第25話 25、入学試験 

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 試験前日の夜は新月で町中は暗闇に支配されていた。

そんな中で山の方向の空はぼんやりと明るかった。

その下に学校が明るく浮かび出ていた。

地上からの投光器で建物が明るく浮かび上がっている。

風車が廻っているのがはっきり確認された。

この町にはそんな強い光源はこれまでなかった。

 試験日は晴れだった。

明るくなるとすぐに校門の前に集まる者もいた。

校庭に朝日がさすようになるとロボット兵が校門の前に長机を漏斗状に並べ、漏斗の先端にはたくさんの木札をきれいに積み上げた。

受付にはロボット兵3体が配置された。

ロボットは一目で兵士とわかるような衣装を着ていた。

校庭には校門から校舎まで一列に簡易便所が並んでおり、受験生を校舎の待機場に導くようになっていた。

 準備が出来るとロボット兵は校門を開いた。

「机に沿ってお進みください。途中で木札をもらって下さい。それが受験の順番を示す受験番号です。」

校門の前のロボット兵は一人一人にそう語り続けた。

木札を渡すロボット兵は「何番です」と言って木札を受験生に渡した。

木札は3段の横線が引かれ、その線の間に丸印が書かれていた。

簡単に言えば横線の下段、中段、上段はそれぞれ1の位、十の位、百の位であった。

中段に丸が一つで下段に丸が三つなら13番ということになる。

 長机の端にいたロボット兵は一人一人に説明を繰返した。

「真直ぐ進んで校舎の周りの回廊に行って木札の印と同じ印のある椅子に掛けてお待ち下さい。便所は校庭に並んでいる簡易便所です。水はロボット兵のいる井戸からお飲み下さい。試験は午後から始まります。試験結果の発表は最終受験者が終了してから1時間後に校舎の入口に受験番号で示されます。合格した方はそのまま残って下さい。簡単な昼食が正午に配布されます。」

 午前中に集まった受験生は300人を越えた。

千とミーナはこんなに多くの人々が文字を知りたかったのだと知って感動した。

千は最初は5名ずつ試験を行おうとしたが、それでは全員が終わるのに十時間もかかってしまうので急遽(きゅうきょ)十名ずつ試験をするように机の数を倍にした。

 正午になると最初の受験生十名が校舎内の教室に導かれた。

黒板の前に千が腰掛けており、受験生は扇形に配置された机の椅子に腰掛けた。

机の上には一枚の白い紙と鉛筆が置かれていた。

「受験生の皆さん、良くいらっしゃいました。私が試験官です。それでは問題を言います。あなたの世界観を机の上にある紙に備え付けの筆記具で100数える間に書き上げてください。それでは始め。」

 受験生は試験問題に戸惑ったが何かを書かなければ合格はできないと必死に考えて紙に鉛筆を走らせた。

「はい、止めて下さい。鉛筆を置いて紙をそのまま残して退席して下さい。ロボット兵、紙を順番に集めてここに持って来て。」

千は解答用紙を一瞥して机の横の箱の中に入れてから評価を手前の紙に書き入れた。

試験問題は全て同じであった。

例え試験問題が受験生に漏れたとしても正解が分らないのだから対応できないだろう。

 午後5時前には試験は終わり。5時半には校舎の入口に合格者の30名の番号が張り出された。

補欠として十名の合格者の名前も張り出された。

補欠の十名は住所と名前をロボット兵に告げて「木札は無くさないように保管しておいて下さい」という注意を受けてから受験番号が書かれた木札を持って帰った。

合格した30名はロボット兵に誘導され宿舎の食堂に集められた。

学生が入ったときは食堂は夕暮れの入り日だけで暗かったが、すぐさま天井の照明器具からと壁の縁からの間接照明の光で昼間のように明るくなった。

千とミーナが食堂に現れ、椅子に座っている合格者達に祝いの言葉を述べた。

 「みなさん、合格おめでとうございます。この場所は皆さんが寝起きする宿舎の食堂です。特別な場合を除き皆さんはこの場所で朝昼晩の食事を取っていただきます。どんな食事が出るのか興味があると思います。皆さんの最初の食事としてカレーライスを用意しました。今からロボット兵がお持ちします。カレーライスは米のご飯の上にカレーの具をかけたものです。カレーの具はジャガイモとタマネギと肉を多種の香辛料を加えて煮た物です。甘みを着けてありますから食べやすいと思います。食器には金属の匙(さじ)が置いてあります。その材質は金属という材質で、皆さんがこの学校で一年間学ぶ過程でがんばれば作ることができるものです。一年間の最終目的のようなものですね。どうぞカレーライスを食べ始めて下さい。」

 学生はカレーライスを食べ始めたが嫌な顔をする者はいなかった。

「お盆の上には水の入ったガラスの容器があります。カップと呼んでいます。その透明なガラス容器も皆さんの一年間の最終目的の一つです。スプーンを作るよりずっと容易に作ることができます。海岸の砂を熱すればガラスが採れますからそれを造形してガラスのカップを作るのですね。食事を取りながら質問があれば質問をしてください。何かありますか。」

 一人が手を挙げ、千は「どうぞ」と言った。

「休みはあるのでしょうか。」

「7日間に1日だけ休みがあります。」

「その時は家に帰ることができるのでしょうか。」

「出来ます。」

「戻って来なくてもいいのでしょうか。」

「いいですが、戻れなくなると思います。」

「それは何時でも学生を止めることができるということでしょうか。」

「その通りです。でもそれは止めた人の後生も止めることです。」

「死ぬということですか。」

「死ぬのではなく消えます。」

「恐ろしいことですね。」

「そういう約束ですから。」

 もう一人が手を挙げ千は再び「どうぞ」と言った。

「合格と不合格の基準を聞かせてもらえんか。わしは試験問題を知っておった。試験を終えた受験生が話していたのを聞いた。それで他の試験を終えた者にも聞いたが同じ試験問題だった。ここにいるほとんど全員が試験問題を知っていたはずだ。試験問題の答えは何なのか教えてくれるとありがたいが。」

「金鬼殿でしたね。質問はごもっともですが答えはありません。『世界観を描け』が問題でした。人によって世界観は違います。この星を表わす丸印を描いた方は優秀です。水平線を表わす線を一本描いた者もおりました。自分を表わすヒト型を描いた方もいました。金鬼殿はこの町の地図を描いておられました。学校が入っていなかった地図でしたがね。世界観は個人個人で違うのです。私は察相の術が巧みです。相手の考えを読み取る茶目族と似ていますが私は人を見ることができます。実のところ試験をしなくても合格不合格を決定できたのです。答えとして描かれた絵は私の見立ての傍証に過ぎなかったのです。」

「よく分り申した。試験官殿は銀鬼殿より恐ろしい方のようです。」

「私は千と申します。この学校を創った者です。」

 千とミーナは学生の食事中に一人一人に声をかけて自己紹介をしていった。

ミーナは以前通りの服鎧の衣装であったが千は試験官の時の衣装であった。

千はゆったりとした袖を手首でしめた袖口をダイヤモンドのカフスボタンで止めた薄い白のブラウスに紺のタイトスカートに肌色のストッキングと黒エナメルのハイヒールという出で立ちだった。

ミーナはヘッドギアではなく通訳機のヘッドフォンをしていたが千はまだアンチプシ機能を持つヘッドフォンをしていたので後頭部には金環が輝いていた。

女神様のようだった。

合格者の中にはギンもシンも含まれていた。

ギンは初めて見る美しい千に言葉も出せずに顔を見ているだけだった。

シンは美しい千よりもミーナを見ていた。

 30名の合格者には5名の女性が含まれていた。

いずれも若い娘で二名は少し前まで奴隷として農場で働いていた。

解放されてお金もわずかで途方にくれている時にミーナの募集に出会った。

学生になれば少なくとも一年間は生きて行けると思ったので15日間何とか生き延び、お腹を空かして受験したのだった。

他の二名は青目族と黄目族の娘だった。

行商としてしばしば町に来ていたのでこの町の言葉は知っていた。

ミーナの言葉は部族の村に居る時に聞こえた。

もっとも、ミーナの言葉は頭の中で部族の言葉とこの町の言葉が混ぜ合ったように聞こえた。

 残りの一人は金目族の娘であった。

他の娘達よりいい服装をしていた。

もともと何にでも興味を持つ子供であったのでミーナの何度も頭の中で繰返されるしつこいような宣伝で学校に興味を持ったし、文字の可能性についても期待を膨らましていた。

自分が紡ぎ出すお話を文字で書けたら何と素敵だろうと思って家の隣の市長に相談した。

キン市長は「絶対に受験すべきだ」と強く推薦したのだった。

「そう、キン市長の隣の家の娘さんだったの。じゃあキキ君とミミちゃんとは知り合いね。」

「いいえ。二人の赤ん坊の時にはよく見せてもらいましたが会話をしたことはありません。」

「確かに少し世代がずれているわね。」

「千先生はキン市長とお知り合いなのですか。」

「お皿を買ってもらっただけよ。」

 食事を終えると学生達は宿舎をロボット兵士によって案内された。

十列並ぶシャワー室や水洗便所の使い方が丁寧に説明された。

見たことも無い施設が多かったが理解はおおよそできた。

一つだけ学生には理解できなかったものが時計であった。

時計は食堂の中央の壁と各個室の入口の内側の天井際の壁にかけられていた。

秒針が小刻みに進むのを見ているのは時を忘れる。

「これは時計です。現在の時刻を示す物です。朝食は7時で短針が7を示した時です。その時間までに食堂に集まって下さい。昼食は午後1時で短針が1を示した時です。夕食は午後6時で短針が6を示した時です。数字の読み方は最初に習います。」

 学生の個室は長細かったが狭くはなかった。

入口の扉には時計の文字盤と同じの数字が大きく描かれていた。

机と椅子と広めのテーブルと箪笥(たんす)と物置とベッドが設えられていた。

入口の反対側には大きな窓が嵌められ、左右に開くことができた。

窓からは海を眺めることができた。

個室の数は40室で学生は端の十室を除いて割り当てられた。

割当は受験番号とは無関係に割り当てられていた。

女性の個室は中央に集中されているのは理解できたが男性の割当がなぜそうなったかの理由は理解できた者はほとんどいなかった。

 宿舎の案内を終えた学生達は食堂に戻って来た。

千とミーナは椅子に座ってコーヒーを飲みながら学生達を待っていた。

「皆さん、お帰りなさい。椅子に座って下さい。最初の授業を行います。数の記号を教えます。壁に掛かっている丸い物を見て下さい。記号が周囲に書かれています。一番上の記号は12です。その右横は1で次は2、その次は3です。あとは順に4、5、6、7、8,9、10、11という記号です。覚えて下さい。」

コーヒーを一口飲んでから一番近い所にいた学生に「一番下の記号は何ですか」と聞いた。

「6です」の答えを受けて千は続けた。

 「正解です。この宿舎は一日を午前12時間午後12時間の24時間としております。午前は真夜中から真昼までの12時間。午後は真昼から真夜中までの12時間です。今、私は真夜中に0時という言葉を使いませんでした。0という概念がこの町にあるかどうかがわからなかったからです。0は何も無いという意味です。皆さんの受験番号の板には3本の線が引かれてその間に点が描かれておりました。それを想い出して下さい。中段に点が一つだけの番号は10番です。中段が一つで下段が二つなら12番です。もし中段が2つで下段が一つなら何番ですか。」

「21番です」と誰かが言った。

 「正解です。授業は終わりです。この宿舎の消灯時刻は午後の十時です。十時になったら各自の個室に入って下さい。それまでは自由です。もちろん夜中に水を飲みたくなったら洗面所まで行って水を飲んで下さい。消灯時刻までは食堂で自由にコーヒーを飲むことができます。今、私とミーナが飲んでいる飲み物です。カップを置いてボタンを押せば一杯分のコーヒーがカップに注がれます。覚醒作用がありますから眠る前に飲むことはお薦めできません。今日は飲まない方がいいでしょう。初めてだと眠れなくなるかもしれませんから。

夜間はロボット兵に巡回をさせておきます。分らないことがあったらロボット兵に聞いて下さい。これでいいかな。」

 「千姉さん、ヘアバンド。」

「そうそう。重要な約束事があります。この学校では不思議の力を使ってはいけません。もちろん非常な場合はその限りではありません。この世界の男性は不思議の力を出すことが出来、女性はそんな力はありません。そこで学生の皆さんは今から配布する鉢巻を額に巻いて生活して下さい。力を持たない女性の方もそうして下さい。鉢巻は制服の一部だと考えていただければいいと思います。男女平等の象徴です。個室の外に出る時は必ず着用して下さい。もちろん鉢巻に刺繍を施すなどをして飾ってもかまいません。要は不思議の目をとじていることが肝要なのです。今から鉢巻をロボット兵が配布します。6種類の色がありますがその色はグループの色です。」

 その後、学生は十時の消灯まで食堂で雑談をしていた。

コーヒーを飲む者もいた。

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