第53話 狩猟大会 (ウォール)

 王都での病の流行が終息して一月半、連休明けに行う予定だった狩猟大会が延期されて、今日開催されることになった。

 幸い天候も良く、日差しの下では暑いくらいであるが、王都近くの森で開催されるため、木も多く、木陰は涼しいくらいで、ハンティング日和である。


 俺は、王太子のローレル殿下と側近達と一緒に、狩に参加することになるが、学院全体を見れば、参加する者はわずかで、見学に回る生徒の方が多い。

 アカシアも見学組だ。


 その、アカシアであるが、公爵邸を訪れたあの日から機嫌が悪いままだ。

 いろいろと機嫌をとってみたが、どれもうまくいっていなかった。

 何が、そんなに気に入らないのだろうか?

 女心は複雑で、俺にはとても理解できない。


 理解できないといえば、いつも不可解な行動をしている妹のエンジュであるが、あの日、公爵邸に現れたと思ったら、その後、また、行方がわからなくなってしまった。

 本当なら、この狩猟大会にも参加し、優勝候補であったのだが、今どこで、なにをしているのやら……。

 エンジュのことだから大丈夫だとは思うが、一月以上音信不通となれば、少し心配だ。


「ウォール、なに、ぼーっとしてるんだ?」

「ウォールが、ぼーっとしてるのはいつものことだろ」

「どうせ、婚約者のことでも考えてるんだろ」


 何やら外野がうるさいな。イチイに、レイに、マカバ先輩だ。


「別に、アカシアのことだけを考えていたわけじゃない」

「て、ことは婚約者のことも考えてたんだー」

 チークが、からかうように言ってくる。


「いいだろう、別に……」

「そういえば、最近あまり見かけないな」

 イチイが首を捻る。


「今日は見学に来ているはずですけどね」

「あれ? 見学なのか? さっき、エンジュちゃんと一緒にいるところを見かけたけど」

 マカバ先輩から思いがけない言葉を聞かされる。


「エンジュがいたんですか?」

「あっちに陣取って準備してたぞ」


 どうやら、エンジュは無事に戻って来て、競技に参加しているらしい。

 それより、アカシアはなぜエンジュと一緒にいるんだ? まさか競技に参加するつもりだろうか?


「殿下、少し抜けて様子を見て来ていいですか?」

「なんだ、なんだ。そんなに婚約者と離れ難いか?」

「そんなんじゃない!」


 俺が殿下にお願いすると、イチイがからかってきた。


「まあ、こっちは準備も済んでいるし、始まるまでに戻って来れば構わないぞ」

「ありがとうございます、殿下。それでは少し抜けさせていただきます」


 俺は、殿下にお辞儀をすると、アカシアとエンジュがいるという陣地に向かった。


「エンジュ!」

「あら、お兄様、わざわざ応援に来てくださったのですか?」


「それもあるが、今までどこに行ってたんだ? 心配したぞ」

「心配をおかけしていましたか……。それはすみませんでした。少し一人旅をしていました」


「一人旅って……」

 どこに行っていたかしゃべりたくないということか。

 いつものことながら、どこで、なにをしていたのやら。


「ウォール、婚約者の私がいるのに、妹のエンジュの心配ばかりして、どういうことかしら?」

「アカシア?」


 アカシアは相変わらず機嫌が悪そうだが、なぜか俺の腕をとって、体を寄せてきた。

 アカシアの小さくない胸が、俺の腕に当たっている。やわらかいなあ……。


「まあ、見せつけてくれますわね」

「あれー。ラブラブなんですね」


「はっ! これは、ニレ姫殿下にカヤ姫殿下。おはようございます」

 俺は王女殿下たちに声をかけられて我に返った。


「ウォール様、ごきげんよう」

「ごきげんよう」


「お二方は、今日はどうしてこちらに?」

「エンジュの応援ですわ」

「ですわ」

 王女殿下たちは学院の生徒ではないので、参加はできないが、見学や応援に来ることは誰でも問題がない。


「そうですか。わざわざ、ありがとうございます。ということは、アカシアもエンジュの応援か?」

「私? 私は一応、エンジュと一緒に参加よ」


「アカシアも参加するのか! 大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。カリンさんも一緒だし」


 言われて確認すると、カリンさんが隅の方で畏まっていた。

 王女殿下たちが、みえられていては気後れしても仕方がないか……。普段なら会うこともないだろうからな。


「まあ、まあ、随分と心配されてますのね」

「まあ、まあ、愛されてますのね」

 王女殿下たちが楽しそうに俺とアカシアのことを冷やかしてくる。


「そうなんです。愛されてますのよ。オホホホホ」

「アカシア?!」


 どうしたんだ? アカシアが変だぞ?! 普段、そんなこと言わないじゃないか。

 いつもなら、そこは「そんなことありませんわ!」と返すところだろう。

 それに、この腕は、いつまで絡めているつもりなんだ!

 絶対に変だ!


 だが、よく見ると、笑顔が引き攣っている。かなり無理をしているようだ。

 そして、チラチラとエンジュの反応を確認している。


 また、何か勘違いをしているのだろう。今度はどんな予言の書だ?


 アカシアが参加するというのは心配だが、エンジュがついていれば大丈夫だろう。

 開始時間が迫ってきたので、俺はローレル殿下の元に戻ることにした。


 狩猟大会が始まると、やはり、事前予想どおりエンジュとイチイの活躍が目を引いた。

 二人とも競い合って獲物を仕留めている。


 俺は呑気にその様子を眺めていた。


「イチイまでとは言わないが、ウォールも少しはやる気を出したらどうだ?」

「マカバ先輩、僕は狩はちょっと……」

 元日本人の俺には、動物を殺すのは抵抗がある。


「仕方がないやつだな。そんなことで、いざというときに殿下を守れるのか?」

「いや、多分無理です」


「はぁー。そこは嘘でも『殿下のためなら、この身を持って盾になります』くらいのことは言っておけ」

「あー。身代わりの盾になるのが前提なんですね……」

 まあ、俺に人を攻撃できそうもないから、当然そうなるか。


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