第46話 46、筏舞台の美女接待 

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 ミーナはその後「またお目にかかるかもしれません」と言って熱気球に戻って行った。

熱気球を3000mにまで上昇させてから湖の艦隊に戻した。

熱気球に乗っている兵士の額の目を民衆に見せない方が良いと考えたからだ。

それと小便をしたくなったのだ。

ゴンドラが戦艦の上に到着する前にミーナは小隊長に頼んで戦艦に戻してもらった。

兵士も早く戻りたいと思ったはずだ。

 翌朝、ミーナは艦隊の船員全体に目の色の鉢巻を額に巻くように命令した。

黄国王の監視の目が強まるだろうことは予想できた。

ミーナは錨を上げて艦隊を湖の沿岸に沿って進め始めた。

湖の周囲は穀倉地帯だった。

これなら都は溢れるほどの人間を養うことができる。

ミーナは2週間ほどかけて都に近い元の位置に戻って来た。

都は戦争の準備をしていた。

多数の荷車と多数の船が陸地と湖に密集していた。

 ミーナの艦隊が錨を下ろして停泊すると湖の岸から20個の巨大な筏が周囲の小舟に引かれて近づいて来た。

筏には舞台が作られ、舞台の周囲は磨かれた板が張られている。

舞台には屋根は無く、明らかに上から見下ろすことができる構造になっていた。

舞台には着飾った30人の美しい娘達が正座して並んでいた。

舞台の両横にも着飾った若い娘達が楽器を持って座っていた。

筏を運んで来た多数の小舟には多数の小箱が積まれていた。

筏はミーナの戦艦の舷側の手前で止まると舞台に座っていた美女が立ち上がって大声を上げた。

美しい声だった。

 「私は歌姫の美声と申します。黄国王に命じられ、皆様をお慰めするために参りました。歌と踊りと料理とお酒で皆様をお慰めしたいと思います。ミーナ様。よろしゅうございますでしょうか。」

もちろんその言葉は戦艦の乗組員には理解できなかったが筏が来た意味は分った。

ミーナは船縁に両手をついて下の筏を見て苦笑した。

黄国王は必死になっている。

ミーナの艦隊がいる間に蚩尤との戦いを起こそうとしているのだ。

歓待の筏は連日派遣されるのであろう。

その間はミーナの艦隊はこの地に留まることになる。

黄国王はミーナの心根を理解したのに違いない。

「負けたか」と呟(つぶや)いてミーナはロボット小隊長に筏まで運んでもらった。

 「私はミーナ。この艦隊の司令官です。美声さんは黄国王から何と言われたのですか。」

「ミーナ様ご一行をお慰めするように言いつかりました。この設(しつら)えは私が考えました。」

「分りました。受けざるを得ないですね。」

ミーナのヘッドギアは艦隊を動かす時には艦隊全体にミーナの声が聞こえるようにしてある。

ミーナの言葉を聞いて兵士の間には歓声の響めきが上がった。

「兵士は喜んでいるようですね。お願いします、美声さん。30分後に始めるように準備して下さい。私も貴方の国の音楽と踊りを見たいと思います。貴方の接待を受けるのは2小隊22名です。兵士に酒を飲ませてはいけません。よろしいですか。」

「分りました。そう致します。」

「戦艦の小隊長に伝える。第1小隊と第3小隊は船を降りて筏に乗って歓待を受けてもよい。鉢巻は必ず巻け。酒は厳禁だ。他の小隊は警戒態勢を取れ。」

船上から「了解しました、司令官」の声が聞こえた。

 歓待は3時間に及んだ。

歌と踊りで始まり、その後は舞姫は兵士の横に座り、料理をすすめた。

兵士の中には舞姫に手を出す者もいたがミーナは無視した。

相手が嫌がらなければいい。

もともとそれは想定されたことだったから。

 ミーナの横には美声が座った。

「ミーナ様の国では歌や踊りはあるのですか。」

「私の国は発展途上なの。この国のように洗練してはいないわ。でも驚いた。音階が同じなの。倍数の振動数を11に分割している。」

「あの、言っていることが分りませんでした。」

 「美声さんは歌を歌う時、音の高さが少しずつ違っていることは知っているでしょ。どこまでも同じような巾になっている。音階とはその高さのことなの。」

「そうですか。」

「いいわ。聞かせて上げる。」

ミーナはブラジャーの下から横笛を取り出した。

美声はミーナが乳房の下に笛を隠していたのに驚いた。

ミーナは笛を吹きながら会話を続けた。

 「美声さんはこの音を知っているでしょ。」

「知っております。」

「この音は一秒で440回震えているの。」

「この音も知っているわね。」

「知っております。」

「この音は一秒間で880回震えているの。」

「この音は何回震えていると思います。」

「えーと、1760回でしょうか。」

「正解よ。美声さんの歌は440から880の間を11に分けて歌っているの。私の国の歌も同じようにこんな風に11に分けて歌っているの。」

 「不思議ですね。」

「そうなの。それで驚いたの。私の国の歌を聞かせてあげましょうか。兵士、食べるのを止めてその場に立て。今からこの前に教えた『荒城の月』を歌う。憶えているか。」

「憶えております、司令官様。」

「よし、前奏に続いて歌え。」

「了解しました、司令官様。」

ミーナは笛を吹いて兵士達に3番まで歌わせた。

「よかったぞ。座って食事を続けろ。」

「了解しました、司令官様。」

 「美声さん、これが私の国の歌よ。どお、同じでしょ。」

「同じでした。美しい旋律ですね。」

「歌詞も素敵なのよ。兵士の言葉は美声さんには分らなかったろうけど、『春高楼の花の宴。廻る杯影さして・・・』って歌っていたの。」

「素敵な歌詞ですね。目の前に情景が見えるようです。」

「詩ね。この国にも詩はあるの。」

「無いと思います。私が歌う歌には歌詞はありますが繰返しが多く情景を伝えるものではありません。ミーナ様の歌を聴いて気恥ずかしい思いになりました。この国の歌はまだまだ未開かもしれません。私が歌った歌はどうぞお忘れ下さいませ。」

「これだけ人が住んでいる国だから、これから素敵な詩がたくさん生まれると思います。それらの詩は時間の選別を通って感動を与える詩だけが残されていきます。この国の未来は明るいと思います。」

 3時間後に兵士は船に戻り、筏は岸に引かれて行った。

翌日も筏は来た。

ミーナは第2と第4小隊に歓待を受ける許可を与えた。

翌々日も筏は来た。

ミーナは第5小隊と一般船員に歓待を受ける許可を与えた。

その日、ミーナは美声に次の日からは来ないように伝えた。

兵士に歓待を期待させてはならないからだ。

歓待の罠にはまる。

 翌日、黄国王は立派な船に乗ってミーナの艦隊を訪問した。

戦艦の舷側は高かったのでミーナは階段を舷側に降ろしてやった。

黄国王は十名の護衛と共に戦艦に乗り込んだ。

圧倒的に広い甲板と甲板の全面を覆う屋根に驚いた。

ミーナは舷側の階段の近くで黄国王を迎えた。

外から国王が見える方が船の兵士も安心するだろうと考えたからだった。

 「いらっしゃい。黄国王。少し待って下さい。話を聞く前に警備を強めます。蚩尤はこの艦隊を見張っているはずですから。・・・全艦、戦闘態勢を取れ。艦に近づく者は撃ち殺してもいい。攻撃して来たら反撃せよ。分ったか。」

「分りました、司令官様。」

「親衛隊小隊長一名はこの艦の上空を警戒せよ。敵を捕獲できるなら捕獲せよ。」

「了解、ミーナ司令官。」

 「さて、これで安全度は高まりました。黄国王、何のお話ですか。」

「はい、ご存知とは思いますが蚩尤を征伐に出発しようと思います。これでお目にかかることはできなくなるかもしれませんが、どうぞ気になさらず航海をお続け下さい。」

「分りました。勝利できるといいですね。」

「はい、ミーナさんからいただいた貴重な言葉を深慮して戦おうと思います。」

「黄国王、私は親善使節であり他国の政治には関わりません。この言葉は蚩尤にも伝わることと思います。私の助力は期待なさらないでください。でも戦いの帰趨を知ることは私の目的に沿うことです。上空から見させていただきます。それでいいですか。」

「はい、存じております。全力で戦おうと思います。どうぞ空の上からご笑覧下さい。」

「がんばって下さいね。」

「はい、そうします。ミーナさん、少し質問してもいいでしょうか。」

「興味の虫が出ましたか。どうぞ。」

 「この甲板の屋根はどういう目的でしょうか。」

「この屋根は三つの役目をしております。一つはこの船の動力を作ることです。この屋根で太陽の光から作った電気は船底の蓄電池に蓄えられ水を押し出して船を動かす力をだします。この船は太陽の光で動いているのです。二つ目は普通の日よけの役目です。航海中の日陰は船員には貴重なものです。三つ目の目的は上空から見えないようにすることです。この世界では姿を曝すことは死に至ることです。上空からの攻撃は制限できます。甲板の高さに現れれば容易に撃退できます。」

「良く分かりました。電気と言うのは人の神経を流れるものですか。」

「その通りです。さすがですね。」

「針を刺していてそうではないかと感じました。」

 「他に雷もそうですし、乾燥した日に指先から出る火花もそうです。この星は回っているので電気が流れていることになるの。だから星全体に南北に磁力線が流れている。・・・ちょっとしばらく待ってね。」

そう言ってミーナは楼の自室に入って暫くしてから戻って来た。

「歓待してくれたお礼にこの方位磁針をさし上げます。これは特殊な場所でなければ水平に保てば針は南北を指します。針が磁石になっていてこの星の南北に流れる磁力線に沿って並ぶのですね。戦(いくさ)には便利な物です。曇りの日や霧の日や森の中では南北の方向が判れば便利です。」

「有り難く頂戴致します。作らせた指南車よりもずっと便利です。」

そう言って黄国王は帰って行った。

 翌日、黄国王の軍勢はおびただしい数の輜重の荷車を引き連れて出発した。

20万人の軍勢であった。

荷車は馬が引いていた。

兵士の大部分は歩兵で騎兵は少なかった。

騎兵は自分の姿を遠くから曝す。

遷移者には絶好の獲物だ。

 歩兵は大きな盾を持ち十字弓と槍で武装していた。

弓兵が圧倒的に多かった。

十字弓は即応性の優れ、片手で発射できる。

盾を持ちながらの戦いには有利だ。

それに火薬玉を着けた矢を飛ばすのにも便利だ。

突然現れる敵を相手するのにも便利だ。

次矢の装填に時間がかかることが欠点だが、それは圧倒的な兵士の数で補塡するのであろう。

 軍は湖に沿って進み4日かけて対岸に達すると湖に流れ込む河に沿って進んだ。

その辺りには水田はほとんどなかった。

この辺りが国境なのであろう。

国境まで6日間かかったことになる。

 蚩尤の国は黄国王の国と国境を接していた。

蚩尤は決して賊ではない。

蚩尤国王である。

都を持ち、十数万の人々が生活している。

都の周辺に田畑を持ち、後方の山々には多くの鉱山を持っていた。

優れた科学技術を持ち、多くの金属製品を創り出していた。

蚩尤国はミーナの共同体国と似ている。

軍事技術を中心に産業を起こしている。

黄王国の鉄の槍先や鏃は蚩尤国から流れて来た製鉄技術で作られているのだ。

 違いは人口だった。

人口比は百倍も違っている。

黄国王が出撃させた20万人は蚩尤国の人口を優に越えている。

蚩尤国は大国に隣接する小国の悲哀を感じている国なのだ。

ミーナにはそんな小国が大国を侵略する理由が分らなかった。

諍(いさか)いの原因はわからない。

黄国王が蚩尤国の優れた技術を欲したのか、蚩尤国が多くの人民を必要としたのかもしれなかった。

共同体と黄金の国との関係と似ているかもしれない。

蚩尤国は幼子の黄国王が乗っていた三つ目族の船が大河を遡ってこの地に着いて開いた国なのだろう。

蚩尤国が今度の戦に勝って多くの人民を得ることができればこの地には優れた文明が興るのかもしれなかった。

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