第20話 20、米の集積場 

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 荷車は粗末な柵の延長のような門の前に着いた。

門は柵を二本の丸太で区切って丸太を縄で結んでいる簡単な構造だった。

二人の男が門の内側の両側に椅子に腰掛けていたが荷車が近づくと立ち上がった。

「おい、お前達。何の用だ。」

ミーナが門衛の男に頭を下げてから小声で言った。

「私と姉は行商人です。稲の種籾を買いたいと思ってここに来ました。連れの二人は道案内で付いて来てもらいました。ここで種籾を買うことができますか。」

「種籾だと。何にするんだ。」

 「あのう。何て答えたらいいのでしょうか。『米を作る』と言う答えでは良くないのでしょうか。」

「お前はバカか。種籾は米を作るために決まっているだろう。」

「そうですね。米を作るためですよね。ここに来年のために保存してある種籾がありますか。」

「あるに決まっているだろう。」

「それは売り物ではないのですか。売り物でなければ普通の籾を買おうと思います。荷車も用意して来ました。」

「金は持っているのか。」

「十分に持っております。」

「行商人のお前達がどうしてたくさんの金を持っているんだ。」

「それは・・・。」

 その時、千が会話に割って入った。

「あの、門衛さん。少し待っていただけますか。売買の決定権のないあなた方と話していると時間がかかりそうです。貴方達が良く知った人を呼ぶことにします。そのほうが売買がスムースに行きそうです。マン、キンに指令。集積場の門に至急遷移させて。」

千は左腕のバンドに言った。

「門衛さん。もう少し待って下さい。手下を呼びましたから何とかなると思います。」

そう言った時、白いシャツと半ズボンのキンが門衛の後ろに小さな破裂音と共に突然現れた。

「千様、キン参りました。早急の指令でしたから室内履きのまま来ましたことをお許し下さい。」

見るとキンは立派なスリッパのままだった。

「キン、ありがとう。貴方の力でこの門を通してもらえませんか。種籾を買いたいと思います。」

「了解しました。おまかせ下さい。」

 キンは千に頭を下げてから門衛を睨(ね)め付けた。

「門衛、ワシがわかるか。」

「もちろんでございます。市長様。」

二人の門衛は微動だにしないで答えた。

「ここを開けて千様達を通せ。一緒に付いて行って千様が種籾を買うのに尽力せよ。」

「かしこまりました、市長様。」

二人の門衛は大慌てで門の縄を解いて大きく開いた。

 「千様、これでよろしいでしょうか。」

「ありがとう、キン。すばやく動いてくれてありがとう。もう帰っていいわ。後は貴方の力が続くでしょう。」

「分りました。何時でも何なりとご命令下さい。失礼します。」

そう言ってキンは一瞬で消えた。

「さて、門衛さん。種籾を購入できる場所に案内して頂けませんか。」

「分りました。ご案内します。」

そう言って二人の門衛は千の方を見ながら横向きで千達を案内した。

 「驚きました。金目族の市長は千さんの手下ですか。」

ギンは本当に驚いた様子だった。

「そうなの。今日の午前中に手下になってもらったわ。」

「そうでしたか。私の直感は正しかったようですね。千さんは恐ろしい方のようです。」

「確かに私は優しい乙女ではないのかもしれません。多くの人を殺して来ましたから。でもギンさんも相当な方ですよ。」

「でも、私は人を殺したことはありません。」

「そうね。その力があれば殺す必要はないですね。」

 そんな会話をしていると大きな倉庫に着いた。

「あのう高貴なあなた様、ここで種籾を買うのができますです。すぐに係員を呼んで参りますので少しお待ち下さい。」

そう言って門衛の一人は奥の方に駈けて行った。

暫(しばら)くすると奥から五人の男が門衛と共に小走りに近づいて来て千の前で深々と頭を下げたまま言った。

「私はこの集積場の責任者でコメと申します。何なりとお申し付け下さい。」

 「どうぞ顔をお上げ下さい、コメさん。私は種籾を購入したいとここに参りました。ここで種籾を買うことができますでしょうか。」

「もちろんでございます。極上の種籾をいくらでもさし上げることができます。」

「それは良かった。おいくらですか。」

「お代金は必要ありません。どれだけでもさし上げることができます。どれだけ用意したらよろしいのでしょうか。」

「そうですね、一袋の重さはどれくらいですか。」

「一袋は4㎏です。」

「そうですか。そしたら一袋を購入しようと思います。おいくらですか。」

「無料でございます。」

 「そうは行きません。他の人に売るときの値段はいくらですか。」

「金の小粒一個であります。」

「そうですか。それでは金の小粒1個で一袋を売って下さい。」

「貴方様からお金を頂いたら私は殺されます。」

「そんなことはありません。『私がそうしたいと言った』とキンに言えばキンは何もしません。」

「分りました。金の小粒1つで一袋をお売り致します。ただいまご用意致します。その間、飲み物でもいかがでしょうか。」

コメは後ろに控えていた男二人に手を後ろに振って指示した。

二人は数歩後ろに下がってから奥の方に駈けていった。

 最初に戻って来たのは両手で袋を持った男だった。

「種籾1袋が届きました。どうぞお収め下さい。」

「ありがとう、コメさん。ミーナ、受け取って荷車に載せて。」

「了解、千姉さん」と言ってミーナは種籾の袋を荷車の中央に載せた。

千はそれを見てから「コメさん、これが代金の小粒1つです」と言って既に用意していた

金の小粒をコメの前に差し出した。

コメは頭を下げたまま両手を出して小粒を両手で受けた。

 「コメさん、これで無事に取引が終わりました。我々は早々に引き上げたいと思います。飲み物は別の機会にいただくことにしましょう。キンには千は感謝して帰ったと伝えて下さい。それでよろしいですか。」

「はい、もちろんでございます。門までお見送りいたします。」

「まあ、いいか。よろしく。」

そう言って千は荷車の方向を変えて門の方に荷車を引いて行った。

荷車の後にはミーナとギンとシンが続き、コメ達はミーナ達の数歩後に続いた。

千は門を通り抜けると振り向かないで片手を上げて別れを告げた。

 住宅街に来て集積場が見えなくなると千は荷車の引手をシンに頼みミーナは荷車を押してシンを助けた。

荷車はほとんど空荷ではあったが。

「無事に種籾を買えたわね。今日はゆっくり眠れそう。」

「千姉さん、まだ夕方ではありません。これからどうしましょう。」

「ミーナはどうしたいの。」

「どこかで休んで何かを飲みたいと思います。あのー、実はお便所に行きたいのです。」

「そうね、どこかのお店で休んで何か飲みましょうか。」

 「あのー、差し出がましいのですが賭博場でお休み下さいませんか。お客用の便所もあるし、大きなテーブルも椅子もあります。客はおりませんし、もう店が見えてますから。」

「そうね、ギンさん。近くがいいからそうさせてもらうわ。ミーナは先に行ってもいいわよ。シンさんに案内してもらうといいわ。」

「そうします。シンさん急ぎ足。」

「ガッテン、ミーナさん。」

早足で荷車を押すミーナの姿を見て千とギンは苦笑した。

 ギンと千が賭博場に入ると、シンとミーナは壁の椅子に腰掛けて何かを話していた。

「ただいまって言うのは変ね。ミーナ、暑いからクリームソーダを飲もうか。それとアイスクリームの大盛りもね。」

「クリームソーダは大好きです。」

「ギンさんもシンさんもまだ飲んだ事がないわね。経験だと思って若い娘の好みの味を楽しんで。」

千はリストバンドを通してマンに出前を頼んだ。

 「ほんと。この世界は便利ね。空から人が降りて来ても不思議の力だと思って誰も気にしない。ね、ギンさん。空を飛べる部族ってあるの。赤目族や金目族は空に遷移してもすぐに落ち始めるからまた直ぐさま遷移しなければならないの。」

「私は空を自由に飛べる部族のことは聞いた事がありません。空中に浮かぶことができる種族はあるようです。」

「自分にテレキネシスを使うわけね。推測すればエメラルド色の目ね。」

「どうしてエメラルド色と推測できるのでしょうか。」

「何となくそう思ったの。不思議の力を自分に作用させることができると目が輝くようだから。」

 その時、入口の扉が開いてマンが大きなお盆を持って入って来た。

ギンとシンは警戒の体勢を取った。

マンは二人を無視して真直ぐ千の前に来て「お持ちしました、千様。」と言った。

「ありがとう、マン。お盆ごとテーブルに置いて。」

「了解しました。」

「後で持って帰ってもらうからそれまで戸口で警護していてね。」

「了解しました、千様」と言ってマンは戸口に立った。

 「千さん、あの男の方はどなたでしょうか。」

「そうね、お二方には初めてだったわね。マンというの。私の従者と護衛かな。」

「千さんやミーナさんと同じように私には彼の心が全く読めないのですが千さんの同族の方ですか。」

「違うわ。人間ではないの。人間ではないけど人間よりずっと優れているの。」

「神でしょうか。」

「そうも言えるわね。人間より百倍も力が強く、人間よりずっと素早く反応し、人間よりずっと多くの知識を持っていて、判断力も人間より優れている。赤目族のように遷移が出来るし、緑目族のようにテレキネシスができるし、空中を自在に飛ぶこともできるの。戦闘力も凄まじいわ。この町くらいなら十秒ほどで真っ平らな更地にすることができるから。人も建物も何も残さずにね。」

 「そんな凄い方がどうして千さんの従者なのでしょう。」

「私が作ったから。」

「千さんは神様を作ることができるのですか。」

「ほら、わたしは女神様だから神を生むことができるの。納得でしょ。」

「納得したことにします。」

 「ミーナ、シンさん。椅子を持って来てテーブルを囲んで。クリームソーダとアイスクリームを持って来てもらったわ。みんなで食べましょう。」

ミーナはクリームソーダを感情を込めて説明し、アイスクリームの説明は「その上に載っているのと同じもの」という千からの簡単な説明があった。

ギンとシンが驚きと共にクリームソーダとアイスクリームを食べたことはもちろんだった。

この町では冷たい食べ物はなかったし、舌に刺激を与える飲み物もなかったからだ。

一服してから千はギンとシンに「ご苦労様」と言って金の小粒を約束通り渡した。

 「明日にはもう帰られてしまうのでしょうか。」

ギンは残念そうに千に言った。

「そうね、お皿は全部売れたし種籾も手に入れたから後は帰るだけね。」

「帰ったら何をするのでしょうか。」

「前の暮しに戻るでしょうね。またミーナにいろいろなことを教えてやるわ。ミーナは少し忙しくなりそうね。水田を作って稲を作るみたいだから。」

「どうして稲を作るのですか。」

「ミーナの部落は狩猟生活をしているの。まともな衣服はないし、食べ物も肉と草と木の実だけだから生活が不安定なの。文字も貨幣もない。ミーナは穀物が生活を安定させると考えて種を求めるためにこの旅をすることにしたの。私はそれをお手伝いしただけ。」

 「反論するのはミーナさんに失礼かもしれませんが、例え米作が部落で定着したとしても、有り余るほどの米を作ることができるこの町での米の価値は低いですし、他族から攻め込まれて作った米を奪われることは目に見えております。それよりも別のものを作ってこの町で売り、必要な穀物はこの町から買うようにした方がずっと便利だと思います。金の小粒さえ持っていれば米は必要な分だけ手に入れることができます。ミーナさんが腰に下げている金の小粒があればおそらく部落で必要な米を数年分も買うことができます。それに金の小粒は隠しやすいですから奪われません。」

「その通りね。部族が白磁の皿や白テンの毛革を売れば必要な米は買うことができるかもしれないわね。でも部族の人達に商売が出来るとは思えないわ。部族の人達はこの町で使っている言葉が話せないの。話せなければ奴隷にされるのでしょ。」

「言葉ですか。難儀ですね。」

ギンは嘆息した。

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