第54話 襲撃 (アカシア)

 狩猟大会の前日、王都の屋敷に前触れもなくエンジュが現れました。

 領都の屋敷から姿を消して以来になります。

 なぜお婆様がエンジュになっているのかとか、いろいろと確認したいことが多かったのですが、こちらが問いただす前に、エンジュから先にとんでもないことを言われてしまいました。


「アカシアお姉様、明日の狩猟大会お姉様も私と一緒に参加してください」

「え? 私に狩猟大会に参加しろというの? 私は見学予定だったのだけど……」


「まさか戻って来た翌日に狩猟大会が延期になっていたなんて知らなかったので、一緒に参加してくださる方がいないのです。ですから、お姉様、お願いします」

 エンジュに頭を下げてお願いされてしまいました。


「えー。私、狩猟なんてできないわよ」

「馬には乗れますよね?」

「まあ、それは嗜み程度には……」


「なら、大丈夫です。お姉様には馬で追い込んでもらえれば、仕留めるのは私がしますから」

「そんな簡単にいくかしら? それに、追い込み役が私一人では足りないでしょ」


「それは、カリンさんにもお願いしましたので、どうにかなります」

「カリンさんですか……。彼女も狩猟したことはないと言ってましたよ」


「大丈夫です。ぶっちゃけ、私一人でもいいのですが、王女殿下たちが応援に来て下さるらしくて、体裁を整えたいのと……。それに、ボッチだと寂しいですから」

「……。ああ、なるほどね。わかりましたわ。一緒に参加してあげますわ」


 そうですね。王女殿下たちが応援にいらっしゃるなら、人を選びますわね。カリンさんだけという訳にはいかないでしょう。それに、一人では寂しいですよね。

 そんなわけで、私も急遽、狩猟大会に参加することになりました。


「ところで、お兄様とは上手くいってますか?」

「えっ! ウォールと? と、当然上手くいってますわ」


 嘘です。

 本当はあまり上手くいっていません。


 ですが、エンジュにそれを言うとウォールを取られてしまう可能性があります。

 それは、とても許容できることではありません。

 私がウォールを好きだからということでなく、婚約者を取られるなんて、私のプライドが許しません。

 そう、これはあくまで、愛情の問題ではなく、面子の問題なのです。面子の!


 そんなわけで、狩猟大会当日、エンジュを心配してやって来たウォールにイチャつきます。

 ウォールが怪訝な表情をしていましたが、エンジュは微笑ましそうな表情でこちらを見ていました。

 なんとか、誤魔化せたようです。


 王女殿下たち冷やかされてしまいましたが、これも接待の内だと思って我慢します。

 狩の方は、私とカリンさんが馬で散策している間に、エンジュが次々と獲物を仕留めていきます。

 狩りに関しては、本当に、私たちはいるだけでよかったようです。


 しかし、一緒にいるのがカリンさんでよかったです。

 予言の書によると、これがウォールだったら、落馬して死んでしまったかもしれないですから……。


 そんなことを考えていたのがよくなかったでしょうか、狩場で王子殿下たちと鉢合わせしてしまいました。もちろん、ウォールも一緒です。


 私たちは馬から降りて王子殿下と挨拶を交わします。

 ついでに情報交換をしようと、少し休憩することになりました。


 情報交換といっても、エンジュとイチイ様による成果の自慢合戦ですね。

 カリンさんは隅の方で小さくなっています。


 私のところにはウォールが近づいてきました。


「アカシア、大丈夫だったか?」

「大丈夫? なにも問題ありませんわ」


「そうか、それはよかった」

「ウォールの方こそ、みなさんの足を引っ張っているのではなくて?」


「いや、足を引っ張るほどでは……」

「引っ張ってますのね」

 ウォールが決まり悪そうにそっぽを向くので、私が突っ込みます。


「いや、役に立っていないだけだから」

「はぁー。自慢げに情けないこと言わないでくださいな」


 本当にウォールには呆れてしまいます。


「ウォールは魔術が得意なのですから、魔術で支援すればよろしいではないですか」

「狩猟大会で魔術を使っていいのか?」


「別に禁止されていないでしょ」

「そう言われればそうだが、ズルくないか?」


「みなさんだって、獲物を探すのにmPadを使ってますわよ。私だってほら」

 私は胸ポケットからmPadを取り出し、探索中の画面をウォールに見せます。


「えー! みんなそんなの使ってたのか?」

「逆に、ウォールたちは使ってなかったのですか? ビックリです」


「僕たちはイチイの感に頼ってたんだが……」

「感って……。野生動物ですわね」


「ん? この、こちらに向かっている点はなんだ? こっちの方角だが、見当たらないぞ」

「え? どれですか?」

 ウォールに見せていたmPadが何か捉えているようです。私もそれを覗き込みます。


「これだよ。これ」

「これは、人の反応ですが、確かに見当たらないですね」


「人の反応なのか?」

「はい。間違って撃たないように人の反応は、赤で表示されますわ」


「人の反応なのになぜ見えない。隠れているのか? 探索『サーチ』!」

 ウォールは自分で魔法を使って確認したようです。


「狙われている! みんな伏せろ!」

 ウォールは大声を上げ、私を引き倒すと私の上に覆い被さります。

「ちょっと! なにするの!」


 バン! バン!


「キャッ!」

 私が文句を言うと同時に銃声が鳴り響きました。私は悲鳴を上げ、ウォールにしがみつきます。


「ウォール! どこから狙ってきている」

 エンジュと一緒にいたイチイ様が彼女を庇いながら大声を上げます。

 他の方たちは王子殿下を守っているようです。


「あっちだ! ここから百メートルといったところか」


「見当たらないぞ!」

「魔道具か何かで姿を隠しているんだろう」


「どうにかしろ!」

「どうにかしろって……。これでどうだ! 降雪『スノー』!」


 夏が近いというのに、ウォールが魔法で雪を降らせます。一瞬で辺り一面薄っすらと雪化粧です。

 ですが、百メートル先に雪が積もらない場所があります。


「あそこだ!」


 バン! バン!


 エンジュが躊躇いなくそこに向けて発砲します。


「グッ!」


 エンジュの放った弾丸が、襲撃者に命中したのでしょう。呻き声が聞こえ、白い雪が赤く染まります。


「聖女だけでも道連れにしてやる!」


 襲撃者は雄叫びを上げ聖女に狙いを定めたようです。

 聖女? そういえば、カリンさんは?!


 見回すとカリンさんは一人で少し離れた場所に蹲っていました。


「カリンさん!」

「ウォール! ダメ!」


 私は、カリンさんを助けに行こうとするウォールに抱きついて、彼を止めます。

 予言の書では、聖女を庇って賢者は死んでしまうのです。ウォールを行かせるわけにはいきません。


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