第28話 28、6つの班の目標 

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 7日目は休みだった。

金鬼老人は朝から自宅に遷移して戻った。

家族が心配していたのであろう。

マイも自宅に戻った。

家族が校門の前にまで迎えに来ていた。

自宅に戻ってお隣のキン市長に学校の様子を話すかもしれない。

他の学生は宿舎で過ごした。

一生懸命勉強したかったようだ。

誰も個室から出て来なかった。

時々、便所に行ったり、定期的に食堂に行ってコーヒーを飲んだりして過ごした。

朝食も昼食も夕食も平日と同じようなメニューだった。

 千は午前中は音楽室でピアノを弾いていた。

美しい調べが宿舎まで聞こえて来る。

ミーナは朝食後に外に出かけて学校の写生をした。

水彩画だった。

ギンとシンは漢字を覚えるのに休日を使った。

漢字さえ読めれば食堂の壁に並んでいる多くの本を読むことができる。

漢字は数が多いのだ。

 二回目の休日を迎える頃には全ての学生は漢字入りの文字を読むことができるようになっていた。

漢字を書ける者はまだ少なかった。

しかし学生達は各人に与えられた辞典を読むことが出来るようになっていたので難しい漢字も読むことも使うことも出来るようになっていた。

辞典はまだ知らない難しい言葉をも知ることができる素晴らしい書物だった。

学生間の会話にはこれまで使われなかった難しい言葉が出るようになっていた。

 千は教科書を配布した。

限られた時間でこれまで蓄積されて来た知識を全て伝えることはできない。

知識を文字として伝える本が必要だった。

三週目に入ると千は一般教養の授業を止めて学生を五人ずつの六つのグループに分け、グループ毎に教える内容を変えることにした。

月曜日の朝食後、千は班の目標を語った。

 「さて、優秀な皆さん。僅か二週間、14日間で文字を読め、文字を書けるようになりました。私はこれ以上、皆さんに文字を教えることはありません。後は皆さんの生活の中で自分自身の言葉を培(つちか)って行くのが重要です。本はそれに役立つでしょう。今日からは皆さんを六つの班に分けてそれぞれの班に必要なことを教えて行きます。一つの班で一日1時間です。後は皆さんが自ら学んで行くのです。班の色は鉢巻の色です。

 私が見た所、この町及びその周辺の村は非常に弱い立場に立っております。外から攻めて来られたらひとたまりもありません。川はその道であり、海もその道です。この町の産業は米であり、それも非常に弱い立場にあります。米はどこの国や町でも作ることが出来るからです。それでは強い立場になるのはどうすればいいのでしょうか。それは他国が作ることが出来ない物を作ることです。そしてそれらを奪われることがないように力を持つことです。この学校で養成する教師はそのような状態を作り出すのに必要な知識を教えることができる教師です。皆さんがその初めの教師になるのです。それでは6つのグループは何を目標とするのか。

 第一の班は鉱物資源を見つけてそれを使える形にする班です。山を歩き回り、鉄の鉱石を見つけて鉄を造り、銅の鉱石から銅を取り出し、金や銀の鉱脈から金や銀を取り出します。それに必要な水銀の鉱石も集めなければなりません。自分たちの手で金属を作り出すことができるようになることがこの班の第一の目的です。もちろん五人の班員だけではつるはしを持って大量の鉱石を掘り出すことは出来ません。軌道に乗れば周辺の町から人を雇うことができます。最初のうちはロボット兵一名を付けてあげましょう。百人力ですから。

 第二の班は世界の地図を作る班です。町の外の世界を知らなければ自分を守ることはできません。敵が何所から来たのかを知らなければ反撃もできません。この班は地図を作るのに必要な熱気球を作らなければなりません。不思議の力が普通のこの世界では空は安全な領域ではありません。気球の上に遷移して気球に穴を開けることもできるし眼前に突然出現し弓矢を射かけることができます。実際に異邦の地に赴く時には護衛にロボット兵一名を付けてあげましょう。

 第三の班は攻撃兵器を作ります。銃と大砲ができればいいと思っております。そのためには金属を精錬する冶金の知識と弾に入れる火薬を作り、目標を計算できる力学を習得しなければなりません。

 第四の班は少し大変ですが戦車を作っていただきます。この世界では私はまだ馬を見たことがありません。馬とは辞典で調べればわかりますが、人間が乗ることができる4つ足の動物です。騎兵は素早く移動できる強い軍事力でした。でもこの世界では馬に乗っても上から石を落とされたら終わりです。上空からの石や槍の攻撃をはね返す乗物が必要です。戦車とは鉄で出来た自分で動く乗物です。そのためには内燃機関を開発しなければならないかもしれません。そのためには第一班が見つけるかもしれない石油が必要かもしれないし、植物から取ることができるアルコールが必要かもしれません。

 第五の班は強い鎧を作る班です。弓矢も槍も通らない鎧です。ミーナが着ている服はそんな繊維で出来ております。離れた場所から心臓を止めることができるこの世界では鎧の必要性は低いのかもしれませんが、そんな鎧の作成過程は化学産業の発展に貢献するはずです。私が着ている服も作れるかもしれません。

 第六の班は船を作る班です。海を自由に動き回ることができる大きな船です。船は多くの兵士や物資を積んで遠くに出かけることができます。おそらく一年間では船は作ることができません。船は多くの知識の集積で作られるのです。でも作ろうとする努力は続けなければなりません。この班には当面、一般知識を教えようと思っております。これらのことを各班の五名の学生だけでしなければなりません。大変ですね。質問がありますか。」

 金鬼が手を挙げた。

「金鬼君。やはり来ましたか。何ですか。」

「千先生は大変素晴らしい考えを示された。私は感動しております。だが班員の構成はどのように決められたのでしょう。六つの班は最初の段階で決められていました。学生には適不適があると思いますが。」

「以前言ったように私には人を見る目があります。各班の人選はその班が行うことに適した者を選んでいるつもりです。入学当初に行った班の人員構成は現段階でも適していると思っております。」

「恐れ入りました。敬服致します。」

 朝食後の最初の授業は第一班の授業であったが、他の班は何もすることが無いので一班の後ろで授業を受けた。

千は教壇に大きな鉱物標本を持って来た。

50㎝方形で5㎝角の枠が切ってあり枠の中には色々な石の見本が置かれてあった。

鉱石と枠には鉱物の名前が記されていた。

「これは鉱物標本です。教科書の中にも記載されております。第一班の第一の目的はこのような石を見つけることです。例えばこれが赤鉄鉱という鉱物です。鉄と酸素と結合しております。酸素を取除けば鉄になります。同じような鉄と酸素の結合した鉱物は磁鉄鉱と褐色鉄鉱などがあります。この二つですね。後は海岸で砂鉄も採れますが第一は鉄鉱石を捜すことですね。重いのでわかるとおもいます。」

そう言って千は鉱物を摘んで学生に見せた。

 「次に見つけてほしいのはこの硝石です。黒色火薬の最も重要な原料です。硫黄や炭はいくらでも手に入りますから硝石があれば簡単に火薬がつくれます。火薬は空気が無くても燃えます。硝石にはたくさんの酸素が結合しておりますから空気が無くても硫黄や炭素をもやすことができるのですね。この町ではまだ火薬や爆薬はないと思います。硝石は糞尿などからも作ることができますが、先ずは硝石を捜すことです。」

硝石を箱に戻してから千は金鉱石を摘まみ上げた。

 「これは金鉱石です。金の小粒の原料ですね。金は他の元素と化合しにくいので見つかる時は純粋の金として見つかります。見つければ少しお金持ちになるかもしれませんね。金を簡単に取り出すのは石を細かく砕いて金を水銀に溶かします。水銀は金を溶かしてしまうのです。溶けた物を熱して水銀をとばせば金が取りだせます。そうだとしたら最も重要な働きをするのは水銀ですね。金の鉱脈を見つければ小金持になりますが水銀の鉱脈を見つければ大金持ちになれます。水銀は金よりずっと貴重です。水銀の鉱石はこの辰砂(しんしゃ)が見つけ易いと思います。透明感のある赤い石です。不透明なものもありますが、とにかく赤い石があったら場所を覚えて持って帰ってきて下さい。」

そう言って千は透明な赤い鉱石を摘んだ。

 「ここには第三班の学生もいますね。第三班に必ず必要な物は今言った水銀です。大砲や鉄砲や投擲弾に使う点火薬は雷酸水銀です。水銀は辰砂を熱すれば水銀と硫黄は蒸気になるから少し冷やせば水銀だけが採れます。硝石を明礬と混ぜて熱するとできる硝酸に水銀を溶かして、お酒を熱して採れるアルコールを混ぜて振れば灰色の粉ができます。その粉が雷酸水銀です。少量の水でどろどろにして塗って乾かせば起爆薬の出来上がりです。叩いたり引っ張ったりしなければ爆発しません。そうは言っても詳しいことは本を読んだ方がいいですね。私の記憶も曖昧ですから。」

 千はマグカップのコーヒーを一口飲んで続けた。

「ミーナ、腰の拳銃を貸して。」

「はい、千姉さん。」

ミーナは腰の革サックから小型の拳銃を取り出して教壇に置いた。

千は拳銃から弾倉を外して普通の鉛弾頭を着けた小さな弾を取り出した。

「これがこの拳銃の装弾です。先端には5㎜ほどの鉛の小さな弾丸が着いていて真ん中には火薬が入っています。火薬に火を着けて鉛玉を発射するわけですね。火薬に火を点ける点火薬が弾のお尻に着いています。その点火薬が雷酸水銀です。火薬は空気が無くても急速に燃えて大量の気体になります。だから鉛の弾丸を押し出すのです。こんな小さな弾でも相手を怯(ひる)ませる威力を持っております。ありがとう、ミーナ。」

そう言って弾倉に弾を装填してミーナに渡した。

 「銀の鉱脈も見つけたいですね。銀は純粋な銀の形で露出している場合もありますが塩素と結合した塩化物や硫黄と結合した硫化物の形でも見つかります。銀も見つけることができれば小金持になると思います。これらの金属の鉱石は地面に落ちているわけではありません。そんな鉱石が地表に露出している場所を見つけるのです。実のところ私は鉱石を捜しに山に入ったことはありません。鉱石を見つけるには経験と知識が必要だと思います。第一班の皆さんは知識を学び経験を積み、次の新入生にその経験を伝えることが重要だと思います。この鉱石標本は食堂に置いておきます。他の班の学生も山に入ることがあって、きれいな石や見たこともない石やどこか変っている石を見つけたら持って帰って来てください。一班の授業はこれで終わりです。15分後に第二班の授業をします。質問はありますか。」

 金鬼老人が手を挙げた。」

「何ですか、金鬼君。」

「質問ではありませんがよろしいでしょうか。」

「何ですか。」

「先生の授業の最初と最後に挨拶をした方がいいと思います。先生の授業はあまりにも素晴らしいのでそうしたいのです。これからは班毎の授業になりますから班の代表が授業の最初と最後に『起立』と『礼』で挨拶をした方がいいと思います。」

「私もそう思っておりました。」

後ろの席からギンも許可を受けずに声を出した。

「私もです。」

負けずにマイも声を張り上げた。

「分りました。その方が締りますね。各班は班長を決めて下さい。班長は授業の開始と終了時に『起立』と『礼』をさせて下さい。よろしいですか。」

「分りました」の声が教室の全員から発せられた。

 次の第二班の授業では『起立と礼』が行われた。

「地図を作るこの班の最初の仕事は正確に測定できる測量機を作ることです。皆さんには前に簡単な測量機をお見せしましたが、あんなおもちゃのような物ではありません。対象物を覗き込む筒は遠くを拡大できる望遠鏡でなくてはなりません。望遠鏡はどのような原理で対象物を拡大できるのかの原理は物理学で学ばなければなりません。

 望遠鏡に必要なレンズはガラスで出来ております。そのためにはガラスを砂から作らなければなりません。砂を熱すればガラスが取り出せますが、砂を熱するための炉が必要です。出来たガラスをレンズの形にするには相当な工夫が必要です。必要な知識は本に記載されています。一生懸命勉強して工夫に必要な知識を習得しなければなりません。測量機で使う望遠鏡は当然、遠くを見るのに役立ちます。星空を見れば目でこれまで見えなかったたくさんの星を観測することができます。ガラスが効率的に採れるようになれば食堂で使っているグラスを作ることも出来るようになり、それは他国で売ることもできます。他国が作ることができない物ですね。強い産業になるのです。

 レンズを作る技術があれば眼鏡も作ることもできます。眼鏡とは耳と鼻にかけるこんな物です。人間は歳をとると近くの物を見づらくなります。目の筋肉が衰えるからです。凸レンズの眼鏡をかければ老人でも近くの物を見ることができるようになります。若者でも近くの物をよく見ていると遠くの物が見にくくなります。近眼といいます。目の筋肉がいつも緊張しているのですね。そんな時には凹レンズの眼鏡をかければ遠くの物がはっきり見えるようになります。眼鏡はガラスコップよりもずっと高い値段で売ることができます。だれでもはっきり物を見たいからです。」

 千のどこまでも広がる終わりの無い授業はずっと続いた。

学生達の夢は広がり続けた。

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