第49話 49、無人の島
<< 49、無人の島 >>
ミーナは艦隊に戻ると直ちに艦隊を河に進めた。
戦闘態勢を取らせたまま艦隊を一列縦隊でゆっくりと進め、あるかもしれない水中の防御杭に注意しながら河を下った。
全ての黄目兵とエメラルド目兵を先頭戦艦に集め、船の進路を探査させた。
多くの妨船杭が川底に発見されたがまだ情報が届いていなかったためか、浮き上がってはいなかった。
新しい木材の妨船杭もあった。
ミーナの艦隊は壊滅させた水軍基地を通り過ぎるまで警戒を解かなかった。
海に達するとミーナの艦隊は沿岸に沿って進んだ。
方向は南下する時もあったが、全体を見ると東進を続けた。
そしてとうとう地の果てに到着した。
地の果てと言うのは不適切であると分っていたが、ここから先に進むには艦隊を北進させねばならない。
ずっと北極付近まで大陸は続く。
日照も少なくなるから太陽の光で進むミーナの艦隊は行くことができない。
大河の国を出てからは大きな町は沿岸にはなかった。
学生が作った地図にも大きな町は記載されていなかった。
ミーナは艦隊を転進させ、進路を西に向けた。
転進から一日経ったその日、空は低い雲で覆われ、雨が降り、風が強くなり、波が高まった。
嵐が近づいているのだ。
ミーナは直ちに甲板の屋根を畳み甲板にしっかりと固定させた。
船の動力は電池で十分だった。
ミーナの船で一番頑丈な部分は船底中央を貫通している巨大な鉄管である。
ミーナは兵士に筏を作らせ、丈夫な綱で筏と鉄管を結んだ。
船を牽引したり係留したりするため鉄管の船首側と船尾側には穴の開いた突起が着いており、常時牽引用の綱が穴に通して甲板に結んであったのだ。
筏は海面下に小さな杭が出ていた。
風を船首から受けるようなシーアンカーを作ったのだった。
文字通りの三日三晩続いた嵐が過ぎた朝、ミーナの艦隊は艦隊の南側に陸地を発見した。
学生が作った世界地図には北側にある大陸の海側には陸地は記載されていなかった。
熱気球で高空に上がっても見えなかったのかもしれなかった。
あるいは天候が曇りがちで発見できなかったのかもしれない。
ミーナの艦隊は全艦無事であった。
破壊された場所は数カ所あったが問題にはならなかった。
ソーラーパネルの屋根を甲板に組み立ててからミーナは熱気球を上げて新しく発見した陸地を探った。
世界地図には載らないような小さな島なのかもしれない。
熱気球による一日の調査で、艦隊の左側の陸地は大きいということが分った。
湖もあり河もあり高山もあった。
陸地の南側には海が見えなかった。
ミーナはワクワクした。
ひょっとすると世界地図に記載できるほどの大きな大陸なのかもしれないと一瞬思ったが、その考えは直ぐさま捨てた。
学生達が観測できなかった両極付近を千姉さんが補筆した時には新しい大陸は加えなかった。
千姉さんは世界の形を知っている。
大陸があるなら書き加えるはずだ。
ミーナは未知の陸地を測量し、世界地図に加えることにした。
たとえそれが世界地図上の点にすぎなかったとしても山と湖と河があるなら人が住んでいるはずであった。
その情報は重要である。
冒険の遠征の趣旨にも合う。
最初の基準を定めるとミーナは大まかな3角測量をしながら陸地に沿って艦隊を進め、未知の陸地の形を決めていった。
陸地は島だった。
巨大な島だ。
数週間をかけてミーナの艦隊は元の位置に戻って来た
三角測量は海岸より100㎞奥まで行われた。
そしてその島には誰も住んでいないことが明らかになった。
どこにも家は発見されなかったし、どこにも道路らしきものも発見されなかった。
どこにも煙は立っていなかったし、どの海岸線にも小舟一つ置かれていなかった。
概算すれば面積は30万㎢もあった。
南北に300㎞、東西に1000㎞の方形だった。
陸地は明らかに海底から隆起した若い陸地だった。
山々は鋭く、山から流れ下る河は山々に深い谷を作っていた。
周囲を海に囲まれた陸地は海の恩恵を受け、雨が多く、植生も豊かだった。
山には大木が茂り、陸地が出来てから既に数百年以上が経っているようだった。
ミーナは次々と入る報告に嬉々とし、高山に出合う度に目立った大木の幹を削り。『共同体国の地』と幹に篆刻させ墨を入れさせた。
共同体国はやがて地震で海に沈むと千姉さんは言っていた。
そうなる前に共同体国がこの地に移れば文明は維持できる。
ある日ミーナは艦隊全体に言葉を発した。
「艦隊司令官のミーナだ。これからこの艦隊は母国の共同体国に向かう。帰国するのだ。皆も見た通り艦隊は無人の広大な島を発見した。我が国の何百倍の広さだ。私はこの地が共同体国の物であると山の木に篆刻した。だが人がいなければ我が国の物にはならない。これより共同体に戻り、移民を募ってこの地に再び戻るつもりだ。以上だ。全艦、西に向かって高速前進。」
全艦の乗組員は歓声を上げた。
故国に戻れるのだ。
艦隊は陸の岸沿いに進むことを止め、大洋を真西に向かった。
ミーナは嵐に耐えた艦隊の船の構造上の丈夫さに自信を持ったのだ。
千姉さんが作った船だ。
嵐や大波で壊れるとは思えない。
正面に陸地が現れると艦隊の乗組員は歓声を上げた。
艦隊は南に進路を変え、一日進むと正面に懐かしい共同体国の桟橋と多くの船舶が見えて来た。
ミーナは艦隊を水平線近くの沖合に止め、兵士には船上待機を命じ、ロボット小隊長に千の学校まで連れて行ってもらった。
千は学校の敷地内の自宅のポーチでマンを横に立たせコーヒーを飲んでいた。
校庭に現れたミーナは右手を振って真直ぐ千の方に早足で歩いて行った。
「千姉さん、ミーナ、ただいま遠征より戻って来ました。」
「おかえり、ミーナ。どうだった。座ってクリームソーダでもどう。」
「いただきます。船ではクリームソーダはありませんでした。」
「マン、二つ持って来て。」
「了解しました。ミーナ様、お帰りなさい。」
「ただいま。マンさん。」
ミーナはクリームソーダをストローで啜りながら遠征の概様を千に話した。
「なかなか楽しい遠征だったわね。それにしても新しい島は手抜かりだったわね。記憶に残っていなかったみたい。人が住んでいないとは驚きね。」
「山の頂上の木に『共同体国の地』って書いておきました。」
「海から出て来たので大陸の人間は分らなかったのね。大陸側にも人は少なかったし小舟では渡れない海の広さだしね。」
「千姉さん。『共同体国の地』でいいのでしょうか。」
「ミーナは共同体国の歴史を残したいのね。」
「はい。地震で沈んで消えてしまうのはあまりにも可哀想です。」
「でも、何も無い新しい地で少ない人数では文明は発展できないし、維持さえもできないわ。こんなに少ない人口で発展している共同体国は特例なの。」
「そう思います。新しい地に移ったら十世代後には文明の残滓も残らないと思います。農業で生き残る貧しい国になると思います。でも共同体国の言葉と文字は残ると思います。」
「そうね。言葉は残るわね。・・・いいわ、ミーナ。やってみなさい。」
「千姉さんが知っている地球の歴史に変化は起こしませんか。」
「私の中では納得しているの。変化は起こさないと思うわ。前から不思議に思っていたの。共同体国の言葉は夫のお父上様のお国の言葉とほとんど同じだったの。言葉の構造は論理的で単純で主語が先頭で述語が最後尾。主語もいらない。子音と母音が整然と組み合わされて文字になっている。なぜだろうと思っていたの。お父上様は今から何十万年も後の人なのよ。とても共同体の言葉がそれまで続くとは思えなかった。でもミーナが東の国に共同体の言葉を残すことができたとすれば私の疑問は解消するの。お父上様のお国は海から隆起した島国だったそうだから。」
「そうだったのですか。黄王国の言葉を聞いても共同体国の言葉と違うなと思いました。やたらと子音が多くて、述語が先頭辺りにあるようでした。でも文字のうち、漢字はほとんど同じでした。」
「共同体国には最初から文字はなかった。私が教えた漢字は黄王国の文字かもしれないわね。」
「色々想像できておもしろいですね。」
「新しい島を共同体国の植民地にすればいいわ。言葉は残りそうだし。」
「やってみます。千姉さん。」
「了解。」
ミーナは艦隊の兵士を含む乗組員にそれぞれの三年分の報酬を支払い、一ヶ月の休暇を与えた。
千は市長と金鬼と銀鬼とマイを学校に呼びミーナを交えて相談した。
ミーナは遠征の報告をした。
「そう言うわけでこの国の北側の大陸には黄王国というとてつもない人口を持つ文明国があり、そしてだれもいない広大な島があるの。ミーナはこの島を共同体国の植民地にしたいと思っているわ。どう思う。」
いつものように金鬼が最初に発言した。
「黄国王というのは危険な男ですな。同族らしいが、やはり氏より育ちですかな。ミーナ先生の艦隊の大砲を見て熱気球も見ているわけだ。同じかそれ以上の物を作ろうとするでしょうな。でもこの国には攻めて来ないと思います。」
キン市長が次に発言した。
「黄国王は必ず大型船を作るはずです。ミーナさんの話を聞いた限りでは黄国王の性格として他国から勝手に威圧的に訪問されるのは我慢ならないと思っているはずです。顔は笑顔でしょうがね。たとえ武力的には共同体国に敵わないと思っても船で我が国を訪問すれば形の上で対等な関係となります。」
銀鬼が言った。
「共同体国の植民地を作ることは問題ないと思いますが、問題はその時期だと思います。共同体国の人口が増えてこの地だけでは養えないようになった時に植民地を作ることがいちばんいいと思いますが、それまで待つことができるかどうかです。今の共同体はもっと人口が欲しい状況です。」
マイの女の視点であった。
「私が不思議だったのは子供の問題です。蚩尤はおそらく不思議の目を持つ我が種族の者だと思います。蚩尤は金目族だったのですね。蚩尤や黄国王と現地の女性との間には子供が出来ませんでした。これは世代を超えた問題です。共同体の女性は他の地の女性と違うのでしょうか。わかりません。この地の女性を植民地に連れて行った時、その女性と二つ目の男性との間には子供ができるのでしょうか。もしできたのであれば生まれた女の子と三つ目の男性との間には子供ができるのでしょうか。わかりません。もし植民地を作るならなるべく多数の男女を連れて行くべきだと思います。」
そしてミーナの感想。
「今回の旅で見かけた全ての男性の額には不思議の目はありませんでした。北側の大陸ではそうなのかと思い、学生達が世界地図を測定した時の詳細な報告書を読み直してみました。学生達は危険な場所には行きませんが安全と思える場所には接近します。そんな時には顔を見ることができました。住民の男性が三つ目であったという報告は一つもありませんでした。我々が住んでいる南側の大陸でも三つ目は見つかりませんでした。それで私は、世界的に見れば三つ目の共同体国が異常であると思うようになりました。なぜこの地では三つ目になるのでしょうか。最初は少人数部族による近親婚によるのかとも考えましたが小さい部族なんていくらでもあります。私の結論から言えば、この地が三つ目を生んだのだとしか思えないのです。もしそうなら新しい島国でこの国の男と女で世代を重ねれば次第に二つ目の子供が生まれる割合が多くなるのではないかと思いました。」
「そうか、ワシ等は異常か。」
金鬼老人は嘆息した。
「異常ではないわ、金鬼君。素晴らしい人種なの。この星の文明が何千万年経っても到達できない7次元軸を一人の人間が制御できるのよ。誇るべき人種よ。私もなぜこの地がそんな人種を生み出したのかは分らないわ。黄色目族は体の中が見えるので知っているけど、みんなの額の目は頭頂眼としての松果体と結ばれているの。他の人間の松果体は萎縮しているけど皆さんの松果体は活発に働いている。なぜそうなるかはわからない。」
千は金鬼老人をそう言って慰めた。
銀鬼は議論に決着をつけようとした。
「千先生によればこの地は大陸を分断するような大地震で海に沈んでなくなる。我々の時代は大丈夫かもしれないが、いずれこの地はなくなる。この地が無くなればこの国が大きく広がって地震にも生き残ったとしても三つ目は無くなって二つ目になるのかもしれない。最近思ったことですが、文明の発展は不思議の目を必要としません。目を閉じていても文明は発展します。三つ目は個人の争いには力を発揮するのですが黄王国で分るように戦争で力を発揮するのは文明の高さです。我々は三つ目に拘泥(こうでい)せずに我が国の文明を発展させるべきだと思います。私はこの国の全員が新しい島国に移るべきだと思います。」
「過激なことをいうのだな、銀鬼殿。だが大人数が未開の地に渡ればみんな路頭に迷うぞ。」
「もちろんです、金鬼殿。何回にも分けて移ればいいのです。先遣隊は苦労するが最初に水田を作って村を作るのです。次の移民は一年後にして同じように村を作るのです。翌年も、その翌年も移民すればいい。この地に残さざるを得ない物はもったいないが、いずれ海の中に沈むと思えばふん切りがつく。」
「そうかもしれんが、老人になるとこれまでの人生で築いてきた物を失うのは耐えきれないのじゃ。もう一度はできんからな。」
議論は続いたが結局、新しい島への植民は共同体国の周辺への進出とは少し違った形にすることが決まった。
最初に兵士を送り、軍事基地を作る。
兵士の俸給や軍事基地設立の費用は全て共同体国から出る。
兵士は命の心配と生活の心配をせずに産業の基礎を築くことができる。
道路を作り、田畑を作り、山を開発する。
兵士は民間と違って不平を言わない。
出来上がった物は全て共同体国の物だ。
軍事基地があれば周辺には人が集まる。
やがて町ができるはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます