第39話 39、駐屯地の制圧
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航空隊は敵に損害を与えることはできても敵を支配することはできない。
敵を支配するには地上に展開できる陸上軍が必要である。
ミーナは金鬼大将に地上軍を送るのに熱気球の使用を提案した。
熱気球100機は500名の兵士を運ぶことができる。
二日かければ千名だ。
共同体の半分の軍勢だが、敵の兵力はおそらく数万である。
五千名の遷移兵を海辺の町に女を誘拐するために送り込むことができたのだ。
金鬼大将は「まだ早い」と言った。
ミーナは晴れたある日、早朝から100機の熱気球を引き連れて強奪国の駐屯地を囲んだ。
高度を3000mで円形に周囲を取り囲んでから次第に高度を下げて行った。
高度1000mで降下は止み、ゴンドラの中の兵士は連発銃をゴンドラの溝に載せた。
ミーナの声が駐屯地全体に響き渡った。
「私は共同体のミーナ。強奪国に所属している眼下の駐屯地の兵士に告ぐ。降伏せよ。繰返す。兵士は降伏せよ。降伏したい者は額に鉢巻を巻け。不思議の目を閉じよ。鉢巻を額に巻いて不思議の目を閉じよ。これから鉢巻を巻いていない兵士を殺しに行く。死んでもいいと思う者は抵抗せよ。繰返す。これから鉢巻を巻いていない兵士を殺しにいく。死んでもいいと思う者は抵抗せよ。30分後に攻撃を開始する。降伏を望む者は辺りの布を切り裂いて鉢巻をせよ。鉢巻をした者は殺さない。」
兵士は例え状況が絶望的であっても助からないのであれば必死で戦う。
だが、鉢巻を額に巻きさえすれば殺されないのであれば一考の余地があった。
兵士は高給で雇われているだけだ。
この国に命をかけてまで忠節を尽くす謂(い)われは無い。
指揮官が近くにいない兵士達は自分の衣服を切り裂いて鉢巻を作り、ポケットに潜ませた。
指揮官の中にも鉢巻を用意する者もいた。
ミーナの30名の親衛隊は服鎧で身を包み、大きな盾を左手に掲げ、右手には連発銃を持って地上に降りた。
地上に降りると盾を周囲と上部を囲んだ密集隊形を取った。
ミーナは部隊の先頭に立ち、透明なパラソルを左肩に載せて右手には拳銃を持っていた。
二人のロボット小隊長はミーナの左右に立ち、もう一人は部隊の上空に浮いていた。
「私は共同体のミーナ。今、地上に降りた。30名の私の親衛隊の兵士と共に地上に降りた。今からこの駐屯地の兵士を殺しに行く。この駐屯地の兵士は数万であろう。30名の兵士など比較にならない小部隊だ。私を殺すことが出来ると思ったら攻撃してもよい。私は敵対する者は殺す。それは兵士の特権だ。殺されたくないのなら鉢巻を額に巻いて仰向けに寝転がれ。その者は殺さない。繰返す。死にたくなければ鉢巻をして仰向けに横になれ。」
ミーナの親衛隊は密集隊形のまま真直ぐ駐屯地の中心に進んだ。
途中に駐屯地を囲む塀があったが小隊長は塀をきれいに消した。
眼前に百人ほどの弓隊が待っていた。
ミーナの親衛隊が50mまで近づくと弓兵は一斉に前方上空に矢を放った。
部隊の上に浮遊していたロボット小隊長は空中を飛んで来る矢を分子分解銃の拡散放射で全て消した。
「今、弓隊の攻撃を受けた。これは敵対行為だ。死ぬがいい。」
そう言ってミーナは敵兵に拳銃を向け十発の最強弾を発射した。
連続する大爆発が起こり、弓兵は空中に舞い上がり、立っている者はなかった。
ミーナは弓兵のちぎれた肉片が散乱する場所を迂回して中心に向かった。
金目族か赤目族の部隊だろう。
突然部隊の上空に100名ほどの兵士が現れて、落下しながら弓矢を射た。
矢を消すことは出来なかったが3名のロボット小隊長は敵兵が空中に現れると遷移で逃げる前に消していった。
何本かの弓矢は親衛隊の上部の盾に当った。
ミーナのパラソルにも二本の矢が当ってはね返された。
「今、金目か赤目による上空からの攻撃を受けた。攻撃した者は全員死んだ。」
そう言ってミーナは何も無かったように部隊を中心に進めた。
兵舎に近づくと多数の槍が空中を漂って来た。
念動力の緑目の攻撃らしい。
辺りには隠れることが出来るのは兵舎だけだったのでミーナは最強弾二発を兵舎に向けて発射した。
兵舎は粉々に吹き飛び空の槍は地上に落ちた。
「今、緑目による槍の攻撃を受けた。近くの兵舎を爆破したら空中の槍は落ちた。攻撃した者は死んだと思われる。愚かな者達だ。金目でもないのに市民を殺しても気にしていない国主に死んで忠節を尽くしている。」
ミーナのくどいような戦闘の実況放送に疑問を持つ者も出るようになった。
わざわざ攻撃の方法を説明してから攻撃者が死んだことを伝えている。
攻撃は無益だから早く降伏せよと言っているようだ。
まだ駐屯地の中心まで遠い位置で左手から白旗を掲げて近づいて来る十人ほどの小隊があった。
先頭の小隊長を含め全員がとりどりの鉢巻を巻いている。
小隊はミーナの方に真直ぐ近づいて来た。
ミーナは部隊を止めて小隊が近づくのをまった。
小隊はミーナの10mまで近づき白旗を立てながら仰向けに横たわった。
「よし、降伏の意思は判った。立ち上がって我が部隊の後ろに続け。これまで味方だった者から攻撃を受けたら自ら戦って自分を守れ。分ったか。」
「分りました。」
小隊長と思われる兵士はそう言って仰向けに横たわっている男達を立たせ親衛隊の後ろに整列した。
「今、降伏して来た小隊があった。小隊は味方にした。降伏したい者は鉢巻をして白旗を掲げ我の眼前に現れよ。全体、進軍開始。」
ミーナ軍は再び駐屯地の中心に向かって進軍を開始した。
攻撃する者はもう居なかった。
ミーナの巧みな応対で駐屯地の兵士は牙を抜かれてしまった。
何の成果も出せない無駄な攻撃をして殺されるより降伏して強い軍に入った方がいい。
駐屯地の中心に着くまでに多くの兵士が白旗を掲げて降伏し、ミーナ軍に加わった。
ミーナが中心に着いた時にはミーナの軍勢は1万人となっていた。
中心に着くとミーナは軍隊を止め、大声で言った。
「今、駐屯地の中心に着いた。多くの兵士が降伏し、我が軍に加わった。数は分らないが概算すれば一万名を越えているようだ。多くの指揮官も含まれている。もちろん逃げ出した金目族の指揮官も居ただろう。我が軍に新たに加わった兵士に命令する。この駐屯地を制圧せよ。降伏した者は我が軍に加えよ。抵抗する者が居たら我にその場所を知らせよ。私が殺してやろう。これまで仲間であった者を殺すのはいやなものだ。私がそのいやな役を負ってやる。今から2時間で制圧せよ。制圧を終えたらここに集まれ。やれ。」
兵士達はグループを組んで駐屯地内に散っていった。
ミーナの言葉は駐屯地の全員に聞こえたし、上空を旋回している熱気球の兵士にも聞こえた。
この状況になってもなお抵抗し、敵の司令官に殺されるのは名誉も何も無く、ただ死ぬだけだ。
だれも同情しないし、理解もされない。
死んでも「馬鹿な男だった」と評価されるだろう。
二時間よりも短時間で駐屯地は制圧された。
新たに加わった兵士は多数いた。
軍の総勢は最初とほとんど変らなかった。
およそ2万名の兵士だ。
反攻した兵士はいなかった。
多くの金目の指揮官は遷移で逃げ出したがミーナはそれを諾とした。
ここに残れば五千人の女を強奪誘拐した罪に問われる。
ミーナは2万人の兵士に向けて言った。
「我が軍に新たに加わった兵士よ、私は今日は我家に戻る。兵士はここに留まり、この駐屯地を維持せよ。この周辺に兵士は見えないが、攻撃には注意せよ。裏切り者と思われているからだ。私は数日後にこの地に来て部隊を再編する。それまではこの駐屯地は自力で防衛せよ。わかったか。」
「分りました。」
「声が小さい。分ったか。」
「分りました。」
「『わかりました、司令官様』と言え。」
「分りました、司令官様。」
その声の中には「分りました、ミーナ様」と言う言葉も入っていた。
ミーナは小隊長の背中に乗って空を飛んでゴンドラに戻った。
小隊の金目と赤目の兵は兵士一人を抱えゴンドラの下に張ったネットに運んだ。
遷移者とは言え1000m上空のゴンドラの中に遷移するのは難しかったのでゴンドラの下に張ったネットの上に遷移してネットの上に落ちたのだった。
他の6人の親衛隊の兵士はロボット小隊長が二回に分けて遷移を使わないでゴンドラに運んだ。
空中を自由に高速で飛べる者はこれまで見たことがなかった。
エメラルド目族と似ているがエメラルド目族はあんなに早くは動けない。
ミーナの大空の黒い蛇はとぐろを解いて一直線になって山の向こうに消えて行った。
金鬼大将に敵の駐屯地を制圧し、2万名の兵士を味方にしたとミーナが報告すると金鬼大将は信じ難いという顔でミーナを見つめた。
無傷で敵の中枢である駐屯地を制圧して敵のほとんど全員の兵士を味方にするなどとても想像できなかった。
金鬼大将はミーナを見直した。
もちろんミーナは金鬼大将の先生だ。
多くの知識を持っている。
だが人を動かす力と戦(いくさ)の戦略は知識とは別物だ。
ミーナは言葉が違う10の部族をまとめた。
敵の心に残る連なった熱気球を考案した。
自分の名前を告げて敵国の首都を壊滅させた。
今度は敵兵2万名を味方にした。
それは敵国の軍勢の大部分だ。
もう敵国には軍隊は居なくなったことになる。
ミーナは人を引きつける何かを持っている。
まだ若いが将来は国を導く者になるだろうと金鬼老人は確信した。
3日後、ミーナは千姉さんを連れて30名の親衛隊と共に駐屯地に来た。
金鬼大将も十名ほどの手勢を連れて同道した。
ミーナはギンにも一緒に来てもらった。
ギンの名前は『銀鬼』に替わっていた。
他に7名ほどのロボット兵が千姉さんを守っていた。
一行は20機の熱気球に分乗して駐屯地の中心に降りた。
気球には多量の鉢巻が積まれていた。
中央の広場には指揮台があったのでミーナはそこに登って言った。
「私はミーナ。ここに戻って来た。全員、広場の指揮台の前に来い。指揮台の前には11種類の旗が立ててある。旗の色は不思議の目の色だ。自分の目の色と同じ色の旗の前に集合して整列せよ。繰返す。全員、広場の指揮台の前に来い。指揮台の前の自分の目の色と同じ色の旗の前に集合して整列せよ。急げ。」
十分後には全員が整列していた。
可能性がある色々な事情を考慮すれば十分間は妥当な長さだ。
「前の旗の色は自分の不思議の目の色と同じだな。間違えたら直ちに修正せよ。・・・間違いはないようだ。今から鉢巻を配る。鉢巻を額に巻け。親衛隊、指揮台に置いてある鉢巻を目の色に会わせて全員に配れ、やれ。」
「了解しました、司令官様。」
親衛隊は駆け足で指揮台に向い鉢巻を持って散って行った。
千はその間、微笑みながら兵士達の動きを眺めていた。
「配り終えました、司令官様。」
「残った鉢巻をゴンドラの中に置いてから部隊に戻れ。」
「了解しました、司令官様。」
そういって親衛隊員は戻って行った。
「鉢巻は配られた。鉢巻は常に巻いておけ。もちろん外す必要があるときは外しても良い。鉢巻をしている限りは味方だ。今から軍を編成する。小隊は小隊長を含めて11名だ。10小隊で中隊を作る。中隊は中隊長を含め111名だ。10中隊で大隊を作る。大隊は大隊長を含め1111名だ。我が軍は20の大隊で構成される。足りないかもしれないが22220の兵士で構成される。小隊とすれば2000余りの小隊が出来るわけだがもっと少なくなるかもしれない。今から人選に入る。一番右端の者から一列縦隊で駐屯地の周囲を行軍せよ。行進中にロボット兵が所定の位置に連れて来るからそこで5列縦隊を作って待て。行進を開始せよ。やれ。」
兵士達は一番左に集まっていた金目族から順に一列になって駐屯地の中を左回りで行進した。
5名のロボット兵は直ちに浮遊して行進中の兵士を掴んで旗のある場所に運んで行った。
ロボット兵は連続的に選別を行ったので選別作業は短時間で終わってしまった。
「行進は止めよ。全ての兵はその場にしゃがめ。今から説明する。先ず選ばれなかった外周の兵士達。そち達は我が軍の兵士には向かない。邪(よこしま)な心を持つ者が多い。自分の心に納得したら鉢巻を外してこの地を去るがいい。命は取らない。他には優しい心を持つ者もいる。優しい心を持って命令に躊躇する者は兵士にはなれない。自分がそんな者だと思ったらその場に留まれ。軍には色々な仕事がある。兵站の仕事もあるし、食料を調理する仕事もある。殺し合いをしない役割だ。もちろん俸給は兵士よりもずっと少ない。自分がそれに該当すると思えばここに留まれ。もちろん鉢巻を外してここから去ってもいい。命は取らない。私には人の心根が分る。5分以内に決断せよ。以上だ。」
ミーナは司令台の上でじっと待った。
外周に座っていた大部分の兵士は鉢巻を外して黙って立ち上がり、駐屯地の外に歩いて出て行った。
相手が茶目族のように心が読めるのなら何を言っても無駄だ。
それにしても、悪いことを考えていなかったのにどうして判ったのだろうかと訝しくもあった。
ロボット兵士達は人間の心を色で読み取る。
茶目族の読心力とは違う。
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