第2話 男爵家の娘 (ウォール)

「初めて見る方なのだが?」

「それは、そうでしょう。私と同じ新入生ですからね。地方の男爵家の娘に過ぎないその娘とあなたが会う機会など、今まであるはずがありません!」


 地方の男爵家の娘か――。それでここに入学できたなら、余程優秀なのであろう。


「彼女の名前は、カリン・オバンコール。サウスランド・ビーチ公爵領で港町の代官を務める男爵の娘だよ」


 俺のそばにいた、マカバ先輩が俺に耳打ちしてくれた。

 マカバ先輩は、一つ年上で、サワグルミ侯爵家の嫡男である。サワグルミ侯爵は、現在の宰相であり、マカバ先輩も将来宰相になると期待されている。

 細身の長身で、銀縁眼鏡をクイっと上げる様は、いかにもインテリメガネといったい感じだ。


「港町ですか。余程交易で儲けているのですか?」

「いや、港町といっても交易港ではない。漁港しかない、まあ、漁村だな」

「そうですか――」


 一瞬、金を積んで入学したのかと、失礼な事を考えてしまった。


「彼女はね、魔術の素質がランク5なんだ」

「魔術がですか?!」

「ビックリしたかい?」

「ええ。それはビックリです!」


 人はいろいろな素質を持って生まれてくるが、それにはランクがある。

 そして、ランク5といえば、伝説級、人類最高といわれている。

 その、伝説級の魔術ランク5が、同じ学院に二人も在学することになるなんて、ビックリせずにはいられない。


 しかし、魔術のランクが5か……、気の毒に。

 一昔前なら引く手あまただったろうが、今は、魔道具が発展したために、魔術士の必要性が無くなってしまった。


「僕と同じなんて、可哀想に……」


 そう、学院に在籍するもう一人の魔術ランク5は俺のことだ。

 折角、転生時にもらったチートなのに、無用の長物とは、残念でならない。


 因みに、マカバ先輩は知略がランク5だ。うらやましいかぎりだ。


「ちょっと。ウォール。私の話を聞いてますの‼︎」


 おっと、まずい。マカバ先輩の話に気を取られ、アカシアのことを忘れていた。

 無視されたと思って、ご立腹の様子だ。


「ああ、すまない。会ったこともない娘と浮気するから婚約破棄する、と言われて困惑してしまった」

「あなたが困惑するのはわかります。私だってそうです。ですが、ここでは詳しくは話せませんが、将来あなたは、その娘と浮気するんです。だから、そうなる前に、今ここで婚約を破棄します!」


 浮気するんです。と、そんなこと微塵も思っていないのに、確定事項として言われても俺としては困ってしまう。


 それに、先ほどから、アカシアの隣に立っている男が気になる。

 気になりだすと、『予言の書』以外に、何か裏があるのではないか、と考えてしまうのも仕方がないことだろう。


「いくらなんでも、そんな有りもしない言いがかりで婚約破棄はできないよ。それとも、他に婚約破棄したい本当の理由があるのかな?」


 俺は、チラリとアカシアの隣に立っている男を見る。

 いかにも女好きしそうなイケメンの男である。

 実際、彼は、昨年度、次から次へと女の子に手を出していると噂になっていた。


 彼の名前は、ダグラス・ファー。隣国アボジラ王国からの留学生で、俺と同じ二年生である。


 ダグラスは俺の視線に気付いて、首を傾げて、手の平を開いて見せた。自分は関係ないとのアピールのようだ。


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