第44話 44、大河の国の人海戦術
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銀狼とその妻は一番後ろの輸送船に乗って一部屋を与えられた。
銀狼は鉢巻を巻き、食事と洗濯と船の操船をその役目とされた。
ミーナは千の学校の教科書を一式与えた
「銀狼さん、これは貴方が学びたかった千姉さんの教師育成学校の教科書です。辞典も含まれています。独学は難しいですが、時間をかければ分ります。辞典は広い知識を貴方に与えてくれるでしょう。分らなくても憶えれば自然と分って来ます。子供が生まれたら子供用の絵本を上げましょう。」
「妻と一緒に勉強します。楽しい航海になりそうです。ミーナ様。」
ミーナの艦隊の戦艦と輸送船は同じ形だった。
長さが160mで巾は60mもあった。
熱気球を飛ばすために広い甲板が必要だった。
船首と船尾は高くなっており、兵達の船室と操縦室がある。
その間の甲板は真っ平らで何もないが甲板は船首と船尾の楼を結ぶ軽い屋根で覆われている。
屋根は傾斜している多数の黒色の板で出来ており、雨水は樋を伝って舷側から流れる。
屋根があるから乗員は常に日陰で過ごせる。
屋根の薄板はソーラーパネルだ。
最近、共同体で量産され始めた物だ。
そこで発電された電気は船底の蓄電池に蓄えられ、多数の空気加圧器を動かす。
蓄電池と空気加圧器はかなり前に学校で作られていた。
船の船底中央には巨大な金属製の筒が通っており、周囲からの海水で満たされている。
船自体の構造は多数の水密隔壁構造の部分からなるジャンク船構造であったが、それらを貫通している金属製の筒は竜骨の役割をもしていた。
どんな海に出会うのか分らない冒険の船には吃水の浅い構造が必要だった。
空気加圧器が作る高圧空気は金属筒の各所から海水を巻き込んで吹き出され周囲の海水を後ろに追いやる。
船の後部下方からは空気の泡を含む海水が吹き出て白い航跡を作る。
一部の泡は後部舷側の傾斜を昇って推進力を助ける。
海水ジェットエンジンが船の駆動装置だ。
船には帆もなければスクリューも無かった。
金属の筒には空気を吹き出す斜めの穴が開いている以外は何の突起も無かったので、小魚や喪が筒に入り込んだとしても空気と共に吹き出された。
戦艦では舷側に大砲用の扉が並んでおり、その内部には大砲が設置されていた。
千が大砲を装備させたのだがミーナにはその理由が分らなかった。
熱気球で爆弾を落とした方がずっと楽だと思ったのだ。
でも風が強い日で熱気球を飛ばせない時には威力を発揮するかもしれなかったし、熱気球を飛ばすのに大変な夜には便利かもしれなかった。
戦艦では熱気球を飛ばすためソーラーパネルの屋根は中央部から前後に別れて移動できる構造になっていた。
船の甲板を覆うソーラーパネルの屋根は防御の役割をもする。
上空からは兵士の姿は見えない。
60mもの巾を持つ屋根の下を見るためには舷側近くに来なければならない。
金目族が兵士の心臓を止めるためには海面近くに遷移して来なければならないが、出現したとたんに海に落ちることになる。
この世界では姿が見えない方がいい。
輸送船ではソーラーパネルの屋根は固定だったし大砲もなかった。
海水ジェットエンジンの出力も小さい。
その代わりに巨大な冷凍庫が備わっていた。
多くの野菜や肉が真空パックされ冷凍保存されていた。
艦隊の総勢は二千名以下だ。
米にしたら年間でたったの120トン。
何年も無補給で航海できる。
艦隊は陸地に沿って色々な方向を変えたが全体としては南東の方向に進むようになった。
学生の作った世界地図はなかなか正確なものだった。
もう少し進めば巨大な都市があるらしい。
とてつもなく巨大な国らしい。
大陸は大河を擁する。
陸に降る雨は海に戻るが、大陸内部に降った雨は時間をかけて海に達する。
途中で多くの支流を加え大河となって海に達する。
各所の局所的降雨も平均され大河は安定した流れを作る。
熱気球では行くことができない8000m級の山脈の雪が水源となって大陸を蛇行して海に達する二つの大河に囲まれた広大な地域にその国はあった。
河口からではその国の都は見えない。
育(はぐく)みの大河があるので海の近くにある必要もない。
その大国の都は海岸線から1000㎞離れた所にあり、対岸も見えない大きな湖の水が再び大河となって流れ出す場所にあった。
ミーナの艦隊は多くの偵察兵や熱気球を都のある方向に飛ばしたが、都を発見できることはできなかった。
1000㎞は熱気球で往復するには遠すぎる距離だ。
ミーナの艦隊は海のような大河を遡ることにした。
海に逃げることが出来ないので危険だが冒険の航海なのだ。
先頭艦の兵士には水深を測る仕事が加わった。
河の両岸は見えなかったが定期的に熱気球を飛ばし両岸の様子を観察した。
水田と畑と点在する小さな町や村があったが大きな町は発見されなかった。
500㎞ほど河を遡(さかのぼ)ると、初めて変化が現れた。
前方右岸に沿岸を長い杭の柵を張り巡らせた軍事基地があった。
基地内には多数の兵士が駐留しており、金属の穂先の槍を持ち、短弓で武装しているらしい。
その基地は水軍の基地らしく多数の軍船が係留されていた。
その場所に船団が達するのにはまだまだ時間があるが、それは相手にも準備ができるということだ。
果たして船団が基地に近づくと前方に50隻ほどの軍船が整列して行く手を遮っていた。
相手の船はミーナの戦艦と同じような形をしており、長さは50mほどで、船の周囲を木製の盾で囲んでいた。
甲板は兵士で溢れている。
船の舳先には恐ろしげな顔の彫刻が付けられ、喫水線の下、顔の牙の辺りに金属で包まれた鋭い先端を持つ長い柱が突き出ていた。
相手の船に体当たりして喫水線下の舷側に穴を開けるためか、相手の船を繋ぎ止めるためだ。
それは体当たりしても大丈夫な構造を持っているということを意味する。
体当たりして、多数の兵が乗り込んで来るらしい。
「輸送船は反転して後退せよ。戦艦は舷側を相手に向けての一列縦隊。左右の砲門を開け。砲撃戦を行う。相手が突撃して来たら河を下るようにジグザグの航路を取る。先頭艦に続け。」
ミーナの声は全艦に伝わる。
それは相手船にも伝わることだった。
相手は攻撃をしてこない。
しかも相手は舷側を曝している。
河の流れに乗って突っ込めば多少の損害を受けても舷側に穴を開けることができる。
相手の船は3倍も大きいが兵士の数は多くない。
どんなに大きな船であろうが穴を開ければ沈没する。
この国の兵士の命の価値は低いようだ。
何人死んでも勝てばいいらしい。
相手の戦艦は突撃して来た。
大きな帆をいっぱいに広げている。
風は川上から吹いているのだ。
ミーナはあきれた。
話をする間も与えない。
「右舷の大砲、射撃用意。左側の船から攻撃する。狙いは正確にせよ。無駄弾は射つな。先頭艦から順に射撃する。1番艦、射て。」
轟音は5秒おきに響いた。
斉射では船体への影響が出るかもしれなかったし、相手の船がどうなったかを見る時間も必要だ。
当らなかったら同じ艦を狙えばいいし、当っていたら次の艦を狙えばいい。
最初の射撃で左端の戦艦の船首は吹き飛んでから船体は左右に二つに裂けた。
2発目の射撃でその右横の艦の船体が裂けた。
ミーナの艦隊の戦艦は左右に十門ずつの大砲を持っている。
160mもの長さを持つ戦艦の中央に50mの巾で1列に並んでいる。
その辺りは頑丈な構造を持っているらしい。
結局、70発の砲撃で相手の軍艦は全て破砕された。
「攻撃止め。船団は流れに向かっての1列縦艦に戻れ。その場で停止。兵士は舷側に出て敵兵が船に取り付くのを防げ。銃は使うな。船から離すだけでよい。操舵手、敵の軍艦の破片に注意せよ。避けられない物が有ったら私に知らせよ。消してやる。」
ミーナの艦隊は1時間ほどその場に留まった。
大河は何事も無かったように何も無い水面となった。
ミーナは爆弾と焼夷弾を満載した20機の熱気球を上げた。
20機なら収納も迅速にできる。
熱気球は敵基地の上空に漂い基地に係留されている戦艦の中央に爆弾と焼夷弾を投下して戦艦を焼いた。
熱気球1機で24個の爆弾を投下できる。
最大で12隻の敵艦を燃やすことができる。
うまくいけば20機の気球で240隻を撃沈できるはずだ。
結局1回の出撃で全ての戦艦を燃やすことはできなく、爆弾を補給してから2回目の出撃を行った。
敵は空からの攻撃には無力で戦艦が紅蓮の炎を吹き上げて燃えて行くのを眺めるしかなかった。
船には敵兵はほとんどいなかった。
敵戦艦は燃える過程で大爆発を起こした。
火薬を積んでいるのだ。
兵士は弓矢と槍で武装しているのでまだ鉄砲は製作されていない。
だが、火薬があれば弓矢に着けて攻撃することもできる。
ミーナは慎重に攻撃しなければならないと思った。
火薬玉付きの火矢を船に射られたら厄介なことになる。
夜が危険だ。
夜まで待ってはいけない。
とにかく人間が多い。
一人1発で殺していたら弾薬は足りなくなる。
鉄砲の弾は艦隊全体で100万発程度しかない。
ミーナは悩んだ。
敵に負ける気はしなかったが勝てる気もしなかった。
敵を壊滅させるのには戦力が不足だ。
爆弾を落としても敵を全滅させることはできないし、ましてや兵を上陸させることは論外だ。
不思議の力を持つ兵士とはいえ、千人の兵が数十万人の兵士にかなうはずがない。
まさに数は力だ。
しかも数えきれない兵力を持つほどのこの基地は海からの侵入を阻む単なる一つの前線基地であるのかもしれないのだ。
ミーナは千姉さんに見せてもらった軍隊蟻の大軍が大きな獣を群れに飲み込んで行く様子を思い出した。
「軍隊アリに勝つのは山火事か洪水だけよ」と千姉さんはその時に言っていた。
ミーナは輸送船を艦隊に戻しゆっくり上流に向かって前進させた。
「私はミーナ。遠い国から来た親善の使節だ。そち達は宣戦も布告せずに我が艦隊を攻撃した。そち達には軍隊としての矜持はないのか。下劣な無頼漢の群れなのか。これから卑劣な軍へ反撃する。この卑怯者の水軍基地を壊滅させるつもりだ。岸辺の基地の兵士に告げる。基地から離れよ。居れば死ぬ。5分後に開始する。」
ミーナはそう言ってから船首の楼に登り腰からステッキを取り出して楼の欄干に載せ、欄干の下から左手を廻らして親指と人差し指でステッキを固定し、握りのボタンを押しながら基地の左端からゆっくりと水平に中央に動かした。
右岸の軍事基地の左から中央までは水際から背後の山まで消えて、地平線が見えるようになった。
少し出力が大きすぎた。
ミーナはステッキのリングを少し戻してから基地の中央から右側に同じ速度でステッキを動かした。
今度は水際から山の麓までが消えて一面の平地になった。
山の山頂近くにいた兵士は幸運だった。
ミーナはステッキを腰に差してから大声で言った。
「生き残った兵士に告ぐ。お前達は幸運である。見たことを上に伝えよ。我が艦隊に攻撃をするな。攻撃すれば山と同じように消える。もうこの軍事基地には攻撃をしない。以上だ。全艦前進。並速。」
双眼鏡で眺めると、消えなかった周囲の林から多数の騎兵が川上の方向に全力で駈けて行った。
ミーナはこの国では馬が使われていることを知って驚いた。
共同体国の辺りには馬も牛もいなかった。
馬も牛も本で知っていたが本物を見たのは初めてだった。
ミーナの艦隊の乗組員はミーナの持つ凄まじい武器に驚嘆した。
山まで消えて地平線ができた。
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