第53話 53、千姉さんの秘密
<< 53、千姉さんの秘密 >>
ある日、ミーナは千姉さんに会いに学校にでかけた。
千姉さんはいつものように自宅のテラスに座ってコーヒーを飲んでいた。
光沢のある薄い白のブラウスに紺のタイトスカートに黒エナメルのハイヒールを履いている。
ブラウスの袖はゆったりとしており、手首でぴったりと締る袖口を持っていた。
透けて見える藤色のレースのブラジャーと肌色のストッキングを着けている。
「いらっしゃい、ミーナ。」
「お早うございます、千姉さん。」
「どお、元気。」
「最近は、高齢障害が出始めている様ですが、元気です。自叙伝を書き始めていますから先は近いようですね。」
「ミーナ、私は名医なの。どんな体の変化でも治してあげるわ。若い体にもすることができるのよ。私がその実例。」
「その気になったらお願いします。千姉さんはその姿がほんとに好きなのですね。」
「これ。そうなの。夫が好きだったの。夫を小さいときから育ててくれた方が着ていた服装なので子供の時から夫はこの姿が気に入っていたの。」
「千姉さんは離婚したのですか。それとも旦那様はお亡くなりになられてしまったのでしょうか。」
「どちらも違うわ。夫は生きているし離婚もしてないわ。」
「なぜ一緒に住まないのですか。」
「もうミーナに教えてもいいかな。一緒に住めなくなったの。私の夫は他のみんなと同じように電脳での生活を選んだの。それで私は夫の世話が出来なくなったの。」
「電脳って機械の脳ですよね。マンさんの頭脳のようなもの。」
「そうよ、もっとずっと大きくて何億人の頭脳を入れることができるようになっているの。電脳の中ではこれまで通りの生活をすることができるし、好きなことをすることができるの。電脳の中では食事することもできるのよ。おいしい物を食べることができる。電脳の夫の心を担当している心がそう思うだけなのだけどね。電脳の中には私が居て夫の世話をしてあげているの。今まで通りにね。」
「それで千姉さんは旦那様のお世話ができなくなったのですね。千姉さんがかわいそうです。」
「ありがとう、ミーナ。」
「私が千姉さんの立場だったら絶望します。」
「でも私はまだ夫を愛しているから。」
「愛ですか。私には経験がありませんから想像できません。」
「そうだったわね。私、ミーナに悪い人生を送らせてしまったのかも知れないわね。」
「それは違うと思います。千姉さん。自叙伝を書いていてはっきりと予想できることがありました。私が千姉さんと会わなかったら私は無知のまま部族の男と結婚してずっと狩猟生活を続け、子供が出来て子供を育て、子供が大きくなった時に大地震にあって死んでいたはずです。私の実際の人生が悪い人生であるわけはありません。」
「そう言ってくれると気が休まるわ。」
「そう言えば千姉さんは私が子供の時に息子さんがいると言っていました。息子さんは今はどうしているのですか。」
「そんなこと言ったかしら。それが消息不明なの。でも大分前のことだからとっくに死んでいるはずだわ。大きな宇宙船でこの星を探険しに来たの。当時、この星は恐竜と哺乳類の共存状態だったようね。息子はこの星で宇宙船のみんなと一緒に数年間住んでいたらしい。この星の月と一緒に地球に来たらしいわ。その後、別の星系に行ったらしいのだけどその後の消息が分らないの。調べさせたのだけど分らなかった。当時、夫は肉体を持っていたので私は捜しに来られなかったの。」
「千姉さんの息子さんなら立派な息子さんだったのでしょうね。」
「そうね。若くして宇宙船の航宙士になったわ。」
「航宙士って言うのは航海士みたいものですか。」
「そう。宇宙を飛ぶ船だから航宙士。」
「千姉さんと同じように色々知っていたのですね。」
「んーん。それはどうかな。長い歴史があるから知識は捜せば出て来るのだけれど、どんな知識があるのかを知っていることが重要なの。それは自分の経験から知るのだけど若ければ経験が少ない分だけ少ないわけ。」
「少し安心しました。『無駄に歳を取っている訳ではない』と言うことですね。」
「ミーナは他の人よりずっとたくさんの経験をしているわよ。」
「そう思います。私の知っている人の中で私ほどたくさんの人を殺して来た人はありませんから。」
「私を除いてね。私はもっとたくさんの人を殺しているわ。」
「何か人殺しの数を競っているみたいですね。」
「ほんとにね。ミーナ、クリームソーダがいいでしょ。」
「久しぶりです。お願いします。」
「マン、クリームソーダ二つお願い。」
「了解しました、千様。ミーナ様いらっしゃい。」
マンが戸口を開けてミーナに挨拶をした。
「こんにちは、マンさん。お元気そうね。」
「はい、おかげさまで。」
マンが扉に消えるとミーナは言った。
「マンさんって人間みたいですね。」
「そうね、もう人間になっているのかもしれない。」
「体は機械ですよね。」
「そうよ。でも人間かそうでないかは自我があるかどうかなの。」
「自意識のことですね。そういえば最近は親衛隊のロボット小隊長は冗談を言うようになりました。自我がある証拠ですね。」
「そうなの。あの小隊長もたくさんの経験をしたし、部下の兵士も統率しなくてはならないから気を使うのね。ロボット人になっているのかもしれないわね。」
「問題は無いのですか。」
「問題はないと思うわ。夫のお父上様はロボット人の中で生活されておられたし、私の夫もロボット人に育てられて教育されたから。」
「千姉さんを残して電脳に入ってしまうような教育をされたのですか。」
「ありがとう、ミーナ。」
その時マンがクリームソーダを持って扉から出て来た。
マンはテーブルの上にクリームソーダを置いてからミーナに言った。
「ミーナ様、私の耳は良いので聞こえました。教育は同じでもその後の対応は個人個人で異なると思います。個人個人の経験は同じにはなりませんから。」
「そうね、そうかもしれない。私の三人のロボット親衛隊長は性格が違うの。ほとんど同じ仕事をして来たのにね。」
「はい、存じております。全てのロボットとは常時連絡を取り合っております。ミーナ様の小隊長達は特に個性がはっきりしているようでございます。」
「ほんとに人間ね。」
「左様でございます。」
日輪本国の文明の発展は中だるみだった。
すばらしい機械と知識を書いてある本はあるのだが何と言っても人口が少なかった。
日輪本国の人口はまだ一千万人には達していない。
ミーナは経験からどの集団をとってもその集団を構成する人達の能力は分布を持っていることを知っていた。
集団ごとに平均値か最頻値の値は違っても集団は必ず分布している。
文明を発展させるのはその集団の優れた極僅かな人達の割合の人達に依存する。
人口が少なければその人達は一人か数人かゼロ人である。
それでは文明は発展しない。
文明の発展には少なくとも1億人の人口が欲しいのだ。
だが一国の人口を十倍に増やすことは短期間では難しい。
日輪属国の人々を全て連れて来ても二千万人にも達しない。
黄王国を侵略して何千万人を奴隷として連れて来ることは出来るだろうが、そんなことをすれば国が崩壊する。
日輪本国が欲しいのは知識を持った国民であり労働力としての奴隷ではない。
労働力は既に十分に足りている。
ミーナはそんな日輪本国の状態を忸怩(じくじ)たる思いで見ていた。
もっと早く気が付いて黄金の国の住民をも移民させれば良かった。
人口の増加はいくら考えてもどうにもならないのだ。
十数世代に亘る問題なのだ。
ミーナは体が弱くなって動けなくなると千の学校の自宅に引き取られて行った。
ミーナには子供がいないし身よりもなかったからだ。
千はミーナの弱っている部分を次々と治して行った
ミーナの体は動けるようになり会話も復活した。
髪の毛も白髪が無くなり美しい黒髪になった。
目は輝きを取り戻し皮膚も張りを持つようになった。
ミーナの垂れて大きくない乳房もミーナが子供の頃に望んだように乳首が左右ではなく真直ぐ前に向くように張るようになった。
裂けた爪も奇麗な桜色の爪になった。
要するにミーナの外見は若くなったのだ。
しかし千はミーナを若返らせることはしなかった。
それはミーナが一度として若返りを望んだことがなかったからだった。
ミーナは人は死ぬものだと思っていたようだ。
確かに、ミーナが今後50年間生き続けることができたとしても、今の生活を続けることだろう。
もう冒険の人生は送れない。
ある日の朝、ミーナは起きて来なかった。
安らかな眠りの顔で息を引き取っていた。
千は弔問期間を一週間とし、それが終わると遺髪を取ってから火葬し、骨の一部と遺髪の一部をミーナが焼いた壷に入れ、それを頑丈な箱に入れ、密封し、自宅の後ろに建てた巨大な石の墓の下に埋めた。
遺髪があればクローンを復活できる。
ミーナの記憶が皆の心から無くなった頃、千はロボットを引き連れてどこかに行ってしまった。
学校は既に千の関与は無かった。
立派な教師達が育ち、学生を教育していた。
千が居なくなったことは最初は少し驚かれたが、学校の教師はそのままその日の授業を行い、町もいつも通り人々が行き交っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます