第31話 31、制圧開始 

<< 31、制圧開始 >> 

 翌日はミーナの軍隊は朝早くから校庭を行進していた。

ミーナは千と自宅で朝食を食べてから校庭に出かけた。

ミーナが司令台に立つと行進は司令台の前で止まり、小隊ごとに二列縦隊に整列した。

「お早う、今から装備を配布する。小隊長は兵士を後方の小屋に行軍させ装備一式を各人に持たせここまで行軍させよ。説明のために一式を私のために持って来い。」

「了解しました。司令官。全体、後ろ向け後ろ。並足、前に進め。」

 兵士が戻ると千は足下の服鎧を取り上げた。

「これがみんなが着る服鎧だ。私や小隊長が着ている物と同じだ。ゆったりとしているから体格の違う者も同じように着ることができる。この服は特殊な布で出来ている。刃物では切れない。弓矢も通らない。槍も通らないのだが突かれれば大変痛い。ゆったりとしているのは少しでも衝撃を少なくするためだ。刃物は通らないのだが鉞(まさかり)で振り下ろされたら間違いなく死ぬ。帽子は首の後ろに着いている。帽子を冠れば頭から足まで覆われることになる。目と手首は覆われない。服鎧は通気性があるからそれほど暑くはない。非常に寒い時は寒い。靴は水を通さない。服鎧とぴっちり繋げば川の中に入っても短時間なら濡れない。どんなものかは着ていれば詳しいことはそのうち分る。

 盾はこれだ。もちろん刀や槍は通らない。細かい編み目構造になっているから相手を見ることができる。編み目構造だが雨水は通さないから普通の盾のように集めれば屋根になる。上から大石が落とされたら盾は壊れないのだが持っている人間はおそらく潰(つぶ)れる。そんな時は二人が組んで斜めに屋根を作ったりすればいいかもしれない。とにかく盾は壊れない。防御方法は各小隊で工夫せよ。この盾の最大の特徴はアンチプシ能力があることだ。この隊には二名の紫目の兵士がいる。その兵士と同じ能力を持つ。盾に近づく不思議の力を消すことができる。

 小隊には槍を五本、弓を5張り与える。弓の矢筒は全員が持つことになる。矢は消費するからだ。弓はこれまで使っていた短弓ではない。十字弓だ。正確で威力が強い。何よりも矢速が早い。矢速が早ければ消える遷移者に当るかもしれない。

 最後は背嚢だ。背嚢には寝袋と水筒と非常食と救急用医薬品が入っている。矢筒は背嚢の横に着いている。君達はこれらを背負ってこれからの訓練を受ける。以上だ。質問はあるか。質問があれば手を挙げよ。」

二人の兵士が手を挙げた。

「何だ、言ってみよ。右側の者。」

 「あのー、私は紫目を持っていますだ。アンチなんとかと言うことはどういうことなのでしょうか。」

「自分の能力を知らなかったのか。アンチプシ能力だ。お前が目を開ければ誰もお前の心臓を不思議の力で止めることはできない。お前を捕まえて上空に遷移してお前を落とすことはできない。お前の体を念動力で拘束することもできない。お前はだれにも力を使えないが誰の力でも防ぐことができる。だが大石を上から落とされたら防ぐことはできない。弓も槍も防げない。分ったか。」

「分りました。ありがとうございます。無能者ではないことが分りました。」

「よかったな。もう一人は何だ。言え。」

「同じ質問でした。ありがとうございます。」

「よかったな。小隊長、兵士を兵舎に連れて行って装備を着けさせここに再び整列させよ。」

「了解、司令官。」

 武器の訓練は十字弓からだった。

司令台を学校の敷地の端に六名の念動力者に運ばせ、小屋の壁に草を詰めた大きな樽を3個、箱の上に並べて載せさせた。

草の前には丸い円が描かれた布が張られていた

十字弓は銃床に2枚重ねの短弓が直角に埋め込まれており、二本の長い棒が台座の溝に埋め込まれていた。

棒には弦を引っ掛ける爪が出ており、棒の長さは銃床に弦の引き代を加えた長さであった。

 「使い方は最初に弓の前に出ている棒を地面のような堅いとこに押しつける。止め爪が付いているので途中で休んでもいい。私のような非力な娘でも体重をかければ押すことができる。棒の先が弓まで行ったら弦が引き金にかかる。その時には棒は銃床の後ろに出っ張っているから棒を元に戻す。次に銃床に付いている矢を取り出し、溝に載せて矢の尻と弦とを接触させる。後は狙って引き金を引く。矢の当る所は手前の穴からのぞいたときの先端の枠の中だ。引き金は衝撃で簡単に落ちてしまう。大事なことは矢を装着したら絶対に仲間の方には向けてはならない。絶対だ。絶対にだぞ。各小隊、一名前に出ろ。・・・銃床を持て。地面に押付けろ。引き金に掛かったら持ち上げて棒を元に戻せ。矢を外して溝に入れろ。銃床を肩に着けて狙え。的の中央が枠の中央だ。射て。」

矢は的の中央に吸い込まれた。

「よし、棒を押付けろ。棒を戻せ。今度は背嚢の矢筒から矢を取り出せ。矢を溝に入れろ。狙え。射て。」

矢は再び的の中央に吸い込まれた。

「よし、弓をその場に置いて矢を回収して来い。駆け足。行け。・・・小隊長、最初は一人2射で練習させよ。次は二人ずつ2射練習させよ。3づつ、4人づつと練習させたら最後は五人が同時に発射できるように訓練せよ。」

「了解しました、司令官。」

 弓の訓練の後は槍の訓練であった。

ミーナは投石機の原理を考え、特殊な構造の槍を兵士に与えた。

槍の穂先は鋭く重い金属の普通の構造であったが槍の柄は二本であった。

正確に言えば柄の後ろ3分の1が半分ずつの二本になっている。

短い方の柄は石突きの部分が爪になって長い方の端に引っかかっている。

もう一方の端は短い小さな出っ張りが長い柄の中に収められて固定され、一本柄の槍のように見せていた。

投槍器になっているのだ。

 槍を投げる時は短い柄を親指と中指と薬指と小指で長い柄から離し、そのまま3本指で柄を握り親指と人差し指で長い方の柄を支えて投槍器で押し出すように投げるのだ。

『槍の威力は力がかかっている時間が長い方が大きい』と千に教わったことを実行すると同時に槍の持ち運びやすさを損なわないように工夫した物だった。

千は特殊な槍の構造をミーナから聞いて絶賛した。

 武器の訓練は多くの時間を裂かなかった。

既に軍隊で訓練されていたからだ。

訓練は主として不思議の力の即応性の訓練であった。

こちらが先に敵を見つけた対応と、敵が先にこちらを見つけた場合の対応とは違う。

色々な場合を想定してそれに対応する訓練をした。

小隊ごとの模擬戦闘も行ったし、3小隊が合わさった場合の訓練もした。

 小隊内の役割はおおよそ決っていた。

空中浮遊できるエメラルド目は偵察だ。

遷移ができる赤目と心停止が出来る青目は組みとなって行動し、遷移と心停止ができる金目と意思強制の銀目も組みとなって行動する。

思いを伝える白目と読心の茶目は小隊間の連絡を担当した。

考えの発信と受信が組むと交信距離はずっと長くなった。

念動力の緑目と透視の黄目とアンチプシの紫目は小隊の中核としてロボット小隊長の近くに控えている。

もちろんこの役割は固定されたものではない。

場合場合によって役割は変って来る。

 安全に関する最も重要な役割は予知の黒目が持っていた。

黒目の予知能力はロボット小隊長も持っていない能力だ。

圧倒的な力を持つロボット小隊長ではあるが、その力を知っている黒目が危険を予知したのであればそれに従った方が安全だ。

黒目が危険を予知したら小隊長は他の小隊の小隊長にも伝えて一旦兵を引くことにした。

黒目がいる小隊は常に軍の先頭になる。

ミーナは黒目がいる小隊と行動を共にすることにした。

千はミーナに遠征の間だけ千のステッキを貸したが、与えることはしなかった。

強力な分子分解銃はこの世界にそぐわない。

 短期間で兵の訓練を終え、ミーナは周辺の平定に出発した。

30名の軍を川沿いに上流に向かって進めた。

川の周囲の状況は川を下ってこの町に来たのだからおよそ分っていた。

遠征に重要なことの一つは糧食の確保ではあったが、ミーナ軍の兵士は一日分の食料しか携帯していなかった。

夜になると小隊長は兵舎に遷移して十人分の食料を運んで来て、朝食時に兵士に配給するのだった。

それは千がミーナの遠征軍の状況を知ることでもあった。

 町と隣接する最初の村は川関所を作っている青目族の村であった。

青目族は金目族と同じように念動力で相手の心臓を止めることができる。

それは恐ろしい力ではあったが高空からの攻撃には無力だ。

だが空からの攻撃では、高空からの攻撃では正確な攻撃はできないし、避ける時間もできる。

低空で攻撃しようとすれば青目族に姿を曝す。

姿を曝せば心臓の位置が分ってしまい心臓は止められる。

それがこれまで青目族が威張ってこの世界に生き残ることができた理由だった。

 ミーナは地上からの攻撃を選んだ。

相手の弱点を突いて勝っても相手は自分に対して負けの言い訳ができ、心は決して晴れない。

相手が最も得意とする相手の土俵で正々堂々と戦って、それに勝つことが重要だと思った。

川関所が遠くに見えるようになるとミーナは小隊を盾で囲みゆっくり前進させた。

盾と盾の隙間はほとんどなかった。

盾の縁にはL字型の突起と穴が空いた出っ張りが上下左右についており、盾を繋ぎ合わせることができるようになっていた。

盾の巾は70㎝。

前に四枚、側に3枚が繋がっている。

囲みの中から空に向かってのびる槍の穂先が昼の日にまぶしい。

 各小隊の前にはロボット小隊長が立ち、最も前には透明なパラソルを開いて肩にかけたミーナが立っている。

ミーナ軍は川関所の500mも前から見つかっていた。

土手の上に建っていた建物から多くの兵が現れ川関所に向かう道に槍と短弓を持って待ち構えた。

ミーナが青目兵の20mまで近づいた時に青目兵の隊長と思われる男が大声で言った。

「止まれ。何者だ。」

それはもちろん青目族の言葉だった。

 「私の名はミーナ。川下の町から来た。」

「何の用だ。」

「村の指導者と話をしたいので村に案内をしてほしい。」

「部族の長と何の話をするのだ。」

「それは長老と会ってから話す。」

「お前達は軍隊か。盾や武器を持っている。」

「そうだ。お前達よりは強いかもしれない。」

「何だと。」

隊長は額の青い目を開いた。

 「どうした。私にはお前の青い目が見える。話し合いを求めているのにお前は敵対行為をしている。それはお前が殺されても文句を言わないと言うことだ。死にたいか。」

「何で効かないんだ。」

「青目兵、殺さない程度に心臓を軽く摘んでやれ。」

隊長は胸を掴んで地面に倒れて踞(うずくま)った。

「止めよ。・・・どうだ隊長。我々にはお前の力は届かないが我々の力はお前まで届く。前にいる全ての兵の心臓を止めることができる。心臓を止めても生きている場合は心臓を槍で突いて体の血を抜いてやる。それでも生きていたなら見逃してもいい。」

 「お前は何者だ。」

「その問いには既に最初に答えた。お前は私に見覚えがないのか。同じことをされたいのか。」

「・・・あっ。あの時の小娘。土手まで消した小娘か。」

「思い出したか。降伏するか。」

「する。降伏する。とてもかなわない。」

「命が助かったようだな。・・・小隊長、用意した鉢巻を持って来て青目の隊長に渡せ。」

「了解しました、司令官。」

ロボット小隊長は囲みの中に置いてあった箱の中から青色の鉢巻を取り出して青目の隊長に渡した。

 「隊長、その鉢巻をして額の目を隠せ。部下の兵にも鉢巻を渡して額の目を隠させよ。その鉢巻をしている限りは敵とは見なさない。」

隊長は鉢巻をして目を隠し、部下の兵にも鉢巻を渡して額の目を隠させた。

「よし、部下にお前の隊は降伏したと伝えよ。武器は持ったままでよい。ただし一人でも敵対したら浮き橋のように全員が消されると伝えよ。」

青目の隊長はその通りに部下に伝えたが、兵士達は隊長とミーナとやり取りが聞こえていたので事情は納得した。

 「隊長、兵士一人をここに残せ。川を通る旅人は係員がいなければ困るだろう。残りは全員村に行く。前を歩いて先導せよ。我が軍との間隔は20m。我が軍の早さに会わせよ。分ったか。」

「分りました」といって青目の隊長は部下を整列させて川から離れる方向に向かって進み始めた。

「小隊長。各小隊、二列縦隊。盾を両横に掲げて並足で進め。」

「了解、司令官。」

ミーナ軍は足並みを会わせて行軍を始めた。

その早さは前を行く青目族よりも早く、青目族は早足にならざるを得なかった。

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