第27話 27、いろいろな授業 

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 二日目の最初の授業は音楽の授業で生徒は昨日とは別の教室に案内された。

教室には教壇の横に大きなグランドピアノが置いてあった。

「今日は最初に音楽の授業をします。音楽の授業の目的は曲を覚えることです。音楽とはひらがなと漢字でこう書きます。」

千は黒板に大きな字で音楽と書き、その右横にちいさく平仮名で『おんがく』と書いた。

「最初の漢字は音(おと)とも読み、次の漢字は楽しいとも読みます。合わせると音を楽しむとか楽しい音のような意味です。まず一曲、聞いて下さい。」

そう言って千はグランドピアノの前に座り非常に早いテンポの早い曲を演奏した。

学生からは千の横姿が見えるのだが千の指先の動きはほとんど見えなかった。

ピアノからは凄まじい音の奔流が生じた。

 「皆さんに今日覚えてもらう曲は次のような曲です。ミーナ、横笛で演奏して。」

「了解。」

ミーナは腰に差していた横笛を取り出して『荒城の月』を二回演奏した。

「この曲は私のお父上様がお好きだった曲です。『荒城の月』という題名で廃墟となったお城を描いた曲です。皆さんの机の上の紙には平仮名で階名が書かれており、左側には歌詞が漢字と平仮名で書かれております。皆さんは漢字はまだ知りませんが漢字を覚えたら歌詞が読めるようになると思います。このように書いてあります。」

 そう言って千は教鞭を取って歌詞をなぞりながら読んだ。

「春高楼のジャスラック。めぐる杯ジャスラック。千代の松が枝ジャスラック。昔の光。今いずこ。秋陣営のジャスラック。鳴きゆく雁のジャスラック。植うる剣にジャスラック。昔の光。今いずこ。今荒城のジャスラック。替わらぬ音よ誰がためぞ。垣に残るはジャスラック。松に歌うはジャスラック。天上影はジャスラック。栄枯は移るジャスラック。写さんとてかジャスラック。嗚呼荒城のジャスラック。」

千は暫く間を取ってからミーナに演奏するように言ってから歌詞を歌った。

美しい声だった。

ミーナも千が歌うのを初めて聴いた。

自然と涙が流れ出し、演奏を続けるのに苦労した。

 千が歌い終わると学生達は涙を流していた。

歌詞の漢字は読めなかったが言葉は分った。

調べに乗った言葉を聞くと胸がつまり、喉が締まり、涙が溢れ出て来たのだった。

「これが音楽です。心に感動を与えることが出来ます。それでは右側に書いてある平仮名をピアノの音に合わせて読んで下さい。みみらしどしら、ふぁふぁみれみ。はい。」

ピアノの音に合わせて学生はひらがなを読んだ。4回ほど繰返すと学生の音は次第に音階に合うようになった。

30分も繰返すと学生達は黒板を見なくても階名を暗譜していた。

 「いいですね。だれか前に出て来てこのピアノで演奏しませんか。ピアノの鍵盤には音階を平仮名で書いておきましたから、暗譜していれば演奏できるはずです。だれかやりませんか。」

金目族の娘が手を挙げた。

「先生、やらせて下さい。」

「貴方の名前はなんですか。」

「マイといいます。」

「じゃあマイさん、ピアノで荒城の月を弾いて下さい。出来るなら階名を発音しながら弾いて下さい。」

マイは立派に曲を演奏した。

 「他にだれか演奏してみませんか。」

ギンが手を挙げた。

「貴方の名前は何ですか。」

「ギンと言います。」

「じゃあギン君。荒城の月を弾いて下さい。」

「千先生、階名ではなく歌詞を歌ってもいいでしょうか。」

「歌詞をもう記憶してしまったのですか。」

「はい。聞いたことは忘れません。」

「素晴らしい能力ですね。四番まで覚えていますか。」

「はい、大丈夫です。」

「じゃあ、お願いします。」

 ギンはピアノを演奏しながら荒城の月を四番まで歌った。

ギンの歌声は会話の声とは違って魅惑的な音質だった。

「上手でしたよ、ギン君。他人に聴かせることができる歌でした。」

「ありがとうございます、千先生。」

 「その声は知っておる。貴公は銀鬼殿ではないのか。」

そう叫んだのは席の中程に座っていた金鬼老人であった。

「金鬼君、それは後でギン君に聞いて下さい。今は授業中です。」

「すまなかった、千先生。授業中だった。老人のぼけかもしれん。」

 「荒城の月が暗譜できたようなので音のことを簡単に教えます。音が振動する物から出ることは知っていますね。早く振動する物は高い音を出すし遅く振動する物は低い音になります。荒城の月の低い音の『ど』は一秒間に440回振動し、高い『ど』は一秒間に880回振動します。」

そう言いながら千は鍵盤を叩いた。

 「ピアノは弦を叩いて音を出しています。この音が440回の振動の音。この音が440の倍の880回振動している音です。この音は440の半分の220回振動している音だし、この音は880の倍の1760回振動している音。この音は1760の倍の3520回振動している音です。3520の倍の7040振動のこの音は聞こえる方と聞こえない方がいると思います。子供はもっと高い音を聞くことができるし老人になると高い音が聞こえなくなります。耳の中にあるカタツムリの形をした器官の入口の繊毛が老化するからです。音階は倍々になっている間を11に分割していています。なぜ11分割なのかは分りません。『れ』の音は2/12。『み』の音は4/12。『ファ』の音は5/12。『そ』の音は7/12。『ら』の音は9/12。『し』の音は11/12。高い『ど』が12/12になります。でもそんなことは知らなくてもいいと思います。曲を暗譜していつでも歌を歌えることが重要だと思っています。」

 音楽の授業はそこで終わった。

千は引き続き漢字を教えた。

音、楽、春、高、楼、花、宴、杯、影、千、代、松、枝・・・などの音読みと訓読みを教え、草冠と木偏と人偏の意味を教えた。

もちろん草と木と人の漢字を教えた。

「漢字って感字ですね」という学生の発言を受けて漢字には象形文字、指事文字、会意文字、形成文字の分類があると例をとって教えた。

 午前の最後の授業は化学でミーナが教えた。

「化学とは化ける学問と書きます。皆さんの周りには色々な物があります。空気があり、水があり、石があります。人間もいれば草木もあるし火もあれば稲妻もあれば光もあります。光を除いてそれらの物質は原子と呼ばれる小さな物質からできているそうです。原子は核という大きなプラスの塊の周りを電子という小さなマイナスの塊がたくさん廻っているそうです。一番小さい原子では手を組んだくらいの大きさの核の周りを握りこぶしくらいの大きさの電子が2㎞先を廻っているそうです。私が核だとしたら電子は住宅街くらいの距離を廻っているのです。他には何もありません。スカスカですね。そんな原子が互いに繋ぎ合って物質が出来るそうです。皆さんが吸っている空気は主として核の周りに7個の電子が廻っている窒素と、8個の電子が廻っている酸素から出来ております。鼻から吐き出す息には酸素2分子に六個の電子が廻っている炭素が1分子結合した二酸化炭素が入って来ます。炭素で出来ている炭の炭素は炎の中で空気中の酸素と結合して二酸化炭素になります。その時にたくさんの熱が出て炭は真っ赤になるのです。体の中では炎は出ませんがゆっくりと食物の炭素が燃えて我々に力の元のエネルギーを与えてくれるのです。木が燃えて熱エネルギーを出すのと食べ物が体の中で燃えてエネルギーを出すのは同じ理屈なのです。」

 ミーナは千の方をちらっと見たが千は頷くだけであった。

そのまま続けろということらしい。

「今からこの世の原子を書いた表を配布します。元素表といいます。上段の左から右に行って二段目の左から右にいきます。漢字も書いてありますから分った人は読めます。順番に水素、ヘリウム、リチウムと言う名前で炭素と窒素は隣同士に並んでいますね。順番に重くなっていきます。今日は二つの実験を行います。一つは空気の重さで、もう一つは水の組成です。この教壇には水素とヘリウムと酸素と窒素と二酸化炭素の取り出し口がついております。水素をこのような袋に入れて口を閉じます。」

 ミーナが巻いてあった紙袋を水素のバルブに着けてバルブを開くと紙袋は長い棒状になり、口を折り曲げて手をはなすと紙袋は天上に昇って天上にぶつかった。

「水素は空気より軽いのでうきあがったのです。次はヘリウムです。ヘリウムも軽いので浮き上がるはずです。」

そう言ってミーナはヘリウムの入った紙袋を天上に上げた。

「では窒素ではどうでしょうか。空気は窒素と酸素が混ざった物でしたね。どうなると思いますか。分る方は答えて下さい。」

「ミーナ先生、紙は重いので落ちると思います。」

シンが答えた。

「では実験してみましょう。」

そういってミーナは紙袋に窒素を入れて手を離したが袋は床にゆっくりと落ちた。

「正解です。この実験をしたのは軽い気体をたくさん集めれば物を持ち上げることが出来ると言うことを見せたかったためです。焚き火をすれば熱い空気は上に昇ります。熱い空気は冷たい空気より軽いからです。では熱い空気を大きな袋に集めたらどうなるでしょう。袋は昇りますね。そういう理屈で空に浮かぶ物を熱気球と言います。千先生は班員全員が乗ることができる大きな熱気球を作って地図の作成のために世界に出かけることを計画なさっておられます。皆さんが自分達で大きな熱気球を作って空に昇るのです。空からの眺めは爽快ですよ。」

 ミーナは次にロボット兵士に水の入った水槽を持って来てもらい教壇に置かせた。

水槽には透明な方形の容器が沈めてあった。

容器は仕切り板がついていて上側の壁にはアーク放電用の線が箱の中に出ていた。

「今から水は水素2と酸素1で結合しているということを示す実験をします。最初は一対一で混ぜた場合です。左側に水素を入れ左側に酸素を同じ量だけ入れます。」

そう言ってミーナは水素と酸素のバルブに着いていたホースを容器の下に差し込みバルブを開き、等量のガスを加えた。

 「さて準備が出来ました。左は水素ガスで右は酸素ガスです。まだ混ざってはおりません。単独では何も起りません。」

そう言ってミーナは箱の上部の端子間に火花を飛ばした。

学生達はどよめいた。

「次に間の仕切り板を上げて二つの気体を合わせます。どうなると思いますか。」

「水が出来ると思います」と学生の一人が小声で発言した。

「それでは仕切り板を上げます・・・。変りませんでした。でも火花を飛ばすと。・・」

甲高い爆鳴音と共に容器の下の水面は上昇した。

「爆発しました。残ったガスの量を見て下さい。全体の四半分です。ですから四分の三のガスは無くなったのです。水素2と酸素1が水になって無くなったようですね。でもそうかどうかは分りません。残っているガスが純粋に酸素であるかどうかが分らないからです。ではどうしたらいいのでしょう。」

 「水素2と酸素1を混ぜて火を点ければいいと思います。」

先ほど言った学生が自信を持って発言した。

「では実験してみましょう。」

そういってミーナは容器を沈めてもう一度水を満たした状態で仕切りを閉じ。水素ガスと酸素ガスを2対1の割合で容器に入れ仕切り板を開けてから十秒ほど待って点火した。

甲高い音と共に容器下の水面は容器の上まで達した。

「成功ですね。混合ガスは水に変りました。ではなぜ水面は上がったのでしょうか。」

 「気体の水は液体の水より体積が大きかったからです。」

先ほどの学生だった。

「君の名前は。」

「ケムと言います。」

「正解だと思います。私は気体の水のことには言及しておりませんでした。よく気体の水と言う考えに至りましたね。りっぱです。正確には液体の水が気体の水になるとおよそ1700倍の体積増加が起ります。だからお鍋の蓋が持ち上がるのですね。それを教えるのはずっと後です。以上で今日の化学の授業は終わりです。質問がありますか。」

 「ミーナ先生。質問していいかな。」

「金鬼さんでしたね。何でしょう。」

「最初の原子の話をしたとき原子はスカスカだと聞いた時には驚きました。頭くらいの核と拳くらいの電子が町くらいの距離を廻っていて他には何も無いとおっしゃりました。それだけの空間があれば互いに入って行くことができるはずです。どうして物は物を通過しないのでしょうか。」

「ごもっともな質問です。私も千先生に教わった時にも同じ質問をしました。千先生は『物の表面は電子で囲まれているから』とおっしゃいました。確かに原子の外側には電子があるから物の表面は電子で覆われているはずです。物理の授業でマイナスとマイナスは反発しマイナスとプラスは引きつけ合うと言うことを学びます。物の表面はマイナスの電子で覆われているので反発し合って通り抜けられないのだそうです。千先生はその例として静電気と雷を挙げました。物と物をこすると表面の電子の一部はこそげ落ちて表面がプラスの電荷を帯び、電子を奪った物はマイナスの電荷を帯びます。だから引き合って髪の毛が上がったりするのだそうです。雷も空気の摩擦で電子が落ちたり着いたりして空気中におおきなプラスとマイナスの領域が出来てその間で放電が起るそうです。放電は今日気体に火を点けるのに使いましたね。」

「ありがとうございました。よく分りました。ミーナ先生は何でも知っておられる。ミーナ先生は千先生から三年間学んだと聞きました。三年間学べばミーナ先生と同じようになるのだろうか。」

「もっと短いと思います。この学校では授業は計画され系統的に教えていますからもっと短い時間で出来ると思います。」

「もっと若い頃にこの学校に出会って学びたかったな。」

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