第22話 22、学校建設 

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 翌早朝、ミーナが便所を出ると千が便所の裏側の草むらから出て来た。

「お早う、ミーナ。」

「お早うございます、千姉さん。フライヤーの一部が見えますがすぐに出かけますか。」

「そう思ってそこに止めて置いたのだけど宿屋の老人に挨拶ぐらいしなくてはと気が変ったわ。とにかく行商人の二人の娘は丸木舟に乗って部落に戻ったってことにしなくてはね。」

「それがいいですね。」

 千とミーナは宿の老人にお礼を述べ、船溜まりで丸木舟の舫を解いて離岸させ、補助浮きを出して帆を広げよたよたと大河に出て行った。

大河の流れは泊まっているほど緩やかだったが丸木舟はなかなか上流に進むことができず、次第に海の方に流れて岸からは見えなくなった。

そうなってから千はフライヤーを呼び、丸木舟をフライヤーの下に吊り下げて固定してからフライヤーを3000mの高空に上昇させた。

 学校建設予定地の上空に来ると既に工事が始まっていた。

工事は夜から始まっていたらしい。

既に山は大きく平に削られていた。

そこは500m四方がすっぽり入る広さがあった。

 眼下では十人ほどの男達が働いていた。

一人は地面に穴を穿ち、そこに地面に置いてあった長い杭を釣り上げてから落とし込んでいる。

学校の境界を作っているらしい。

既に半分ほど出来ていた。

男は空中に浮かんで作業をしており、杭はテレキネシスで持ち上げられているようだ。

ミーナには下で働いている男達はマンさんと同じ男だとすぐに分った。

 別の一人は地面に丸い穴を穿ちそこに穴の空いた円筒形の石をゆっくりと落とし込んでいるところだった。

地面には多数の円筒形の石が置かれてあったが次々と穴に落とし込まれていった。

色々な場所に井戸を作っているのだ。

 敷地の中央付近では丸四角い深い穴が開けられていた。

一人の男が穴の中央に浮かんで腕を前方に伸ばして何かをしている。

男の正面の土や石の壁面は黄色く輝き、溶けている様だった。

穴の下の方の壁は既に真っ黒な岩に変っていた。

ミーナには何を作っているのか全く分らなかった。

 四人目の男の仕事はすぐに分った。

木の家を作っているのだ。

たった一人で大きな家を作っている。

家の材料は材料ごとに地面に堆(うずたか)く積まれていた。

土台は既に出来ていた。

長細い建物だ。

「あそこが校舎よ。働いているのはロボット兵士。」

千がミーナの視線を読んで言った。

 「あっ、千姉さん。驚きで声も出せませんでした。凄いですね。たった一人で与えられた仕事をこなしている。」

「まあそうかもしれないけど、もっと凄いのは簡単にできるように準備された材料なの。家を造るのに木釘一つ使わないで材料を組み合わせ、頑丈な構造になるように材料は準備されているの。長い経験の蓄積からできることなの。まさに文明ね。」

「こんなたくさんの材料を一晩で準備したのですか。」

「一回でも作った物ならそれを作るのは簡単だから。」

 「でも千姉さん、どうして近くで見ないのですか。」

「そうだ、忘れていた。」

そう言って千はフライヤーを山の頂上付近に移動し、降下して岩の上に吊り下げていた丸木舟を置いてから再び高空に戻った。

「もう、ここでの建設の情報は役所には入っているかもしれないでしょ。役人はすぐに調べに来るはずね。役人がどう対応するか見ていたいの。だから高くにいるの。」

「話が通じなければ奴隷にされるのでしたね。どうするのでしょう。」

「少しおもしろいでしょ。」

「なにか役人がかわいそうな気がしますけど。」

 予想通り一人のこざっぱりとした白い服を着た男が二名の槍を持った兵士を抱えて更地になったばかりの地面に遷移して来た。

「そうだった。ここでは脳波は届かないわね。声が聞こえるようにしておくわね。脳波受信っと。」

千はそう言ってフライヤーのガラステーブルの表面を指でなぞって兵士達のいる地点にいるロボット兵士の位置で止めた。

 「おい、お前達。ここで何をしているんだ。」

どうやら白服の男の声らしい。

「何で答えないんだ。おい。聞こえないのか。」

呼びかけられたロボット兵士は問いかけを無視して作業を続けていた。

「太い奴だな。少し痛めつけてやればわかるだろう。やれ。」

兵士の一人がロボット兵士の胴に槍を横から打ち払った。

槍は穂先から折れ、ロボット兵士は作業の動きを止め、左手の人指し指を少し曲げて先端を兵士に向けた。

何の音もしなかったが打ち掛かった人間の兵士は足首を残して瞬時に消えた。

残された足首は少しだけ勢いが残っていた血が表面の切り口を覆った。

ロボット兵士は自分の行動が不本意だったようで、少し間をとってから残った兵士の足首をきれいに消した。

足が接していた地面は少し削れた。

 「おい、お前。何をしたんだ。死にたいのか。」

そう言って白服の男は額の目をロボット兵士に向けて開いた。

ロボット兵士は二人を無視して再び建設作業を始めた。

「お前、何ともないのか。くそっ。兵士、こいつを殺してしまえ。」

兵士は躊躇した様子だった。

目の前で同僚が跡形も無く消されているのだ。

槍を叩き込んでも槍の方が折れて相手は無傷だ。

「お慈悲を。司令官様。」

兵士は白服の男に槍を持ちながら手を合わせて懇願した。

それを見た白服は「もうお前には頼まん」と言って遷移して消えた。

人間の兵士はその場に残され途方にくれている。

ロボット兵士はそんな人間兵士を無視して建設作業を続けている。

人間の兵士は自分がロボット兵に無視されていることが分ると海の方に向かって駆け出した。

海の方に行けば町に通じる道があるはずだった。

 「無敵の金目族もロボット兵士にはかなわなかったようですね。」

ミーナは安心感を込めて言った。

「今のところはね。でもそのうち対抗策を考えるでしょうね。」

千がそう言った時に空色の服を着た一人の男がフライヤーと地面の間に出現し、落下すること無く空中に浮かんでいた。

「やっぱり居たか。ミーナ、下を見て。地面とここの中間辺り。空中に浮かぶことができる種族よ。遷移もできるよう。何色の目なんでしょうね。」

「エメラルド色だといいですね。」

その男は突然消えた。

「報告しに行ったか、疲れたのか、その両方かもね。でもこのままでは済まないわね。」

 もちろんそのままでは済まなかった。

山を削って造成された更地は町に通じる道と繋がっている。

更地は道が完全に途切れた所から広がっているのだ。

更地と繋がる道は道とは言っても人が一人通れるほど山道で、町に通じる立派な道になるのはずっと先だった。

 その山道を30人ほどの兵士がこちらに向かって坂道を登って来ていた。

今度の兵士は槍を持つ兵士と短弓を持つ兵士で構成されていた

大きな盾を持つ兵士も指揮官らしい兜を冠った男の周りを囲んでいた。

兵士達が更地に到着すると兵士達は弓兵を外側に密集隊形を作って前進した。

 兵士達が柵の前に来ると一人のロボット兵が行く手を遮る形で空から降りて来て地上に立った。

そのロボット兵の服装は他で働いているロボット兵の服装とは違っていた。

簡単なキャップ型の庇の付いた兜を冠り、小型の盾と短い槍を持っている。

ロボット兵の持つ槍は人間兵の持っている黒曜石の穂先ではなく光沢を持つ金属だった。

 司令官の目には前方に立っている相手がそれほど強いようには見えなかったのであろう。

「殺せ」と命令したらしかった。

20名のほどの弓兵は一歩前に出て男に一斉に矢を放った。

放たれた矢は大部分がロボット兵の前で落ちたがロボット兵の横と上に向けられた矢はそのまま飛んで行った。

この世界での弓兵は相手が遷移して位置を変えることを予想して相手の周りにも矢を射るらしかった。

攻撃を受けたロボット兵は手に持った槍を水平に小さく払った。

前に出ていた弓兵は地面の一部と共に消えたが、その後ろにいた槍兵は無事だった者もいた。

不幸にも弓兵の後ろに居なかった槍兵は体の一部が消え、血を辺りにまき散らした。

ロボット兵は槍先から出る分子分解波の出力を下げて照射したらしい。

 生き残った槍兵は地面に身を伏せたので後方で盾を囲んでいた一団が丸見えになった。

盾兵に囲まれていた指揮官は果敢にも次の命令を出したらしい。

ロボット兵は突然10mほどの高さに釣り上げられてから落とされた。

盾兵はテレキネシスを使えるようだ。

ロボット兵は数m落下したが直ぐさま体勢を立て直し空中に浮遊して槍を盾兵に向けた。

その瞬間、盾兵は恐怖を感じたろう。

だが数瞬後には盾兵達は指揮官と共に若干の土と共に消えてしまった。

指揮官を失った槍兵は槍を捨てて登って来た山道の方に逃げ出し、山道を駈け下った。

ミーナは空色の服を着た男がいつの間にか空中に浮かんでいて事の顛末を観測しているのを発見した。

 「このままでは埒(らち)があかないわね。このままなら金目族の軍を壊滅させてしまう。」

「やはり、言葉が重要ですね。」

「ギンさんとシンさんに手伝ってもらいましょうか。男の声の方が良さそうだし。」

「そうしましょう。シンとも会いたいし。」

「えっ。」

「ギンさんとシンさんにもまた会いたいと言ったのです。」

「そう。ミーナ、ギンさんとシンさんをここに連れて来て。マンにミーナを賭博場に連れて行ってもらうから。帰りはマンが3人とも遷移で連れて来れるから。」

「了解。まかせて、千姉さん。」

 ミーナはマンに抱かれて賭博場の床の上に現れた。

客は無く、ギンは瞑想していた。

「こんにちは、ギンさん。突然現れてごめんなさい。ギンさんとシンさんの助けが必要です。私と一緒にフライヤーに来てくれませんか。」

「こんにちは、ミーナさん。お客も来ないようですし喜んでお手伝いします。シンを呼びましょう。」

そう言ってギンは立ち上がって扉に向い、外に出てシンを大声で呼んだ。

シンは賭博場に入ってミーナを見つけ、喜びを破顔で表わした。

「こんにちは、シンさん。千姉さんが助けを必要としているの。手伝ってくれる。」

「もちろんさ。何でもするよ。」

「ありがとう。一緒にフライヤーに遷移するからここに来てかたまってくれない。マンさんが運べるように。」

ミーナとシンはマンの腕の中に入り、ギンはマンの背中から手を回した。

一瞬後、四人はフライヤーの床に立っていた。

 マンと四人がフライヤーに現れると千は用意しておいた椅子を出してから言った。

「ギンさんとシンさん、来てくれてありがとう。状況を説明するわね。昨日の夜から学校を造り始めたの。見れば分るように十名のロボット兵がこの下で作業をしているの。当然役人が来るわね。ところがロボット兵はこの町の言葉が分らないから対応できないの。もう50名ほどの兵士を殺してしまった。このままではこの町の軍隊は壊滅してしまう。それではキン市長に申し訳ないしね。それで役人と話をすることが必要になったの。話には男の声が必要なの。男なら土地を得ることができるわけだし、強ければその土地を守ることができるルールでしょ。下で働いているロボット兵はこの町の言葉が話せないのだから奴隷でしょ。言葉が通じる男の人がいれば全て丸く収まるの。」

 「事情は分りました。私は地上に行った方が良いのですか。」

「いいえ、ギンさん。此処にいてロボット兵を通じて会話して下さい。相手はとてつもなく強い男が誰の物でもない山を切り開いてこの学校を作っていると思うはずです。」

「了解。非常に楽しい状況ですね。ぜひとも協力させて下さい。」

「お願いします。」

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