第35話 35、故郷の黒目族 

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 茶目族の部落を去って河原に出た。

次はいよいよ黒目族だ。

ミーナは良く知った林を縫うように軍を進めた。

軍隊が近づいているのだが、その軍隊は味方なのだから長老の黒目の予知能力も危険を発しないだろう。

果たして黒目族は逃げないで部落を作っていた。

昔は十分に広いと思ったが今見て見るとほんの小さな広場で、その周りに地面に斜めに挿した小枝の屋根に草を重ねた住居と言うより巣に近い住居が並んでいる。

女達は相変わらず乳房を出して粗末な革の腰巻きをしているだけだった。

男達も同じ衣装を着ていた。

 ミーナは軍を広場の際(きわ)まで進め、そこで停止させた。

「小隊長、防御態勢を取らせよ。攻撃されても反撃するな。いや、攻撃されたら相手を拘束しろ。殺すな。」

「了解いたしました、司令官。」

部落は軍隊を見て大混乱だった。

それまで軍隊がこんな近くにまで来た事はなかった。

男達は棒と粗末な槍を取り出して果敢にも軍勢に対峙した。

 ミーナは隊列の前に立って大声で言った。

「危険はありません。長老様がそう予知しました。安心して下さい。私はミーナです。この部族のミーナです。数年前に金目族の町に皿を売りに出かけたミーナです。マミー、娘のミーナが戻って参りました。」

一人の女が隠れていた草蔭から出て来て男達の横にまで来た。

「ミーナかい。」

「はい、マミー。娘のミーナです。ただいま。」

女は危険を考えないでミーナに近づきミーナの顔を見つめた。

「ミーナだ。やっぱりミーナだ。生きていたんだね、私のミーナ。」

「ただいま、マミー。」

女は後ろに振り返って言った。

「長老様。娘のミーナが戻って来ました。あのかわいいミーナです。」

隠れていた長老様は草蔭から出て来てミーナに近づいた。

「本当にミーナだ。大きくなったな。いい娘になった。」

「長老様、お久しぶりです。長老様もお元気そうに見えます。」

「まあまあかな。後ろの者達は何者じゃ。」

「私の軍隊です。金目族の町からこの辺りの部族を共同体に入ってもらうために遠征してきました。途中で青目、赤目、緑目、茶目族に入ってもらいました。」

 「共同体とは何じゃな、ミーナ。」

「はい、長老様。一つの共通の言葉を持ち共同体内での争いは禁止される体制です。部族の自治権は保障されております。共同体に入れば他の部族から襲われることはありません。共同体内の一つの部族が他の部族を襲えば共同体全体で襲った部族を滅ぼします。その時には協力しなければなりません。山向こうの黄金の国みたいな国から部族が攻撃を受けたら共同体は全体で対抗します。その時にも協力しなくてはなりません。共同体に入れば黒目族は他の部族から襲撃されることはなくなるはずです。」

「それはありがたいことだな。ぜひともその共同体とか言うものに入れてもらいたいものだ。共通の言葉も教えてくれるのか。」

 「はい、長老様。人数が一番多い金目族の言葉です。共通の言葉だけでなく共通の文字も教えます。文字とは言葉を記号にしたもので、記号を書いておけばその記号を発音すれば言葉になります。言葉は木片でも地面にも書くことができます。それを読めば言葉になります。私は自分の歳もわかりませんが子供が生まれたら文字で記録すれば子供は自分の歳が分ります。」

「うまい方法だ。是非とも教えてほしい。」

 「はい、長老様。この部落にも学校を建てて教師と通訳を派遣します。学校では言葉や文字の他に進んだ知識も教えます。生活は向上するはずです。私は金目族の町で米の種籾を手に入れ、赤目族の村で小麦の種籾を手に入れております。それを植えれば穀物が採れます。穀物が採れるようになれば飢えることはありません。100m四方の水田があれば50人が1年間食べることができる食料が得られます。もう獲物が捕れなくてひもじい思いをすることはなくなります。共通語が話せればこの村で捕れる白テンの毛革を町で高値で売ることができます。町では米が余っています。白テンの毛革はたくさんの米に換えることができます。」

 「いいことずくめだな。」

「はい、長老様。黒目族の生活はこの辺りでは最低ですからいい事ずくめになるのだと思います。」

「相変わらず賢いな、ミーナ。」

「そうだ、長老様。出発の時にいただいた金の粒をお返し致します。」

そう言って腰に重そうに下げていた、はち切れそうに金の小粒が入った3個の袋を外して長老に差し出した。

「もう私には必要のないものです。この一袋でこの部落が一年間食べられる量の米が町で買えます。その時には私を尋ねて言って下さい。輸送には力を貸します。」

「ありがたくもらっておく。偉くなったのだな、ミーナ。」

その日はミーナは軍を部落に近い川沿いに野営させた。

ミーナは暗くなるまでこれまでの成り行きを母親と長老に話した。

 翌日、ミーナはエメラルド兵とロボット小隊長をエメラルド目族の村の上空に飛ばせた。

エメラルド目族の村の位置は緑目族と茶目族の間に注ぐ支流の上流にあり、その途中には白目族と黄目族の村があった。

空中移動ができるエメラルド目族にとって険しい山は苦にならない。

それに険しい山は他の部族の侵入も防ぐことができる。

 エメラルド目族にとって空中に浮かぶ人影は気になるものではなかった。

ロボット小隊長は村の位置をしっかりと覚えた。

部隊が集結できる場所を捜したが適当な場所は細い道と村の周囲しかなかった。

エメラルド目族にも女はいるが基本的に女は村の中で暮らす。

谷川への水汲みも男が行う。

女は村の外へ出る手段がない。

行く手を断崖絶壁が遮っている。

 ミーナは村への直接遷移で部隊を進めようと考えた。

山の下から絶壁を登るのは辛いし、エメラルド目族は安心し切っているだろう。

村に来ることが出来る部族は金目族と赤目族しかない。

来るには冒険が必要だ。

村の上空に遷移して、落下中に着地点を決めなくてはならない。

地面の中には遷移できないし、着地点を3mも高い位置に誤って定めてしまったら落下して死ぬことになる。

遷移で戻ることができる、良く知っている場所がなければ空中に遷移するのは命の危険を伴うのだ。

 エメラルド目族の攻撃力はたいしたものではない。

緑目族のように大岩を上空に持ち上げるはできない。

せいぜい大きめの石だ。

あとは槍と弓矢だがそんなものは服鎧と盾で防げる。

男達は空に逃げることできるが女は逃げることができない。

女を残して逃げるようなら男なら、そんな男は殺してもいいとミーナは思った。

 兵士の移動は小隊長が行った。

川の対岸に移動する場合と違って、遷移ができる金目と赤目とは言え位置が分らない場所に遷移はできない。

小隊長は最初に戦闘力が高い金目と銀目を運び、次に赤目と青目を運んだ。

残りの六人は3人ずつ二回に分けて運んだ。

エメラルド目は空を飛べるが距離が長ければ時間がかかる。

ミーナは最初に運んでもらった。

 軍勢が村の外れに突然に現れると村中は大混乱になった。

女どもは逃げる場所がなく一カ所に集まって身を寄せ合った。

男どもは感心にも空に逃げ出す者はいず、槍を持って軍勢の前に二列に並んで軍勢を囲むように槍を構えた。

その数は百人ほどだ。

この村の様な隔絶した村で200人もの人間を養うのは難しいことだ。

どこかに畑があるのかもしれない。

 ミーナはパラソルを肩にかけて村人に語りかけた。

「急に現れて驚かしてしまった。申し訳ないと思っている。ここに来るのが大変だったので遷移して来てしまった。我々は軍隊だがこの村を襲うために来たのではない。話をしに来た。私はこの兵士の司令官でミーナと言う。私の話し相手はだれですか。一人を決めてほしい。」

囲んでいた男達の中央の大男が一歩前に出た。

もともとこの星の男も女も背が高い。

出て来た男も2mを楽に越えている。

赤目族のドアナよりも高いようだ。

 「ワシはこの村の村長だ。話を聞こう。」

「私はミーナと言います。黒目族の娘です。貴方の名前は何ですか。」

「翠玉だ。」

「翠玉さん、私はこれまで金目族の町を出発し青目族、赤目族、緑目族、茶目族、黒目族の村を廻って来ました。この村は六番目の村になります。この後、下の白目族と黄目族に行き、川を越えて銀目族と紫目族の村に行く予定です。これまでの村では全て共同体体制に入っていただきました。共同体とは安全保障体制です。部族の自治権は認められますが共同体内では他族への襲撃は禁止されます。襲撃した族は共同体がまとまって滅ぼします。他国が攻めて来たら共同体がまとまって対抗します。ここまでは理解できますね。」

 「要するに共同体内の部族は身内ということだな。」

「その通りです。共同体を一つにまとめるのに共通の言葉とその言葉を記録する文字が必要です。共通の言葉は一番人口が多い金目族の言葉です。文字とは言葉を記号で表わしたものです。その記号を発音すれば言葉になります。言葉と文字を覚えればどこに行っても話が通じ、物の売り買いが容易になります。ここまでは理解できましたか。」

 「言葉が通じなければ他人だからな。」

「言葉と文字を教えるため、学校をこの村に作らせてほしいと思います。教師と通訳が一人ずつ派遣されます。学校では色々な科学知識をも教えます。生活はもっとよくなるはずです。どうでしょう。共同体にはいっていただけますか。」

「急な話だからな。よく考えないと。共同体に入らなくてもいいのか。」

「もちろん、入らなくても結構です。でもその場合、共同体のどこかの部族が攻撃しても共同体は介入しませんし、共同体内に異分子がいるわけですから共同体はこの部族を殲滅させます。私が引き連れて来た軍はその中に含まれます。」

 「それでは脅しではないか。」

「その通りです。軍隊を伴う砲艦外交とはもともとそういうものです。脅して従わせるのです。」

「お前の軍隊は強いのか。」

「そうかもしれません。まだ戦ったことはありません。でも考えて下さい。私はこの部落の100倍以上の人口を持つ青目や赤目を屈服させて来ました。おそらく強いはずです。それと、この共同体の構想を持つに至った原因は我々の学校が黄金の国の兵士二千人に襲われたことです。突然学校の上空に千個の大岩が現れて落ちてきたのです。我々は数十分間で988個の大岩を消し、兵士千名を殺しました。残りの兵士は遷移で逃げました。この村の上空に千個の大岩が現れて落とされたら対抗できますか。村は無くなって岩山になります。」

「そんなこと、対抗できるはずが無い。」

「人口が多ければ兵士の数も多くなります。二千名もの兵士を簡単に他国に派遣できます。そんな国に対抗するにはまとまらなければなりません。」

 「分った。共同体に入る。いろいろといちゃもんを付けて悪かった。最初に話を聞いた時にすごくいい体制だと思ったのだが、わしはひねくれ者だから反論してみた。これからなにをしたらいいのだ。」

「ありがとうございます。翠玉さん。当面は何もありません。共同体が出来上がったら連絡員をここに派遣します。その後は学校をここに建てます。もちろん我々が建てます。学校が出来たら教師と通訳の二人を派遣します。その時になったら二人の生活の面倒を見て下さい。」

 「分った。安心していい。聞いてもいいかな。」

「何ですか。」

「あんたは本当に黒目族の娘か。とても奇麗だし賢い。」

「黒目族の娘です。奇麗に見えたとしたらまだ若いからです。番茶も出花ということですね。」

 ミーナは軍を下の河原の平地に遷移で移動させた。

その後、ミーナは黄目族と白目族の村を次々に訪れ、味を占めた砲艦外交を展開して共同体に入ってもらい、学校の設立を約束させた。

攻撃力の小さい部族にとって共同体は望む体制であった。

白目族の村では共同体に入って茶目族と組めば長距離の通信が可能であることを教え、黄目族の村では共同体に入って医学を学べば人間の体の中の病巣を外から見ることができる能力は誰にもまねの出来ない能力になると説いた。

その日は黒目族の近くの洞窟のある断崖の下の懐かしい河原で天幕を張った。

残るは銀目族と紫目族だけだった。

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