第42話 42、黄金の国の併合 

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 誘拐された女達を取り返した共同体は暫(しば)しの静かな時を得た。

気になるのはやはり隣国の黄金の国であった。

ミーナは「誘拐国家」と呼んだがいつのまにか元の「黄金の国」に戻った。

ミーナは各部族から徴集した50名の兵士を金の小粒一袋を与えて共に元の部族に帰した。

それは共同体がどんなものなのかを部族民が知るきっかけになった。

町での夢が持てる生活や、豊富な食料。

信じられないような物が安価で手に入る。

兵士一人がもらった小粒の袋で家族4人が一年間食べる米を買ってもなお余る。

 各部族の男達はミーナの軍隊に入りたかった。

だれも近づけない高空から爆弾を落として眼下の町を焼き尽くす。

近くに出現する赤目兵や金目兵を見つけ次第に銃で射撃して墜落させる。

熱気球の駐機場は水平線に浮かぶ大型船だ。

だれも簡単には近づけない。

熱気球兵は大型船内で訓練や生活をする。

谷の水より臭い水を除けば食べ物もいい。

 キン市長と金鬼と銀鬼と千とミーナは世界地図を前に広げて今後の相談をした。

世界地図を見るとため息が出る。

世界はとてつもなく大きいのだ。

共同体の北に広がる大陸は地球の円周の半分にも広がっている。

東西で20000㎞だ。

共同体の南に広がる大陸は海が切れ込んだ地溝を含めると東西で10000㎞の長さだ。

南北の大陸はほとんど4角の地橋地帯で繋がっている。

東西500㎞、南北500㎞の地橋だ

共同体は地橋の南東の付け根にある。


 **作者注釈: 作者は北のローラシア大陸と南のゴンドワナ大陸を想定して小説を作っている。 共同体があるのは両大陸が結ばれている地橋の南東で北緯15度付近である。現代の世界地図では共同体の気候に対応する気候を持つ場所はないかもしれない。**


 「人の寿命は短い。これからどうするかだな。余命が短いワシとしてはこれまでの事を記録に残して後世に伝えたい。それが望みだ。」

金鬼老人が言った。

「この町を含め、共同体の暮しぶりは昔と比べれば格段に良くなっております。千様のおかげで文字もでき、漢字も使えるようになったし、知識の源泉となる本も読めるようになりました。この状況に満足できればあえて拡大する必要は無いわけだと思います。」

キン市長はこのままでもいいと言う趣旨の発言をした。

 「どこに欲望の目標を定めるのかが問題になるのかもしれない。このまま生活を続けることは可能だ。資源もあるし食料も豊富にある。生きることを目標にするなら何の心配もないと思える。目標を世界制覇にしたとすれば、この国の異常とも言える高度な科学技術をもってすれば一時的には出来るかもしれない。だが制覇を維持するにはこの国の人口は少なすぎる。世界はあまりにも広くて共通の言葉も広がらない。私は目標を我々が存在した証を後世に残すことにしたらいいと思う。ある程度の地域を制圧し、共通の言葉を広げ、多くの余剰人口を持つ帝国を作ったらいいと思う。その帝国は何と呼ばれるのかは分らないが、進んだ文明を持つ一大帝国がこの土地とこの時に在ったと言うことを後世に伝えることを目標にしたらどうだろうか。」

これが銀鬼の意見だった。

 「私は世界を自分の目で見てみたい。他人を征服するのではなく冒険をしたいの。世界の人々に、この地に『共同体』と言う国が在るということを知らせたいの。征服するには多くの人を殺さなければならないわ。裕福な今の共同体の状況を見れば他国を征服する必要はない。銀鬼さんの文明の存在の証を残すという意見も魅力的には見えるけど、力を持って平定するにはどうしても戦わなければならない。広い土地を管理しなければならない。私は船で海岸線を廻って海岸線の近くの国々と交流すればいいと思うの。交流には言葉が通じなくてはならないし、共通語は広がる。まだ人が住んでいない住みやすい土地があれば植民して同じ言葉を話す植民地を作ったらいいと思う。争わないで言葉と知識を広めることは帝国を作る目的と同じになるような気がする。」

これがミーナの意見であった。

 みんなそれぞれの意見を述べ、それらは異なっていた。

最後は千の意見が求められ、みんなは千が何と言うだろうかと興味津々であった。

「あら、私は部外者よ。この星の人間ではないの。この星のことはこの星の人間が決めるべきよ。」

他のみんなはがっかりした。

千が決めてくれると思っていたのだ。

 「でも、そんなことを言ったらだめね。そうね。ミーナの意見がいいかな。ミーナと銀鬼君には言ったことがあるけど、この国は数十世代後には無くなってしまうの。大地震があって大地は裂けて海の水が押し寄せてこの国の辺りは海に沈むの。少し違うのだけど、私には未来が予想できると思ってもらうのが楽ね。それを考えると帝国を作ってこの国の存在を残したいと望む銀鬼君の考えは達成が難しい。ミーナの意見では海岸沿いの広い範囲でこの国の存在が知られる。たとえ大地震でこの国が無くなってもどこかでこの国の名前が残ることになる。キン市長の望みにも合致するわ。戦争をしないのだからこのままの生活を続けることができる。船団を組んで他国を訪問しても、船団で来た者が遠い地域から来たのならその国はこの国を攻めようとは思わないし船団とも戦おうとは思わない。もちろん船団が自分たちより強ければだけどね。金鬼君は伝えたい事を物語の形にして本を作るのね。記述者の心の無い単なる記録では誰も読まない。物語の形にすれば誰かが読んで、その本を残してくれる。船団に本を積んで遠くの地で語ってもらってもいい。もしその国に文字があればミーナが読む金鬼君の物語をその国の言葉で残してもらえるかもしれない。どお。少しずつ満足でしょ。」

 「千先生、私の意見は撤回します。大地震を考えに入れておりませんでした。」

「千様。私も千様に従います。町が安心できて異国の知識が増えるのならこんなにいいことはございません。」

「千先生、私は残る短い人生をこの国の物語の記述に費やそうと思います。」

銀鬼とキン市長と金鬼の言葉であった。

 「大船団による異国の訪問はこの星のずっと未来でもあったのよ。私の夫のお父上様が夫に話してくれたの。確か鄭和とかいう宦官が星の反対側まで遠征したって聞いたわ。『未来の歴史』って変な言い方ね。忘れてもいいわ。」

 共同体の今後の立ち位置が千の言葉で決まると、懸念はやはり黄金の国だった。

まだ国主はいるが首都は無い。

首都には行政機関があったのだろうがそれらは更地になっている。

力の象徴である軍隊は既に共同体のものだ。

富の源泉である金坑もまだ手に付けていない。

安定の基礎である穀倉地帯も手に入れたが手放した。

黄金の国は正常に機能しているかどうかも怪しい。

金坑では黄金が奪われているであろうし、穀倉地帯では横領があるのだろう。

町の治安を預かる警察官に支払う給与は誰が払っているのかわからない。

市民から取っている税金もどこに流れているのかもわからない。

黄金の国の国民はそんな状況を知るにつけ不安になるはずだ。

 ミーナは共同体の国主に選ばれた。

共同体の11部族が集まる全体会議で全会一致で国主に選ばれた。

金目族が国主になることは他の部族が不満を持つであろうし、他の部族の誰が選ばれても不満が残る。

ミーナは全部族をまとめたし、各部族から圧倒的に信頼されている。

欲はなく、力を使う時は容赦をしない。

黄金の国の首都を壊滅させ、20万人を殺し、軍隊を丸ごと取り込んだ。

敵に奪われた五千人の女も全て取り込んだ取り返した。

ミーナ以外に国主になる経歴を持つ者はいなかった。

しかも、ミーナは女で、それも最も弱い黒目族の出身だった。

 ミーナは国主に選ばれると直ちに黄金の国を併合すると宣言した。

そうしなければ今の共同体は安定しないことが分っていたからだ。

ミーナは最初に金坑を押さえた。

金坑を押さえること自体は容易であった。

熱気球20機と兵士2000名で足りた。

金坑の護衛兵は2000名の軍隊が現れると逃げ去った。

金坑ではミーナは最初の宣言を発した。

 「私は共同体の国主のミーナ。共同体はこの国を併合する。私に従え。従わない者は殺され、その者の役目は別の者が受け継ぐ。この国は共同体に併合される。私に従え。従わない者は殺され、その役目は別の者が受け継ぐ。この金坑の責任者は額に鉢巻を巻いて白旗を掲げて入口の前に出て来い。新たな指示を与える。繰返す。この金坑の責任者は額に鉢巻を巻いて白旗を掲げて入口の前に出て来い。新たな指示を与える。」

 このミーナの声は金坑の入口で発せられたのだが、ミーナの声は坑道の奥深くの鉱夫にも伝わった。

鉱夫は新しい環境が始まりつつあるのを感じた。

採掘現場で働く鉱夫は言葉が通じないから奴隷として働かされている。

頭の中で響くミーナの声は久しぶりに聞く意味の分かる言葉だった。

 一人の男が鉢巻を巻いて白旗を掲げて入口に近づき、入口を大きく開いてから入口の外に出て来た。

ミーナは熱気球から応対した。

この鉱山の全員がミーナの声から状況が分るからだ。

「よく出て来た。お前が責任者か。」

「はい、そうです。」

男は上空のミーナに聞こえるように大声で答えた。

「大声を出さなくても聞こえる。普通に話せ。よく勇気を出してくれた。この鉱山では一人の死者も出ないようだ。お前にミーナが指示する。これまで通り金を産出せよ。近々、係員をここに派遣する。産出される金塊全てを軍経由にさせることにしようと思う。これまでどこに運んでいたのかは知らないが、これからは軍に運べ。これまでの納入先が不満を言ったら私に知らせよ。殺して問題を解決するつもりだ。この鉱山に護衛兵として一小隊を残す。私に伝えたいことがあれば護衛隊の小隊長に伝えよ。私に直接届くはずだ。分ったか。」

「分りました、ミーナ様。」

 最初の金坑の代表者は他の金坑の位置を知っていた。

ミーナは次々と金坑を奪って共同体国に組み入れた。

短期間で全ての金坑は共同体国のものになり町の金の流通量は減少した。

 ミーナは次に穀倉帯に軍を派遣した。

集積場の係官はミーナのことは恐ろしい記憶として身に染みて知っていた。

「この国は私の共同体国が併合する」と言うミーナの宣言にむしろ安心した。

やがて収穫される籾をどこに収めて良いのか分らなかったからだ。

係官にとって米を軍経由で収めようとこれまでの納入先に収めようとどちらでも良かった。

俸給を支払ってくれるのならどちらでもいい。

それにミーナの兵士が農場を守ってくれるのなら安心だ。

ミーナが派遣する兵士の小隊長に伝えればミーナはすぐに対応してくれるだろうからだ。

 主要通貨と主食を押さえてからしばらく経ってミーナは町に手をつけた。

暫く待ったのは状況を噂として知らせるためであった。

500小隊5500人の兵と戦車一台と熱気球20機で最も近い町から順に訪問した。

「私は共同体国の国主のミーナ。共同体はこの国を併合する。この国の軍隊は我の手にある。既に全ての金坑と穀倉地帯を押さえた。金や米がこれまで通りのルートでこの町に運ばれることはない。全てが我が軍を経由して運ばれる。この町は我に従え。従えば生き残ることができる。私は既に首都を灰燼にし、20万人を殺した。この町の代表者は額に鉢巻をして白旗を掲げて戦車の前に現れよ。この町の意思を知りたい。十分以内に戦車の前まで来い。以上だ。十分間待つ。」

 6分後、十人の男の集団が鉢巻を巻き、白旗を掲げてどこからか現れゆっくりと歩きながら戦車の前まで進んできた。

ミーナは戦車の砲塔のハッチから現れた。

「お前達が町の代表か。一人ではないのか。」

「はい、市長は首都で亡くなりました。私どもは市議会の議員です。」

「分った。この市の代表と認めよう。結論は何だ。」

「この町はミーナ様に従います。」

「分った。賢い選択だ。後日、連絡員をこの町に派遣する。指示に従え。それまでこの町には1小隊を残す。兵士の寝る場所と食事の世話をしてくれ。緊急の何かがあれば小隊の小隊長に伝えよ。この町は首都の更地にこの町の役所を作り、そこに連絡員を常駐させなければならない。連絡員とは国会議員のことだ。私の指示は国会議員を通して伝えるし、この町の要望は国会議員を通して聞く予定だ。当面は派遣する連絡員の指示を受けよ。分ったか。」

「分りました、謹んで連絡員の方を受入れさせていただきます。」

「良く言った。第一小隊はここに残れ。なにかあったら連絡せよ。第一小隊を除く全軍、次の町に進む。小隊長、戦闘隊形を警戒隊形にせよ。5列縦隊並足で行軍。戦車に続け。上空の熱気球隊は地上の部隊の前を進め。障害物があれば知らせよ。全兵士は攻撃されたら反撃しても良い。男女を問わず殺せ。分ったか。」

「分りました、総司令官様。」

それは響めきのように聞こえた。

 ミーナは3週間で黄金の国の全ての市町村を従えた。

町に残した小隊の数は150余にのぼった。

身内が死んだらしい数十人の反抗者はいたが、全て殺された。

ミーナは黄金の国を併合した。

黄金の国の国主の居所はまだ分らなかった。

ミーナが善政を行えば自然とあぶり出されるし悪政を行えば反体制の旗になる。

何と言ってもこの国の男達は不思議の目を持ち、その中には相手の心を読める者もいるのだ。

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