第17話 17、荷車の行商娘 

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 千は日が出ると便所の後ろから現れた。

そこが一番目立たないようだった。

土間を横切り部屋に入ると同時にミーナに言った。

「おはよう、ミーナ。良く眠れた。」

「はい、ぐっすりと寝ていたようです。マンさんが言うことには夜中に賊が二人も来たそうですが気がつきませんでした。」

「マンは素早いから賊は声も出せなかったのだと思うわ。まあ、無事で良かったわ。朝食を持って来たわ。アンパンと牛乳よ。ミーナの牛乳は今日は私の半分よ。ミーナは乳製品に強いかどうかは分らないから。大丈夫だったら次からはいっぱい飲ませて上げる。」

 「どちらも初めてです。どんなものですか。」

「アンパンは中にアンが入っているパンだからアンパン。パンは小麦粉から作ったもの。赤目族の所で見た白い粉よ。牛乳は牛の赤ちゃんがお母さん牛のおっぱいから飲む白いミルク。栄養たっぷりよ。」

千とミーナはアンパンを食べ、牛乳を飲んだ。

ミーナの感想は「全部いいからどれがいいかはわからない」だった。

 二人が引き戸を開けて土間に入って行くと番台の老人は少し驚いた様子だったが千は何事も無かったように老人に声をかけた。

「お早う、ご老人。今日は交易品を売ろうと思っております。ここでは荷車を貸していただけるのですか。」

「あんたら無事だったのかい。あの部屋はたいてい賊に襲われる部屋なんだが。」

「そうでしたか。熟睡していたらしく気がつきませんでした。ドジな賊ですね。部屋を間違えたのでしょう。」

「賊が捕まったら聞いてみるよ。それで荷車だったな。あんた等は二泊なんだから今日は無料で貸してやる。宿の前に置いてある荷車のどれを使ってもいい。一泊だけだったら金の小粒十粒くらい取って荷車を戻せば9粒返すことにしているがな。」

 「それはありがたいことで。陶器の皿を売ろうと思っております。それと、どこかおいしい食事を取れる場所を教えてくださいませんか。」

「宿の前の道を真直ぐ行ったらいろいろな商店がある場所があったろう。あそこの商店街の真ん中辺りを右に進んだら食料品を売っている場所に出る。そこを通り過ぎるといろいろな食堂が並んでいる場所に出るからそこで食べるがいい。この宿よりずっとうまい。高いがな。皿はその辺りでも売れるかもしれんな。でも買いたたかれる。そこの住民はがめついからな。皿が高く売れるのはその通りのもっと先だ。立派な家が広々と建っている。この国の支配者、金目族の住宅だ。そこは高く買ってくれるかもしれないが怒らすと死ぬかもしれない。町の役人もあの辺りには入らない。金目族は『殺し御免』だ。金目族以外を殺しても罪には問われない。」

 「いろいろとお教えいただきありがとうございます。早速、商売に出かけて来ます。夕方にはここに帰って来るつもりです。」

千とミーナは表に出て比較的きれいで小さめの荷車を選び、船溜まりの方に引いて行った。

船溜まりの桟橋を進むと丸木舟は無事に係留されていることがわかった。

千は丸木舟に飛び降り、覆いのカンヌキを外して覆いを船首に滑らし、皿の入った小箱を取り出して桟橋に上げた。

荷物を全部取り出すと千は船尾から使っていない自分の寝袋を取り出して桟橋に置き、元の通りに覆いをかけ、秘密のカンヌキをかけてから桟橋に跳び移った。

 荷物は軽かった。

千は寝袋を荷車の中央に敷き、その上に皿の箱を載せてから寝袋の端を箱の上に被せた。

荷車にはバネが付いていなかったので皿を保護するために何らかのクッションが必要だったのだ。

千はミーナに荷車に乗って荷物を押さえているように言った。

宿屋を通り過ぎて商店街に入って暫く進むと広い十字路に出た。

その十字路を右に曲がる時、昨日ミーナ達に声を掛けた男が見えた。

よくよく見れば男の近くには例の賭博場が建っていた。

 荷車を引く奇怪な服を着ている娘二人は目立つ存在だ。

呼び込みの男はすぐさまミーナ達に気がつき近づいて来た。

「お嬢さん方、昨日は大勝ちをしたそうですね。打ち手は『参った』って褒めていましたよ。」

「たまたま運が着いていただけよ。次は負けるかもしれないわ。」

千は荷車を引く手を休めず歩きながら男に答えた。

「金の小粒が少なくなってきたらまた来て下さい。」

「気が向いたらまたお邪魔するわ。少なくなる前にね。」

 「お姉さん方、荷車の積荷は何だい。金の小粒でないことは軽そうだから分る。」

「白磁のお皿よ。売りに行くの。」

「そうかい。この道の先の食堂街で売れるかもしれんな。だがその先の住宅街までは行かない方がいい。あそこは若い娘には危険だからな。」

「忠告ありがとう。どういう風に危険なの。」

「あそこは金目族の屋敷街だ。若い物売りの娘が何人も消えている。あそこに平気で入れるのはうちの店の打ち手くらいだな。」

「貴方のお店の打ち手さんは相手を従わせることができるからかしら。」

「そこまで知っているのか。そうだ。」

「心配してくれてありがとう。気を付けてお皿を売るわ。」

「本当に行かない方がいいぞ。」

男はそう言い残して離れて行った。

 千が引く荷車は食材街を過ぎて食堂街に入った。

食堂と分る店構えの店が並んでいた。

店の前には看板が立て掛けられており、そこには食べ物の絵が描かれその下には小さい丸い黒丸が並んでいた。

「ミーナ、あの看板を見て。この国にはまだ文字が無いのね。絵の下の黒丸は金の小粒の数を示しているみたい。」

「そう言えば服や布を売っている店でも黒い点しか出ていませんでした。でも私の部族では文字という考えさえもありませんでした。ホムスク文字を知って自分の考えが広がったことを覚えています。」

「この世界に文明を起こすのには文字が必要ね。」

 「ねえ、あんた等。何を運んでいるのさ。食材かい。」

突然、後ろから声がかかった。

振り向くと一つの店の前に中年の女が立って荷車を見ていた。

千は荷車を止めて後ろに戻し、女の近くに行ってから言った。

「こんにちは。白磁の皿を売るために運んでおります。」

「そうかい。食材ではないのかい。売り物の皿だって。良ければ買ってもいいけど、見せてくれんかいね。」

「いいですよ。ミーナ、荷車から降りて一枚を見せてあげて。」

そう言って千は荷車の止め棒を立てて荷車を固定した。

 ミーナは荷車から降りて寝袋をそのままに、箱の一つを引き出して蓋を外して箱ごと女の前に差し出した。

「お皿はこれです。」

「なかなかいい物みたいだね。手にとってもいいかい。」

「どうぞ。」

女は白磁の大皿を入念に調べてから元の箱に戻した。

「少し焼きが甘いようだけど買ってやってもいいよ。皿二枚で金の小粒一つでいいかい。全部で何枚だい。」

「全部で20枚です。販売予定価格は皿一枚が小粒2つ以上にしております。皿を作る行程を考慮するとその値段で売らなければここまで持って来たことの意味がありません。」

 「『販売予定価格』だってえ。難しい言葉を使う娘だね。声も頭の中で聞こえるし、変な服も着ているし。」

「それだけなかなか手に入らない貴重な陶器だとお考え下さい。この白い皿に美味しそうな料理の絵を描いた板を載せて店先に飾れば、お客は自然とこのお店で食べようと考えると思います。立派なお皿を使っているお店だと思うからです。」

「しゃれたことを言う娘だねえ。分った。皿二枚で小粒3個でどうだい。」

「全部の皿を買っていただけるのですか。」

「いや、見本に店先に出すのだから二枚だけでいい。」

 「左様ですか。もう少し先に行って売って参ります。売れ残りましたらこの店にまた戻って来ますからその時に皿二枚を小粒3個でお売りいたします。」

「分った。皿二枚で小粒4個で買うよ。この先にあんた等が売りに行ったら後で皿を買えないような気がするからね。」

そう言って女は懐から出した袋から金の小粒4個を出してミーナに渡した。

「ありがとうございます。」

ミーナはそう言って金の小粒を受け取って千に渡し、荷車から皿の箱を取り出して蓋を外した。

「どうぞお確かめ下さい。」

女は二枚の皿を再び確かめてから箱に戻し、箱を持って店に戻って行った。

「気いつけなされよ。」

女は振り向かないでそう言ってから店に入った。

 「この先に行ったら戻って来られないような言い方だったわね。狼の巣窟に入る子羊二匹。行くわよ、ミーナ。」

「千姉さん、楽しそう。」

二人は広い庭があるこぎれいな家が並んでいる街に入って行った。

街に人影はなかったが中程の立派な塀が立っている大きな家の前を通ると塀の上から声が聞こえた。

「お姉ちゃん達、変な服を着てるね。格好いい。」

横を見ると塀の上から男の子と女の子の顔が出ていて荷車を見ていた。

「そうでしょう。流行の服なのよ。」

「ねえ、なんで。流行ってなに。」

男の子より小さい女の子が言った。

 「『なんで』攻撃ね。お姉さん達、きれいに見える。」

「うん。きれいだ。」

男の子が言った。

「僕がお兄さんね。何でお兄さんなの。」

「お兄さんだから。」

「その答えはね、『僕の方が早く生まれたから』が答えよ。妹さんの名前は何て言うの。」

「ミミだ。」

「ミミちゃんはなんで妹なの。」

「うーん。ミミは後で生まれたから。」

「大当り。お利口ね。坊やの名前は何て言うの。」

「キキだ。」

「キキ君とミミちゃんね。キキ君はミミちゃんが好き。」

「好きだよ。」

「ミミちゃんはお兄さんが好き。」

「うん。だーい好き。」

「仲良くね。バイバイ。」

 千は微笑んで荷車を再び引き始めた。

塀が入口になった所でラフな服を着た一人の男が立っていた。

「子供達と話していたのは君達か。」

千は歩みを止めて答えた。

「話していたのは私です。」

「良く『何で攻撃』を避けたな。」

「聞こえましたか。子供の攻撃を避けるのには子供が答えることができる質問をすることが便利です。」

「そうかもしれん。お前達は行商人か。」

「そうですが、貴方はこの屋敷の方ですか。」

「そう見えないかな。」

「もちろんそう見えます。子供とのやり取りを塀の内側から聞くことが出来る者はこの家の者です。ただ、質問に一方的に答えるのは好みではありませんでしたから当然の質問に当然の質問を加えさせていただきました。」

 「おもしろい娘だな。何を行商しているのだ。」

「白磁の皿を売ろうと思っております。」

「そうか、皿を売って金の小粒を得て何を買うつもりだ。」

「別に買いたい物はありません。強いて言えば米の籾(もみ)でも持って帰ろうと思っております。」

「答えに質問が付いていないがいいのか。」

「既に販売交渉の一端に入っております。対等な関係は先ほどの状態とは異なります。」

「そうだな。どうして米の籾をほしいのだ。」

「安定した部族の生活を得るためです。」

「どうして米が部族の生活を安定させるのか。」

 「質問をしてよろしいでしょうか。あなた様の答えによってあなた様の質問に対する答え方が異なるからです。」

「してみよ。」

「一人が一年間で食べる米を得るためにはどれほどの広さの水田が必要でしょうか。」

「難しい質問よな。わからん。100m四方くらいか。」

「それだけの広さがあれば50人を養うことができます。一人分に必要な広さは10mと20mの方形です。このお屋敷の庭にも達しません。この答えで米が生活の安定を導く理由の答えになっていると思われます。」

「たいした娘だな。皿を見せてくれ。荷車を中に入れてくれ。飲み物でも出そう。今日は朝から暑い。」

 男は扉の無い門を通り過ぎ、千は「お邪魔いたします」と言って荷車を門の中に入れた。

男は広い庭を石畳の通路に沿って歩いて行き屋敷の玄関前の広い庇(ひさし)の下の長椅子に腰掛けた。

男が玄関に近づいて行った時、既に玄関にはメイドと見られる女が3人ほど玄関前に立っているのが見えた。

男は長椅子から「飲み物3人前。いや五人前かな。キキとミミが来るかもしれん」と言った。

千は荷車を玄関前の広い庇(ひさし)の下の日陰に入れた。

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