第18話 18、金目族のお屋敷 

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 「先ず、商品の皿を見せてくれ。」

千が荷車を玄関先に固定させると男は言った。

「ミーナ、荷車から降りて一つ出して。」

「はい、千姉さん。」

そう言ってミーナは皿の箱を引き出し、千と共に長椅子の前に置いてある背の低いテーブルの前に行き、蓋を開いてからテーブルの上に置いた。

「これが商品の白磁の皿か。手にとってもいいかな。」

「どうぞ。」

男は皿を手に取って検分してから皿を箱に戻した。

 「なかなかいい皿のようだ。何族が作っているのだ。」

「我々が作りました。部族では作っておりません。」

「白磁の陶器を作るのは難しい。粘土も炉も上薬がいる。全部二人で作ったのか。」

「そう申しました。」

「そうだったな。驚いたので繰返してしまった。全部買ってやろう。その代わりに質問していいか。」

「質問を売買交渉の条件に入れたくありません。売買後に好意でお答えしようと思いますがそれで良ければ皿をお売りいたします。」

 「強気じゃな。だがどんな質問かも分らないのだから無理もない。売買後の好意に期待しよう。いくらだ。」

「皿1枚が金の小粒二つです。全部で18枚ありますから小粒36個頂きます。」

「妥当な価格だ。おい、小粒36個を持って来てくれ。」

メイドは長椅子に近づき、腰に下げていた小袋を取り出して金の小粒36個をテーブルの上に並べた。

千は無造作に小粒を集め、腰の小袋に入れた。

 「さて、好意の質問をするかな。ワシの名はキンと言う。お前達の名前は何と言う。」

「私は千、妹はミーナと言います。」

「お前達の声は頭の中で聞こえる。何故だ。」

「私の脳波を貴方に送り、貴方の脳の中ではその脳波に合うような言葉を貴方の言葉で作っているからです。」

「脳波と言う言葉は知らない。そんな言葉は我々の言葉にはない。なぜ知らない言葉が聞こえたか。」

「貴方の言葉にはそんな語彙がないので私の言葉をそのまま使ったのです。『のうは』という音は我々の言葉の音と同じです。」

「お前達は女なのにそんな力を持っているのか。」

「持っております。」

 「何故かは問うまい。質問を変える。お前達の服はどこで作った。見たことも無い生地だ。」

「我々が作りました。」

「どんな特徴を持っているのか。」

「丈夫だと思います。」

「どれほど丈夫なのか。」

「丈夫を長年使えるという意味とすれば実際に試したことはありません。丈夫を抗切断力や抗貫通力という意味とすれば刃物では切れず弓矢は通りません。」

「それではまるで鎧ではないか。」

「・・・。」

「なぜ答えぬ。」

「質問ではありませんから。」

「まいったな。そうであった。なにかワシはまるで子供に見えるな。」

 その時、メイドがカップに入った飲み物を持って来てテーブルの上に無言で置いた。

「飲み物が来た。暑いだろう。飲んでくれ。」

「ありがとうございます。中身は何ですか。」

「中身はなんだ。」

キンは立っているメイドに聞いた。

「緑茶でございます、旦那様。」

「だそうだ。」

 「この地ではお茶も栽培されているのですか。ここでは少しお茶の栽培には暑いと思いますが。」

「お茶の栽培も知っているのか。お茶は遠くの地で栽培されている。ここでは育たない。」

「了解。納得しました。この地で栽培するのに適した植物から作る飲み物を飲んでみませんか。」

「何と言う飲み物だ。ワシはたいていの飲み物は知っている。」

「コーヒーです。」

「知らない名前だ。」

「そうですか。メイドさんにカップを3個持って来るように言って下さいませんか。」

「カップを持って来い」の言葉にメイドは急ぎ足で家に入り一分も経たないうちに白磁のカップを持って来た。

 千は荷車に戻り、寝袋の中から透明で大きな容器を取り出してテーブルに戻り、カップの中に注ぎ込んだ。

「今日は暑そうなのでコーヒーを準備して来ました。どうぞ飲んでみて下さい。」

そう言って千はカップの一つを手に取ってコーヒーを飲んだ。

ミーナも飲んだ。

それは毒ではないと言う証明(あかし)でもあった。

キンはそれを見てカップの中身を飲んだ。

 「不思議な味だな。初めてだ。コーヒーか。」

「皿をお買い上げいただいた事に対してのお礼です。」

「うん、うまいな。ところでお前達が腰に挿している杖と右側の革サックの中身は何だ。左腰のナイフは分る。」

「杖はステッキと言います。若い娘が生きるための防御用品です。右腰の革サックの中身は拳銃です。強烈な威力を与えることができる防御用品です。」

「見せてくれんか。」

「お見せしますが渡せません。護身用ですから。」

「それでいい。美しい娘を守ることができる威力を見せてくれ。」

 「威力を見せるに適切な場所がここにはありません。お見せすればお宅の一部が破壊されます。」

「こんな家なんていつでも立て替えることができる。見せてくれ。興味がある。」

「それではお見せしますが怒らないで下さいね。威力があまりない拳銃だけにします。向こうの方に3本の大木があります。ここからは50mですか。倒れても家にはかかりません。最初は枝を二本ずつ、次に幹を打ちます。」

そう言って千は拳銃を抜きざま6発を発射し、一秒後に3発を射った。

一瞬後に6本の大枝は爆発音と共に吹き飛ばされ、その一秒後に3本の大木はさらに大きな爆発音と共に幹が吹き飛ばされ一瞬空中に浮いた後に破断面を地面に突き立ててから崩れ落ちた。

 キンは暫く声が出なかった。

「凄まじい威力だ。驚いた。そんな小さな武器で大木が吹き飛んだ。それで威力が小さい武器なのか。ステッキというのはさらに凄まじいのだな。」

「左様にございます。皿のお買い上げに対する私の好意はここまででございます。私は少し調子に乗り過ぎました。そして貴方は興味を持ち過ぎました。これで帰ろうと思います。今の音でこの家の周囲は騒然となること必定です。ミーナ、帰りますよ。」

そう言って千はコーヒーの容器を持って荷車に戻った。」

 「まて。その拳銃を売ってくれんか。」

「売る理由がありません。私は何でも作ることができます。金の小粒は必要ありません。それにこの街の科学技術では拳銃の弾を作ることができません。」

「だがそれを欲しいのだ。・・・」

キンの額の金色の目が開いた。

「無駄でございます。私達には不思議の力は届きません。それに貴方が今している行為は敵対行為です。貴方は思慮深い方だと思っていたのに残念です。」

「お前にはワシの不思議の力が効かないのか。」

「無駄と申しました。逆にこうすることもできます。」

 男は仰向けに倒れ、胸を押さえ空気を求めた。

「遷移して逃げてもいいですよ。キキ君とミミちゃんとは知り合いですから貴方は殺しません。降参しますか。」

「する。」

キンは声を何とか発した。

「それがよろしいと思います。」

男は重しが無くなったように何度も大きく息をしてから落ち着いた。

 「貴方は私たちにした敵対行為に対して何らかの補償をしなければなりません。何かできますか。」

「何でもする。」

「その答えは不適当です。そうは言いませんがキキ君とミミちゃんの命を取れと私が言ったらどうするつもりですか。」

「ワシが出来る限りをする。」

「その答えも不適当です。出来ないことを作ることができますから。」

「では何と言えばいいのだ。」

 「確かに答えは難しいですね。そうですね。私の手下(てした)になってみますか。」

「分った。お前の手下になる。」

「その言葉は手下が親分に言う言葉ではありません。」

「分った。貴方の手下にならせて下さい。」

「もう少しですね。」

「分りました。どうぞ貴方の手下にして下さい。」

「いいですよ。手下にして上げましょう。今日は帰る。また合おう。」

「お待ちしております。」

「それも違う。」

「そうでした。何時でも何所でも何なりとご命令下さい。」

「なかなか生活習慣は変えられないものですね。帰ります。見送りは不要です。」

そう言って千はミーナを荷車に載せて門の方に荷車を引いて行った。

 呆然としていて声も出さずに玄関に立っていた3人のメイドは現実に気付いて慌てて主人の元に走ってきた。

遠くからキキとミミも玄関の方に走って来て、テラスの床に座っている父親にすがりついた。

「ねえ、何があったの。お姉さん達はどこに行ったの。」

ミミは心地の良い父親の胸の定位置で父を見上げて言った。

「お姉さん達は帰ったよ。きれいなお姉さん達だったね。」

「うん、ミミはお姉さん達が大好き。」

「僕もだ。」

キキも負けずに言った。

「お姉さん達もキキとミミが好きだって。」

「ほんと。良かった。」

 「本当に良かった。」

独り言ではあったが、それはキンの偽らざる気持ちだった。

この世で無敵だと自負していた金目族の自分が手も足も出せなかった人間がいた。

力だけではない。

知識も知性も自分を圧倒していた。

あんな娘が百人もいれば金目族の支配体制は簡単に崩れる。

 そう言えば昨日入って来た密偵からの報告に信じられない報告があった。

「青目族の川関所の浮き橋が一瞬で消え、対岸の土手も大きく抉り取られた」と言っていた。

それをしたのが丸木舟に乗っていた変な服を着た娘二人の皿を売る行商人だとも言っていた。

その二人が千とミーナであることはキンには明白だった。

広い川の両岸を多数の小舟で連結していた浮き橋を向いの土手も含めて一瞬で消し去ったのはあのステッキなのであろう。そんなものをこの家で使ったら確かにただでは済まされない。

それで威力の小さい拳銃で大木3本を吹き飛ばしたのだろう。

いまだに目の前で起った事実が信じられないキンではあったが、密偵の報告には納得した。

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