第52話 隣国王宮 (エンジュ)
「止まれ! 王宮に何の用だ」
私は、隣国アボジラ王国の王宮の正門を警備している衛兵に呼び止められました。
「お勤めご苦労様。私はエンジュ・ビーンよ。国王陛下にお会いしに来たわ」
私が来訪の目的を伝えると衛兵は怪訝な表情をします。
「エンジュ・ビーン? そんな者との面会の予定は聞いていないが」
まあ、そうだろう、本当は約束などしていないのですから。
だが、今はいちいち約束をとっている場合ではありません。
ここは、衛兵の記憶を操作して、無理矢理にでも押し通ることにします。
「そんなことはないはずよ。よーく、記憶を思い出してみなさい。先週、国王陛下の元に私が訪れると伝達があったはずよ」
「そう言われれば、そんな気がするな。確認するから待っていろ」
確認されると噓がばれてしまいます。ここは、もう一押し。
「ちょっと待って、確認する必要はないわ。あなたの記憶に間違いはないのだから」
「そうか。そうだな。俺の記憶は確かだ。確かに国王陛下とエンジュ・ビーン嬢との面会予定が入っていたな」
よかった、上手く記憶を操作できたようです。
「それじゃあ、通らせてもらうわよ」
私は、当然のような顔をして王宮に侵入します。
そして、そのまま国王陛下がいるであろう執務室へ向かいます。
途中、私を止めようとした者もいましたが、その人には、逆に国王陛下の所まで案内してもらうように記憶を操作しました。
案内人が執務室にたどり着くと、その扉をノックしました。
いくつかやりとりをした後、扉が開かれます。
「国王陛下、エンジュ・ビーン様をお連れしました」
「お久しぶりです、国王陛下」
「誰かと思えば、元聖女様か、面会の予定などなかったはずだがな」
国王陛下は苦笑いを浮かべながらも、私に座るように椅子を勧めます。
私が、それに応じてそこに座ると、国王陛下は不思議そうに尋ねてきました。
「急にやって来て、今日はどんな用件だい?」
「その様子だと心当たりがないのね」
「心当たり? なんのことだ?」
「カンバラ王国の王都で新しい病気が流行したわ」
「なんだって、それは一大事じゃないか! それなのになぜ君がここに来ている? まさか!」
「そのまさかよ。その病気の元は、この国の研究所で作られたものよ」
「そんなはずはない。あの研究所は何重にも安全対策が施されているのだぞ。それに、漏れ出したとしても、カンバラ王国の王都で流行るはずがない」
「漏れ出したわけじゃないわ。持ち出した馬鹿者がいたのよ」
「なんてことを! それは誰の仕業だ!」
「研究所に出入りできる立場があって、カンバラ王国の学園に留学していた者がいるでしょ」
「ファー家の息子か……」
国王陛下は頭を抱えてしまった。
「それで、被害はどれほど出ている?」
「多分、人的被害はそれほど出ていないわ。お兄様たちが治療にあたっているから」
「治療? 研究していた新しい病気には、今までの魔法は効かんのだぞ」
「知っているわ。というか、予測はしていたから、既に、それに効果のある新しい魔法を用意していたのよ」
「我が国が新しい病気の研究をしていたのも予測済みだったのか」
「別に、そればかりではないのよ。人工的にせよ、自然発生にせよ、いつかは新しい病気が流行すると予測はしていたわ。だから、その対策を準備しておいたのよ。ただ、こんなに早く役に立つことになるとは思っていなかったけどね」
「それは、すまんことをしたな。だが、おかげで助かったぞ。被害が少なければ、二国間の関係悪化も防げるだろう」
「そのことなんだけど、私は、このことを公表するつもりはないわ」
「それは、こちらも、しらを切れということか?」
「病気の発生原因を知っているのは私だけよ。私が黙っていれば自然発生ということになるわ」
「それは、こちらに好都合だが、なぜそのようにしようとする」
「病気は自然に発生するものなのよ。それに対処するためには、病気の研究をする施設は必要だわ。事が公になれば、研究所を閉鎖しろとの声が強くなるわ。逆に、自然発生だと思わせておけば、研究が必要だという話になるでしょう」
「なるほど、今後のためか……」
「だけど、持ち出して、悪用した犯人を許すわけにはいかないわ」
「それは、わかっている。こちらで密かに処分しておこう」
「話が早くて助かるわ。よろしく頼むわね」
隣国アボジラ王国の国王陛下との話し合いは、無事に済んだのでした。
その後、アボジラの国王陛下の動きは早いものでした。
翌日には、ダグラス・ファーを国家機密漏洩罪で国内外に指名手配したのです。
罪状が、国家機密漏洩罪では、どんな情報を漏らしたのか詳しく知る事は誰もできません。
憶測は、様々流れましたが、病気との関連を疑う者はなかったようです。
これで、ダグラスが処罰されれば私の思惑どおりだったのですが、しかし、それから一月経っても、ダグラスが捕まることはありませんでした。
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