第37話 37、小さな文明国 

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 ミーナの軍は来た道を戻った。

青目族の川関所は消えていた。

ミーナの30名の軍勢はそのまま学校の兵舎に居ることになった。

一年が過ぎ、学校は一人の落伍者を出さず、全員が卒業した。

卒業生のうちの十名は10の部族に新しく出来た学校の教師として派遣されることになった。

卒業生は卒業後、一年間だけ教師として新人を教育するということは学校に入学する時の条件であった。

 各部族の学校に派遣された教師はその部族の出身者ではなかった。

学生達は自分の部族を教えたいと願い出たが、千は認めなかった。

千は部族がまとまるよりも部族間の交流が生まれることを望んだ。

結局、通訳だけがその部族の出身者となった。

部族に派遣された連絡員は金目族だった。

金目族なら町と部落との瞬時の遷移が可能となる。

何か異常が起ればその情報は共同体の全体に速やかに伝わることになる。

何よりも金目は強い。

 学生達の献身的な探索で多くの鉱脈が見つかり、小規模な金属の精製が行われるようになっていた。

金、銀、銅、鉄の生産量は日々増大していった。

水田から男の奴隷の数が減り、男達は鉱山に送り込まれた。

鉱山の方が言葉を覚える機会が増える。

その方が早く奴隷から解放される。

 共通の言葉を覚えた部族の男達は途中で学校を止め、高給に引かれて鉱山での短期労働を目ざした。

貧しい国ではよく起ることだ。

鉱山で半年間働けば家族全員が3年間食べることができる米を買うことができる。

米が12俵も買えるのだ。

十分な食料が確保されれば人口は増える。

多くの部族では子供の声がそこかしこで聞こえるようになった。

 千の学校は共同体の科学の先端であった。

一年間で世界地図を作ることはできなかったが、30名の卒業生のうちの十人はそのまま学生となり初期の目標を目ざして学び、色々な物を創り出していった。

最初の製品は連発銃と弾だった。

まだ工作機械は出来なかったので銃身に螺旋を刻むことは出来なかったが、その威力は命中率の低さを補っていた。

狙った通りに当らなくても当れば確実に殺せるという力は敵を怯(ひる)ませるのに十分だ。

ましてや銃は軍隊で使い、多数の銃が敵に向けて一斉に発射される。命中率は問題とならない。

 大砲の砲身には螺旋の溝を掘ることが出来た。砲身の穴は大きいので苦労して緩やかな溝を彫ることができた。

爆弾とか擲弾筒は銃を作るよりもずっと簡単だった。

火薬と発火薬さえあればできる。

 最も利用されたのは銅線だった。

色々な太さの銅線が大きな筒に巻き取られており、自由に使うことができた。

銅線には陶器の釉薬が塗られ簡単な絶縁処理がされていた。

厳重な絶縁が必要な時には第五班で作られた絶縁体で被覆された。

 戦車の製作は遅れていた。

何に対抗するかの、どこで使うのかの基本的使途が決まっていなかった。

この辺りは山が多い。

山の中では戦車は使えない。

それでも千は戦車を作らせようとした。

世界は山だけではない。

砂漠も平原もある。

人間は平らな場所で生活している。

空の上から落とす大石が辺りに無い場合もある。

鉄板で囲まれた自力で動く乗物は歩兵には心強いのだ。

 船は想定した進み方よりずっと早く完成した。

船は大きさが決まっていないので小さな船から作っていけばよかった。

船は重い外燃機関を使うことができる。

発電に使っている蒸気タービンをそのままエンジンに使うことができた。

燃料としての石炭を多量に積むこともできる。

何よりも海には大岩はない。

頭の上から大岩を落とされることはない。

 第五班の活躍は目をみはるものだった。

次々と新しい化合物を作り出して行く。

本来なら新しい化合物が見出されるには長い年月が必要とされるのだが、千が与えた分厚い教科書にはその化合物が性質も含めて記載されていた。

『できるか出来ないかが判らない』と『必ず出来るはずだ』の違いは大きい。

学生は失敗してもめげなかった。

できるはずだからだ。

丈夫な紐も丈夫な布も作り出し、他斑で作り出された動力を使って工業的に大量生産することができるようになって行った。

町の川の対岸には工場が次々と作られていった。

その土地は誰のものでもなかったから。

 丈夫で軽い布と紐ができれば熱気球の製作は容易だった。

石炭から作った石油やガスは容易に供給できた。

バーナーを作るのに必要な金属は生産されていた。

構造も簡単だ。

熱気球は畳んで船に載せることができる。

場所もそれほど取らないし軽い。

船は航空兵力を持つことになった。

 二年目の半ばから熱気球による世界地図の製作が行われた。

五人の学生は二台の熱気球に乗って山の山頂から山頂、岬から岬に飛んで地図を作っていった。

同行したロボット兵は心強い味方であった。

常に熱気球の近くを浮遊しており、日々の飲食料を遠い町から運んでくれる。

たまに近くに出現する赤目や金目も歯牙にもかけない。

出現とほとんど同時に消してしまう。

 もちろん学生達の想いは複雑だった。

こんなもの凄いロボット兵を作れる千先生なら、ほんの1時間で正確な世界地図を作ることができるはずだ。

それをしないで学生達に世界地図を作らせている。

本で学ぶ知識と実際に動いて得られる知識は違うと千先生はおっしゃっておられた。

熱気球での地図の製作はそのためなのかもしれないと学生達は思った。

 3年目に入っても世界地図は完成しなかった。

世界はあまりに大きかったし、北極と南極の地には入ることが出来なかった。

結局、出来上がった世界地図は南北3分の1が無く、測定不可領域と記されることになった。

千は『予想』と注釈をつけて南北近辺の地形を描いてあげた。

そんな風にして世界地図は完成した。

 町の位置は2つの大陸を繋げる橋の南東の位置にあることが判った。

町にとっては大国であった黄金の国も世界地図からみれば紙の上の小さいシミのように小さい国であり、この町の大きさは記入もできないほどの小ささだった。

千は完成した世界地図を学校の食堂に張り出した。

2m方形の大きな地図であったがこの町の位置は赤い丸印で大きく印(しる)された。

もちろん学生はこの町が記載できないほど小さいことは知っていた。

 食料の生産は安定した。

人口も増えつつある。

武器も豊富に準備されており、戦闘での消耗にも耐えられる。

大型船が次々と作られ、それらの大型船は水平線の近くに停泊している。

大型船は海が荒れた時には岬の近くに作られた水深の深い港に避難する。

水平線の位置では緑目族が大岩をテレキネシスで運ぶことはできないし、赤目族の遷移も難しい。

エメラルド目族はそこまで行くことができるが重い物を運ぶことは難しい。

要するに、水平線に浮かぶ大型船はかなり安全なのだ。

 共通語も広まった。

町の科学技術が進み、周囲の部族はその恩恵を受けるために町で働く。

そのためには共通語を話すことが必要だ。

村の学校で教える言葉は共通語だったし、そこで使われている教科書は共通語で書かれている。

共通語は前よりもいい生活をするための必須の道具になっていた。

女には部族間で肉体的な違いは現れない。

それこそ共通なのだ。

結果として異部族間での婚姻がすすむ。

町ではそれが顕著だ。

町では男の持つ不思議の力の違いはあたかも髪の色の違いのようにも認識されていた。

 マイは強引にか策略的にかはわからないがギンと結婚してギンは郊外に自宅を建てた。

結婚式には千もミーナも招待された。

新郎の結婚式には女の友達は呼ばない慣習があったが、千とミーナは別格だった。

千とミーナは二人の先生だったのだ。

ギンもマイもまだ学生のままではあったが週末の休みには自宅に戻った。

ギンもマイも更なる新しい知識に飢えていた。

 シンも新しく学校に入って来た娘と結婚した。

シンはミーナに憧れていたが、ミーナが次々と華々しい成果を出し、遠くの地に遠征していた間に心の隙間ができたのであろう。

新入生の娘は若い教師のシンを憧れの目で見ていた。

シンもそれに応(こた)えた。

シンは卒業後、約束の一年間の教師の仕事を終えて紫目部族の部落に通訳として戻った。

シンの妻はシンの部落に教師として派遣され、一年間の教師の義務を果たした。

その後、二人は町に戻って自宅を建て、紫目部族の町での拠点にした。

ミーナは寂しい想いをしたかもしれないが二十歳近くの娘には良くあることだ。

 金鬼老人は一年間で卒業した。

それ以上の知識を得たとしても決して充分にはならない。

それより学生が作り出してゆく物を見た方が楽しかった。

金鬼老人は学校内にあるミーナの30人の軍隊の教師になった。

兵士に知識を教えることは不安に思えることもあったが、それよりも将来の軍の幹部を育てることの方が重要だと思った。

金鬼老人はこれまで考えていた作戦や戦術を文字にしたため兵士用の教科書を作った。

これから出来るであろう新しい兵器を記述し、その応用例を示した。

その本は金鬼老人の死後にも重要な師範書として長く軍隊で使われた。

 千は少し困惑していた。

黄金の国を攻める大義が薄弱なのだ。

確かに学校は二千名の兵で攻撃された。

でもそれは3年も前のことだ。

相手は成果を得ずに逃げ帰った。

その後の攻撃はない。

そんな状況で黄金の国を攻める大義が成立するのであろうか。

 共同体は潤っており、他国に資源を求める必要性もまだない。

人口が増え、資源が枯渇するようになれば国を広げなければならない必要性が生ずるが、今ではない。

人口はまだまだ少ない。

この地はもともと文字も無く言葉もばらばらの未開の地であった。

未来の進んだ知識の一端を与えることで格段の進歩を遂げ、文明と呼ぶにふさわしい科学知識を持つに至った。

本来、そんなことはありえない状況が生じているのだ。

普通なら人口が増え、生産に関わらない人口が増えてから初めて科学知識は漸増するものだ。

千は嘆息した。

 千はこの地におりた運のいい女神様なのかもしれなかった。

図らずも黄金の国の大軍勢が共同体に攻め込んで来てくれた。

それは反撃するのに十分な大義であった。

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