第55話 それでもやっぱり婚約破棄宣言 (ウォール)

「聖女だけでも道連れにしてやる!」


 襲撃者は雄叫びを聞いてカリンさんの存在を思い出す。


「カリンさん!」

「ウォール! ダメ!」


 咄嗟にカリンさんを助けに行こうとしてアカシアに止められた。

 そうだ、ここで俺が動けばアカシアが無防備になってしまう。

 襲撃者が言葉どおりに聖女だけを狙うとは限らない。

 アカシアかカリンさん、どちらかを取るなら当然婚約者のアカシアだ。


 そうじゃない! 落ち着け! 誰も怪我をしないようにするにはどうすべきだ?


 襲撃者までの距離はおおよそ百メートル、攻撃魔法が届かない距離ではないが、狙い撃ちは難しい。

 だいいち、こんな時だが人に向けて攻撃魔法を使える気がしない。

 マカバ先輩との話が、フラグになっていたのかと思えるようだ。


 ならば、人間の盾にはなりたくないが、防護に徹しよう。

 幸い、守るべき人は……。殿下は俺より後方で、マカバ先輩たちに守られている。

 アカシアは俺にしがみついている。

 カリンさんは左手少し後方で蹲っている。

 そして、左手にいたエンジュとイチイは……。


 イチイが、襲撃者に向けて突っ込み、エンジュが銃の弾を交換し、二射目を発砲しようとしていた。

 イチイ、突っ込むのが早すぎだ。こっちの援護が間に合わないぞ。

 それにしても、エンジュは人に向けても容赦がないな……。


 バン! バン!


 バン! バン!


 襲撃者の発砲の方がエンジュより僅かに早かったようだ。


 襲撃者の狙いは突っ込んで行ったイチイでなく、宣言どおりカリンさんであった。

 俺はカリンさんの前に魔法を発動する。


「ゴミ箱『ダストボックス』!」


 襲撃者が放った弾丸は、うまい具合にダストボックスの中へと消えていった。


「ナイスだ、ウォール!」

「いいから、早く片付けろ!」


 俺はイチイにハッパをかける。自分は攻撃しないで人任せとは、我ながらいい気なもんだ。

 まあ、これも役割分担、適材適所だと、自分に言い聞かせる。


 イチイはあっという間に襲撃者との距離を詰め、襲撃者が第三射の準備が済む前に、剣で銃を弾き飛ばし、相手を取り押さえた。


 そして相手の素性を確認する。

「お前はダグラス・ファー!」


 ダグラスは隣国からの留学生であったが、連休中に何を仕出かしたのか、国家機密漏洩罪で指名手配されていた。


「なぜ、お前が聖女を狙った?!」

「ゴホッ! ゴホホ」


 ダグラスが血を吐いた。

 エンジュが撃った弾丸が肺に当たったのだろう。

 まずい、このままでは死んでしまう。


 俺は急いでイチイのそばに駆け寄ろうとしたが、なぜか、アカシアだけでなく、エンジュも俺にしがみついている。


「お兄様ー。怖かったですー」


 おいおい、さっきまで勇敢に襲撃者に対応していたじゃないか。一体どうした?


「アカシアにエンジュ! 放してくれ。行かないと犯人が死んでしまう!」


 俺は二人を無理矢理引き剥がそうとするが、なかなか上手くいかない。


「ウォール! もういい、手遅れだ。こっちに来る必要はない。二人とカリンさんも連れて陣地に戻れ」

「そうか、間に合わなかったか……」


 この距離だと、エンジュに邪魔されずに走っていっても間に合わなかっただろう。


 チークが殿下の側を離れ、イチイの方へ向かって行く。

 殿下たちは、馬に乗って、一旦陣地に戻るようだ。


 わざわざ、二人に死体を見せる必要はないし、俺も見たくもない。

 俺も、イチイの言うとおり陣地に戻ることにした。


「アカシア、歩けるか?」

「歩けない……」


「仕方がないな。そら、おんぶしてやろう」

「そこは、お姫様抱っこですよね、お姉様」


「エンジュ! 余計なことを言うな」


 俺はエンジュに協力してもらってアカシアをおぶる。


「私を押し倒して置いて、ちゃんと責任取りなさいよね」


 アカシアが耳元で囁く。


「責任? おんぶではダメなのか?」

「そうじゃなくて、女性を押し倒したら、男として責任の取り方があるでしょう!」


 耳元でアカシアが大声を上げる。


「わかったから、耳元でがなり立てないでくれ」

「何ですって!」


「わかった、わかったから。責任だな。ちゃんととるよ。どうすればいいんだ?」

「もー! 本当にウォールは唐変木ですね。この場合、責任といったら結婚でしょう」


「結婚か? そんなことでいいのか?」

「そんなことって……」


「僕はとっくにアカシアと結婚する気でいたぞ」

「ウォール!」


 アカシアが感動したように俺の名前を呼び、ギュッと抱きついてきた。


「だって、王命による婚約だぞ。王命に逆らえるはずないじゃないか」

「何ですって!!」


 今度は、アカシアが逆上して、俺の背中で暴れまわる。

 何が気に入らないというのだ? 危ないから静かにしてもらいたいものだ。


「お兄様……」


 なぜか、エンジュから呆れた表情を向けられる。


 とにかく、ここは、カリンさんを連れて早く戻ろう。

 俺は、蹲っているカリンさんに声をかける。


「カリンさん、大丈夫ですか。とりあえず、僕たちの陣地に行きましょう」

「……」


 声をかけたが返事がない。


「カリンさん! もしかして撃たれたのですか?」


 カリンさんは首を横に振った。

 撃たれてはいないようだ。襲撃されたことがよほどショックだったのだろう。


「カリンさん、もう大丈夫ですよ。ほら、立ってください」

「うぁーん! 怖かったですー」


 カリンさんは泣きながら、勢いよく俺に抱きついた。

 両手が空いていれば、制止もできたのだが、あいにく、アカシアをおぶっているため、両手が塞がっていた。

 俺は、まともにカリンさんのタックルを食らうことになる。


「グェ!」


 俺は、アカシアを背負っていることもあり、なんとか踏ん張る。だが、逆に勢い余って、カリンさんを押し倒すことになってしまった。


「キャァー!」

「オットっと」

「ちょ、ちょっと!」


「あらあら」


「ウォール様、ダメですこんな所で! 早く離れてください」

「ちょっと、ウォール! 何してるの!」

「アカシア! いいから、とりあえず、俺の上から退いてくれ!」


「女の子に挟まれて、いいご身分で」

「エンジュ、ふざけてないで助けてくれ」


「仕方がないお兄様ですね」


 俺たちは、なんとかエンジュの助けを借りて、起き上がる。


「お兄様、これじゃあ、カリンさんにも責任を取らなければならないですね」

「すまなかった。わざとじゃないんだ。許してくれ」

 俺はカリンさんに謝罪する。


「私が急に抱きついたのがいけないんです。気にしないでください」

「本当に、申し訳なかった」


「いいんですよ。もう……」

「……ぶつぶつ」


「どうしたんだ、アカシア?」

「いいわけないでしょ! これは、予言の書にある『ラッキースケベ』というやつですね。そんな破廉恥な人とは、やっぱり婚約破棄ですわ!!」


「アカシア……。勘弁してくれよ……」


 怒り狂うアカシアを宥めながら、なんとか陣地に戻ったのだった。


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