第23話 23、金鬼と銀鬼
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3度目の訪問者は100名の兵士と指揮官だった。
兵士達の半数は敷地の門に近づくと消え、五名ずつが組みになっていろいろな所で働いていた十名のロボット兵を瞬時に取り囲んだ。
遷移ができる兵らしい。
ロボット兵は周りを囲んだ兵士を全く無視して仕事を続けた。
邪魔をしなければ排除する必要はないと思っているようだった。
杭を埋めているロボット兵を囲んだ兵士達は大変だった。
ロボット兵が杭を埋め終えて次の場所に移動する度に追いかけなければならなかったし、長い杭を空中に持ち上げた時は落下を警戒しなければならなかった。
残りの50名の兵士は入口に進んで空中から降りて来たロボット兵と対峙した。
「そこの男、命が惜しければ武器を捨てよ。」
集団の真ん中にいた男が大声を出した。
「今言った者はだれだ。臆病者の腰抜けか。話をしたいなら正々堂々と前に出て来て話せ。敵対しなければ殺さないでおいてやる。」
兵士達の間でざわめきが起った。
相手の男が初めて口を開いたのだ。
それも、轟くような声で。
『臆病者の腰抜け』の言葉が効いたのであろう、一人の立派な衣装を着けた老人が兵士をかき分けて前に出て来て言った。
「わしは臆病者でも腰抜けでもない。」
「ご老人か。私は銀鬼。ご老体の名は何と言う。」
「ワシは金鬼だ。」
「金銀だな。豪華なことだ。して、何用かな。」
「お前は我らの兵士50人を殺した。金目族の指揮官もな。当然の罰を受けなければならない。」
「金鬼ご老体の周りの者達は兵士か。」
「最強の兵士だ。」
「兵士が攻撃を受けたら反撃することは適法だと思うが違うか。」
「兵士は反撃する権利がある。」
「私は兵士だ。先ほど消した50名ほどの兵士は私を攻撃した。私に弓矢を射、私を釣り上げて落とそうとした。反撃するのは当然の権利だと思って反撃した。槍兵は攻撃しなかったので消さなかった。弓兵を消した時に巻き添えを食った者は気の毒だったが戦闘ではよくあることだ。それが兵士だ。違うか。私が言っている事が正しいのは上空に浮遊している偵察兵が良く知っている。」
「なにも、何人も殺さなくても話せば良かったはずだ。」
「前の指揮官は金鬼殿と違って話そうとはしなかった。最初から殺せと命令した。それは自分が死んでもいいと言うことだ。」
「そうかもしれん。ワシが最初から『殺せ』と命令したらどうした。」
「今度は生き残りは作らなかったろうと思う。」
「お前は百名の兵士よりも強いのか。」
「現段階ではそう思う。槍も弓も効かないし、石を落とされても大丈夫だ。もちろん山を落とされたら難儀だがな。数千人の兵士を消すのは山を消して更地にするよりずっと容易だ。」
「ここはお前が作ったのか。」
「そうだ。管理できればここは私の物だ。」
「確かにそう言うことにはなるかな。」
「私には管理能力があると思うか。」
「百名の兵士が来てもびくともしないのなら管理はできるだろうな。」
「そうなら何の問題も無いわけだ。」
「そういうことになるかな・・・・。いや、問題はある。ここが敵の前線基地になるのなら慣習法は無力だ。ここに何を作るつもりだ。」
「ここには学校を作る予定だ。」
「学校とは何だ。」
「文字を教えたり知識を教えたりする場所だ。」
「文字とは何だ。」
「言葉を伝える記号だ。ご老体はこれまでの戦いの記録を後世に残したいとは思わんか。自分が言いたいことを子孫に伝えたいとは思わんのか。」
「そんなことが出来ると言うのか。」
「そうだ。学校で文字を学べばできる。」
「良いことだな。情報の記録もできる。」
「学校の設立に違法があるのか。」
「ないな。わしも文字を教えてほしいくらいだ。悪かった。今日は引き上げる。それでいいか。」
「了解だ。そのうち学校の入学案内を町のみんなに広めるから興味が有るなら応募してくれ。」
「待っている。」
そう言って司令官は兵を集め山道を下って行った。
司令官の頭の中では文字の持つ可能性が渦巻いていた。
「見事よ、銀鬼さん。ほんとにお見事。」
千は兵士達が山道を下って行くのを見極め、ギンに言った。
「久しぶりに威張らせてもらいました。楽しかったです。」
「これで学校は合法になったし、そこの銀鬼さんはとてつもなく強いと言うことになり、町のみんなにも広げやすくなったわ。」
「良かったですね。それにしても下の工事は凄まじいですね。山を半日で削って何個もの井戸を掘ってもう建物も完成しようとしている。それがたった十人でしているなんて。こんな工事なら普通なら何年も、いや何十年もかかるかもしれません。」
「文字のおかげよ。長い間の知識の積み上げがこういうことを可能にさせているの。」
「千さんから見たら我々は野蛮人なのでしょうね。」
「それは違うわ。人間に重要なのはその人が持つ感性よ。私の世界でも下品な人はたくさんいるわ。私の世界で新しく生まれた赤ん坊が成人になるにはせいぜい15年よ。その間に赤ん坊はその世界のいろいろな知識の成果に触れているだけ。理解をしているわけではない。この世界の大人が十年間学べば私の世界の知識を学ぶことができる。そうなった時点では既に私の世界の普通の成人を越えているの。」
「そう考えると気楽ですね。」
「子供が学ぶのと大人が学ぶのとは違うの。大人の方がずっと早いわ。」
フライヤーの四人は眼下で急速に完成しつつある学校の建設を眺めながらコーヒーを飲んで暫(しば)しの楽しい時を過ごした。
千は想い出したように突然ミーナに言った。
「ミーナ、ミーナもここに暫く居るのならこの町の言葉を覚えておいた方がいいわね。いつまでもヘッドギアでは不便だから。この町の言葉の情報は十分に集まったからヘッドギアの代りにヘッドフォン型の通訳機を作ってあげる。音で聞いて音で発する機械よ。通訳機があれば一人で言葉を学ぶことができるから。例えばホムスク語で『シンさん、ここに来て』と言ったとするでしょ。そうするとヘッドフォンからはこの町の言葉で『シンさん、ここに来て』と音が出るの。そうしたら今度はその音をまねてこの町の言葉で『シンさん、ここに来て』と発音するの。もしヘッドフォンからホムスク語で『シンさん、ここに来て』と聞こえて来たら合格。単語の場合はもっと楽よ。山とか川とか何でもすぐにこの町の言葉を覚えることができる。」
「ぜひともお願いします、千姉さん。」
「私も勉強しなくてはね。教えるには言葉が話せなくちゃあね。」
「ミーナさん、分らないことがあったら聞いてくれ。」
「ありがとう、シンさん。」
千はそんな二人を見て微笑んでいた。
「その通訳機というのは色々な部族の言葉も通訳できるのですか。」
「銀鬼さん、それはできないの。両方の言葉をたくさん知っていなければ通訳機は作れないわ。そんな場合には今まで通りのヘッドギアを使うことになるわね。ヘッドギアは人間はもちろんだけど動物とも話すことができるのよ。ミーナが『出て来い』って大声で叫んだらイノシシやウサギや川鳥や川魚や最後は熊まで出て来て近くに集まった。緑目族に襲撃された時だったわね。」
「そんな事があったのですか。私から見れば通訳機よりヘッドギアの方がずっと優れていると思います。」
「その通りよ、銀鬼さん。通訳機は高々二千年の知識の蓄積で出来るけどヘッドギアは数万年の知識の蓄積が必要だから。」
「数万年ですか。気の遠くなるほどの時間ですね。文字が重要なわけだ。いったい、千さんは何年分の知識をお持ちなのですか。」
「答えるのが難しい質問ね。この宇宙では1億年と少しの時間だけど人が生活を続けた世界としては2億年くらいかな。私にも良く分からないの。」
「数万年で気が遠くなってしまっていては申し訳ない時間ですね。この町もそんなに長く続くことが出来るのでしょうか。」
「んー。銀鬼さん。申し訳ないけどおそらく出来ません。」
「なぜですか。」
「あまり答えたくはないけど、聞きたい。」
「覚悟をして聞きます。話して下さい。お願いします。」
「おそらく、みんなが老人となって死んで何世代か何十世代も過ぎた頃、いやもっと先かな。この大陸では大きな地震が起るの。南北にとても大きな地割れが起って海の水が入って来る。自然の力は大きいからそれまで育(はぐく)んで来た文明は壊滅し、大部分の人間は死んでしまう。生き残った少数の人では文明は維持できないから元の狩猟生活になってしまう。でも文字は残ると思う。便利だから。」
「千さんには未来が見えるのですか。」
「見ようと思えば見ることができるけどそれは好ましいことではないわ。6次元世界が増えるから。でも今の話は未来を見たわけではないの。推測よ。この星、私の世界では『地球』って呼んでいるのだけれど、地球は大宇宙の中で重要な役割を持っているの。だから地球のこれからの歴史は私の世界ではよく知られているの。『これからの歴史』なんて言葉は不思議でしょ。矛盾するわよね。でもそうなる蓋然性は非常に高いの。これまでそうだったから。何を言っているのかわからなかったでしょうけど、これでがまんしてね。これでおしまい。」
「了解しました。でも一つ質問があります。いま千さんは『6次元世界』とおっしゃいました。千さんは以前に『7次元』という言葉を使われました。もちろん私には次元という言葉も分りませんから意味がわかりませんでした。学校で学べば6次元や7次元は理解できるようになるのでしょうか。」
「よく覚えていたわね。この学校では教えないと思います。この学校では実際に利用できる実学を中心に教えるつもりです。ミーナにもまだ教えてはおりません。でもさわりは簡単だから教えてもいいわ。ミーナも聞いておいて。あのね。ここに椅子があるでしょ。椅子の形を記述するには縦と横と高さが必要でしょ。だから物の形を記述するために必要な要素は3つ。その要素を次元というの。3次元ね。少し違うけど無視してね。それで椅子の形は記述できたけど椅子の存在には時間が必要でしょ。立体3次元が平面2次元の重ね合わせで記述できるように存在の4次元は3次元の重ね合わせで記述できるの。時間は私たちには連続して続いているように見えるけど一場面一場面が重なっているだけなの。私の夫のお父上様はそれを『存在場面』と名付けたの。存在場面の重なった一単位が普通の時間よ。それが四次元時間。存在場面が集まった一つの単位が連なって過去と未来が作られるの。それが5次元の時間ね。何もなければ普通はここまでなんだけど、5次元時間線と並んでいるいくつかの時間線を作ることができるの。6次元時間面よ。過去とか未来に行ったら確実に新しい5次元時間線が加わった6次元世界ができるわけ。そんな6次元時間面の上にあるのが7次元なの。7次元世界は6次元と直角に交わっているから7次元の高さ、私たちはそれを位相って呼んでいるのだけど、その7次元位相が違えばどの世界とも共存できるの。この世界ともね。金目族や赤目族の遷移はどうやるのかはまだ分らないけど自分を7次元の別位相に一瞬持ち上げてから元の位相の世界に戻るの。その時わずかな力、おそらくギンさんのような脳波だけど、それを加えて戻る場所を変えるの。それで遷移ができるわけね。緑目のテレキネシスも青目と金目のテレキネシスも同じ。目的の物を7次元の別位相に瞬時に上げて元に戻す。遷移よりずっと少ない摂動を加えてね。ギンさんとシンさんの能力は7次元とは関係しないと思う。遷移やテレキネシスで使う脳波がとても強くなるみたいね。黄目の透視力はよく分らないのだけど別の7次元位相に入って見るのかしらね。私の宇宙船は重いから今は別の7次元位相にいて地面の中に重なって入っているの。周りの土は見えることは見えるのだけど土の中に重なって土を見るのは難しいわ。黄目族はどうやって見るのでしょうね。私にはわからない。以上よ。なんとなく分ったかしら。」
「実によく分りました。」がギン。
「分らないのが分った。」がシン。
「四次元までは分ったわよ。」がミーナであった。
話が途切れるとマンはギンとシンを賭博場まで運んで行った。
夕方前までには敷地中央の自宅は完成していた。
もちろん色々と内装が必要であるがそれは明日以後のことだった。
宿無しの千とミーナは今夜は内装が整っていない自宅で眠らなければならない。
台所と便所と洗面所と風呂場とベッドのある個室は既にあった。
食堂のテーブルで千とミーナはカレーライスを食べ、風呂場の説明を兼ねて共にシャワーを浴び、広々と広がる更地に面するポーチで海からくる暖かい微風を湿った髪に受けながら夜空の星を眺めた。
海の方に見えていた町は夜はほとんど真っ暗になる。
静寂の中、暗闇の遠くから潮騒の音がかすかに聞こえる。
「地球の星ってきれいね。全天星だらけ。」
「きれいですね。覆い被(かぶ)さって来るようです。」
「ミーナはこんなきれいな星に生まれて幸せよ。」
「私は千姉さんと出会えて幸せだと思っています。」
その日、ミーナは自室のベッドの薄い羽布団とタオルケットのシーツに挟まれて全裸で眠った。
物心が付いてからは全裸で眠るのは初めての経験だった。
全裸で眠るのは実に気持ちが良かった。
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