第36話 36、紫目族と銀目族 

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 銀目族と紫目族の部落は黒目族のいる所からさらに上流に流れ込んでいる支流の上流にある。

人を強制できる銀目と銀目の力を無力化させることができる紫目が近くに住んでいることは興味深い。

どちらも脳波を制御できる部族だ。

ミーナは最初に紫目の部落に向かった。

部落に続く支流にはもう道はなかった。

流れも急になり所々に小さな滝が出来ていた。

林の切れ目から遠くに霞む金目族の町と海が見える。

行進は不可能だがエメラルド目の村に行くのよりはずっと容易(たやす)い。

 ミーナは偵察兵を飛ばして部落の位置を確認させ、小隊長によるピストン輸送で部隊を紫目が水場として利用しているらしい広々と開けた場所に部隊を集結させた。

広い場所であれば、たとえ銀目が襲撃して来ても対処できる。

銀目の不思議の力は近くでしか効かないし、兵士が持つ盾はその力を防ぐことができる。

盾を銀目と頭の間に置けばいい。

 ミーナは部隊を水場から部落に続く道を進軍させ、村の外れで止めた。

ミーナは『侵略して来た』という形は取りたくなかった。

紫目族の部落の対応はエメラルド目族の対応とは少し違った。

軍隊を半円形に取り巻く槍を持つ男達の後ろに短弓を持った女達が矢をつがえて身構えた。

この部族の女達は強いらしい。

あるいは男達がだらしが無いから戦いに参加せざるを得ないのかもしれない。

何れにしてもこの村の技術は進んでいるらしい。

短弓を持っている。

 ミーナは透明なステッキパラソルを肩にかけて部隊の前に出た。

相手まで20mほどある。

短弓の矢速は十字弓より遅いから20mもあれば矢の発射を見てからパラソルを顔の前に展開することは可能だ。

顔さえ守れば他の場所は服鎧が守ってくれる。

ミーナはまだ矢が当った経験がなかった。

かなり痛いだろう。

 「私の名前はミーナ。襲撃しに来たのではありません。話をしに来ました。武器は構えていても構いませんが攻撃してはいけません。攻撃されれば反撃します。私の相手は誰ですか。」

「ワシが相手をする。ワシはこの村の村長だ。」

弓を構えた女達の後ろから杖をついた老女が女達と男達を分けて前に出て来た。

「ワシの名前はバイオ。話を聞こう。若い娘のミーナ。」

 「私は金目族の町から来ました。途中で青目、赤目、緑目、茶目、黒目、エメラルド目、黄目、白目族を訪れ、今日はこの紫目族とこの近くの銀目族を訪問する予定です。これまで訪問した部族は全て共同体に入っていただきました。共同体とは安全保障の一つの体制です。共同体内では他部族への襲撃は禁止されます。襲撃した部族は共同体全体が協力して滅ぼします。他国から共同体が侵略されたら共同体は全体で守ります。各部族の自治権は保障されます。これまで通りの生活ができます。共同体には共通の言葉が必要です。共通の言葉は人口が最も多い金目族の言葉になります。共同体の部族の村には学校が建てられます。もちろん部族に建設の負担はありません。学校には教師と通訳の二人が派遣されます。学校では共通の言葉と文字と数々の知識を教えます。文字とは言葉を記号にしたものです。何かに書かれたその記号を発音すれば言葉になります。後世に言葉を伝えることが可能になります。このような共同体構想をこれまでの部族は受入れてくれました。この紫目族も共同体に入るようお願いに参りました。」

 「いい考えだ。弱い部族には願いかなったりだ。この部族の男は不思議の目を持っているが不思議の力はない。女と同じだ。ほかの部族からの襲撃がないのなら喜んで共同体に入りたい。」

「やはりそうでしたか。女性が弓を持って戦いに参加するのを見てそうだと思いました。私の友達にシンという紫目を持った者がおります。シンは自分には不思議の力がないと思っておりました。でも紫目族はとても強い不思議の力を持っているのです。自分に向かう不思議の力を遮ることができます。紫目を開けば銀目の力を防(ふせ)ぐことができるし、青目の力も金目の心臓を止める力も遮(さえぎ)ることができます。ご存じなかったようですね。紫目族は強い力を持っているのです。」

 「本当にそうなのか。銀目の力が効かないのか。」

「そうです。実証してあげましょう。銀目兵一名、ここに来い。」

「了解しました、司令官様。」

そういって一名の兵士が部隊から出てきてミーナの後ろに立った。

「バイオさん、女の貴方には少しきついので後ろに下がっていただけませんか。前の男の方は目を開けて下さい。部隊は盾を顔の前に掲げよ。」

そう言ってミーナはバイオが後ろに行くのを待った。

「よし、銀目兵。額の目を開けよ。」

ミーナは女達が震えたのを確認してから銀目兵の目を閉じさせた。

「銀目兵、ごくろうだった。目を閉じて部隊に戻れ。」

「了解しました、司令官様。」

銀目兵が部隊に戻るとミーナはバイオを手招きして言った。

「今見たように銀目が目を開くと女は恐怖を抱(いだ)きました。バイオさんもそうだったでしょう。でも紫目を開いた男達は何も感じませんでした。銀目の力を遮ったからです。」

「そうだったのか。知らなかった。ミーナさんはとてもありがたいことを教えてくれた。もう銀目も青目も恐れることは無い。何でも協力する。何でも言って下され。」

「ありがとうございます。それではこうしてください。・・・。」

 ミーナの軍は紫目族の村を去り、近くの銀目族の村に向かった。

銀目族の村は少しだけ川の上流にあり、川に隣接して建物が並んでいた。

何の防御形態も考えていない。

誰も攻めて来ないと思っているらしい。

果たしてミーナの軍勢が川の縁を登って行くと水場に居た女が最初に川岸を登って来る兵隊を発見した。

女は悲鳴を上げて村人に異常を知らせ、村に逃げ込んだ。

 20名ほどの男達が短弓を持って建物の前に整列したのは丁度ミーナ軍が水場に到着した時だった。

男達は全員が額の目を開け、銀色の目を輝かせていた。

ミーナは悲鳴を聞いてから兵士に盾を眼前に掲げるように命令し、進軍を水場で止め、盾を部隊の周囲に廻らせた。

「小隊長、盾を掲げた密集隊形のまま部隊を村の入口まで微速前進させよ。」

「了解しました、司令官。」

 ミーナはステッキパラソルを肩に載せて部隊の後を着いて行った。

部隊が村の入口で止まるとミーナは部隊の横を進んで部隊の前に立った。

頭に強い力で思念が伝えられていることが分る。

さすがに20名の銀目族の一致した思念は強烈らしい。

「私の目的も知らない最初から不思議の力を出しているとはこの村は好戦的だな。こんな好戦的な部族は初めてだ。私はミーナ。黒目族の娘だ。話をしにここに来た。襲撃するならこんな話はしない。目を閉じよ。攻撃した代償は受けなければならない。」

ミーナはそう言って腰から拳銃を取り出し、最強弾二発を村の奥に発射した。

発射音は小さかったがそれに続く爆発音は辺りに轟いた。

奥の建物は跡形も無く吹き飛び、その後ろの大木は下半分を残して吹き飛んだ。

 「目を閉じよ。開けていれば最後にはこの村は無くなる。」

少し間をとってからミーナは再び一発を発射し、吹き飛ばした家の横の家を吹き飛ばした。

「家の中には人が居ただろうに。死んでしまったのはお前達の責任だ。まだ続けなければならないのか。目を閉じよ。攻撃はするな。」

そう言ってミーナはさらに二発を射ち、二つの家を吹き飛ばした。

銀目の男達の銀色の目はまだ輝いていた。

「しょうがないか。」

ミーナは拳銃の銃口を男達に向けた。

それを見て男達の間には動揺が広がり、目を閉じて四方に走って逃げ出した。

 「何て男達だ。村人が殺されるのを黙って見ていることはできても、自分が殺されるのは嫌だったみたいだな。」

ミーナは拳銃を革サックにしまった。

「女子供を死なせることができても自分は死にたくない下劣な銀目族の代表は出て来い。私は話をするためにこの村に来たのだ。殺すためではない。」

ミーナはヘッドギアの出力を上げて叫んだ。

ミーナの声は川下の紫目族のみんなにも聞こえていたろう。

程なくして村の奥の家から一人の男が出て来てミーナの方に向かって歩いて来た。

武器は持っていなかった。

 「下劣な銀目族の代表か。」

「そうだ。」

「なぜ話を聞かずに最初から攻撃した。」

「それがいつものやり方だ。」

「いつものやり方だと。そのために私は何人かを殺してしまった。どう思うか。」

「仕方が無いことだ。」

「女子供を死なせても仕方が無いのだと。お前は自分が殺されても仕方が無いと思うのか。」

「仕方が無いことだ。」

 「分った。降伏するか。」

「降伏する。」

「そうか。部族の全員を広場に集めよ。先ほどの爆発で傷ついた者とその介護者は来なくていい。すぐやれ。」

「分りました。」

そう言って男は村の奥に戻って行った。

やがて家々から男や女や子供が出て来て村の中央の広場に集まって来た。

一応、男達は最前面に出ていた。

 「私はミーナ。この村に話をしに来た。図らずもこの部落は私に降伏することになってしまった。以後は私の指示に従わなければならない。小隊長、銀色の鉢巻を持って来なさい。」

「了解しました、司令官。でも銀色は百枚しか用意してありません。」

「それでよい。持ってきて男達に配れ。」

「了解、司令官。」

ロボット小隊長が男達百人に銀色の鉢巻を配り終えるとミーナは言った。

 「配られた鉢巻を額に巻け。それは不思議の目を使わないと言う意思表示だ。私の軍隊は鉢巻をしている者には敵対しない。用意した鉢巻は百枚しかなかった。貰えなかった男達は同じような銀色の鉢巻を作って額を覆え。女達も同じ鉢巻を作って額に巻け。私たちの学校では学生は全て鉢巻をしている。学びの場では不思議の力は必要ないからだ。ここまではわかったか。分った者は地面にしゃがめ。」

しゃがんだ者は全員ではなかった。

幼い子供や死にそうな老人は良く分からず立っていた。

周囲の女達は子供達の手を引いてしゃがませたが、数人の老人は言うことをきかなかった。

「そのままでよい。老人とは頑固なものだ。」

周りの者は安心した。

 「この村は共同体に入る。共同体とは安全保障の体制だ。共同体内では他族への襲撃は禁止される。襲撃を行った部族は共同体の全部族によって殲滅される。他国が攻めて来たら共同体は全体でそれに対抗する。私の軍隊もそれに含まれる。共同体内では共通の言葉が使用される。一番人口が多い金目族の言葉が共通の言葉だ。この村には学校が建てられる。学校とは共通の言葉と文字と知識を教える。文字とは言葉を残す記号だ。その記号を発音すれば言葉になる。約束事とか子孫に残したい言葉を伝えるのに便利だ。知識とは生活を今より良くさせる。私の軍の装備も進んだ知識が生み出したものだ。これまで青目、赤目、緑目、茶目、黒目、エメラルド目、白目、黄目、紫目の部族が共同体に入ってもらった。銀目族が共同体に入ったことで、この辺りの全ての部族が共同体に入ったことになる。全ての部族には学校が建てられる。学校には教師と通訳の二名が派遣される。銀目族は二名の面倒を見なければならない。

 共同体内の各部族には自治権が認められている。これまで通りに自分たちで決めて生活できる権利だ。銀目族はわが軍に降伏したので他の部族と立場が違って来る。私は銀色の鉢巻をしていれば銀目族に自治権を与えようと思う。鉢巻をしている限りこれまで通りの生活を続けることができる。以上だ。代表の男。立ってここに来い。」

 先ほどの男が集団の最前列で立ち上がってミーナの前に来た。

銀色の鉢巻を額に巻いている。

「今言ったことがわかったか。」

「分りました。」

「従うか。」

「従います。」

「よし、これで全種族は共同体に入った。我が軍はこれから金目族の町に戻る。しばらくしたら連絡員がこの村に派遣される。その者の指示に従え。学校はこちらで建築する。銀目族の負担は無い。広場の村民は解散して良い。」

 「分りました。一言申し上げてよろしいでしょうか。」

「何ですか。」

「お話は素晴らしいものでした。我々は喜んで共同体に入らせていただきます。我々には自分たちが強いと言う奢りがあったのだと思います。ミーナ様は圧倒的なお力を示しました。その力は知識が生み出した力だと思います。我々は知識を学び生活の向上を図りたいと思います。」

「いいですね。私の友達にギンさんという銀目族の男性がおります。とても賢い方です。今は学校の学生ですが卒業されれば頭角を現す方だと思います。」

「ギンは知っております。私の友達でした。この部落のやり方に失望し、川を下って行った男です。」

「そうですか。貴方の名前は何ですか。」

「シルバと申します。」

「シルバさん、学校に帰ったらギンさんに伝えましょう。」

「ありがとうございます。」

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