第32話 私の周りには変態しかいない(妹が怖がっています)
「何してんのこら姉、おら」
半ギレになりながらも、ぬるま湯の食塩水を作ってくれた伽夜ちゃん。
コップを受け取って私は喉のケアのためにうがいする。
「からからから……ぷぺっ」
「もっと上向けぇ! 舌を突き出せぇ! 喉の奥までみっちり使うんだよぉ!」
「ぐぅあらがらがらがらがら、ぷぇぇええええ!!!」
妹がうがい鬼教官になってしまった……。
うがいを終えると、伽夜ちゃんは手慣れたように保健室の棚から濡れマスクを出すと、私に着けてベッドに寝かせてくれた。
伽夜ちゃんは更に保健室の加湿器のスイッチをオンにすると、冷蔵庫からペットボトルのカフェオレを出した。カフェオレをコップに注いで、電子レンジで温める。
あれ
「が、がやぢゃ……」
「喋るなぁっ‼ 今は喉休めろ、ほらそこの咳抑えの薬飲んでぇ‼」
「……ゎ、わだしもカフェオレ飲みだ」
「カフェインは喉乾燥すンでしよお⁉ これはわたしの分だぁ!」
か、かつてないほどイラついておられる。
伽夜ちゃんは湯気の立つカフェオレをすすりながら、ジトっと私を睨む。痛い……妹のジト目が痛い……。
そうだよね、自分で喉痛めさせた姉の看病させられたら、そりゃそうなるよね!
私は辺りを見回して、ノートとペンを見つけた。
「分かってんの? 喉は何よりの商売道具でしょ。何やってるの、ねぇ」
『まっこと申し訳ありませんでした』
ノートにペンを走らせて、私は喉を傷めた経緯を記す。
そうして呆れ果ててる伽夜ちゃんと筆談する。
「早乙女ならバレても大丈夫でしょ。レヴィアよりお姉ちゃんを好きなんだし、言えば分かってくれるよ」
『ちがうの伽夜ちゃん! バレたら私の貞操が危ないの! 伽夜ちゃんが叔母さんになる可能性出ちゃうの!』
「落ち着け、なんちゃって乙女。ほんと姉の頭がピンクだと苦労するわ」
『ちがうって! 私がやらしいこと考えてるみたいに言うなぁ!』
伽夜ちゃんは知らないから、そういうこと言えるんだ!
下腹部擦りながら、孕みたがってる同級生を一目でも見たら、そんなこと言えなくなるから!
そう書こうとしたら、遠くから学校のチャイムが鳴り響く。
保健室は教室から遠いからなぁ。
でもこれで今、昼休みになったのか…………だだだ、と。
だだだだだだだだだだ!!!! と足音が聞こえたと思った直後、保健室の扉が勢いよく開け放たれた。
「姫宮さん大丈ぶぁあああああああああああああ妹さんきゃわわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
……ねぇ、授業終わってから3秒経ってないんだけど。
私は固まったままの伽夜ちゃんの顔を伺う。
あっ、頬ヒクヒクしてる。良かった、危機感共有できた。
とにもかくにも、私はサラサラっとノートに言葉を連ねて。
『早乙女さん、右手に掴んでる三波くん離してあげて?』
またもや引きずり倒されたキャリーバッグ三波は、あっさり打ち捨てられた。
*********
「最近、人権が適用されてない気がするのが悩みです……ひ〇しです」
『一介の男子高校生が抱える悩みじゃないね……あなたは三波です』
項垂れる三波くんにノートを見せる私。
その少し離れたところでは、早乙女さんが高い棚から喉スプレーを取って、伽夜ちゃんに手渡した。
「ぁっ、ぁりがと……ございます」
「お気になさらず、姫宮さんの妹さん! それにしても小さくて本当に可愛いですね。好きなお菓子は何ですか?」
「―――――ひぐっ」
アカン、伽夜ちゃんが泣きそうになってる。別に何も変なこと言ってないのに。
早乙女さんから溢れ出る変質者オーラに、伽夜ちゃんは完全に気圧されていた。
おいでおいでと私が手招きすると、伽夜ちゃんはピュンッとやってきた。私はマスクを外すと、口を開けた。
「ぇう……ぁ」
「もっとあーんして、お姉ちゃん」
伽夜ちゃんは保健室にあった舌圧子を、私の口に差し込む。金属のひんやりした感触に舌を抑えられる。喉の腫れたところに喉スプレーが吹きかけられる。
「ッッッアーーーーーーーーーーーーーーー!!!!! いけません、姉妹でもその距離はいけませッアーーーーーーーーーーーーーーー!!!! 姫宮さんのベロがっそんなっはしたなェッチーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「俺、モ〇ハンであーいう咆哮するモンスター狩ったことあるわぁ」
三波くんはなんで素面で、そんなごみどうでもいいこと言えるんだろうか。
私の前にいる伽夜ちゃんはふるふると震えて、涙目になっていくというのに。
「こわい……こわいよぉ、おねぇちゃぁん」
分かってくれたか、妹よ。
よしよしと頭をなでてあげると――――――バタンッ。
早乙女さんが倒れた。
保健室に静寂が訪れる。けど、三波くんが秒で破った。
「そういえば姫宮さん、昨日の配信見た?」
「三波くんは人の心が無いから、人権が適用されないんだよきっと」
その後、三波くんはさらりと早乙女さんを抱きかかえて、ベッドに寝かせた。
私は重いため息をつく。
またか、朝、早乙女さんとやったことを、またやるのか。
でも今度はもう喉は潰さないようにしよう。
それに今は喋る必要ないから安心だ。後は、私の羞恥キャパシティ次第で……。
「なぁなぁなぁ、聞いて姫宮さん。すげー嬉しいことあったんだよ」
『レヴィアちゃん10万人いったね』
「あっ、それはもちろん嬉しいし記念日なんだけど。それとは別の個人的な話!」
『? コメント読んでもらえた?』
知らない内に読んでたのかな。
珍しく浮ついてる三波くんの態度を、不思議に思っていたら
「昨日の配信でレヴィアたん、俺のコメントのリクエストに応えてくれてさ! 耳はむは」
お前かぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーー!!!!
私の指が三波くんの脇を抉り貫き、刹那の内にくすぐり倒した。
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