第24話 24、学生募集 

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 翌朝ミーナが目を覚まして衣服を調えて外に出ると、学校の外観は全て完成していた。

工事をしたロボット兵は学校の周囲の空中を盾と槍を携(たずさ)えて空中を巡回していた。

昨日まで土だった地面は短い丈の芝生が青々と敷きつめられており、各所の井戸には大きめのあずまやが建てられ、あずまやに隣接して高い櫓(やぐら)が建てられていた。

櫓の中程には木でできた貯水槽があり、その上には大きな風車が廻っていた。

風車で井戸の水を汲み上げて貯水槽に溜める仕組みのようだ。

 校舎らしい建物は平屋建てで各所に出口が付いていた。

校舎の庇(ひさし)は5mほどもあり、庇の下には木製の回廊が校舎全体を廻っていた。

なにをするのか分らない建物もいくつかあった。

物置みたいだ。

前に広い芝生の広場を持つ方が校舎の表側とすれば、校舎の裏側には校舎と同じような大きさの長い建物が建っていた。

その建物には回廊はなく中央にガラスの嵌(は)まった大きな窓が土台から屋根まで繋がっていた。

ガラス窓の中にはテーブルと椅子が並んでいるのでそこは食堂で、その建物は学生の宿舎に違いなかった。

 千とミーナの自宅はそこからは離れており、敷地のほぼ中央に建っている。

建物は大きくないのだが3階建てであった。

窓の多い建物で地下室もあるらしい。

建設の時に大きな穴を掘っていた。

学校敷地の周囲に廻らせた杭はそのままだった。

だれでも簡単に入って来ることができるように見える。

でも千姉さんのことだから驚くような方法で柵を柵たらしめるのだろう。

 「お早う。ミーナ。ゆっくり眠れた。」

振り向くと千が自宅の入口に立っていた。

服鎧ではなく最初に会った時の白い服を着ている。

「お早うございます、千姉さん。快適な目覚めができました。」

「これが学校。おもしろいでしょ。」

「はい、風車には感心しました。出来た物を見れば理解できますが思いつかなければだめですね。」

「みんなもそんな風に思ってくれるといいわね。」

 「分らないのが周囲の柵です。柱の間隔が広すぎて柵の役割をしないのではないかと思いました。」

「そうね。でもこの不思議の力が可能な世界では侵入を妨げる目的の柵は無用でしょ。赤目族も金目族も入って来ることができる。それで学校の周りの柵は心の柵としたの。柵の内側の住人は柵外から入って来ることを好まないということを示しているわけ。それを無視して通過するには何らかの罰を覚悟しなければならないの。簡単に千切れる紙の封印も同じ方法ね。」

 「どんな罰なのですか。」

「まだ考えてはいないわ。」

「でも、動物や子供が入って来る可能性があります。」

「そうだった。山にも隣接しているしね。空にも広げて完璧な塀にした方がいいかしら。誰も通れないし、金目族も入って来られないようにするには7次元シールドを張れば簡単にできるけどちょっと科学技術のレベルに差がありすぎ。それに雨も落ちてこなくなるから風情がなくなるわね。OK。当分、侵入可で罰無しよ。」

「楽しくなりそうです。」

 文字が無いと言うのは辛(つら)いことだ。

学校の宣伝をしたいのに適切な方法がない。

入学条件を説明したくてもその方法が無い。

文字無しで宣伝する方法を見つけなくてはならない。

 「マン、キン市長は今は何をしているか分る。」

「少々お待ち下さい。今は書斎で瞑想しているようです。」

「そしたらここに連れて来てくれない。室内履きではなくて外用の靴を履いてもらってからね。」

「了解いたしました」と言ってマンは消えた。

5分間ほど経ってからキン市長はマンに抱きかかえられて自宅のテラスに現れた。

今度は外用の靴と上着を着ていた。

「キン、来てくれてありがとう。相談したいことがあるの。迷惑をかけたかしら。」

「そんなことはありません。千様のことを考えていたところでした。」

「ここに来て隣に座って。マン、コーヒーを2つ持って来て。マグカップのアメリカンがいいかな。」

「了解いたしました」と言ってマンは家の中に入って行った。

 キン市長は初めて見る千の美しさに少し緊張して千の隣の椅子に腰掛けた。

千は袖のゆったりした薄物のブラウスに紺色のタイトスカートを着て、黒のエナメルのハイヒールを履いた足を組み、頭には小さなヘッドフォンを冠っていた。

薄物のブラウスからは美しい曲線の乳房を包む紫色のブラジャーが透けて見えた。

細く先端が緩くカールした輝く光沢を持った黒髪はブラウスの肩に僅かにかかり、後頭部には小さな丸い金環が空中に現れていた。

 「私のことを考えていたってことは学校のことを考えていたのね。」

「はい、左様です。多くの報告が入って来ました。」

「ここが学校よ。ちょっと強引だったけど突貫工事で昨日一日で作ってしまった。この場所は私とミーナの自宅のテラス。正面に見えるのが校舎ね。校舎の後ろは学生の宿舎。あとの建物は教材の倉庫ね。」

「私は一昨日まではこの場所が山だったことを知っております。毎日町の周りを見回すことを日課にしておりますから。たった一日で山が削られ多くの建物が出来上がっておりました。」

 「この学校はこの町を発展させるために創ったの。動機は知り合いが文字を知りたいと言った些細なことだったのだけれどね。」

「『文字』の報告も受けました。報告者は感動しておりました。」

「金鬼さんね。私はこの町を歩いて商店の品物に名前が書かれていないのに驚いたの。金の小粒を表わす丸い点しか書かれていなかった。品物にはちゃんとした名前があるのにね。それで文字をこの町に根づかせようと思って学校を創ったの。文字が無ければ知識の蓄積ができないからいつまで経っても最初から出発しなくてはならない。それでは生活レベルの向上は望めないわね。」

 「この学校は文字を教えるだけの大きさを越えております。ここでは文字の他に何を教えるのでしょうか。」

「今考えているのは数学と化学と音楽と絵画かな。教えられて楽しいから。抽象論ではなく実学と結びつけて教えるつもり。数学では最終的にはこの大陸の地図を作るつもり。大陸の正確な形と、他の町や山や川の位置、それとそこに走る道を一枚の紙に描くの。紙か。紙も作らなければならないわね。化学ではいろいろあるのだけれど冶金(やきん)が中心かな。主目的は鉄を作ること。いろいろな鉱脈を捜して鉄の他に金や銀や銅や水銀を作ることもできる。そうだ、キン市長、この町では金の小粒が貨幣として使われていますが元の金をどこから手に入れているのですか。」

 「少し遠い町から手に入れております。米と交換です。」

「と言うことはその町では金の製錬技術を持っているのかしら。その町の暮しぶりはこの町よりもいいの。」

「私は見たことはありませんが物資が溢れているようです。」

「支配族はやはり金目族なの。」

「そうだと思います。」

「地図を作る過程でそのうち判るでしょう。物理も教科に入れてもいいわね。」

「千様と話しているとワクワクして来ます。」

 「新しいことはいつでもワクワクするものよ。あと音楽は心地よい音を作るのだけど聞けば分る。絵画は絵を描くのだから見れば分るわね。」

「それで私に相談とはどのようなことでしょうか。」

「明日から学校のことを宣伝しようと思っているの。どこにあるのか。どんなことを教えるのか。応募する学生はどんな人か。どのように応募するのかなどを町のみんなに伝えるの。文字があれば簡単なのだけど文字がないから声で知らせなければならない。それで町が少し騒がしくなるのだけれど気にしないでいてほしいの。」

「了解しました。何の問題も生じません。この町のためですから。」

「ありがとう。コーヒーを飲んで。暖かいコーヒーも美味しいから。」

「頂きます。」

キンはコーヒーを飲み干してから自分で遷移して消えた。

 翌日小さな山車(だし)が学校から町に続く道を8体のロボット鼓笛隊と共に進んで行った。

山車は四輪で周囲が草花で覆われていた。

山車の中央の椅子にミーナが服鎧を着けて座っており、ロボット鼓笛隊は大太鼓1体と小太鼓2体、フルート4体とアコーディオン1体で構成され、フルートロボットは喉の皮膚からでた管が背中の気嚢と結ばれていた。

山車は移動するときは単調な調べを演奏していたが山車が止まると鼓笛隊は演奏を中止して代りに山車から色々な勇ましい行進曲が大音量で流れ出た。

 山車の周りに人垣ができると曲の音量は弱められ、ミーナの声が聴衆の頭の中に響き渡った。

「私はミーナ。川の上流から来た娘。このたび山の中腹に学校を創りました。学校とは文字や学問を教える場所です。文字とは言葉を発することができる記号です。書かれた文字を読めば言葉が聞こえます。学問とは知識です。知識を文字で保存すれば何時でも誰でもその知識を得ることができます。教師育成のための学生を募集します。男女は問いません。期間は一年間で全て無料です。全寮制で、全員が学校で暮します。衣料、食事その他の生活に必要な物は全て無料で供給されます。身一つでお越し下さい。さらに一年後には金の小粒12個をさし上げます。ただし学生には義務があります。一年間だけ、次の新入生を教えなければなりません。その間は全て無料で生活することができます。もっと学びたい方は同じ条件で学生を続けることができます。もちろん学生ではあっても新入生を教えなければなりません。定員は30名です。入学試験は15日後。前日の夜に学校を明るく照らし出します。試験場所は学校です。午前中までに敷地内に集まって下さい。」

 ミーナはこれを3回繰返した。

もちろん後の2回は録音したものを流したものだったがヘッドギアと同じ装置を通していたので広範囲の人が聞きたくなくても頭の中で大声で聞こえてしまった。

大人も子供も犬も猫もみんなが聞いた。

言い終わると音楽は再び音量を上げて流れ始め、一曲が終わるとロボット鼓笛隊は次の地点に演奏しながら向かった。

多くの子供達が出て来て山車の後を追った。

 町の十字路での聴衆の数が最も多かったし、金目族の住宅地での聴衆の数は少なかった。

子供達はそんなことは関係なくぞろぞろと山車の後を追っていた。

子供達は山車から次々と流れる行進曲の浮き立つ音に興味を持っているようでミーナの話は聞いているようには見えなかった。

川縁の船溜まりでも農場の集積場の入口付近でもミーナは話した。

予定の場所が全て終わって山に向かう道に入るとミーナは最後まで山車の後について来た子供達にザラメ砂糖がまぶされた少し大きいあめ玉を両手に一つずつあげてから言った。

「今日はこれでおしまい。寄り道しないでまっすぐおうちに帰ってね。もっと大きくなったら学校に来てね。」

子供達は「うん」といって散っていった。

あめ玉は千が準備していたものだった。

 ミーナの山車が学校に戻ると千は「ごくろうさま」と言って出迎えた。

「町の全員が聞いたことは確実よ。ここでもミーナの声が聞こえた。全部よ。最後は聞きたくなくなっても入って来たわ。」

「声の大きさを大きくし過ぎでしたね。」

「そうかもね。金鬼老人ならこれが強力な武器になるって気が付いたかもしれないわね。こんな声を敵に向けてずっと発していたら敵はノイローゼになって戦意を失うから。」

「学生は集まるでしょうか。」

「分らない。本当に分らない。文字は学びたいとは思うけど一年間新入生を教えるのはいやだと言う人もいるでしょうね。」

 「人は気持ちを隠すことができます。どんな入学試験をするのですか。」

「それも難題ね。私は読心術に堪能だから普通では暫く見ていれば相手の気持ちが分るけど、銀さんのように強制できる力もあるしね。」

「そしたらみんな女になってもらったらどうでしょうか。」

「そうか。それいいわね。受験生には全員に鉢巻をしてもらおうか。それと合格して学校内で生活するようになっても常時鉢巻着用にしたら男女平等になるわね。」

「女性の受験者もいるのでしょうか。」

「わからない。女の人と話したのはミミちゃんと食堂のおばさんだけだから。」

「でも昔の私なら絶対に受験すると思います。男に負けたくありませんでしたから。」

「ふふ。そうだったわね。負けず嫌いのミーナだった。」

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