第19話 19、紫目のアンチプシ能力 

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 千とミーナの荷車は食堂街にさしかかっていた。

皿を二枚買ってくれた食堂の前を過ぎると後ろから声がかかった。

「あんたら、無事だったのかい。街並を通り過ぎただけだろ。皿が売れなかったのならもう少し買ってやってもいいんだよ。」

皿を買ってくれた食堂の女だった。

千は荷車を止め、後ろを振り向いてから言った。

 「おかげさまで皿は完売しました。」

「金目族に売ったのかい。」

「はい、土塀のある大きなお屋敷で買ってもらいました。」

「土塀のある屋敷だってえ。そりゃあ、この町の市長の家だよ。召使いが買ったのかい。」

「いいえ、皿を買ってくれたのはその家の主人だったみたいですよ。屋敷の玄関前で全ての皿を買っていただきました。」

「よく無事だったねえ。行商人はよく殺されるんだよ。ましてやあんた等は若くて美人の二人だからね。」

「そこの子供と仲良くなったので殺されなかったのだと思います。」

 「まあ、ともかく良かった。そろそろ昼だがここで昼食を食べて行かんかね。安くしとくよ。」

「そう言えば日は中天ね。暑いはずだ。ミーナ、ここで休んでいこうか。」

「お腹は空いていることを報告しております、千姉さん。」

「決定。おかみさん、ここで昼食を取ります。荷車はここに置いておいて大丈夫ですか。」

「荷車には引手の所に焼き印が押してあるので盗まれないが荷物は危険だね。持って来た方がいい。」

「了解。ミーナ、寝袋を小さく畳んで持って来て。私はコーヒーのボトルを持って行くわ。」

「了解、千姉さん。」

 食堂は比較的明るかった。

土間に4つほどの一枚板のテーブルが置いてあり、テーブルの左右にはこれも一枚板の長腰掛けが置いてあった。

千とミーナは長椅子に対面で座り、荷物をそれぞれの横に置いた。

「何を食べるんだい。」

店の女将は長テーブルの端に立って二人に尋ねた。

「どんな料理があるのでしょうか。」

 「カチュー、キチュー、クチュー、ケチュー、コチューだよ。」

「すみません。どんなものか全く想像できません。料理の絵はありますか。」

「それがね、今朝方あんたらに言われてハッと閃いたのさ。料理の絵を皿に飾ったら行商人も分りやすいだろうと思ったんだよ。だけど絵を描くのは難しいことが分ったんだ。」

「そうでしたか。それなら容器を飾ったらどうでしょうか。茶碗と皿と小皿と湯のみをお盆に載せて置くだけで分ると思います。魚が皿に載るなら魚の形を切り取った板を載せればいいし、米のご飯が茶碗に盛られるなら茶碗に白い布を丸めて入れておくことで判ると思います。」

「そうか、そうだね。その手があったか。」

 「それでどんな料理なのか分らないのですが米のご飯と野菜と魚とが入っている料理はありますか。」

「それはカチューだよ。」

「おいくらですか」

「カチューは金の小粒一つだよ。でもあんた等にはいろいろ教えてもらったから薫製肉の焼き物も付けてやるよ。」

「ありがとうございます。それでお願いいたします。金の小粒二つはテーブルの上に置いておきます。料理が来ましたら交換いたします。」

「しっかりした娘さんだね。分った。今作って来る。暫く待っていて。」

女は店の奥に入って行った。

 主食は白米だった。

魚は焼き魚で塩加減がよかった。

野菜と言うのは獅子唐(ししとう)の塩を振った焼き物だった

肉は切り口が醜い薫製肉の塩焼きだった。

湯のみには緑茶が入っていた。

二本の細い箸も付いていた。

 「なかなか美味しいですよ。塩は海から取れたのですね。」

「そうだよ。岩塩よりはすっきりしているだろう。」

「はい、そうですね。肉は何で切ったのですか。」

「肉は石包丁だよ。なかなか切れ味が悪くてね。」

「そうですか。金属は少しずつこの世に出て来ていますがまだまだ包丁までには来ないようですね。このご飯は美味しいですね。この地で取れるのですか。」

「近くで取れる。米は大量にあるし安い。この町の郊外でも水田が広がっているしね。この町で安い物は米だけさ。後はみんな高い。」

 「そうですか。私達はお皿が売れたら米の種籾を持って帰ろうと思っていました。何所に行けば種籾が買えるでしょうか。」

「種籾ねえ。どこだろう。良く分からないが、この道を進むと町の十字路があったろ。そこをそのまま真直ぐ進むと商店はなくなって市民の住宅地が現れる。そこをそのまま進むと水田が広がっている場所に出る。住宅と水田の間には柵が張られている。奴隷が逃げ出さないためだ。道が柵に当る所におおきな倉庫みたいな建物がある。籾の集積場だよ。そこで精米して町に出すわけだ。その建物で聞いたら種籾が買えるかもしれない。町に米屋はたくさんあるのだけど種籾は売っていないかもしれない。」

「ありがとうございます。食事を終えたら行ってみようと思います。」

「集積場の近くには奴隷がたくさん居るので気いつけてな。」

 ミーナと千は食事を終えると荷馬車を引いて町の十字路に向かった。

「お嬢さん方、無事だったんかい。住宅街には行かなかったのだな。」

十字路で賭博屋の客呼びの男に再び声を掛けられた。

十字路が男の仕事場らしい。

「住宅街に行ってお皿を全部売って来たわ。」

ミーナが幾分自慢げに抗弁した。

「ほんとかい。すごく運が付いていたんだな。」

「昨日は私には運が無かったから今日は運が付いていたのよ。」

ミーナは荷車を軽く押しながら男に言った。

 「そうかもしれんな。今から何所に行くんだい。その前に博打をどうだい。稼いできたんだろ。倍になるぜ。」

「小粒入れはもう小粒で満杯なの。倍になったら入れ物がなくて困るの。」

「そりゃあ残念。この道を真直ぐ行くのか。この先は水田だぜ。」

「米の集積場で種籾を買おうと思っているのよ。」

「種籾か。集積場には籾はいくらでもあるけど種籾はないかもしれんぞ。」

「籾と種籾は違うの。」

「物は同じなんだが種籾は人手をかけているんだ。」

 「どういう人手なの。」

「籾はバラバラでな。籾ごとに発芽する時期が違うんだ。だから同じ重さの籾を集めると種籾になるんだ。種籾は同時に発芽するから農作業が楽になるのさ。」

「同じ重さの籾ってどうして取るの。」

「塩水に入れて沈んだ籾が種籾だ。塩水の濃さは卵が斜めに浮くくらいだな。すぐに出して水できれいに洗うのが重要だ。洗ったら少し熱い湯にほんのちょっと通してから水で冷やして日陰で乾かせば種籾が取れる。」

「あなた詳しいわね。」

「農場で奴隷として働いていたからな。言葉を覚えたら解放された。」

「そう、良かったわね。」

「まあな。奴隷はひどい生活だった。」

 千はミーナと男の会話を聞いて荷車を止めた。

「貴方。今日夕方まで、私たちを手伝わない。金の小粒で雇うわ。」

「小粒か。そりゃあいいねえ。何をするんだい。」

「種籾を買うのに立ち会ってほしいの。私たちは種籾を見た事もないの。美しい娘2人が行ったらごまかされるでしょ。」

「そうかもしれんな。小粒何個で雇う気だい。」

「貴方の数日の稼ぎでいいわ。何個なの。」

「一日一粒だから四粒でどうだい。」

「了解。今日半日で五粒あげる。ただし、渡すのは夕方よ。私を信用できる。」

「信用する。ただ、打ち手の許可を得ないとだめだ。俺がいないと仕事にならないからな。」

「OK、そうして。お店の前で待っている。」

「わかった」と言って男は走って賭博場に入って行き、数分後に打ち手と共に出て来た。

 千は賭博場の前でおもしろい展開になったと微笑んでいた。

「こんにちは。昨日大儲けをされた娘さん達でしたね。いま呼び込みの者から話を聞きました。呼び込みの者がいないと私は商売ができません。おもしろそうなので私も雇っていただけませんか。小粒はいりません。」

「いいですよ。雇いましょう。ただ、無料では雇用関係は成立しません。金の小粒2つでよろしいですか。」

「それで結構です。私の仕事は何ですか。」

「貴方の仕事は近くにいて事の成り行きをみているだけです。貴方の今日の仕事を奪ってしまった負い目があります。」

「それで結構です。お供します。」

 娘二人と男二人は歩く途中で自己紹介をした。

打ち手の名前はギン、呼び込みの男の名前はシンと言った。

農場と住宅街を隔てる柵はそれほど高くなかった。

簡単に越えることが出来そうだ。

「柵は低くて簡単に逃げることができると思うだろう。だが、それが罠なのさ。」

シンは自嘲的にミーナに言った。

「どういう罠なの。」

「うむ、夜は檻にみんな閉じ込められるから逃げられない。だから昼間に逃げるわけだが監視は遷移できる赤目族だ。見つけたらすぐに奴隷の頭の上か前に跳んで来る。奴隷が動きを止めたら緑目族が来て奴隷の動きを止めて空中につり上げるんだ。赤目族以外はな。」

「赤目族は遷移できるから柵を登る必要が無いわけね。」

「そう言うわけだ。だが赤目族の男の奴隷はほとんどいない。たいてい奴隷にしないで殺してしまう。青目もそうかな。厄介な男は殺してしまう。奴隷の大部分は女だよ。」

 「殺されなかったシンは何色の目なの。」

「おれかい。おれは紫だ。」

「どんな不思議の力を持っているの。」

「それが分らないんだ。目を開けても何も起らないんだ。」

「ふーん。不思議ね。千姉さん、分る。」

「推測はできるわ。」

「頼む、わかるなら教えてくれ。おれは自分が『かたわ者』だと思っていたんだ。」

 「それはかわいそうね。調べるのは簡単よ。まずシンさんは目を開いて。何も起らないのならいいでしょ。」

「開けたよ。」

「次にギンさん、目を開いてみて。私たちはギンさんの力は効かないから大丈夫。おそらくシンさんも大丈夫よ。開けてみて。」

ギンは銀色の目を開いた。

3人とも何の変化も起きなかった。

「いいわ。ギンさん、目を閉じて。」

 「シンさんも目を閉じて。OK。わかったでしょ。貴方は不思議の力を止めることができるの。アンチプシ能力ね。ギンさんのような強烈な脳波を中和できて、金目族のような7次元を使った不思議の力を起こさなくさせる。おそらくどちらも力の元は同じで相手の脳波を中和させるような脳波が出せるのね。遷移やテレキネシスは7次元と自分の脳波を組み合わして力を出すのだから脳波を中和できれば不思議の力は起きないの。」

「言ってることはちっとも分らなかったがギンさんが目を開いても何ともなかったのはわかった。」

「素晴らしい能力よ。だれも直接には貴方に不思議の力を出せないから。」

「そうか、おれの心臓を不思議の力で止めることは出来ないわけだ。」

 「でも慢心してはだめよ。赤目族や緑目族は空から攻撃できるから。空から槍や石を落とされたら負けるでしょ。」

「それはそうだ。」

「とにかく貴方は『かたわもの』ではないわ。」

「ありがとう、千さん。本当に感謝するよ。」

「おだてても小粒は5つのままよ。」

「了解。親方。」

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