやメーベラの悲痛な声が聞こえたけどごめん。ああもうダメ、とにかくあの場所へ。頭がそれしか考えられなくなってて。



 大通りを走り抜けさっき見たあの場所まで戻るとはたして彼らはまだそこに居た。


 黒髪の小さな女の子。あたしと同じくらい? もしかしたら年下かな? そんなほんと子供。そんな子の首に荒縄がかかってる。


 ちょっと引っ張ればぽきんと折れてしまうかもと思えるそんなか細い首に巻かれた太い縄から伸びた先を持つのはいかつい男性。皮の鎧に身を包んだそれ、は、知性よりも野蛮が似合うそんな顔立ちの強面な男性だった。




「貴方たち。それはどういう事ですか!」


 人通りの多い往来。


 こんなところで大声を出すのは恥ずかしいし迷惑かと思ったけど我慢が効かなかった。


 数人のそんな強面な面々に普段だったら尻込みしちゃうだろうけど今は怒りの方が優って。


 でも。


 通りを往く者たちは誰もこの事態に無関心?


 こんな小さな子がこんな目にあってるのにそれでも!?


 それもなんだか腹が立つ。


「そんな年端も行かない子供の首に縄をかけるなんて! 人道に反します!」


 そう周囲をも見廻しながら大声で訴えるあたし。


「お嬢ちゃん、よくみな。こいつのツノは黒いだろ? 魔族なんだよ。ほんと汚らわしい。最近はこういう奴らが森に潜んでたりするからな。俺たち冒険者がお忙しい貴族様に代わって魔族狩りをやって差し上げているのさ」


 いきなりあたしみたいな少女に声をかけられて驚いた様子だったその男。あたしの全身を上から下まで舐めるように見た挙句呆れたような表情を見せてそう言った。


 はう。確かにツノ、黒いよ。でも……。


「魔族だからなんだっていうんです! 確かにわたしたち人間と魔界は戦争をしています。でも、そんな子供には関係がないじゃありませんか!」


 そう。魔族だから人間だからとか関係ないよ。こんな小さな女の子にこんな暴挙、許せるわけがない。


「魔族は大人になったら人間を襲うぞ? 敵なんだよ! こいつらは! 今のうちにツノを折ってはむかわない様に躾けなきゃないけないのさ」


 ツノを折る? 魔族の心のゲートはツノに有ると聞いたことがある。それって……。


「そんな……。そんなのあたしが許しません! 手を離しなさい!」


 あたしは勇気を振り絞る。こいつらこの子を奴隷にでもするつもりだ。ダメ。そんなの絶対だめ。


「おいおい、どこのお嬢様か知らんが世間を知らない様だな。俺は機光のアークス、S級の戦士だ。対魔連予備役だが何度も戦場で武勲をあげている英雄の一人だぞ? 今だってこうして魔族の村を一つ滅してきたところでありこいつは俺の戦利品だ。とやかく言われる筋合いは無いんだがな?」


 プルプルと怒りに震え。顔が真っ赤になっているのがわかる。ああ、もう、泣きそうだ。


 周囲の人々は基本我関せずを貫き往来を止めることもしない。ああ。それもなんだか悲しい……。




姫様ひいさま、おいたが過ぎます。この老体、心臓が止まるかと思いましたぞ」


 そう背後から声をかけられ振り返った。


「ごめんなさいセバス。でも、じっとして居られなくて……」


 セバスはこの状況をじっと見て。


「把握致しました。まあ、ほんと貴女様は……。おい、そこの戦士よ、このお方は聖王国第三王女アリシア様にあらせられる。悪いがそこの魔族の少女を譲っては貰えまいか。報酬はもちろん相応の額を用意しよう」


 そう、相手の男に語りかける。


「は!? 王女様だ? まあしかしあんたの身なりでそんな嘘をつく様にも見えないか。まあいいや。その代わりこいつは高いぞ?」


「ああ。私は王宮侍従長セバス・レイニーウッド。報酬の受け取りに関してはこちらの者と手続きしてほしい。レクス、後は任せましたよ」


 セバスの横からさっと現れた部下のレクス。


 彼らが話を始めたのを尻目にセバスはあたしのほうに向き直った。


「さあ、姫様ひいさま、帰りますよ。本日は3時からレイア様とのお茶会のご予定です。急がないとお待たせしてもいけませんし」


 はうう。


「はい。ごめんなさいセバス。レイアお姉様をお待たせしたくは無いです」


 そうしょぼんとうなだれたあたし。


 あたしはそのままセバスに抱き抱えられ馬車まで戻ったのだった。

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