第32話 うたた寝 (ウォール)
車窓からは、まだ麦畑が続いている風景が見えている。
「そろそろお昼にするか?」
「そうですわね。こちらでよろしいのかしら?」
アカシアが、俺の持って来た荷物からランチボックスを取り出す。
自分から動くなんて、こいつ、もしかしてお腹すいていたのか?
もう少し早めにお昼にするべきだったか?
「それじゃあ、私はお茶の用意をしますね」
エンジュが、mPadを使い、魔法で使い捨てのポットを作り出し、それにお茶葉を入れて、魔法でお湯を注ぐ。
同じく、使い捨てのカップを作り出し、それにポットのお茶を注いでいく。
俺は、アカシアからランチボックスを、エンジュからお茶を受け取る。
「ありがとう、いただきます」
ランチボックスの中には、サンドウィッチやポテトフライなどが詰まっていた。
「私まで、お茶をいただいてすみません。いただきます」
カリンさんは、エンジュからお茶を受け取りながらお礼を述べていた。
彼女のお弁当は自前で用意したものだ。
「カリンさんのそれは、――おにぎりなの?」
「はい、私は、どちらかというとお米が好きなので――」
カリンさんのお弁当の中身は、ノリを巻いた、おにぎりだった。
アカシアは、話には聞いたことがあっても、おにぎりの実物を見たのは始めたなのかもしれない。
「そうなのですか? 珍しいわね」
「南部では普通に食べられているんですけどね――」
この世界にもお米はあるが、余り流通していない。
まして、ノリが食べられているのは、海岸沿いだけだろう。
アカシアがカリンさんは転生者かもしれない言っていた。お米が好きなのも転生者だからか?
俺も、おにぎりを食べたかったが、ここで、俺からサンドウィッチと交換を申し出るのは、いろいろ不味いだろうから我慢した。
サンドウィッチは、サンドウィッチで美味しかった。
食後のごみは、使い捨てのポットやカップを含めて、魔法のゴミ箱行きだ。奇麗さっぱりなくなってしまう。
魔法で、どこか異空間とリサイクルしているのか謎であるが、この世界ではゴミ問題は発生していない。魔法は本当に便利である。
お昼を食べた後、お腹いっぱいになった俺は、気付いたらウトウトしていた。隣ではアカシアが俺にもたれ掛かり、完全に寝入っている。
正面を見ると、座っているはずのエンジュがいない。
俺は、こちらを見てニヤニヤしているカリンさんに尋ねた。
「妹のことを知らないか?」
「ウォール様のですか? 妹様がいらっしゃるなんて存じ上げませんでした」
「?……? 今までそこに座ってたよね?」
「え?」
「あれ?」
エンジュの存在が消えた? そんなことあり得るのか?
だが、現れた時も突然だった。そして、今と同じように列車の中だった。
これは――。
「どうしたのですか? 狐につままれた様な顔をして?」
「エンジュ! よかった。どこに行っていたんだ」
「どこって……、化粧室ですけど。お兄様、そんなこと、聞かないでくださいます!」
「あ! すまない」
「え? もしかして、二人はご兄妹なのですか?」
「そうですけど? カリンさんはご存知ありませんでした?」
状況が分かっていないエンジュが、カリンさんを訝し気に見る。
「てっきり、エンジュ様は、アカシア様と姉妹なのかと――」
「よく、本当の姉妹の様ですね、と言われますが――」
なんだ、そういうことか。カリンさんが勘違いしただけか。
「すみませんでした!」
カリンさんは立ち上がり、深々と、何度も頭を下げてエンジュに謝る。
「別に謝ってもらうほどのことではありませんよ」
「いえ、ちゃんと知っておくべきことでしたのに、すみません!」
「うーん。うるさいですわね。どうかしましたの?」
俺にもたれ掛かって寝ていたアカシアが目を覚ました。
「いや、何でもないよ。もう少し、肩を貸すから、寝ていたらどうだ」
「なっ! なななっ! 肩なんて借りる必要はございませんわ!」
「すみません。起こしてしまって、すみませんでした!」
カリンさんは、今度はアカシアに対して、ペコペコ何度も頭を下げる。
「だから、その謝り方は私が虐めているように見えるからやめなさい!!」
騒がしくしたので、隣のボックスの魔術研究会メンバーからも注目を集めるのだった。
車窓からは、麦畑が終わり、そろそろ、山間に入っていく様子が目に入った。
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