第31話 車窓 (ウォール)

 定刻通りに魔道列車は王都の駅を出発した。


 王都の街並みを抜けるまでは地下を進む。城壁の地下を潜り抜けると、やっと地上に出て、車窓からは王都の周辺の森と畑を見ることができる。


 この辺りの畑は、彩り様々な野菜が栽培されているようだ。

 森には獣たちが住み着き、狩場となっている。

 連休明けには、学院主催の狩猟大会もそこで開かれる。


 去年はイチイが頑張っていたが、今年はエンジュがいるからな。

 イチイの出る幕はないかもしれないな。


 ハンティングなら、剣術より、射撃術の方がランクが低くても役に立つだろう。


「アカシアは、学院主催の狩猟大会に、何か参加するのか?」

「私ですか?私は見学だけの予定ですわ」


 狩猟に参加する学生は一握りで、殆どの学生が見学だ。


「そうか、僕は殿下のそばを離れられないから、一緒には見学できないが――」

「お気遣いなく。誰か女友達と一緒いるようにしますわ」


「お姉様、ですたら私が一緒に――」

「エンジュはハンティングに参加する様に話があるはずだぞ」


「そうなのですか?――まあ、仕方ないですね」

「狩猟大会があるのですか?」


「カリンさんは、ハンティングをやったことは?」

「私はないですね。釣りなら得意ですが――」


「流石、海のそばに住んでいただけはあるな」

「食費の足しにするため必死でしたね……」


「そ、そうか……」


 雑談をしている間に、魔道列車は順調に北西方向に進み、一時間も進まないうちに、畑は麦一色に変わっている。

 ちょうど、穂が出揃った麦が風に吹かれて揺れている。

 あと、一月もすれば収穫期を迎えることだろう。


 西の公爵領と北の公爵領にまたがるこの地帯は、王国一の穀倉地帯だった。

 その真ん中を魔道列車が進んでいく。


 車窓から麦が揺らめくのを見ていると、昔のことを思い出す。

 車窓から、正面のエンジュに目を向け、それから、目を閉じて当時の記憶を確認する。


 あれは、もう六年前、ちょうど今頃の季節だった。

 俺は、両親と一緒に、王都からは魔道列車に乗って辺境領に戻る最中だった。

 車窓からは、今と同じように麦畑が見え、どこまでいっても代わり映えしない景色に、俺はうとうとしていた。


 ふと気づくと、空席だった目の前の席に、黒髪の女の子が座っていた。


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 あれ、お母様の隣は誰も座っていなかったはずだけど?

 誰だろうこの女の子?


「あ、お兄ちゃん起きたの?」

 知らない女の子が俺のことをお兄ちゃんと呼んだ。


「あら、ウォール、目を覚ましたの? まだかかるから、もう少し寝ていていいわよ」


「お母様、その女の子は誰?」

「ウォール、寝ぼけているの? エンジュに向かって」


「エンジュ? 誰だっけ?」

「妹のこともわからないのか? 寝不足か? もう少し寝ていろ」


「そうなのかな? まだ眠いし、もう少し寝てるよ」

 隣に座るお父様に言われて、また俺は目を瞑った。


 しかし、俺に妹なんて、いつの間にできたんだろう?


 お父様の隠し子か? この世界の貴族にはありがちだからな。

 それにしても、突然現れたのは変だ。俺は夢を見ているのか?

 妖精によるいたずらか? いや、この世界に本当に妖精がいるなんて聞いたこともない。

 それとも、両親は魔法で操られているのだろうか?


 いろいろ考えているうちに、どうやら、本当に寝てしまったらしい。

 終着駅到着前に起こされた。


「ウォール、起きろ。到着だぞ」

「……到着? ふぁー。よく寝た」


「お兄ちゃんは寝過ぎよ!」

 夢かと思ったが、目を覚ましても、妹のエンジュはそこにいた。


 そのまま、一緒に屋敷に向かい。当然のように、屋敷の使用人に迎え入れられていた。


 その後、さりげなくエンジュのことを調べてみたが、俺の妹である証拠しか出てこなかった。

 ただ、貴重なクインタプル-フォーということなら、隠し子でなく、養子の可能性も出てきた。


 クインタプル-フォーといえば、エンジュのランク4の素質の中の一つが記憶術というものである。

 この、記憶術が人の記憶を操る術だったらどうだろう。

 両親も使用人も、エンジュに記憶を操作されているのではないだろうか。


 そこまで考えて、逆の可能性があることに気が付いた。

 記憶を操作されているのは俺の方だというものだ。

 両親たちの記憶を操作するより、俺一人の記憶操作の方が簡単で手間がかからない。


 そうなると、何故、エンジュは妹だということを俺の記憶から消す必要があった? 今も妹として暮らしているのに? そんなことをする理由が全く思いつかない。


 とにかく、真相は闇の中だった。


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 当時は不思議でならなかったが、今ではどうでもよくなっていた。

 エンジュは俺の妹で、それ以上でもそれ以下でもないのだ。


 再び、目を開けてもエンジュは目の前に座っていて、こちらを見て微笑んでいた。

 車窓からは、まだ、麦畑が広がっているのが見えた。


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