第4話 『予言の書』 (アカシア)

 学院の新入生歓迎パーティーが終わり、王都の屋敷に戻った私を、メイドのサンタマリアが出迎えてくれました。


「お帰りなさいませ、アカシアお嬢様」

「ただいまマリア」


 サンタマリアが開けてくれた玄関の入り口から屋敷の中に入ると、自動的に浄化の魔道具が動作し、私を浄化の魔法が包み込みます。

 こうすることで、家の中に病を持ち込むことがなくなるそうです。


「お疲れの様子ですね。学院で何かありましたか?」

「歓迎パーティーで少しね……」


「そうですか、お嬢様、少し失礼します。気分回復<リフレッシュ>」

 サンタマリアは、携帯型多目的魔導装置マジックパッド(mPad)を取り出し、気分回復の魔法を使用します。

 爽やかなハーブの香りが私を包み込みます。


「ありがとう」


 こころもち、晴れやかな気分になり、疲れた理由が口から洩れてしまいます。


「ウォールに婚約破棄を申し出たのだけど、聞き入れてもらえなかったわ――」

「婚約破棄ですか?! 余りウォール様に迷惑をかけると、本当に婚約破棄されてしまいますよ」

 サンタマリアは驚きながらも、またですか、といった声色を感じさせます。


「だから、婚約破棄される前に、こちらから婚約破棄しようとしたんじゃない!」

「はぁー。普通にしていればウォール様から婚約破棄されることはあり得ませんよ。二人の婚約は王命なのですから」


「それは、王太子からも注意されたわ」

「王太子、直々にですか!!」


「そうよ――」

「ハァー」


 いつものことですが、サンタマリアからも呆れられてしまったようです。

 玄関ホールを横切り、私は、二階への階段を上ります。


「だけど、このままだと、ウォールは浮気をして、私は婚約破棄されてしまうのよ」

「ウォール様に限って、そんなことにはならないと思いますが?」


 階段を上り切り、廊下を左に進みます。


「私もそう信じたいけど『予言の書』によると、ウォールは、男爵の娘と恋仲になって、私を断罪しようとするのよ」

「また、『予言の書』ですか? アカシアお嬢様は、まだそんなこと信じておられるのですか?」


「当たり前じゃない。お婆様が残してくれた『予言の書』よ!」

「ただの恋愛物語ですよね?」


 部屋まで着いたので、サンタマリアが部屋のドアを開けてくれます。


「そんなことないわよ。なら、どうして私しか読めないの?」

「それは外国語で書かれているからですよね?」


「私の知る限り、こんな文字を使っている国はないわ!」


 私は机の上に置いてあった『予言の書』を手に取り、サンタマリアに見せます。

 これが『予言の書』だと知っているのは、サンタマリアと、あとは、婚約者のウォールくらいでしょうか。


「確かに、私も見たことありませんが、でも、お嬢様は、大奥様からその文字を習ったのですよね?」

「そうよ。『予言の書』の知識を悪用されないように、私だけが教えてもらったのよ! 誰もが未来を知ったら、大混乱になってしまうわ。お婆様はそう言っていたのよ」


 お婆様は、聖女と呼ばれていました。

 魔術ランクが5で、お婆様が若い頃は、魔道具も未発達だったため、魔術を使って疫病を治療したり、日照りから田畑を救ったり、様々な活躍をされたようです。


 聖女として活動されていたお婆様は、いつもは教会にいることが多く、私も、お婆様に連れられてよく教会に行っていました。


 私が覚えているのは、白髪の姿のお婆様ですが、若いころは黒髪に黒い瞳で、私はお婆様にそっくりだそうです。

 お婆様は、私にも聖女になってもらいたかったのかもしれません。


 そんな、お婆様がこっそり教えてくれたのが、教会にある隠し部屋です。


 そこには、たくさんの『予言の書』が並べられていました。


『予言の書』は、聖女であるお婆様以外は読むことができませんでした。

 それは、この世界にない文字で書かれていたからです。


 綺麗な絵が描かれた『予言の書』に、幼い私は興味深々でした。そんな私に、お婆様はその文字の読み方を教えてくださったのです。


 ただ、「教えてあげるけど、この本の知識が悪用されると大変なことになるから、読み方を他人に教えては駄目よ」と念を押されました。

 それなら、処分してしまえばいいと言いましたら、「この本の知識が、将来、もしも、この国に何かあった時に役に立つかもしれないわ」と心配そうにされていました。


 聖女といわれていたお婆様は、この国を愛し、そして、行く末を憂いていたのです。

 もしかすると、『予言の書』に、不吉な未来が示されているのかもしれません。


 お婆様が私にその文字を教えたのも、その、もしもの時に備えるためだったのでしょう。

 お婆様が亡くなってしまった今では、確かめようがありませんが……。


 ですから、その、もしもの時に備えるために、私はこの国を離れるわけにはいきません。

 聖女といわれていた、お婆様の意志を継ぐためにも。この国を捨てて、他の国には行けないのです。


「だからといって『予言の書』だとは限らないと思いますが?」

「マリアはそう思うかもしれないけど、未来を知ってしまった私には『予言の書』だとしか思えないのよ!」


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