第48話 48、黄王の裏切り 

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 ミーナの熱気球と繋がった60機の熱気球に乗っていた共同体国の兵士は複雑な気持ちで眼下の戦いを眺めた。

同族の軍隊が殲滅されたのだ。

同族が築いた都の住民も全員が殺された。

共同体国では国を作る過程で多くの人が殺されたが皆殺しはしなかった。

共同体では人間は力なのだ。

人間を残し文明の発展に必要な人口を確保する。

奴隷にして働かせてもいい。

 黄王の国では相手国を皆殺しにするという簡単な方法を採ることが可能なのだ。

皆殺しにしてから自国民を送り込んで自国にすることができる。

相手国の文化を無くしても問題としていない。

少数人口を持つ民族にとって人の海は恐怖そのものだ。

歴史は残った方がいいように書くことができる。

20年間そんな教育をすれば事実として定着させることができる。

個人の信念として思考の礎(いしずえ)になる。

 ミーナは千姉さんから聞いたことがあった。

千姉さんの国では世界中の言葉を同じにするために違う言葉を話す国を壊滅させて行ったそうだ。

噂が広がると他の国の人々は争ってその言葉を覚えたそうだ。

同じようでも少し違うとミーナは思った。

この国では降伏しても生き残ることができない。

同じ言葉を話しても殺される。

 戦の帰趨がはっきりするとミーナは熱気球を艦隊に戻した。

熱気球を甲板下に格納し、艦隊を湖から流れる大河に艦隊を進めた。

ミーナは黄王は危険な男だと感じていた。

黄王なら戦いの後のことも考えている。

ミーナの艦隊を欲しがるはずだ。

そのためには手段を選ばないだろう。

料理に単独では無害な2種類の毒を入れて両方を食べた者だけが死ぬとか、船に病原菌を持ち込んで皆殺しにするとか、致命的な寄生虫の卵を料理に入れてもいい。

とにかく薬草や医学に長けた顕示欲や支配欲の強いものは厄介だ。

もう既に準備しているのかもしれないが、兆候が見えたら黄国王の都を更地にするつもりだった。

 果たしてミーナの艦隊が湖の対岸に到着して大河に流れる口に向かうと、岸壁に並ぶ巨大な筏の数は40個に増え、新しい舞台が作られつつあった。

今度は艦隊の輸送船も含めた全艦を慰めてくれるつもりらしい。

やり過ぎだ。

黄国王は遠征の前にミーナに別れの挨拶をしている。

筏の増加は合理的ではない。

 ミーナはロボット小隊長に岸壁の工事現場に連れて行ってもらった。

ロボット小隊長には額の目は無いので普通の人間に見える。

ミーナはいつものように透明なステッキパラソルを左肩にかけて後方からの攻撃を防ぐ形で岸壁を歩いた。

辺りで指揮している者を見つけて近づいて言った。

「すみません。美声さんはどこにおられますか。」

「なんだと。美声様を美声さんだと。貴様、何者だ。変な格好しおって。」

「どこにおられるのでしょうか。」

「王宮に決まっているだろう。怪しい奴だな。おーい、そこの兵士。密偵だぞ。捕まえろ。」

20mほど離れていた2名の兵士が駈けて来てミーナに槍を向けて構えた。

 「小隊長、槍だけを消すことができるか。命は取りたくない。」

「おまかせ下さい、司令官。」

と言った時には兵士の槍は手元から先が消えていた。

「私は密偵ではない。美声さんの知り合いだ。ここでのことは忘れた方がお前達の身のためだ。どう転んでも罰せられる。それでいいか。」

「いい。忘れる。」

「それがいい。小隊長、王宮に運んでくれ。」

「了解、司令官。」

小隊長はミーナを後ろから支えてその場から消えた。

「貴方様はミーナ様では」と言う声が半分だけ聞こえた。

 王宮は巨大で荘厳な作りだった。

王宮の入口はアーチ型で、厚さは5mもあった。

ミーナと小隊長は入口の前に突然現れた。

入口の扉は開いていて門衛4名が槍を持って不動の姿勢で立っていた。

ミーナが近づくと当然ながら門衛は前に立ちはだかった。

「誰だ、王宮に何用だ。」

「美声さんの知り合いだ。美声さんに会いに来た。」

「美声様は高貴なお方だ。名前は何という。」

「私の名前はミーナ。湖にいる艦隊の司令官だ。」

「失礼しました、ミーナ様。さっそく美声様に知らせて参ります。」

「それには及ばない。案内をしてほしい。驚かせたいのだ。」

「しかし・・・。」

「私は黄国王の客の立場だ。近くまで案内をするだけでよい。取り次がなくても良い。その方がお前には害が及ばない。蚩尤との戦いには勝った。」

「そうでしたか。ご案内致します。」

門衛達の長らしいその男はミーナ達を先導して宮殿の奥深くに入り、天守閣の前の大きな建物の横の建物の見える場所に導いた。

途中で3カ所の門で止められたが「美声様のお客だ」と言い通して通過した。

 ミーナは「ごくろうさまでした」と門衛に言ってから庭を突っ切って美しい設(しつら)えの建物に向かった。

建物の周りは回廊になっていた。

回廊から庭に出る石段の前に着くとミーナは部屋の前に座っている5名の女官に言った。

「ミーナが会いにきたと美声さんに伝えてほしい。」

もちろんミーナの声はヘッドギアから相手の脳に伝わる。

女官が動く前に前の引き戸が開いて美声が現れた。

「ミーナ様、いらっしゃいませ。驚きました。」

「美声さんを驚かそうと思って押し掛けて来ました。ご迷惑でしたか。」

「迷惑などということはあろうはずがございません。いつでも大歓迎でございます。」

 「そうですか。黄国軍は蚩尤軍に勝ちました。私はそのまま出発しようと思っていたのですが岸壁で40隻の筏が作られているのを見ました。何で筏を作っているのですか。」

「はあー、あのう。ミーナ様をお慰めするためでございます。」

「その歓待はすでに受けました。何のためですか。」

「戦勝祝賀会のためでございます。」

「戦争に勝つか負けるか分らないうちに準備するのですか。」

「必ず勝つと思われたからです。」

「なぜ40隻と艦隊の数と合わせたのですか。」

「皆様全員を歓待しようと思ったからです。」

「私は既に黄国王からは別れの挨拶を受けております。私たちを歓待できると考えたのはなぜでしょう。」

「皆様がもう少し滞在なさると考えたからでございます。」

 「そうですか。美声さん、貴方の受け答えには矛盾があり破綻しております。貴方を艦隊に連れ帰って本意を知らねばなりません。船には心を読める兵が百人乗っております。受け答えに誤れば黄国王がこの地に戻っても誰もいない更地になっております。黄国王もすぐに消えるでしょう。よろしいですね。こちらに来て下さい。私と一緒に艦隊に戻ります。」

 美声はミーナを悲しそうな目で見つめ、懐から懐剣を取り出して自分の喉を突いて倒れた。

「死んだか。黄王を守りたかったのだろう。この都を更地に変えようと思っていたが敵対行為は証明できんな。小隊長、私を艦隊に戻せ。この忌まわしい国から出る。」

「了解しました、司令官。」

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